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最終回 奇跡の治癒師ケンジ
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泣きっ面に蜂、と言うのも生ぬるい事態だ。
東日本大震災級の大地震と津波、そして、そのあとにモンスターの大群とは。
スタンピートというやつかもしれないが、原作小説にそんな展開はない。あの物語は冒険者を主人公にしているもののモンスターの設定はかなり杜撰だ。
勇者グレンが奈落に落ちるきっかけとなったレッドベア、アランたちが倒して栄光を掴んだ邪竜ゲドラ、主なるものはこれくらいしか登場しない。酸を吐きだす昆虫系モンスターなんて存在を知ったのも、俺がターサンド王国に行ってからの話。原作には登場しない。
冒険者ギルド定番のモンスターの素材を売ると金になると言う描写はある。それがためモンスターがいる世界と言うのは判明している。魔王は登場しないが。
だが、どんなモンスターが出るのかは分からない。
そしていま、どうしてスタンピートが起きているのかも不明だ。
だが、四の五の考えている場合じゃない。
俺はグレンの特技『察知』『地図』を応用して神視点でスタンピートを見た。
数はざっと七百から八百というところ。モンスターは獣系、昆虫系、そして容貌のイメージから言ってゴブリン、オークなどだ。邪竜ゲドラみたいな大物がいないことが救いか。
俺は傍らにいたリチャード卿にモンスターの種類について話した。
「おそらくは地震と津波によって棲み処と食糧を失い、本来はテリトリーから出てこずに人も襲わない彼らの理性が弾け飛んだものかと」
リチャード卿の推測に俺とミファンも頷いた。シートピアの南に位置するナバラ山脈、そのふもとに広がる大森林に彼らは棲んでいる。基本的に彼らは人間が自分のテリトリーに入ってこない限り攻撃してこない。よってシートピアの民たちは、その森に近づかず、町の先祖たちが森の入り口付近から種や苗木を調達してきて防波堤や町の外に植え付け、自分たちで森を作り木材を確保していた。良好な関係、とは言えないが互いの暮らしに干渉せず、ここシートピアの民とモンスターは共存していたが、ついにそれが崩れる時が来た。
彼らモンスターが棲む大森林もまた甚大な被害を受けた。そして食糧を求めて人里急襲というわけか。
「リチャード卿、ゴブリンとオークは人間の女性を苗床と」
「いや、それはないですな。いざ戦闘になったら女子供にも容赦なしですが人間の女を犯すと言うのはありません」
ホッとした。俺はこれからソニア、レイラ、ミファンという愛する女も戦闘に巻き込む。さらわれて女の尊厳を踏みにじられるなんて耐えられない。ミファンが
「旦那、私たち子持ちで三十過ぎているのよ。敵さんだって若い女の方がいいでしょうよ」
ケラケラと笑っていた。君のその明るさには助けられてばかりだな。
俺は避難所から出て、再び高台に。そして
「ここシートピアに拠点を置く冒険者たちよ、そして海の男たちよ、いまここシートピアの町にナバラ山脈ふもとの大森林に棲むモンスターが押し寄せてきている。数は七百から八百、戦える者は武器を取れ。愛する家族を守るために。私はケンジ、治癒師なれど戦士である」
特技『号令』でシートピア町民すべての耳に届くよう伝えた。
それぞれ避難所にいた冒険者や漁師たち、ナバラ山脈をキッと見据えた。
号令は身を引き締め、戦意を高ぶらせる。
「私が指揮を取る。我に続け!」
「「オオオオオオオッ!」」
冒険者は言うに及ばず、漁師もまた戦闘民族だ。リチャード卿のように七十過ぎてもマッチョな爺はたくさんいる。まして愛する家族を守るためならば立ち上がる。それは俺の妻たちも同じで
「やれやれ、また鎧を身にまとうなんてね」
魔法剣士のレイラ、収納魔法から、かつての装備を取り出して身に付け始めた。
ソニアも同じく魔法の杖を取り出し、マントを羽織り、三角帽子を頭にかぶった。
来るな、なんて野暮は言わない。彼女たちも愛する我が子を守るために戦うのだから。
「エレナ、私とレイラの子、お願い」
「分かった。任せて」
「ママ、かっこいい!」
ソニアの子テリーは目をキラキラさせて母ソニアを見ている。レイラの子ステラも同じだ。
「ありかとうテリー、ママが絶対に守ってあげるからね」
「ステラ、ママが帰ってくるまでエレナおば様の言うことを聞いて待っているのよ」
「うん」
レイラはステラの頭を撫でて微笑んだ。そしてエレナに子供たちを任せてモンスターの大群がいる方向を見据えたソニアとレイラの顔、それは戦う女の顔だった。惚れ直したぜ。
もちろん、リチャード卿とミファンもやる気十分だ。
「リチャード卿、すいませんね、貴方はターサンドの人なのに」
「なに、若い海女姉妹とデキてしまいましてね。私も若い恋人たちに点数稼がなきゃと必死なんですよ。さ、参りましょう。久方ぶりに腕が鳴ります」
リチャード卿は収納魔法から剣を取り出した。すげえ業物だ。
俺、リチャード卿、ミファン、ソニア、レイラはスタンピートの方向へと走った。
俺は冒険者と漁師たちと合流し、神視点で見つめているモンスターの大群の様子を知らせた。
『推測だが』と前置きし、モンスターの大群に統率者はおらず、ただ棲み処と食糧を失い狂暴化したと伝えた。
「ゴブリンとオーク、漁師たちに任せる。飛び道具は持っていないみたいなので、最初は投石と弓で攻撃したのち二人一組で当たる。あとは各船長たちの判断に任せる」
「おうっ!」「任せてくれ!」
「昆虫系は冒険者たちに任せる。最初俺が電撃を落として出来るだけ無力化する。その後の掃討を頼む。素材の確保は戦闘後と心得よ。あとアント系モンスターの酸攻撃は十分気を付けるように」
「分かった」「了解です」
「獣系は俺たち『アカツキ』リチャード卿、ミファンで当たる。ソニアは後衛、魔法で援護してくれ」
「分かったわ」
「リチャード卿は遊軍、俺、レイラ、ミファンは横隊で戦い、強い単体がいたら突撃陣形を組む」
「「おうっ!」」
「来るぞーッ!」
斥候に出ていた漁師の若者が叫んだ。やはり羽のある昆虫系モンスターが早い。雀蜂が巨大化したモンスターの大群だ。俺は『察知』『地図』を頭に浮かべ、討ち漏らしが無いよう
「落ちろ雷!電撃!」
ゴロゴロ…
ピカッ!
ビシャァーン!
「グギャアアアア!」
勇者の称号を持つ者のみが使える電撃。グレンは元々電撃(中)の使い手だったけれど、俺が実戦に使うのは初めてだった。治癒(大)ほど魔力は使わない。俺は心の中で『サンダーブレイク!』と某マジンガーみたいな技の名前を叫びながら連発して放った。
雀蜂のモンスターは全部地に落ちた。その後、蟻とカマキリ、ダンゴ虫の巨大化モンスターも出てきたが作戦通り、電撃で鈍らせた後は冒険者たちに任せた。だけど、ダンゴ虫の巨大化モンスター、王蟲にそっくりだった。
それにしても漁師たち、すげえ強いんだけど。オークを素手でブン殴っているし。
まあ、地球でも漁師たちって爺になっても戦闘民族みたいな人たちばかりだったし、こっちもそうなんだろう。
リチャード卿、リアル戦〇無双だった。初めて会った時に上泉信綱や塚原卜伝って、こんな雰囲気だったんじゃないかと思ったけれど、これ当たりだった。剣一閃で獣系モンスターが胴体や首を分断されて吹っ飛んでいるし。
「俺たちも負けていられないな!行くぞ、ミファン、ソニア、レイラ!」
俺は実戦ほとんど初めてだけど、さすが元勇者のグレン、最期は残念だったけれど彼の経験がそのまま俺の実戦経験となる。違うのは武器だけ。俺は斧を振るう。消防士の武器と言えば斧だからな!
ミファンは拳と蹴りで猪が巨大化したモンスターを何体も撲殺。夫婦喧嘩なんて絶対に出来ないと思った。
レイラの魔法剣は三十路過ぎたおばさんとは思えないくらい冴えわたり、ソニアは後方から援護、大きな石礫を横殴りの雨のように振らせ、業火の炎で焼き尽くす。
終わりが見えた…。と思ったら
「第二陣来ます!」
「なんだと!?」
モンスターの種類は変わらないが、今度は数が倍近くになっている。
これはまずい。勝てるか、退けられるか、と思った時に後詰が来るとなれば厄介だ。
「くじけるな!戦い方は先と同じだ!うなれ電撃!」
ピシャーン!
「蹴散らせぇ!」
「「オオオオオオオッ!!」」
激戦のすえ第二陣もようやく終わりが見えてきた、その時だった。
息も絶え絶えの俺たちの前に現れたのは巨大な熊のモンスター。グレンにとって忘れられない敵。
「レッドベア…。しかも三体…」
こいつらが最後のようだが、三体ともグレンが敵前逃亡やらかしたレッドベアより大きい。
他の漁師隊、冒険者隊も残敵掃討のため加勢に来られない。さしものリチャード卿も疲れが出始め肩で息をしている。
「やるしかないな。バラバラになって一体ずつに当たるのではなく各個撃破でいく。五人全員で向かって左のレッドベアに当たる。突撃陣形、俺、ミファン、レイラ、ソニア、そしてリチャード卿、しんがりを頼む」
「「了解!」」
「任されました」
「グオオオオオオオ!!」
「行くぞ!」
事前の打ち合わせや訓練が無くても合わせられる、さすがは元冒険者たちだ。
俺が先陣を切って飛んで斧を頭頂部に、ミファンは正拳突きを、そしてレイラが魔法剣で突こうとするところを真ん中にいたレッドベアがレイラとソニア、リチャード卿ごと体当たりして吹っ飛ばした。各個撃破なんて許さないということか。血に飢えた獰猛な獣レッドベア。
俺とミファンは後退して、吹っ飛んだソニアたちのもとに。治癒魔法をかけた。リチャード卿が
「ケンジ殿、二、二、一で三体のレッドベアに当たりましょう。私が一体面倒を見ます」
「分かりました。俺とレイラ、ミファンとソニアで行くぞ」
「「了解!」」
しかし、今までの戦いによる疲労は大きかった。攻撃は通じず防戦で精一杯。
「はぁ、はぁ、くそっ…!」
ミファンはついに膝を地につけた。どうすればいい、どうすれば…
その時だった。
俺、ソニア、レイラ、ミファン、リチャード卿の攻撃力、防御力、魔法攻撃力、素早さが急上昇していくのが分かった。
「まさか…!」
俺、ソニア、レイラは後ろを振り返った。そこに、確かにいた。
髪はボサボサ、顔は吹き出物だらけの不細工、かつ肥満漢のあの男が。
そしてゆっくり口が動いた。聴こえないが確かに俺たちに伝わった。ニイと笑いながら。
《どうだよ、俺に助けてもらった感想は?》
アラン…!
ミファンとリチャード卿には見えなかったようだが力が一気に跳ね上がったことは分かったようだ。
あの野郎…!
「「うおおおおおおっ!」」
全員突撃だ!
「でりゃあああ!正拳突きィ!」
ミファンの正拳突きで吹っ飛んだレッドベア、その後方に回り込んだリチャード卿が首を刎ねた。
「燃えろおおお!」
ソニアの放った炎に包まれ
「グオオオオオ!」
と断末魔の叫びをあげるレッドベア
「もらったぁ!」
レイラが首を刎ねた。
雷神の槌のようなレッドベアの腕の一撃を俺は受けきった。信じられない防御力だ。
「ははは、そりゃ悔しいさ。こんな極限状態の時に、お前のお情けで助けてもらうのは耐えられない屈辱だよ。だが、いいさ。馬鹿勇者は主人公にざまぁされるもんなんだからよ!最高のざまぁだぜ、我が友よ!」
俺の斧は目の前のレッドベアを唐竹割り、左右で生き別れし絶命した。
他の隊も残敵の掃討をし終えたらしい。さらにモンスターは出てきていない。俺は
「守ったぞおおお!」
『号令』と共に斧を高々にあげて勝鬨をあげた。
「「オオオオオオオオオオオオッッ!!」」
スタンピートに立ち向かった戦士たちと全町民が両腕を高々と掲げた。
アランの御霊がいた場所に、もうあの男はいなかった。
「ソニア…」
「なぁに、レイラ」
「…アランの野郎、ぶん殴ってやりたい」
「…私もだよ。見たか、あの優越感に浸っていた顔。むかつく!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シートピア大震災から時が過ぎた。
前世、阪神淡路大震災と東日本大震災に緊急消防援助隊の隊員として出場した俺。まさか転生先でも大震災に遭おうとは思わなかった。
しかも、こっちは地震と津波のあとスタンピートだ。よくしのぎ切ったと思うよ。
負傷者は多く出たが、幸いに死者はいなかった。負傷者は俺が治癒魔法をかけたら元気になった。
震災から数日後、サナがターサンド王国から大量の支援物資を届けに来てくれた時は涙が出てきたよ。
あっちでは微震だったそうだけど、サナは自国のカノンダ帝国と隣接するバレンシア王国が地震大国であることを思い出し、シートピア被災の裏取りをするや、速攻で高速船を借りて、王国からかき集められるだけの食糧と物資を手に入れて、シートピアに向かってくれたとのこと。
再会するや抱きしめてしまったよ。アザレアとマリナ、アイカ、そして子供たちも来てくれて本当に嬉しかった。
ソニアとレイラ、ターサンド王国にいる俺の妻たちと会うのは初めてだったが、すぐに打ち解け、炊き出しを一緒にやることに。
俺はしばらくシートピアの復興に手を貸したいと思い、その報告も兼ねてリチャード卿だけ先に帰国してもらった。その見送りの桟橋で美人の海女姉妹から体を密着された状態でキス攻めにされていて『早く戻ってきて』とお願いされていた。同じ爺としてすげえと思った。
瓦礫の撤去、仮設住宅建設、すべきことは山積み。俺は治癒師だけではなく時に人間重機としても働き、シートピアの復興のために尽力した。
震災から、しばらく経つと、リチャード卿が再び訪れて帰国命令が届いた。
国王と宰相、そして冒険者ギルドに顔を見せて安心させてほしいと。
ソニアとレイラは変わらずシートピアに留まることを選んだ。サナたちと別れを惜しんでいた。嫁六人は、もう家族なのだから。
明日、シートピアを発つことにした俺は
「もう二度と来ることはないと言ったが来ちまったよ、アラン」
俺しか知らないアランの墓所。故郷の町ホーストからほど近い、うっそうと繁った深い森の中の小さな草原。昔、少年時代のグレンとアランが俺たちの領土だ!と、故郷の大人たちも知らない秘密の場所。
「ここでアランと戦ったの?」
レイラが訊ねる。
「そうだ。ほら、あそこに見える洞穴にアランはいた。髪はボサボサ、衣服もボロボロで悪臭を放ち、あいつは廃人になっていたよ」
「廃人か…」
墓標であるアラン愛用の魔法の杖は、風雪により朽ちている。それを見つめているソニア。
そう、二人の強い希望により今回の墓参は三人で来た。旧『アカツキ』のメンバーだ。
「今でも不思議なのよ。どうして私とレイラはアランなんか好きになったんだろうって。かつて、あんなに嫌だったあいつの体臭までいい匂いと思うようになっちゃってね…」
「…何か、惚れ薬系統の魔法でも使ったんじゃないの?」
主人公補正と言っても二人には理解不能だろう。二人がアランと結婚するのは小説のエピローグでキッチリ記されているしな。
だが今は、どんな超展開か、俺の第五夫人と第六夫人だ。二人は今もアランを許していないし、スタンピートの時、アランの御霊が勝ち誇った顔で助けに入ったことが腹に据えかねているらしい。
人間、誰しも『あいつにだけは助けてもらいたくない』と言う相手がいる。俺はともかくソニアとレイラには許しがたいことなのだろう。
「でもね、グレン」
「ん、なんだソニア」
「あの男は許されることを望んでいないと思う」
「そうだな…」
レイラも同じ気持ちのようだ。だから墓参しても供物も無ければ手も合わせない。
「アラン、ソニアとレイラ、お前を許さないってよ。だけど助かったよ。あの時、お前の御霊の助けが無ければ俺たちは敗れていたかもしれない」
「グレンは優しいねぇ…。でも」
ソニアはレイラに目で合図し、一緒になって
「「べぇ~ッだ!」」
アランの墓標に向かって二人でアッカンベ。子持ちの三十路女のすることかよ、と思うがアランにとっちゃ、手を合わせられるより嬉しいかもしれないな。
前世の俺、高野健司は『ざまぁ』展開の異世界転生ファンタジー小説を好んで読んだ。
特に『不細工で太っている補助魔法士の華麗な成り上がり』と言う作品が好きだった。
何の因果か、俺はその小説の世界へと転生し、かつ主人公にざまぁされる馬鹿勇者となっていた。
しかし、ハッピーエンド後の世界で主人公は奈落に落ち、栄光と伴侶も失い、罪人となり果てた挙句に廃人となって、かつて、ざまぁをした馬鹿勇者に討たれることになった。
ざまぁ返しとでも言うのか、だが話はそれで終わらない。
シートピアを襲ったスタンピート、巨大なレッドベア三体に俺、ソニア、レイラがあわやというところにアランの御霊が加勢に来た。
《どうだよ、俺に助けてもらった感想は?》
これが、お前の本心なのかは知らない。
だけど、お前にとって俺は自分を殺した男、ソニアとレイラは裏切り者なんだろう?それでもお前は助けに来た。魂となってでも…。
「礼を言うぜ」
森の木々が風に揺れて、俺たち三人に、その風は優しくそよいだ。アランなりの返事だったのかもしれない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
<エピローグ>
さらに十年の月日が流れた。
バレンシア王国の海洋都市シートピアに建設された治癒魔法学校から治癒(大)の使い手が幾人か誕生し、他国からの留学生も増えた。
ターサンド王国王都ブルドンの同学校でもケンジの長女アイカを始め、多くの治癒(大)の使い手が育成されて卒業していった。いまケンジがやっているのは、もっぱら痣の消去と後進の育成のみ。
現在ケンジは四十、妻六人と子供たちと仲睦まじく過ごしていた。
そして今日、ケンジの第二の拠点と言うべきシートピアの治癒魔法学校の入学式。
最低ラインが治癒(中)の使い手であることだから大陸全土から入学と言っても、わずか三十人ほどだ。
ケンジは講堂で一人一人の顔を見ていく。今年も逸材が揃ったと満足げだ。
新入生一人一人が校長、そして筆頭講師であるケンジに挨拶していく。
十二番目の少女が凛と立ち上がり
「私は!治癒(大)を目指すと同時に奇跡の治癒師様が持つ、もう一つの力、痣を消滅させる能力も身に付けるつもりです!そのために水魔法(中)も何とか体得してきました!」
ケンジは少女を見た。あの技はほとんど感性でやるようなもので魔法理論も何もあったものじゃない。
ケンジ自身、伝授は至難、自分一代限りの技術と思っていた。
しかし、少女は本気のようだ。顔に痣がある身内でもいるのかと思ったが、よく見れば見覚えがある顔だった。
「以上!地元シートピア出身、名はキラリ!よろしくお願いいたしますっ!」
そう、震災当日、ケンジが救出した母娘の少女だったのである。
ケンジを見つめ、綺麗な所作でお辞儀。
少女は忘れなかった。あの時、危険を顧みず自分と母親を助けてくれたケンジの姿を。
ケンジは少女を見つめ、どこかの怪盗のように
「大きくなりやがって…」
と、優しく微笑んだ。
そして、このキラリだけが痣消去の魔法を体得するに至る。キラリはこの痣消去の魔法の理論化も完成させ、多くの術者を育てていく。後の世にケンジの長女アイカと共にケンジ門下の双璧と称えられることになる。
ケンジが六十になるころ。シートピアとターサンド王国王都でのロッグダメージ被害者女性の顔を元に戻すこと、痣を消すことは、もう完全に子供たちと弟子たちに委ねていた。
愛妻サナに言った『世界を周る』が、ようやく叶う時が来た。
ケンジはサナ、アザレア、マリナ、ミファン、ソニア、レイラを連れて旅をした。
見たことも無い大きな滝、地平線を埋め尽くすほどの広がる花園、美しい大河、海、山河、大喜びの妻たちを見て、それを幸せに思うケンジ。
美味いものを食べて、のんびりと温泉に。妻たちと肌を合わせる。
行く先々で怪我人やロッグダメージ被害者女性の治療をしていく。
奇跡の治癒師ケンジ御一行様は世界各地で大歓迎を受けた。
そして晩年、ケンジは妻六人と子供たち、孫たちに看取られて世を去った。
享年七十二歳。ターサンド王国とバレンシア王国の歴史に英雄として名が刻まれた。
「お疲れ様、ケンジ…。あなたの妻になれて本当に良かった」
サナは夫ケンジの額に触れ、薄くなった頭を愛しそうに撫でた。
ロッグダメージ、心無い男が逆恨みで女の顔に酸を浴びせて溶かす残虐極まりない行為。
地球で言うアシッドアタック、これに敢然と立ち向かい、多くの女性たちの顔を元に戻し、かつ後継者も育てた奇跡の治癒師ケンジ。
彼により救われた女性たちは、恩人の死を知ると、ケンジ最期の地、ターサンド王国王都の方向に手を合わせ『ありがとうございました』と礼を述べたと伝えられている。
東日本大震災級の大地震と津波、そして、そのあとにモンスターの大群とは。
スタンピートというやつかもしれないが、原作小説にそんな展開はない。あの物語は冒険者を主人公にしているもののモンスターの設定はかなり杜撰だ。
勇者グレンが奈落に落ちるきっかけとなったレッドベア、アランたちが倒して栄光を掴んだ邪竜ゲドラ、主なるものはこれくらいしか登場しない。酸を吐きだす昆虫系モンスターなんて存在を知ったのも、俺がターサンド王国に行ってからの話。原作には登場しない。
冒険者ギルド定番のモンスターの素材を売ると金になると言う描写はある。それがためモンスターがいる世界と言うのは判明している。魔王は登場しないが。
だが、どんなモンスターが出るのかは分からない。
そしていま、どうしてスタンピートが起きているのかも不明だ。
だが、四の五の考えている場合じゃない。
俺はグレンの特技『察知』『地図』を応用して神視点でスタンピートを見た。
数はざっと七百から八百というところ。モンスターは獣系、昆虫系、そして容貌のイメージから言ってゴブリン、オークなどだ。邪竜ゲドラみたいな大物がいないことが救いか。
俺は傍らにいたリチャード卿にモンスターの種類について話した。
「おそらくは地震と津波によって棲み処と食糧を失い、本来はテリトリーから出てこずに人も襲わない彼らの理性が弾け飛んだものかと」
リチャード卿の推測に俺とミファンも頷いた。シートピアの南に位置するナバラ山脈、そのふもとに広がる大森林に彼らは棲んでいる。基本的に彼らは人間が自分のテリトリーに入ってこない限り攻撃してこない。よってシートピアの民たちは、その森に近づかず、町の先祖たちが森の入り口付近から種や苗木を調達してきて防波堤や町の外に植え付け、自分たちで森を作り木材を確保していた。良好な関係、とは言えないが互いの暮らしに干渉せず、ここシートピアの民とモンスターは共存していたが、ついにそれが崩れる時が来た。
彼らモンスターが棲む大森林もまた甚大な被害を受けた。そして食糧を求めて人里急襲というわけか。
「リチャード卿、ゴブリンとオークは人間の女性を苗床と」
「いや、それはないですな。いざ戦闘になったら女子供にも容赦なしですが人間の女を犯すと言うのはありません」
ホッとした。俺はこれからソニア、レイラ、ミファンという愛する女も戦闘に巻き込む。さらわれて女の尊厳を踏みにじられるなんて耐えられない。ミファンが
「旦那、私たち子持ちで三十過ぎているのよ。敵さんだって若い女の方がいいでしょうよ」
ケラケラと笑っていた。君のその明るさには助けられてばかりだな。
俺は避難所から出て、再び高台に。そして
「ここシートピアに拠点を置く冒険者たちよ、そして海の男たちよ、いまここシートピアの町にナバラ山脈ふもとの大森林に棲むモンスターが押し寄せてきている。数は七百から八百、戦える者は武器を取れ。愛する家族を守るために。私はケンジ、治癒師なれど戦士である」
特技『号令』でシートピア町民すべての耳に届くよう伝えた。
それぞれ避難所にいた冒険者や漁師たち、ナバラ山脈をキッと見据えた。
号令は身を引き締め、戦意を高ぶらせる。
「私が指揮を取る。我に続け!」
「「オオオオオオオッ!」」
冒険者は言うに及ばず、漁師もまた戦闘民族だ。リチャード卿のように七十過ぎてもマッチョな爺はたくさんいる。まして愛する家族を守るためならば立ち上がる。それは俺の妻たちも同じで
「やれやれ、また鎧を身にまとうなんてね」
魔法剣士のレイラ、収納魔法から、かつての装備を取り出して身に付け始めた。
ソニアも同じく魔法の杖を取り出し、マントを羽織り、三角帽子を頭にかぶった。
来るな、なんて野暮は言わない。彼女たちも愛する我が子を守るために戦うのだから。
「エレナ、私とレイラの子、お願い」
「分かった。任せて」
「ママ、かっこいい!」
ソニアの子テリーは目をキラキラさせて母ソニアを見ている。レイラの子ステラも同じだ。
「ありかとうテリー、ママが絶対に守ってあげるからね」
「ステラ、ママが帰ってくるまでエレナおば様の言うことを聞いて待っているのよ」
「うん」
レイラはステラの頭を撫でて微笑んだ。そしてエレナに子供たちを任せてモンスターの大群がいる方向を見据えたソニアとレイラの顔、それは戦う女の顔だった。惚れ直したぜ。
もちろん、リチャード卿とミファンもやる気十分だ。
「リチャード卿、すいませんね、貴方はターサンドの人なのに」
「なに、若い海女姉妹とデキてしまいましてね。私も若い恋人たちに点数稼がなきゃと必死なんですよ。さ、参りましょう。久方ぶりに腕が鳴ります」
リチャード卿は収納魔法から剣を取り出した。すげえ業物だ。
俺、リチャード卿、ミファン、ソニア、レイラはスタンピートの方向へと走った。
俺は冒険者と漁師たちと合流し、神視点で見つめているモンスターの大群の様子を知らせた。
『推測だが』と前置きし、モンスターの大群に統率者はおらず、ただ棲み処と食糧を失い狂暴化したと伝えた。
「ゴブリンとオーク、漁師たちに任せる。飛び道具は持っていないみたいなので、最初は投石と弓で攻撃したのち二人一組で当たる。あとは各船長たちの判断に任せる」
「おうっ!」「任せてくれ!」
「昆虫系は冒険者たちに任せる。最初俺が電撃を落として出来るだけ無力化する。その後の掃討を頼む。素材の確保は戦闘後と心得よ。あとアント系モンスターの酸攻撃は十分気を付けるように」
「分かった」「了解です」
「獣系は俺たち『アカツキ』リチャード卿、ミファンで当たる。ソニアは後衛、魔法で援護してくれ」
「分かったわ」
「リチャード卿は遊軍、俺、レイラ、ミファンは横隊で戦い、強い単体がいたら突撃陣形を組む」
「「おうっ!」」
「来るぞーッ!」
斥候に出ていた漁師の若者が叫んだ。やはり羽のある昆虫系モンスターが早い。雀蜂が巨大化したモンスターの大群だ。俺は『察知』『地図』を頭に浮かべ、討ち漏らしが無いよう
「落ちろ雷!電撃!」
ゴロゴロ…
ピカッ!
ビシャァーン!
「グギャアアアア!」
勇者の称号を持つ者のみが使える電撃。グレンは元々電撃(中)の使い手だったけれど、俺が実戦に使うのは初めてだった。治癒(大)ほど魔力は使わない。俺は心の中で『サンダーブレイク!』と某マジンガーみたいな技の名前を叫びながら連発して放った。
雀蜂のモンスターは全部地に落ちた。その後、蟻とカマキリ、ダンゴ虫の巨大化モンスターも出てきたが作戦通り、電撃で鈍らせた後は冒険者たちに任せた。だけど、ダンゴ虫の巨大化モンスター、王蟲にそっくりだった。
それにしても漁師たち、すげえ強いんだけど。オークを素手でブン殴っているし。
まあ、地球でも漁師たちって爺になっても戦闘民族みたいな人たちばかりだったし、こっちもそうなんだろう。
リチャード卿、リアル戦〇無双だった。初めて会った時に上泉信綱や塚原卜伝って、こんな雰囲気だったんじゃないかと思ったけれど、これ当たりだった。剣一閃で獣系モンスターが胴体や首を分断されて吹っ飛んでいるし。
「俺たちも負けていられないな!行くぞ、ミファン、ソニア、レイラ!」
俺は実戦ほとんど初めてだけど、さすが元勇者のグレン、最期は残念だったけれど彼の経験がそのまま俺の実戦経験となる。違うのは武器だけ。俺は斧を振るう。消防士の武器と言えば斧だからな!
ミファンは拳と蹴りで猪が巨大化したモンスターを何体も撲殺。夫婦喧嘩なんて絶対に出来ないと思った。
レイラの魔法剣は三十路過ぎたおばさんとは思えないくらい冴えわたり、ソニアは後方から援護、大きな石礫を横殴りの雨のように振らせ、業火の炎で焼き尽くす。
終わりが見えた…。と思ったら
「第二陣来ます!」
「なんだと!?」
モンスターの種類は変わらないが、今度は数が倍近くになっている。
これはまずい。勝てるか、退けられるか、と思った時に後詰が来るとなれば厄介だ。
「くじけるな!戦い方は先と同じだ!うなれ電撃!」
ピシャーン!
「蹴散らせぇ!」
「「オオオオオオオッ!!」」
激戦のすえ第二陣もようやく終わりが見えてきた、その時だった。
息も絶え絶えの俺たちの前に現れたのは巨大な熊のモンスター。グレンにとって忘れられない敵。
「レッドベア…。しかも三体…」
こいつらが最後のようだが、三体ともグレンが敵前逃亡やらかしたレッドベアより大きい。
他の漁師隊、冒険者隊も残敵掃討のため加勢に来られない。さしものリチャード卿も疲れが出始め肩で息をしている。
「やるしかないな。バラバラになって一体ずつに当たるのではなく各個撃破でいく。五人全員で向かって左のレッドベアに当たる。突撃陣形、俺、ミファン、レイラ、ソニア、そしてリチャード卿、しんがりを頼む」
「「了解!」」
「任されました」
「グオオオオオオオ!!」
「行くぞ!」
事前の打ち合わせや訓練が無くても合わせられる、さすがは元冒険者たちだ。
俺が先陣を切って飛んで斧を頭頂部に、ミファンは正拳突きを、そしてレイラが魔法剣で突こうとするところを真ん中にいたレッドベアがレイラとソニア、リチャード卿ごと体当たりして吹っ飛ばした。各個撃破なんて許さないということか。血に飢えた獰猛な獣レッドベア。
俺とミファンは後退して、吹っ飛んだソニアたちのもとに。治癒魔法をかけた。リチャード卿が
「ケンジ殿、二、二、一で三体のレッドベアに当たりましょう。私が一体面倒を見ます」
「分かりました。俺とレイラ、ミファンとソニアで行くぞ」
「「了解!」」
しかし、今までの戦いによる疲労は大きかった。攻撃は通じず防戦で精一杯。
「はぁ、はぁ、くそっ…!」
ミファンはついに膝を地につけた。どうすればいい、どうすれば…
その時だった。
俺、ソニア、レイラ、ミファン、リチャード卿の攻撃力、防御力、魔法攻撃力、素早さが急上昇していくのが分かった。
「まさか…!」
俺、ソニア、レイラは後ろを振り返った。そこに、確かにいた。
髪はボサボサ、顔は吹き出物だらけの不細工、かつ肥満漢のあの男が。
そしてゆっくり口が動いた。聴こえないが確かに俺たちに伝わった。ニイと笑いながら。
《どうだよ、俺に助けてもらった感想は?》
アラン…!
ミファンとリチャード卿には見えなかったようだが力が一気に跳ね上がったことは分かったようだ。
あの野郎…!
「「うおおおおおおっ!」」
全員突撃だ!
「でりゃあああ!正拳突きィ!」
ミファンの正拳突きで吹っ飛んだレッドベア、その後方に回り込んだリチャード卿が首を刎ねた。
「燃えろおおお!」
ソニアの放った炎に包まれ
「グオオオオオ!」
と断末魔の叫びをあげるレッドベア
「もらったぁ!」
レイラが首を刎ねた。
雷神の槌のようなレッドベアの腕の一撃を俺は受けきった。信じられない防御力だ。
「ははは、そりゃ悔しいさ。こんな極限状態の時に、お前のお情けで助けてもらうのは耐えられない屈辱だよ。だが、いいさ。馬鹿勇者は主人公にざまぁされるもんなんだからよ!最高のざまぁだぜ、我が友よ!」
俺の斧は目の前のレッドベアを唐竹割り、左右で生き別れし絶命した。
他の隊も残敵の掃討をし終えたらしい。さらにモンスターは出てきていない。俺は
「守ったぞおおお!」
『号令』と共に斧を高々にあげて勝鬨をあげた。
「「オオオオオオオオオオオオッッ!!」」
スタンピートに立ち向かった戦士たちと全町民が両腕を高々と掲げた。
アランの御霊がいた場所に、もうあの男はいなかった。
「ソニア…」
「なぁに、レイラ」
「…アランの野郎、ぶん殴ってやりたい」
「…私もだよ。見たか、あの優越感に浸っていた顔。むかつく!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シートピア大震災から時が過ぎた。
前世、阪神淡路大震災と東日本大震災に緊急消防援助隊の隊員として出場した俺。まさか転生先でも大震災に遭おうとは思わなかった。
しかも、こっちは地震と津波のあとスタンピートだ。よくしのぎ切ったと思うよ。
負傷者は多く出たが、幸いに死者はいなかった。負傷者は俺が治癒魔法をかけたら元気になった。
震災から数日後、サナがターサンド王国から大量の支援物資を届けに来てくれた時は涙が出てきたよ。
あっちでは微震だったそうだけど、サナは自国のカノンダ帝国と隣接するバレンシア王国が地震大国であることを思い出し、シートピア被災の裏取りをするや、速攻で高速船を借りて、王国からかき集められるだけの食糧と物資を手に入れて、シートピアに向かってくれたとのこと。
再会するや抱きしめてしまったよ。アザレアとマリナ、アイカ、そして子供たちも来てくれて本当に嬉しかった。
ソニアとレイラ、ターサンド王国にいる俺の妻たちと会うのは初めてだったが、すぐに打ち解け、炊き出しを一緒にやることに。
俺はしばらくシートピアの復興に手を貸したいと思い、その報告も兼ねてリチャード卿だけ先に帰国してもらった。その見送りの桟橋で美人の海女姉妹から体を密着された状態でキス攻めにされていて『早く戻ってきて』とお願いされていた。同じ爺としてすげえと思った。
瓦礫の撤去、仮設住宅建設、すべきことは山積み。俺は治癒師だけではなく時に人間重機としても働き、シートピアの復興のために尽力した。
震災から、しばらく経つと、リチャード卿が再び訪れて帰国命令が届いた。
国王と宰相、そして冒険者ギルドに顔を見せて安心させてほしいと。
ソニアとレイラは変わらずシートピアに留まることを選んだ。サナたちと別れを惜しんでいた。嫁六人は、もう家族なのだから。
明日、シートピアを発つことにした俺は
「もう二度と来ることはないと言ったが来ちまったよ、アラン」
俺しか知らないアランの墓所。故郷の町ホーストからほど近い、うっそうと繁った深い森の中の小さな草原。昔、少年時代のグレンとアランが俺たちの領土だ!と、故郷の大人たちも知らない秘密の場所。
「ここでアランと戦ったの?」
レイラが訊ねる。
「そうだ。ほら、あそこに見える洞穴にアランはいた。髪はボサボサ、衣服もボロボロで悪臭を放ち、あいつは廃人になっていたよ」
「廃人か…」
墓標であるアラン愛用の魔法の杖は、風雪により朽ちている。それを見つめているソニア。
そう、二人の強い希望により今回の墓参は三人で来た。旧『アカツキ』のメンバーだ。
「今でも不思議なのよ。どうして私とレイラはアランなんか好きになったんだろうって。かつて、あんなに嫌だったあいつの体臭までいい匂いと思うようになっちゃってね…」
「…何か、惚れ薬系統の魔法でも使ったんじゃないの?」
主人公補正と言っても二人には理解不能だろう。二人がアランと結婚するのは小説のエピローグでキッチリ記されているしな。
だが今は、どんな超展開か、俺の第五夫人と第六夫人だ。二人は今もアランを許していないし、スタンピートの時、アランの御霊が勝ち誇った顔で助けに入ったことが腹に据えかねているらしい。
人間、誰しも『あいつにだけは助けてもらいたくない』と言う相手がいる。俺はともかくソニアとレイラには許しがたいことなのだろう。
「でもね、グレン」
「ん、なんだソニア」
「あの男は許されることを望んでいないと思う」
「そうだな…」
レイラも同じ気持ちのようだ。だから墓参しても供物も無ければ手も合わせない。
「アラン、ソニアとレイラ、お前を許さないってよ。だけど助かったよ。あの時、お前の御霊の助けが無ければ俺たちは敗れていたかもしれない」
「グレンは優しいねぇ…。でも」
ソニアはレイラに目で合図し、一緒になって
「「べぇ~ッだ!」」
アランの墓標に向かって二人でアッカンベ。子持ちの三十路女のすることかよ、と思うがアランにとっちゃ、手を合わせられるより嬉しいかもしれないな。
前世の俺、高野健司は『ざまぁ』展開の異世界転生ファンタジー小説を好んで読んだ。
特に『不細工で太っている補助魔法士の華麗な成り上がり』と言う作品が好きだった。
何の因果か、俺はその小説の世界へと転生し、かつ主人公にざまぁされる馬鹿勇者となっていた。
しかし、ハッピーエンド後の世界で主人公は奈落に落ち、栄光と伴侶も失い、罪人となり果てた挙句に廃人となって、かつて、ざまぁをした馬鹿勇者に討たれることになった。
ざまぁ返しとでも言うのか、だが話はそれで終わらない。
シートピアを襲ったスタンピート、巨大なレッドベア三体に俺、ソニア、レイラがあわやというところにアランの御霊が加勢に来た。
《どうだよ、俺に助けてもらった感想は?》
これが、お前の本心なのかは知らない。
だけど、お前にとって俺は自分を殺した男、ソニアとレイラは裏切り者なんだろう?それでもお前は助けに来た。魂となってでも…。
「礼を言うぜ」
森の木々が風に揺れて、俺たち三人に、その風は優しくそよいだ。アランなりの返事だったのかもしれない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
<エピローグ>
さらに十年の月日が流れた。
バレンシア王国の海洋都市シートピアに建設された治癒魔法学校から治癒(大)の使い手が幾人か誕生し、他国からの留学生も増えた。
ターサンド王国王都ブルドンの同学校でもケンジの長女アイカを始め、多くの治癒(大)の使い手が育成されて卒業していった。いまケンジがやっているのは、もっぱら痣の消去と後進の育成のみ。
現在ケンジは四十、妻六人と子供たちと仲睦まじく過ごしていた。
そして今日、ケンジの第二の拠点と言うべきシートピアの治癒魔法学校の入学式。
最低ラインが治癒(中)の使い手であることだから大陸全土から入学と言っても、わずか三十人ほどだ。
ケンジは講堂で一人一人の顔を見ていく。今年も逸材が揃ったと満足げだ。
新入生一人一人が校長、そして筆頭講師であるケンジに挨拶していく。
十二番目の少女が凛と立ち上がり
「私は!治癒(大)を目指すと同時に奇跡の治癒師様が持つ、もう一つの力、痣を消滅させる能力も身に付けるつもりです!そのために水魔法(中)も何とか体得してきました!」
ケンジは少女を見た。あの技はほとんど感性でやるようなもので魔法理論も何もあったものじゃない。
ケンジ自身、伝授は至難、自分一代限りの技術と思っていた。
しかし、少女は本気のようだ。顔に痣がある身内でもいるのかと思ったが、よく見れば見覚えがある顔だった。
「以上!地元シートピア出身、名はキラリ!よろしくお願いいたしますっ!」
そう、震災当日、ケンジが救出した母娘の少女だったのである。
ケンジを見つめ、綺麗な所作でお辞儀。
少女は忘れなかった。あの時、危険を顧みず自分と母親を助けてくれたケンジの姿を。
ケンジは少女を見つめ、どこかの怪盗のように
「大きくなりやがって…」
と、優しく微笑んだ。
そして、このキラリだけが痣消去の魔法を体得するに至る。キラリはこの痣消去の魔法の理論化も完成させ、多くの術者を育てていく。後の世にケンジの長女アイカと共にケンジ門下の双璧と称えられることになる。
ケンジが六十になるころ。シートピアとターサンド王国王都でのロッグダメージ被害者女性の顔を元に戻すこと、痣を消すことは、もう完全に子供たちと弟子たちに委ねていた。
愛妻サナに言った『世界を周る』が、ようやく叶う時が来た。
ケンジはサナ、アザレア、マリナ、ミファン、ソニア、レイラを連れて旅をした。
見たことも無い大きな滝、地平線を埋め尽くすほどの広がる花園、美しい大河、海、山河、大喜びの妻たちを見て、それを幸せに思うケンジ。
美味いものを食べて、のんびりと温泉に。妻たちと肌を合わせる。
行く先々で怪我人やロッグダメージ被害者女性の治療をしていく。
奇跡の治癒師ケンジ御一行様は世界各地で大歓迎を受けた。
そして晩年、ケンジは妻六人と子供たち、孫たちに看取られて世を去った。
享年七十二歳。ターサンド王国とバレンシア王国の歴史に英雄として名が刻まれた。
「お疲れ様、ケンジ…。あなたの妻になれて本当に良かった」
サナは夫ケンジの額に触れ、薄くなった頭を愛しそうに撫でた。
ロッグダメージ、心無い男が逆恨みで女の顔に酸を浴びせて溶かす残虐極まりない行為。
地球で言うアシッドアタック、これに敢然と立ち向かい、多くの女性たちの顔を元に戻し、かつ後継者も育てた奇跡の治癒師ケンジ。
彼により救われた女性たちは、恩人の死を知ると、ケンジ最期の地、ターサンド王国王都の方向に手を合わせ『ありがとうございました』と礼を述べたと伝えられている。
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