レティシア公爵令嬢は誰の手を取るのか

宮崎世絆

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幼少期編

52 いよいよ入学日なんです

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 とうとうか、いよいよか。

 今日というこの日が来た。今日から、四年間の長い学園生活が始まる。


 朝早くに目が覚めたレティシアは、いつもより簡素なドレスに着替えた。
 学園に侍女を連れて行けないので、一人で着替えが出来るように配慮した結果だ。髪留めも靴も簡素なものにした。

 他の私物は既にまとめてシシリーに託してある。転移魔法陣のある、例の宮殿のような建物に運んでもらう手はずだ。

 いつも身に付けているネックレスは置いていこうと思ったが、転移先の自室までは最低限の私物は許されているので、身に付けて行く事にした。制服に着替える時に外せばいい。

 レティシアは、ふと自分の左手首を眺めた。

 瞳に魔力を込めると、何もなかったはずの左手首に、封印の腕輪に似た腕輪が見えた。

 この腕輪は以前と違い、魔力は自分の意思でコントロール出来る。しかし腕輪を見られると魔力制御しているのがバレるので、認識阻害の術式が組み込まれたタイプが欲しいと、事前にレティシアがレオナルドに頼んでおいたのだ。

 これをさらに自らカスタマイズして、レティシア位の魔力がなければ見えないようにした。つまり、もはやほぼ全人類には見えない魔導具となっていた。

(念には念を入れとかないとね。これでレティシアわたしだとバレる事は、まず無い筈。それに、この日までに出来る限りの対策をずっと練ってきたんだ。きっと、大丈夫)

 そんなレティシアを安心させるかのように窓から朝日が差し込み、明かりのついた部屋が、更に明るくなった。

 少し風に当たりたくなって窓に近づくと、クレモン錠を外して、ゆっくり開け放った。

 陽春の候にふさわしい、暖かくも爽やかな風がレティシアの髪を優しくなびかせる。

 窓から見える遠くの新緑の木々が、木漏れ日でキラキラ輝いて見える。
 まるで自分の髪の様だとレティシアは思った。

 美しくなびかせる柔らかい髪が、太陽の光を浴びて鮮やかにきらめいて。
 決意を秘めた凛とした佇まいは、生きる絵画の様に完成された一つの芸術だろう。

 外見に一切の欠点が無いことを自負しているレティシアは、自惚れではなく、純粋に自分は美しいと思える。ナルシシズムを超越したナルシストとなっていた。


 ……しかしだ。

 欠点は無いのだが、最近一つ気になっている事がある。

 レティシアは視線を真下に下げた。
 この大きい二つの膨らみで、足元が見えない件についてだ。

 そう。最近異様に、胸がデカくなりつつあるのだ。

(普通はさ、神秘的な美女はスレンダーがお約束ではないのか? なのに何でこの身体は、こんなにうらやまけしからん、もとい艶めかしいナイスバディなんだ!? 年齢的にまだ中学生だぞ? ……これってやはり悪役令嬢だからなのか!?)

 変装石で姿を変えられる事に心から感謝した。このままの姿で学園へ赴けば、十中八九、学業どころではなくなっていただろう。

 大きく深呼吸をしてから窓を閉めると、ちょうどシシリーが朝食の準備が出来た、と知らせに来たので、自分の部屋に暫しの別れを告げて、最後の朝餐に向かった。


「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう!!」
「おはようございます、ねーさま」
「おはようルルー」
「ルルー違う、ルディ!」
「ルルールルる、でぃー、おはよう……」
「うん!」

 朝食の席にユリウスは居ない。

 つい最近、アームストロング領内で新たなダンジョンが見つかったらしく、ユリウスは公爵家の一員としてダンジョン探索を手伝うべく、学園を卒業後そのまま新ダンジョンに近い別邸に、一人移り住んでしまったのだ。

 そんなユリウスからレティシア宛てに、入学に合わせて新しい転写書が既に届いていた。

 しばらくお預けとなる家族との団欒にユリウスがいないのは残念だが、いつもと変わらない朝食の雰囲気に肩の力が少し抜け、しっかりと食べることが出来た。



 ***



 朝食を食べている時や家族との団欒をダイニングで過ごしている時も、いつもと変わらなかったルドルフだったが。
 レティシアの出発の時間が近づくと、半べそをかいて、レティシアのスカートにしがみ付いて離れなくなってしまった。

「ねーさま行っちゃヤダー!!」
「ルルー……」
「ルルー違う、ルディ! ……ねぇ、ねーさま。やっぱり学園じゃなくて、おうちで勉強しよう?」
「ルルールルる、でぃー。一緒にいたいと思ってくれてありがとう。でもね、姉様は学園でお勉強頑張りたいんだ。ルルる、でぃーも応援してくれると、嬉しいな?」
「ううぅ……。でもぅ……やっぱり寂しい!」
「ルル……ルディ……。姉様も寂しい。四年じゃなくて、もっと短ければ良いのに!」

 小さなルドルフの身体を強く抱き締めた。ルドルフの為にも何とか早く卒業出来ないのか。
 そうだ、飛び級制度はないのだろうか。今であれば一年で卒業する自信がレティシアにはある。

「レティ、言っておくが、飛び級制度はない」

 レティシアの心情などお見通しのレオナルドが釘を刺した。


「ルディ」

 ルシータは、レティシアの足から離れないルドルフに近づくと、しゃがみ込んでルドルフと目線を合わせた。

「ルディ? ルディは、レティを守れる強い男の子になるのだろう? なら、レティを困らせるのでは無く、安心させてあげた方がいいのではないか?」

 涙目のルドルフは、ゆっくりと振り向いてルシータを見た。

「かーさま」
「ルディは、レティシアを困らせたいのかい?」
「……困らせ、たくない」
「強い男の子に、なれるかい?」
「なりたい。……僕、強く、なるっ」
「よし! ではルディ。昨日沢山練習しただろう? 練習の成果を見せる事が、今出来るかな?」
「…………うん、出来るよ」

 ルドルフの返事を聞いたルシータは、ルドルフを抱き上げた。

「ほらルドルフ! 頑張れ!!」

 涙目で俯いたままだったルドルフは、暫くして意を決した様にレティシアを見た。

「い、いって、らっしゃい、ねーさま!! ねーさまが学園で頑張ってる間、僕も、負けない、くらいっ、いっぱい、いーぱい! 頑張るから!!」

 堪えきれない涙が、幾つも頬を伝いながらも、懸命に笑みを浮かべるルドルフ。

 レティシアもつられて泣きそうになるのを懸命に堪えて、心と正反対に満面の笑みを浮かべた。

「うん!! ルディ、行ってきます! 姉様、頑張ってくるね! お父様、お母様。行ってきます!!」
「「行ってらっしゃい」!!」

 ルドルフが頑張って涙を堪えている間に、急ぎ足でダイニングルームを出た。
 部屋を出た瞬間にルドルフの泣き声が聞こえたが、グッと堪えて、駆け足でその場を離れた。

(ゔゔ……ぐゔぉぉーー!! お姉ちゃん、ずうぇったい頑張るからーー!!)
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