アスモデウスの眼 The Sexth Sense

月胜 冬

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拗れ散らかしてみようじゃ無いか

もう疲れたよ…。

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「あのう…馳目くんは?」

セナが、昼休み待ち合わせをしていてもいつまで経っても来ない俺を探しにクラスへとやって来た。ユカがセナをすかさず見てやって来た。

「佑?佑だったら、鼻血出して病院へ行ったよ?付き合ってんのに聞いて無いの?」

ユカはいちいち刺のある言い方をする。

「え…ええ。あっ…と山岸さんに…お話があるの」

「あたしに話?なに?」

ユカは腕を組んで、セナを見据えた。

「ここじゃ…ちょっと」

「判ったわ…先に屋上へ行っててくれる?すぐ行くから」

ユカは取り巻きグループのもとへと戻り何かを話していた。セナが屋上で待っていると5分もしないうちにユカがやって来た。

「…で?話って何?」

冷たい風が吹くたびに、ふたりの体の熱を奪っていく。

「あの…この間、佑くんと歩いているの見ちゃったの。」

ユカの偉そうな態度が一気に変化した。

「それで?」

「その…佑くんが山岸さんに頼まれごとをしたから付き合ったんだっていうんだけど…その…頼まれごとって何だったのかなぁと思って。」

「佑はなんて?」

ユカはセナの言動をつぶさに観察していた。

「それが…佑くんは言えないから、山岸さんに直接聞いてくれって…。」

ユカは、にやけそうになる顔を必死で堪えた。

「何だと思う?」

セナは、大きな瞳で不安そうにユカを見つめていた。

「あなたって顔は可愛いけど、ホント鈍感よねぇ。佑が嫌になっちゃうのも判るわ。佑も残酷よねぇあたしに聞けなんてさ。」

見た目は派手だが、実は真面目なセナを陥れるのは、恋愛で百戦錬磨してきているユカには容易いことだった。

「そんなに聞きたい?佑はね…あの日、あたしの病院に付き添いで来てくれたの。」

お互いに見つめあったまま、ふたりは動かなかった。

「び…病院?」

「ええ。●△産婦人科病院って知ってる?」

セナの眼が大きく見開かれ、わなわなと震え出した。

「本当は、もう少し早くに伝えて付き添って貰いたかったの…でも…なかなかタイミングが合わなくって。」

「それっ…て…。」

セナが最後の勇気を振り絞ってユカに聞いた。

「あたし…中絶したの」

セナはくらくらと眩暈がし始めた。

「誰の子か知りたい?」

セナには、それだけで充分だった。

「聞きたくないっ!」

セナは、ユカの前から走り去った。泣きながら教室へ戻るその姿をフナキが偶然見ていた。

「あっ…セナちゃん?どうしたの?」

その言葉にも答えず、クラスに帰ると机に突っ伏してセナは静かに泣いた。




「よう♪スナッフキン馳目。大丈夫か?」

…また変なあだ名つけやがった。

「あれぐらいの流血で、スナッフとか言ってたら、俺今までに、100回以上あいつに殺されてるぞ。血尿が出るほど殴られたことが無い奴がいう言葉だな。

フナキの顔が凍り付いた。俺は机の上に鞄をドサッと置いた。

「昨日、セナちゃんが来てたぞ。」

フナキに言われて思い出した。鼻血騒ぎですっかり忘れてた。

「ちょっと行ってくる。」

…俺は決めたんだ。

セナのクラスへ向かった。

「おい…セナ。」

話をしていたクラスメートがセナを突っついた。廊下の隅にセナを呼び出した。

「昨日はゴメン。」

「昨日聞きそびれちゃったけど、その顔…。」

「うん…ヨウコと喧嘩した…てか一方的に殴られただけ。」

…流石にセナの事でとは言えない。

「そっか。」

短い沈黙。

「あのさ俺…セナと少し距離を置きたい。信じて貰えないのは納得がいかないんだ。ユカとは何も無かった。確かにドタキャンしたのは悪かった。」

…やっぱり納得がいかない。


セナは何も言わず黙って聞いて居た。

「理由は言えない。」

セナの表情は、怒りで強張っていた。

「その原因を作ったのは、佑くんでしょう?」

「えっ?どういうこと?」

俺はセナの言ってることが判らなかった。

「いいよ。」

俺には答えず、セナが口を開いた。

「そんな遠回しな事しないで…もう…別れよう。」

大きなため息をセナはついた。

「セナがそうしたいのなら…判った。」

…あっけなかった。

「今までありがとう。」

もう説明するのも疲れたし、信じて貰えないことも苛立ちを感じた。俺は、セナを振り返らずにその場を離れた。



こうして俺の甘い恋はあっけなく終わった。


「最近セナちゃん来ないわねぇ。」

母ちゃんが家族で夕食食べている時に言った。

「ああ…ちょっと前に振られた。」

あらとってもかわいい子だったのにねぇと母ちゃんが父ちゃんのお茶を煎れながら言った。

「お前がまたなんかしでかしたんだろう?」

ヨウコが煮魚を食べながら言った。

「あっちが勘違いしてるんだ。もう別に良いけど。」

…本当は良くなんてない。

「エッチなことばっかり強要してたからだろ?」

ヨウコが、淡々と抑揚のない口調で呟いた。俺は、思わず食べていたご飯で咽た。おいおい汚いぞと父ちゃんが眉を顰めた。

「そんなんじゃねーよ。そんなんじゃねーけど…色々あったんだよ!」

…でも…セナに言ったことを俺は後悔していない。

耳鼻科の再診の日、何故かその後、脳外外来へ行くように受付の職員に言われ、向かった。脳外科外来へ行くと、グフと主治医が待っていた。



「この間は、どうもありがとうございました。」

…出たな…脳みそギークども。

「いえ。」

俺がチラチラとグフを見るたびに、主治医の後ろにさっと隠れた。

…こっちにだって選ぶ権利ってものがあるんだよ。お前の下半身情報なんて視たくもねーぜ。

「…で早速なんですがね、やっぱり原因は判りません。」


主治医が言った。

…そんなことだろうと思ったぜ。

「でもね…興味深いのは、あなたが視ている時は、REM睡眠と同じような脳波を示してるんです。やめると、また普通の脳波に戻るんです」

渋沢はグフグフと笑いながら、長い記録用紙をテーブルの上に出した。

「ほら…ここは…グフフ…普通なんですけど…ここから、スタッフを透視して下さいって言った時から、急激に…グフフ…変化するんですよ。」

…グフ…お前のキモさも、通常営業中で何よりだ。

俺は説明を聞きながら用紙を見たが、細かい波の様な線が沢山並んでいるだけで、どこが変化したのかすら分からなかった。

「僕もね、君が運ばれてきた時の頭のCTをもう一度確認して、放射線科の先生と一緒にみたんですがね、何も変わらない。thalamusが最初に撮影した夏の時よりも、若干大きい…あ…感覚情報を司る視床と呼ばれるところです」

「right temporal lobe、occipital lobe、活動も一気にアブノーマルになるん…です…ね…グフフ…でもepilepticでも無い」

…ふたりの医者がデカい体を寄せ合いながら、嬉しそうにCTを診ている姿こそがアブノーマルだ。

「えーっと…日本語で要約してお願いします」

俺はさっぱり意味が分からなかった。

「視床は、嗅覚を除いた、視・聴覚などの身体の感覚を大脳皮質に送る働きをしている場所です。馳目君の場合は、普通の人よりも視床が若干大きいような気がするんです。普段の脳波は、問題は無いのですが、映像を視ているだろう時に突然、異常波形が出始めるんです。REM睡眠って知ってますか?夢を見ない深い眠りの睡眠のことを言うんですがね、あなたは起きているのに、脳みそは寝てますよと言ってるんで不思議なんです。」

…長ぇ要約だなおい。

「右側頭葉と後頭葉もアブノーマルに突然なるんです。右側頭葉の波形異常って、けいれん発作を持つ患者さんなどに多くみられるんですが、それとも違うんです。」

俺はギーク達が言ってることの半分も判らなかった。MRIとか他の検査をすればもっと詳しく診れますと主治医は、渋沢が大事そうに持ってきた記録用紙を見ながら言った。

「で…結論は、良く判りませんって事です。」

…まぁ期待はしてなかったけどな。

「またアルバイトがしたくなったら、お姉さんと決闘して受診でもして下さい。」

主治医は思いっきり真面目な顔で俺に言った。

…冗談は、お前のセックス・ライフだけにしてくれ。

「…グフフ。出来れば、3-6カ月に一度ぐらい…グフフ…来てくれると、僕は嬉しいです。」

…グフ…お前は、好きなものの次元をひとつ上げてみようか?話はまずそれからだ。

俺は一応ふたりにお礼を言い外来を出た。




――― バレンタイン。


「俺は確実に一つは貰えるなぁ」

フナキが嬉しそうで腹が立った。

…あーあ。憂鬱な日になりそうだ。

「はい♪佑に。色々ありがとうね。」

ユカが俺にくれた。

「えっ…ユカ俺には無いの?」

フナキが寂しそうに言った。

「無いわよ。」

それは正方形の小さな箱だった。

「ありがとう…今年は母ちゃんからだけかと思っていたから。嬉しいよ。」

ひとつ貰えただけで、ホッとした。セナと別れて1ヶ月以上経つが、バス停で会っても微妙な距離でお互いに眼を合わせることも無かった。

ただ…映像を視ると俺とのことばかりが流れていた。

「ちょっと!馳目くん。」

クラスメートが俺に声を掛けた。ふと見ると、2人連れの女の子達がちらちらと教室のドアの陰から俺を見ていた。

「えっ?俺?」

俺が行くと廊下の端に呼ばれた。顔は見たことのある下級生だった。大人しいグループに居た気がする。

…ほらっ…アキ。

「馳目先輩…あの…これ…。良かったら食べて下さい。」

経験が少ない俺でも、それが本命チョコだと判った。アキはトマトの様な真っ赤な顔をして俯いたまま俺にチョコをくれた。正直嬉しくてテンションが上がる。

「マジで?…俺で良いの?」

チョコを受けとると思わず聞いた。

「…はい…。」

アキは消え入りそうな声で言った。

「ほんとに嬉しいよ。どうもありがとう。」

クラスとフルネームを聞き、教室へ戻ろうとした時だった。

「あのっ…セナさんと…彼女さんと別れたって本当ですか?」

…なんでそんなこと知ってるんだ?

「ああ。」

別にごまかす必要も無い。

「今…フリーってことですよね?」

アキの友人が俺に聞いてくる。

「うん。」

俺はポケットに手を突っ込みながら言った。

「あのぅ…もし良かったらアキと一緒に帰ってくれませんか?」

「あっ…ちょっと…そこま…で。」

アキが益々赤くなり、慌てた。


…ちょっと可愛いかも。しかも純白。駄目だ…いかん。いかん。春風秋霜。

俺に一瞬邪な考えが浮かんだ。

「帰る方向一緒なのかな?それなら良いけど。」

そう言えばこの子…体育の時間とか窓からよく見てたな…あれは俺を見てくれていたのか?

…俺…恥じらい乍ら歓喜。

「あの…途中まで…です…けど。」

「そっか…それなら良いよ。」

アキの眼がキラキラと輝いた。

「メアド教えて貰えますか?」

アキの友人がもうひと押ししてきた。

「あ…うん…別に…良いけど。後で紙に書いてクラスに届けるよ。」

アキは嬉しそうな顔をして、押しの強い友人とはしゃいで帰っていった。

教室に戻り、メモにメアドを書いていると誰かが俺を呼んだ。見ると、ヨウコが佇んでいた。

「な…何だよ」

俺が飛び上がらんばかりに驚き、フナキが心配そうな顔をしていた。

「昼休みに渡り廊下に来て」

流石に公衆の面前だったので、話し方はいつもより数百倍丁寧だったが、寧ろそれが怖かった。俺はヨウコに判ったとだけ答えた。

「馳目…後で購買部へ行って別れのイチゴ牛乳飲もうぜ。」

フナキが真面目な顔で俺に固い握手を求めて来た。

「ああ。」

「俺はお前の骨を拾ってやるぜ。」

…今度、バイト代が入ったらスタンガンを買おう。まぁそれも今度があったらの話だが。

「…後は任せたぞ。」

俺はメモを持ってアキの教室へと急いだ。俺たちの1階下が1年生のクラスになる。

さっきの付き添い人がアキを呼んだ。去年までいた筈なのに、不思議な感じがする。廊下で待っていると、後輩たちは何事かと俺のことをジロジロ見ていく。

「はい…これ。」

「ホントに…有難うございます。」

アキは嬉しそうに目を細めて俺を見た。

昼飯を食べた後、渡り廊下へと向かった。そこにはヨウコの姿は無かった。

「寒ぃなぁ…ヨウコのヤツ何やってんだよ」

独り言が零れる。このボコられる前の待つ時間が、また嫌だ。

「佑くん?」

俺が振り返ると、そこにはヨウコの同級生のキョウコさんが待っていた。

「あ…こんにちは。姉知りませんか?アイツに呼ばれて来たんだけど来ないんですよね。」

キョウコさんは、新体操部のキャプテンだ。しなやかなその体は、男子学生達の夜のおかず…じゃなかった憧れの的だった。

「あたしがヨウコちゃんにお願いしてあなたを呼び出して貰ったの。。」

…はぁぁ…助かったぁ。

俺は、一瞬で気が緩み近くにあったベンチにドスンと腰掛けた。

「そうだったんですね…。」

身長は150センチあるかないかぐらいの、キョウコはしっかりと引き締まった顔立ちをしている。幼児体形のような、それでいてちょっと色気が出てきたような…上手く表現が出来ないのでフナキの言葉を借りるなら、体が生意気盛りの中学生…なんだそうだ。

「ねぇ…彼女と別れたんですって?ヨウコちゃんから聞いたの。」

「はい…振られました。」

練習の時にはしっかりとしたお団子にしている髪を垂らしていてキョウコさんはちょっと大人っぽくて素敵だった。俺はすぐに視た。

…スッゲー♪やっぱ…スッゲー♪

(あぁん…コーチィ。キョウコ頑張るぅ…。)

足を180度以上開いたまま正常位でガンガン突かれるその姿は、その部分だけをよく見て下さいと言わんばかりの格好だった。

「はい♪これあげる」

その声で、俺は桃源郷から慌ててこっちの世界へと戻った。

「えっ…あっ…?チョコ?」

「年上に興味はある?」

…無いと言えば嘘になる。

「いや…ええ…年齢は別に…気にしない…と言うか…。」

キョウコさんは俺の隣に座り、間合いを縮めて来た。

「もし良ければ…あたしたち付き合わない?お試しで良いから♪」

キョウコから放たれるフルーティーな軽やかな香りに眩暈がして、息子が覚醒し始めた。

「色んなことしてあげる♪」

急に耳元で囁かれ、顔をぐいっと横に向かされ唇を奪われた。

「スナッフキ~ン!だいじょう…ぶ…か?」

フナキが駆けつけ、セナが反対方向へ走っていくのが見えた。

…!!

「お…マ…ジか?」

フナキは、驚きフリーズした。

「はい♪コレ…あたしのメアド♪あたしね…お腹が割れてる人が大好きなの。佑くんって優しいし…。連絡してね♪」

「あ…あ…りが…とう。」

すれ違うキョウコさんを振り返りながらフナキが言った。

「ヨウコにやられると思っ…て、セナちゃん連れて来て…あ…れ?今…キョウコ先輩と…キス?」

…やっぱりみられたのか。

「お前…余計なことしてくれてありがとな。」

大きなため息をついた。今までで一番のモテ期の到来だった。ユカ繋がりで?義理チョコが増えたし通年なら咽び泣くほど嬉しかっただろうが、今年は、なんだか冷静な自分が居る。移動教室の帰り道でセナに会った。

「さっきは、助けに来てくれてありがとな。」

セナは俺の横をそのまま通り過ぎた。

…無視…か。まぁ仕方が無い。

何故かしょんぼりしている俺が居る。

「まぁさっ。仕方が無いよ…セナちゃんレベルの子とお前が付き合えたってだけで、神様に感謝しなくっちゃいけねーぜ。それに先輩もアキちゃんも居るんだし」

フナキが背中をバシバシと叩いた。

「全然励まされて無い気がするんだけど?」




(昇降口で待ってます アキ)

授業が終わって暫くするとメールが来た。

「早速、一緒に帰るんだ~?」

帰る支度を終えたユカが俺のスマホを覗き込んだ。

「ちょ…なんだよ」

「来栖さんに振られたばっかなのに…次…ですか?」

「あのさぁ…。」

俺は大きなため息をついたが、その後は言えなかった。あの時の泣いているユカの顔が一瞬過った。

「もう…いいや。」

俺は鞄を持って教室を出た。階段を降りていくと昇降口の前でアキがひとりで待っていた。

「待たせてごめん…行こうか?」

俺はシュー・ラックで靴を履き替えた。

「はい…。」

アキは恥ずかしそうに答えた。

「でもさ…なんで俺なの?」

校庭には長い影が出来ていた。

「あ…と…優しそうだな…と思って。」

俺が今度は恥ずかしくなった。

「そっ…か。」

アキは、とても大人しくて、自分からは何も話さず俺が聞いたことにポツポツと小さな声で返事をした。

「家はどこなの?」

俺は隣を歩くアキの歩調に合わせて歩いた。

「●●町です」

…やっぱり、女の子は歩くのが遅いんだな。

セナも足が遅くて、もっとゆっくり歩けと良く言われたっけ。

「そうなんだ。バス停までは同じ方向か…。」

日が陰って来ると急に冷え込んでくる。

…なかなか会話を続けるのが難しいな。

「はい。」

「普段から静かなの?」

アキはセナよりも小さく、線が細く頼りない印象を受けた。

「人の話を聞いてる方がしゃべるよりも好きなんです。」

…初めて長いセンテンスでしゃべった。

「そっか…クラスメートの女子はおしゃべりなヤツばっかりだから、なんか不思議な感じ。」

あっと言う間に、バス停についてしまった。

「あのぅ…。」

時刻表通りなら、あと五分程でバスが来てしまう。


「ん?」

「あの…お弁当…作って来たら食べて貰えますか?」

…な…ん…だ…と?

「えっ。弁当作れるの?凄いね。」

「いつも自分で作ってるから…。」

「へぇ~。」

俺は素で感心してしまった。

「勿論アキちゃんが、作ってくれると言うのなら、喜んで食べるけど…でもなんか悪いよ。あ…名前アキちゃんって呼んでいいかな?」

自然にアキの名前を呼んでいたことに自分でも少々驚いた。

「はい…アキで良いです。お弁当…あたしの分を作るついでですから…。」

バスがやって来るのが見えた。

「あ…アキちゃんのバス来ちゃった。チョコレートありがとう。」

大きなブレーキ音を立てて、バスが止まった。

「あっ…いえ…こちらこそ…。では…。」

アキはバスに乗り込んで何度かお辞儀をしたので、俺はつい手を振ってしまった。

こんなことが普通にできてしまうようなリア充になっていた。俺は自分で自分がどうしたいのか良く判らなくなった。

俺は玄関を入る前に思い出した。

…キョウコさん。

俺は身構えて玄関のドアを開けたが、ヨウコはまだ帰って来ていないようだった。

「ただいま」

俺が大きな声で言いながら靴を脱いだ。

「はい…今日はバレンタインでしょ?母ちゃんから」

「あ…りがと」

俺は母ちゃんからチョコを貰い、着替えをするために二階の自分の部屋へあがった。鞄の中からチョコレートを取り出し、勉強机の上に置いた。キョウコさんの申し出は断るとして、考えてみればアキに付き合ってと言われたわけではないことに俺は今になって気が付いた。取り合えず、キョウコさんには断りのメールをした。

…ふーむ。

ベッドに転がった。

――― ガチャッ。

突然俺の部屋のドアが開いた。

…まずい…ヨウコだ。

隠そうと思ったが、ヨウコは俺の机の上のチョコをじっと見ていた。

「キョウコさん…は、断るつもりだ。」

俺は鉄拳が飛んでくることを覚悟してはっきりと言った。

「そうか…あの子はただの細マッチョ好きだからな。別にお前でなくても該当すれば誰でも良いんだ。」

…なんだよ。そりゃ。

「それより…セナちゃんのことは、どうするんだ?」

ヨウコがこんなことを聞いてくるのは初めてだ。

「どうするんだって、あっちから別れようって言ってきたんだぜ?」

ヨウコは、俺のチョコを勝手に開けて食べ始めた。

「あぁちょっと!ちゃんとお返ししなくっちゃいけないんだから、全部食べるなよっ!」

「もともとの原因は何だ?」

俺の言葉を無視して食べ始めた。

「誰にも言うなよ?母ちゃんにもだぞ?」

「勿体ぶらずに早くいえ!」

俺はユカだとは言わず、あの日にあった出来事を正直に話した。

「なぁ…ヨウコが同じ立場だとしたら、俺と同じようにするよな?」

ヨウコは何もそれには答えなかった。
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