レイルーク公爵令息は誰の手を取るのか

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　祝儀が開催される場所までは、馬車ではなく転移魔法を使って移動するらしい。　

　アームストロング公爵の敷地内にある、本館の渡り廊下の先にある聖堂の様な建物の中。

　その建物内部の大理石みたいな床の中央は、小高い祭壇の様になっていて、その中央の床には転移用魔法陣が描かれていた。
　ここに、転移石と呼ばれる転移用の魔法石を嵌め込む事で、魔法陣は発動する。

　今回描かれた転移先は、アトランス公国の丁度中央に位置する。
　どの公爵の領土にも属さない中立の地である『アトランス中立地帯』に繋がっていると事前に説明を受けていた。

　そこには、アトランス公国を建国した、四人の英雄の像が鎮座した宮殿が建っているらしい。
　その英雄達の子孫が、今の四つある公爵家の人達だ。

　四つの公爵が一堂に集う時は、必ずこの宮殿が使われるらしい。


　ただし。この宮殿では魔法の使用が一切禁じられている。
　というか、使えない。

　魔法を封じる結界が施されているらしく、かなりの魔力を使っても魔法効果は従来の一割も満たない程、弱体化されてしまう。

　その為、宮殿に赴く際の各公爵の護衛兵は、魔法を得意な者よりも物理攻撃が得意な人物が選ばれる。と事前にシシルから聞いていた。

　今回の祝儀当日は、この宮殿に行ける公爵の人間は各二名だけ。そして、兵を率いてこない事。
　これはレオナルドが断固として譲らなかった。

　連れて行ける従者も二名だけ。ユリアは今回従者扱いとなる。
　もう一人の従者はシシルだった。


「いざとなったらー、我が暗殺一族の隠密術をフルに使ってでも、レイルーク様を逃して見せますからねー！」

　と笑いながら、笑えないカミングアウトを祝儀前日に話してくれた。

（シンリーにシシル。君達、『忍者』だったんだ……。あ、シシリーは『くノ一』か）


　そんな昨日のショッキングな出来事を思い返しているレイルークの出立ちは、純白を身に纏ったタキシード姿。
　
　まるで新郎のような装いで、アトランス宮殿に繋がる魔法陣をぼんやりと見つめ、佇んでいた。

（……これから先。この白いタキシードが、敵の血で赤く染まるんだな……）

　物騒な事を考えつつ、隣に立つユリアを見た。

　ユリアも美しい純白のアフタヌーンドレスに身を包み、髪は結い上げられていた。

「いよいよだね、姉様」
「そうね。……レイ。初めて他の公爵の人達と対面する訳だけど。……怖くはない？」
「そうだね、確かに少しは緊張してるよ。でも、父様と母様に頂いた守護のイヤーカフや、先日お母様に頂いた指輪もあるし。
何より、隣にはユリア姉様がついていてくれるからね。例え震えたとしても、それはただの武者震いでしかないよ」

　既に臨戦態勢のレイルークは、気丈に振る舞ってみせる。

　ユリアはそっとレイルークの手をとると、優しく握り締めた。

「レイルーク。何も心配は要らないわ。私・が、守るから」
「……違うよ。僕が、ユーリ姉様を守ってみせるからね」

「……ありがとう、レイ。頼りにしてるね」


　そのままユリアをエスコートしながら、魔法陣へと続く少しの階段を上る。
　そこには緊張感の無いシシルに、いつもより厳しい顔のレオナルドが待っていた。

「父様。見送って下さるのですか？」
「いや、私も行く。シータが行けと五月蝿くてな。確かに、さっさとや殺って直ぐに帰ればいい話だった」

「……そう、なんですね」

（父様、瞬殺する気満々なんだね）

「忘れずに渡しておこう。レイルーク、これを」

　レオナルドの手のひらには、銀色に輝くブレスレットがあった。美しいストロングカレイドの模様が施されている。

「父様、それは？」
「レイルークの本来の魔力量を測定されない様、本来の魔力よりかなり低く抑える魔導具だ。身に着けた本人の意思で、直ぐに解除出来る様になっている。
多少魔力量はコントロール出来るが、いざとなったら直ぐに全解除して、全力で逃げなさい」

　レオナルドがレイルークの左手の手首にブレスレットを装着した途端、レイルークは自分の魔力が抑えられるのを感じた。

「ありがとうございます」
「レイルーク。今回会う連中は、一筋縄ではいかない。気を抜かず、決して、気を許すな」
「はい、父様」

（僕だって殺やれなくても殴やってはみせる！　けど、基本的には全力で逃亡一択だ！　僕のせいで戦争だなんて、とんでもないって！！）

　四人が魔法陣の上に立つと、シシルがズボンのポケットから転移石であろう小さな魔法石を取り出した。そしてそのまま魔法陣の中央にある小さな凹みに嵌め込んだ。

「では、転移開始致しまーす！」

　緊張感の無い掛け声と共に魔法陣が輝き出し、その光に包まれた。



　魔法陣の光が消え、レイルークは辺りを見渡す。

　先程いた聖堂の様な空間と趣は似ているが、明らかに今までいた場所では無いのが分かった。

（初めて転移体験したけど、本当にあっという間なんだ……）

　レイルーク達は一瞬にして、遠く離れたアトランス宮殿に移動した様だ。


「気は進まんが、行こうか」

　この魔法陣がある広い空間の部屋に、一つだけ豪華で重厚な扉がある。そこに向かってレオナルドは歩き出す。
　続いてレイルーク、エスコートされているユリア、最後にシシルの順で歩き出した。

　レオナルドが扉を開く。

　その先の光景に、レイルークは目を輝かせた。


　美しい庭を突き抜ける屋根の無い長い渡り廊下の先に、青空に映える真っ白で美しい宮殿が聳え立っていた。

　宮殿の中央は塔のように高く、空へと突き出ている。

　幻想的にさえ見える建造物を前に、レイルークは思わず感嘆の声を上げた。

「凄く、綺麗な宮殿だね……。まるで神様が住んでいるみたいだ……」
「……確かにそうね。でも、私はレイルークの方が綺麗だと思うけれど」

（……建造物と人間僕を比べないでよ姉様！　それに綺麗なのはユリア姉様の方だって！！）


　宮殿の入り口まで辿り着くと、高さが優に五mはありそうな巨大な門の様な扉が行手を阻んだ。見るからに力づくでは開かないやつとびらだ。

「父様、どうすれば開くのですか？」
「この鍵を使う」

　背広の内ポケットから、小さな鍵らしきものを取り出した。

　レオナルドがその鍵を扉に翳すと、鍵と扉が共鳴する様に僅かに光り、重たそうな扉は音も無く自動的に開いた。

「これは代々受け継がれる鍵で、公爵家当主だけが持つ事を許されている。この扉は鍵を使って入る者達の魔力を記憶する。最初の一度だけ鍵を使って入れば、その日一日は鍵を使わずとも扉が反応して開く。さあ行こう」

（へぇー。テーマパークの入園チケットみたいだ！　ちょっと面白い）

　中に進むと、再び感嘆の声を上げざるを得なかった。


　宮殿内部壁一面に、美しいステンドグラスが埋め尽くされてた。

　まるで、前世の教科書に載っていた、ある有名な大聖堂の様な。いや、それ以上の圧倒される美しさに、思わず立ち止まってしまった。

「……凄い。一日中、ずっと見ていられそうだ……」
「そうだな。確かに美しいが、このステンドグラスに使われているのは、全て薄く伸ばした魔法石だ。この宮殿に張られている結界の、一部となっている」

「結界……。美しいだけでは無いんだね」


　この部屋の丁度中央に、英雄の像らしき銅像が飾れられていた。レオナルドに良く似た美青年が剣を掲げている。近づいて見上げる。

「この方が。アームストロングの英雄様、ですか？」
「そうだ。アトランス公国を建国した、四人の内の一人。ルイス・アームストロング、その人だ」

（アームストロング初代は、マッチョでちょび髭生やしたおじさんだと勝手に想像していたけど。実際は父様に似た、すっごくイケメンだったんだ）

　レオナルドが敬意を表するように、銅像に向かって敬礼をした。レイルークもそれに習い、ユリアはカーテシーをした。

　そして銅像を通り過ぎて、奥の壁の前でレオナルドは止まった。

　よく見れば、ステンドグラスの壁ではなく、ステンドグラスの扉があった。


「ここまでが、アームストロングの管轄する区域となる。そしてこの扉の先が、公爵が集う場所だ。
二人共、新たに気を引き締めろ。……では行く」

　部屋の最奥にある、ステンドグラスに覆われた扉が開かれた。

（レイルーク・アームストロング。いざ初陣！！）