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非日常は日常の中に落ちている――。
鉄輪鉄竜の一日は少しばかり不幸だった。
朝、ごみ出しに行ったら、鳥のフンを頭のてっぺんで受ける。
昼、降水確率0%なのに雨が降り出して、洗濯物が一気にずぶ濡れになる。
夜、不幸に負けず気合を充填し、必死に勤務したバイトに至ってはクレーム対応によって残業確定。
そんなこんなで時刻は既に深夜0時。
――良い事なんて何も無いな。
心の中で呟きながら、人の気配をまるで感じない閑散とした駅の階段を上がっていく。
鉄竜の暮らしている町は古里町と呼ばれる人口約5万人ほどの小さな田舎町。
田舎町というと長閑でのんびりしているなんていう印象を受けるだろうが、それ故に弊害も多い。
一つが交通だ。単純に言うと、電車が極めて少ない。
今、残されている電車はあと終電のみ。これを逃せば、鉄竜はバイトで疲れた身体にムチを打ち、電車で10分で帰れる道を徒歩30分で帰らなければならなくなる。
そんなのは嫌だ。だって、もう一日分の不幸は全部受けた。最後くらいは穏便に平和で過ごしたい。
鉄竜は確認の為、ポケットにある携帯電話の時刻を見る。
――どうやら、ギリギリではあるが、終電には乗れそうだ。
携帯電話の時刻を見て、鉄竜は安堵する。
世の中のことわざにはこんなものがある。
終わりよければ全てよし。つまり、このまま終電に乗って、何事も無ければ万事解決。
そんな素晴らしい事は無い。それに帰れば、鉄竜の帰りを待つ少女が好物の塩おにぎりでも作ってくれているはずだ。鉄竜は浮き足立つ心を抑えながら、足を進め、キョロキョロと辺りを見渡す。
――そういえば、ぜんぜん、人が居ないな。
終電にも関わらず今、このホームに鉄竜以外の人が見当たらなかった。
時々、鉄竜は終電で自宅に帰ることがあるのだが、こうして人一人も居ないというのは殆ど無い。
大抵は飲み会を行ったであろう酒臭いスーツ姿の男や鉄竜のようにバイト帰りの学生が姿を見せる事が多い。しかし、何故だろうか。今日は人、一人の気配すらも感じない。
まるで、この場所だけが世界から隔離されているような不思議で不気味な感覚。それは気のせいかもしれないが、言いようも無い不安感を煽られる。
しかし、鉄竜は深く考えずに足を進める。
そんな時だった。彼の眼前にそれは居た。
ホームのちょうど真ん中辺り。全体を覆う屋根に吊るされている灯りの最も強く、空気中に舞う埃がキラキラと宝石のように煌く場所。
そこに、見目麗しい女性が倒れている。
それに気が付いたと同時に、電車が来る機械的なアナウンスが響く。
けれど、鉄竜の耳はアナウンスを聞いていても、動じる事は無く、五感全てが女性から離せないでいる。
気づけば、鉄竜はゆっくりと吸い込まれるようにその女性へと足を進めていた。
近づけば近づくほど分かるその美貌に、目を奪われ、自身の進む指針を固定される。
そして、女性の全貌が明らかになる。
髪は黒々とした髪。それが灯りで照らされ、艶やかに輝いている。
顔立ちは可愛いというよりも凛々しい印象を受ける美人系。
目はツリ目で気高い印象を与え、スっとした鼻立ち。プックリとした唇。どれをとっても鉄竜が見た女性の中で最も魅力的だ。
それに拍車を掛けるように凹凸あるセクシーなボディラインを纏う真紅のドレスはどこかの王族か、貴族を思わせる高級感溢れている。
全体像を見ても、どこかの王女ないし、お嬢様そんな雰囲気を醸し出す女性だった。
何かのパーティなどの帰りなのだろうか――。
服装や雰囲気からそんな事を考えながら、鉄竜は膝を折って、女性を観察する。
そこで、気が付いた。彼女の最も異常な状況に。
それは鉄竜が歩いてきた方向とは逆側。彼女が寝転んでいる事で見えなくなっていた場所。
そこに、血溜まりが出来ていた。波紋のように未だ広がり続ける小さな血の海が。
「はっ――?」
鉄竜は頭の中にすぐに疑問符が芽生えた。
何故、こんな所でこんな事が起きている? こんな長閑がウリの小さな田舎町で。
それにこの状況、明らかに異常だ。
鉄竜は混乱し、ぐるぐると回る思考回路を抱えたまま、手を動かそうとした瞬間。
背中から腹部に掛けて強烈な違和感と衝撃を覚えた。へそから少しばかり上の部分が焼けるように熱い。口の中へと胃から逆流するように込み上げてくるもの。それはすぐに口内に来て、理解した。血だ。鉄の味が口内を支配する。
そして、脳が理解する。痛烈に、強烈に刺激する痛覚。それは腹部からくるもの。
「ぐぅっ!? ……なん、だってんだ」
口元から一筋の紅い血が零れ落ちる。
鉄竜は激痛の走る腹部を抑え、手に生暖かい感触を感じる。これは血だ。
何かに撃たれたのか? だとしたら、どうして? 一瞬、考えるが、鉄竜はすぐに背後を見る。
だが、そこには何も無い。
人一人も居ない、閑散とした空気と全身を包む春先にしては冷たい空気が流れるだけ。
鉄竜は唇を噛む。何が起きているのかまるで理解できない。けれど、ショックで頭は冷えた。
鉄竜は暖かい感覚がある腹部を抑えたまま、一度立ち上がると、足元に血が滴り落ちる。
「……狙ってんのは……この女か?」
最初に違和感、衝撃のようなものを感じたのは背中だ。受けた衝撃も、強く何かを貫いたような感覚。
素人目ながら、感じた事をそのまま考えるのなら、銃弾のようなもの。
となると、何かしらの刺客のような、命を狙っている存在でも居るというのか。鉄竜か、この女性を狙った何かが。そして、その存在が背後から、それも見えない場所から撃ったという事なのだろうか。
否。
しかし、しかしだ。そもそもの話。この異常の始まりはもっと最初からあったはずだ。
そう、何故、終電にも関わらず、この場に人が一人も居ない、閑散としている?
普通ならばサラリーマンの一人や二人だって居てもおかしくはないだろう。
今だって電車が来たというのに、人一人も降りなかった。そんな事があるのか。
これだけの出来事。明らかに常軌を逸脱した出来事。
腹部に傷を負った美女が血を流して倒れて、誰も見ていないなんて事があるのか。
鉄竜は心の中で痛烈に舌打ちをする。
――なんだってんだよ、ホントッ! めんどくせぇ!
鉄竜は心の中で絶叫する。
だが、うろたえてばかりではいけない。鉄竜は落ち着ける為、一つ息を吐き、冷静に状況を確認する。
「……くそったれが」
鉄竜は自身のパーカーを脱ぎ、シャツを捲り上げる。そこから見える受けた傷。腹にある丸く紅い傷。
未だ血が流れているが、ドクドクと血が蛇口を捻った水のように溢れ続けている。
しかし、それと同じように傷口には異常が見て取れる。それは傷口が熱を帯びているのか、鉄板で肉を焼くような音と煙が上がっている。鉄竜はそれを確認し、シャツを下げた。
「とりあえず、狙われてるのはこいつだと考えていいんだよな」
痛みが和らいでいく腹部の感覚を確かに感じながら、鉄竜は女性を右肩を担ぎ、右手で支える。
恐らく、状況から見ても狙われているのはこの女性。だとするのなら、まずは彼女を安全なところへと運び、そこから何かしらの治療を施さなければならない。
でなければ、彼女を助ける事は出来ない。
瞬間、全身を撫で回すぞわぞわとした悪寒を感じ、鉄竜はすぐさま女性を抱えたまま、後方へと飛ぶ。
その動作と示し合わせたように、上から地面に炸裂し、弾ける弾。
弾は地面を弾き、鉄竜の近くへと静かに転がる。鉄竜はそれを見て、口を開いた。
「これは銃弾か……俺を撃った奴で間違いないだろうな……だとすると……傷はこれか?」
鉄竜は近くに落ちた一発の銃弾を拾い、ポケットに入れ、射出された方向を見る。
この銃弾。撃ってきた角度は上空。上方斜めから射出され、斜めで地面に炸裂し、弾いている。
しかし、ホームの構造上この方法では地には届かない。
この駅のホームは全体を屋根が覆っていて、穴が開いている訳ではない。つまり、実弾が通る事は100%不可能だといっても間違いはない。
「……いや、待てよ。常識を疑え……。ここはそういう場所だ……屋根をすり抜けてるとしたら……」
そんな事ありえない。触った感触、形。どれをとっても、普通の銃弾と相違ない、そんな気がする。
そもそも屋根を、物体をすり抜ける実弾なんて聞いた事もないし、そんな銃弾があったら、紛争地域などで大活躍している。敵の死角から攻撃できるのだから。
どう考えようとも、この状況はあまりに異質で、異常だ。だからこそ、常識に囚われてはいけない。
それに、このままここに居ては彼女も危険で、鉄竜自身の命だってもしかしたら危ないかもしれないからこそ、考えている場合ではない。
「くっ!?」
鉄竜は全身を駆け巡る嫌な予感を直感する。
すぐさま視線を上、屋根へと向ける。瞬間、鉄竜は己の目を疑った。
「なっ!? ほ、本当にすり抜けてやがる!?」
持ち前の動体視力で確かに見切った。屋根を水の雫が落ちた波紋のようにすり抜け、鉄竜を狙って飛んでくる三発の銃弾を。
鉄竜はすぐさま地を蹴る。この銃弾をかわし、その勢いその場を後退する。
だが、鉄竜が気づいたとき。既に銃弾の一発は鉄竜の右手に刺さる。
「ぐっ……読んでたのか……」
鉄竜は後方に大きく跳んだ勢いを左手で減速しながら、恨めしげに呟く。
完全に動きを読まれていた。飛ぶ方向、逃げる速度。反応から行動までのその全てを。たった一度、動作しただけで。
一体、どれほどの腕前を持つスナイパーがこの田舎に来たものなのだろうか。
そもそも、なんでこんな目に遭わなければならない。
鉄竜の心の中には怒りが湧き上がり、叫んだ。
「誰だよ! チクショウが! 見えない所から狙いやがって! 顔を出しやがれ、ぶっ飛ばしてやる!」
だが、出てくる気配は微塵も無く、むしろ、辺りには騒いだ分の静けさが返って来るだけ。
鉄竜は苛立ちがどんどんと募っていくが、己を律する為、唇を力いっぱい、血が出るほど噛んだ。
「っ……とりあえず、状況とかを考える前に、この子を助けないとな」
鉄竜は肩に背負う女性の背中を軽く叩く。
彼女を助ける事。それが今、やるべき最大の事。
不可解な事は沢山ある。状況も、撃たれている理由も、彼女の存在も。何もかもが不可解だ。
けれど、それ以上に物事はシンプルだ。今、この場に居る鉄輪鉄竜に出来る事。
彼女を助ける事だ。
確かに、彼女とは初対面で、関係だって何も無い。けれど、命を狙われていて、助けないという話もそれはそれでまた違う。助ける義理は無いが、それを言うなら、助けない義理だって無い。
けれど、それ以前に――鉄竜は彼女を助けなければならない。否、助ける事が絶対条件なのだ。
鉄竜は両膝を折り、左手を地面に付け、両足に力を溜める。
刹那――またも、全身を包み込む悪寒。だが、今度は間違えない。
鉄竜は一気に両足に込めた力を解放する。それは強力なバネの力となって放出され、地を砕き、隆起させ、天井を穿ち、貫く。
町明かりの少ない夜空を彩る星々と月光に晒され、鉄竜は空中を蹴る。
「狙ってる奴が万が一、俺と似た人間なんだとしても、俺に追いつく事は出来ないはずだ。だったら、その速度を利用して逃げる。だから――少しだけ、我慢してくれよ!」
鉄竜は励ましの意味で女性の背中を叩き、近くの建物の屋根へと着地をする。
瞬間、すぐさま屋根を蹴り、また近くの屋根を伝って、どんどんと速度を上げていく。
フラッシュ暗算を見せられているかのように目まぐるしく景色は変化していき、鉄竜は女性を抱えたまま、心の中で叫んだ。
――死ぬんじゃねぇぞ。俺の一日の不幸が人の死なんてシャレにならねぇからな!
一日の終わりで、最大の不幸が人の死なんていう事が鉄竜には認められない。
終わりよければ全て良し。このまま彼女を助ける事が出来たのなら、それが一番に決まっている。
だから、鉄竜は夜の街を最高速で、一つの閃光となり、駆け続けた――。
鉄輪鉄竜の一日は少しばかり不幸だった。
朝、ごみ出しに行ったら、鳥のフンを頭のてっぺんで受ける。
昼、降水確率0%なのに雨が降り出して、洗濯物が一気にずぶ濡れになる。
夜、不幸に負けず気合を充填し、必死に勤務したバイトに至ってはクレーム対応によって残業確定。
そんなこんなで時刻は既に深夜0時。
――良い事なんて何も無いな。
心の中で呟きながら、人の気配をまるで感じない閑散とした駅の階段を上がっていく。
鉄竜の暮らしている町は古里町と呼ばれる人口約5万人ほどの小さな田舎町。
田舎町というと長閑でのんびりしているなんていう印象を受けるだろうが、それ故に弊害も多い。
一つが交通だ。単純に言うと、電車が極めて少ない。
今、残されている電車はあと終電のみ。これを逃せば、鉄竜はバイトで疲れた身体にムチを打ち、電車で10分で帰れる道を徒歩30分で帰らなければならなくなる。
そんなのは嫌だ。だって、もう一日分の不幸は全部受けた。最後くらいは穏便に平和で過ごしたい。
鉄竜は確認の為、ポケットにある携帯電話の時刻を見る。
――どうやら、ギリギリではあるが、終電には乗れそうだ。
携帯電話の時刻を見て、鉄竜は安堵する。
世の中のことわざにはこんなものがある。
終わりよければ全てよし。つまり、このまま終電に乗って、何事も無ければ万事解決。
そんな素晴らしい事は無い。それに帰れば、鉄竜の帰りを待つ少女が好物の塩おにぎりでも作ってくれているはずだ。鉄竜は浮き足立つ心を抑えながら、足を進め、キョロキョロと辺りを見渡す。
――そういえば、ぜんぜん、人が居ないな。
終電にも関わらず今、このホームに鉄竜以外の人が見当たらなかった。
時々、鉄竜は終電で自宅に帰ることがあるのだが、こうして人一人も居ないというのは殆ど無い。
大抵は飲み会を行ったであろう酒臭いスーツ姿の男や鉄竜のようにバイト帰りの学生が姿を見せる事が多い。しかし、何故だろうか。今日は人、一人の気配すらも感じない。
まるで、この場所だけが世界から隔離されているような不思議で不気味な感覚。それは気のせいかもしれないが、言いようも無い不安感を煽られる。
しかし、鉄竜は深く考えずに足を進める。
そんな時だった。彼の眼前にそれは居た。
ホームのちょうど真ん中辺り。全体を覆う屋根に吊るされている灯りの最も強く、空気中に舞う埃がキラキラと宝石のように煌く場所。
そこに、見目麗しい女性が倒れている。
それに気が付いたと同時に、電車が来る機械的なアナウンスが響く。
けれど、鉄竜の耳はアナウンスを聞いていても、動じる事は無く、五感全てが女性から離せないでいる。
気づけば、鉄竜はゆっくりと吸い込まれるようにその女性へと足を進めていた。
近づけば近づくほど分かるその美貌に、目を奪われ、自身の進む指針を固定される。
そして、女性の全貌が明らかになる。
髪は黒々とした髪。それが灯りで照らされ、艶やかに輝いている。
顔立ちは可愛いというよりも凛々しい印象を受ける美人系。
目はツリ目で気高い印象を与え、スっとした鼻立ち。プックリとした唇。どれをとっても鉄竜が見た女性の中で最も魅力的だ。
それに拍車を掛けるように凹凸あるセクシーなボディラインを纏う真紅のドレスはどこかの王族か、貴族を思わせる高級感溢れている。
全体像を見ても、どこかの王女ないし、お嬢様そんな雰囲気を醸し出す女性だった。
何かのパーティなどの帰りなのだろうか――。
服装や雰囲気からそんな事を考えながら、鉄竜は膝を折って、女性を観察する。
そこで、気が付いた。彼女の最も異常な状況に。
それは鉄竜が歩いてきた方向とは逆側。彼女が寝転んでいる事で見えなくなっていた場所。
そこに、血溜まりが出来ていた。波紋のように未だ広がり続ける小さな血の海が。
「はっ――?」
鉄竜は頭の中にすぐに疑問符が芽生えた。
何故、こんな所でこんな事が起きている? こんな長閑がウリの小さな田舎町で。
それにこの状況、明らかに異常だ。
鉄竜は混乱し、ぐるぐると回る思考回路を抱えたまま、手を動かそうとした瞬間。
背中から腹部に掛けて強烈な違和感と衝撃を覚えた。へそから少しばかり上の部分が焼けるように熱い。口の中へと胃から逆流するように込み上げてくるもの。それはすぐに口内に来て、理解した。血だ。鉄の味が口内を支配する。
そして、脳が理解する。痛烈に、強烈に刺激する痛覚。それは腹部からくるもの。
「ぐぅっ!? ……なん、だってんだ」
口元から一筋の紅い血が零れ落ちる。
鉄竜は激痛の走る腹部を抑え、手に生暖かい感触を感じる。これは血だ。
何かに撃たれたのか? だとしたら、どうして? 一瞬、考えるが、鉄竜はすぐに背後を見る。
だが、そこには何も無い。
人一人も居ない、閑散とした空気と全身を包む春先にしては冷たい空気が流れるだけ。
鉄竜は唇を噛む。何が起きているのかまるで理解できない。けれど、ショックで頭は冷えた。
鉄竜は暖かい感覚がある腹部を抑えたまま、一度立ち上がると、足元に血が滴り落ちる。
「……狙ってんのは……この女か?」
最初に違和感、衝撃のようなものを感じたのは背中だ。受けた衝撃も、強く何かを貫いたような感覚。
素人目ながら、感じた事をそのまま考えるのなら、銃弾のようなもの。
となると、何かしらの刺客のような、命を狙っている存在でも居るというのか。鉄竜か、この女性を狙った何かが。そして、その存在が背後から、それも見えない場所から撃ったという事なのだろうか。
否。
しかし、しかしだ。そもそもの話。この異常の始まりはもっと最初からあったはずだ。
そう、何故、終電にも関わらず、この場に人が一人も居ない、閑散としている?
普通ならばサラリーマンの一人や二人だって居てもおかしくはないだろう。
今だって電車が来たというのに、人一人も降りなかった。そんな事があるのか。
これだけの出来事。明らかに常軌を逸脱した出来事。
腹部に傷を負った美女が血を流して倒れて、誰も見ていないなんて事があるのか。
鉄竜は心の中で痛烈に舌打ちをする。
――なんだってんだよ、ホントッ! めんどくせぇ!
鉄竜は心の中で絶叫する。
だが、うろたえてばかりではいけない。鉄竜は落ち着ける為、一つ息を吐き、冷静に状況を確認する。
「……くそったれが」
鉄竜は自身のパーカーを脱ぎ、シャツを捲り上げる。そこから見える受けた傷。腹にある丸く紅い傷。
未だ血が流れているが、ドクドクと血が蛇口を捻った水のように溢れ続けている。
しかし、それと同じように傷口には異常が見て取れる。それは傷口が熱を帯びているのか、鉄板で肉を焼くような音と煙が上がっている。鉄竜はそれを確認し、シャツを下げた。
「とりあえず、狙われてるのはこいつだと考えていいんだよな」
痛みが和らいでいく腹部の感覚を確かに感じながら、鉄竜は女性を右肩を担ぎ、右手で支える。
恐らく、状況から見ても狙われているのはこの女性。だとするのなら、まずは彼女を安全なところへと運び、そこから何かしらの治療を施さなければならない。
でなければ、彼女を助ける事は出来ない。
瞬間、全身を撫で回すぞわぞわとした悪寒を感じ、鉄竜はすぐさま女性を抱えたまま、後方へと飛ぶ。
その動作と示し合わせたように、上から地面に炸裂し、弾ける弾。
弾は地面を弾き、鉄竜の近くへと静かに転がる。鉄竜はそれを見て、口を開いた。
「これは銃弾か……俺を撃った奴で間違いないだろうな……だとすると……傷はこれか?」
鉄竜は近くに落ちた一発の銃弾を拾い、ポケットに入れ、射出された方向を見る。
この銃弾。撃ってきた角度は上空。上方斜めから射出され、斜めで地面に炸裂し、弾いている。
しかし、ホームの構造上この方法では地には届かない。
この駅のホームは全体を屋根が覆っていて、穴が開いている訳ではない。つまり、実弾が通る事は100%不可能だといっても間違いはない。
「……いや、待てよ。常識を疑え……。ここはそういう場所だ……屋根をすり抜けてるとしたら……」
そんな事ありえない。触った感触、形。どれをとっても、普通の銃弾と相違ない、そんな気がする。
そもそも屋根を、物体をすり抜ける実弾なんて聞いた事もないし、そんな銃弾があったら、紛争地域などで大活躍している。敵の死角から攻撃できるのだから。
どう考えようとも、この状況はあまりに異質で、異常だ。だからこそ、常識に囚われてはいけない。
それに、このままここに居ては彼女も危険で、鉄竜自身の命だってもしかしたら危ないかもしれないからこそ、考えている場合ではない。
「くっ!?」
鉄竜は全身を駆け巡る嫌な予感を直感する。
すぐさま視線を上、屋根へと向ける。瞬間、鉄竜は己の目を疑った。
「なっ!? ほ、本当にすり抜けてやがる!?」
持ち前の動体視力で確かに見切った。屋根を水の雫が落ちた波紋のようにすり抜け、鉄竜を狙って飛んでくる三発の銃弾を。
鉄竜はすぐさま地を蹴る。この銃弾をかわし、その勢いその場を後退する。
だが、鉄竜が気づいたとき。既に銃弾の一発は鉄竜の右手に刺さる。
「ぐっ……読んでたのか……」
鉄竜は後方に大きく跳んだ勢いを左手で減速しながら、恨めしげに呟く。
完全に動きを読まれていた。飛ぶ方向、逃げる速度。反応から行動までのその全てを。たった一度、動作しただけで。
一体、どれほどの腕前を持つスナイパーがこの田舎に来たものなのだろうか。
そもそも、なんでこんな目に遭わなければならない。
鉄竜の心の中には怒りが湧き上がり、叫んだ。
「誰だよ! チクショウが! 見えない所から狙いやがって! 顔を出しやがれ、ぶっ飛ばしてやる!」
だが、出てくる気配は微塵も無く、むしろ、辺りには騒いだ分の静けさが返って来るだけ。
鉄竜は苛立ちがどんどんと募っていくが、己を律する為、唇を力いっぱい、血が出るほど噛んだ。
「っ……とりあえず、状況とかを考える前に、この子を助けないとな」
鉄竜は肩に背負う女性の背中を軽く叩く。
彼女を助ける事。それが今、やるべき最大の事。
不可解な事は沢山ある。状況も、撃たれている理由も、彼女の存在も。何もかもが不可解だ。
けれど、それ以上に物事はシンプルだ。今、この場に居る鉄輪鉄竜に出来る事。
彼女を助ける事だ。
確かに、彼女とは初対面で、関係だって何も無い。けれど、命を狙われていて、助けないという話もそれはそれでまた違う。助ける義理は無いが、それを言うなら、助けない義理だって無い。
けれど、それ以前に――鉄竜は彼女を助けなければならない。否、助ける事が絶対条件なのだ。
鉄竜は両膝を折り、左手を地面に付け、両足に力を溜める。
刹那――またも、全身を包み込む悪寒。だが、今度は間違えない。
鉄竜は一気に両足に込めた力を解放する。それは強力なバネの力となって放出され、地を砕き、隆起させ、天井を穿ち、貫く。
町明かりの少ない夜空を彩る星々と月光に晒され、鉄竜は空中を蹴る。
「狙ってる奴が万が一、俺と似た人間なんだとしても、俺に追いつく事は出来ないはずだ。だったら、その速度を利用して逃げる。だから――少しだけ、我慢してくれよ!」
鉄竜は励ましの意味で女性の背中を叩き、近くの建物の屋根へと着地をする。
瞬間、すぐさま屋根を蹴り、また近くの屋根を伝って、どんどんと速度を上げていく。
フラッシュ暗算を見せられているかのように目まぐるしく景色は変化していき、鉄竜は女性を抱えたまま、心の中で叫んだ。
――死ぬんじゃねぇぞ。俺の一日の不幸が人の死なんてシャレにならねぇからな!
一日の終わりで、最大の不幸が人の死なんていう事が鉄竜には認められない。
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