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囮
やる価値はあるはず?!
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夕食にセナを呼んだ。というよりも、母ちゃんがセナを呼んだ。
「ひとりでご飯を食べるのも寂しいでしょう?毎日でも良いから家に夕食を食べにいらっしゃい?ね。宿題だって、ヨウコと佑と3人ですれば良いでしょう?」
母ちゃんは、俺たちがよりを戻したと聞くと、張り切っていた。
「夕飯が終わったら、宿題をしよう。」
ヨウコが言うと、俺もセナも頷く。
食後3人はヨウコの部屋に集合した。
「まずは、英語研究会へセナちゃんを連れて行って様子を伺う。」
「わたしはテニス教室があるので、それ以外の日だったら大丈夫です。」
教科書とノートを開き宿題をはじめながら、話し出した。
「俺とセナは、別れたままの設定の方が動き易いな。」
「えっ?」
セナが驚いた顔で、俺を見た。
「そうだな。“別れたままの振り”だ。その方が警戒をしない…かも知れない。」
ヨウコは俺たち二人を代わる代わるみた。
「セナ…大丈夫だよ。」
少し寂しそうなセナに俺は声を掛けた。
「家では好きなだけイチャコラすれば良い。」
ヨウコのそのまんま、オブラートにも包まない言葉に、セナが恥ずかしそうに俯いた。
「…で…だ。セナちゃんには、もう少し煮雪と仲良くなって貰おう。」
ヨウコは、腕を組んだ。
「えっ?!」
俺は慌てた。
「煮雪を尊敬してます…的な雰囲気を出せば、アイツも気が緩むだろ?」
あいつを煽ったりしたら、どんな行動に出るか分からない。
「そ…そこまでしなくても…良いんじゃないか?」
アイツの正体を暴く前に、セナに何かあったりしたら大変だ。
「私は4月から大学生だし、一緒に行動が出来なくなる。だから、出来るだけ早い方が良い。」
「そ…そんな。それでアイツが動かなかった場合は?」
俺は躊躇した。確かにヨウコが居れば何があっても大丈夫だ。ヨウコが居なくなってからの事が俺を不安にさせた。
「大丈夫だ。長谷部達をヤッたように、お前なら出来る。雑魚は雑魚なりに頭を使うんだ。」
――― コンコン。
ドアが開いて、母ちゃんがお茶とお茶菓子を持ってきた。
「勉強はかどってる?佑もセナちゃんも来年は、3年生で受験だし、頑張らないとね。」
頑張りなさいねと言って部屋を出て行った。
「それから…山岸さんに聞いて貰ってるんだけど、やっぱり何かあったらしいの。煮雪先生の事を良く知っている人と話をしてくれるって。」
「ユカちゃんが?」
「はい。」
「そうか…私とセナちゃんは、煮雪ファンというスタンスで行こうと思う。」
「なぁヨウコ…お願いだから普通にしててくれよ?その方がやりやすいよ。」
…こいつが動くと碌なことが無い。
適度とか良い塩梅とかとは無縁の女だ。過剰とそうで無いかの区別すらつかないヤツを使うのは難しい。宿題をしながら、俺たちは色々なことを話し合った。
――― 英語クラブ。
セナはヨウコと同じグループになった。俺は、別れていることになっているので、主なやり取りはラインかメールだった。
ヨウコは相変わらず完全にアウトな話題ばかりを持ち込んでいた。
俺は、むさくるしい男3人グループに入ることになった。大型オナホの成田くんは、どうやらママにばれたらしい。
…オナリータ…だから言わんこっちゃない。
「馳目…お前童貞か?」
オナリータが俺に聞いて来た。
「ああまぁな。」
…童貞ふたりには刺激が強すぎるしな。
ふたりとも驚いたような顔をしていた。
「来栖にやらせて貰ったんじゃないのか?」
2次元の魔術師の宮田が俺に聞いた。
…面倒くせーな。
「してねーよ…もう別れたし。」
「噂は本当だったんだな。」
オナリータは、セナを見ながら言った。煮雪がセナのテーブルへ歩いて行くのが見えた。俺は考える振りをして煮雪を視ていた。
(馳目兄弟…面倒だ。僕に見初められる…来栖…テニ…帰り…。)
ヨウコもセナも俺の為に出来るだけ時間を引き延ばし話をしているようだった。
「あ…先生が来た。」
煮雪だって計画を練らなければいけない筈。情報を聞いてすぐ動けば怪しまれる…しかも女TNが厄介なのは、知っている筈だから、ヨウコが卒業後かも知れないと何となく思った。
煮雪が俺らのテーブルへやって来た。
「元彼女が居るとやり難いんじゃないですか?」
煮雪が冷たい笑みを浮かべた。
「お前…1年と付き合ってるんじゃなかったっけ?」
オナリ―タが合いの手を入れた。
…オナリータ…続けなさい。
「ああまぁな。来栖は見た目とは違って、ガードが堅ぇんだよ。」
マジで?とドーテーズは、驚きセナを眺めていた。
煮雪は何も言わず、俺たちが選んだ記事に目を通しながら静かに微笑んでいた。
俺はオナリータの肩をポンポンと叩きながら何気なく視た。
…あっ。
俺の中でカチッと音がしたような気がした。
(うぅ…せんせぇ…ぜんせぇ…はぁはぁ。イキ…そう。)
オナリータは、ベッド端に腰かけ、オナホールを使っていた。
…だよなぁ。大型はメンテが大変だ。
手を動かすたびに、がじゅがじゅとあの独特の家鴨が鳴くような音が部屋に響いていた。
…DVDは相変わらずの洋物か。
(あっ…うっ…くっ…)
そしてすぐに果てた。動画は鮮明になり音質が格段にクリアになった。
…どういうことだ?一体どうなってる?
煮雪は去っていった。
…そうだ!魔術師の宮田はどうだ?
俺はよろめく振りをして宮田の肩に捕まった。
「おい…馳目大丈夫か?」
「悪い…ちょっとこのままでいさせてくれ…眩暈が…。」
…そうだ。暫くこの状態をキープしようぜ。
「俺にそんな趣味はねーぞ。可愛い女の子なら別だが。」
…ああ 2次元のな?
テレビの前でエロアニメをイヤホンで聞きながら一生懸命作業中だった。
イヤホンからは、可愛らしい少女の喘ぎ声が漏れていた。
…宮田…お前も背後が不用心だ。ドアに背中を向けるとは何事だ。
何度も同じ場面を画面を顔をつけるようにして繰り返し観ながら果てた。
…それに、テレビは離れて見ようね…ってパパとママに教わっただろ?
やはり先ほどと比べて格段にクリアだ。英語脳にも効果はあるってことなのか?
…ふーむ。
――― 4月。
ヨウコは大学生となり、俺とセナは高3になった。
「高校を卒業して大学生になったら、同棲しないか?」
まだ随分先のことだ。
「えっ。」
セナは驚いた顔をした。
「俺…セナの傍に居たいんだ。これから先もずっと。」
セナは恥ずかしそうに俯いていた。
「お前の親にも、その時にはちゃんと話そうと思ってる。」
セナは静かに頷いた。学校からは別々に帰るが、ほぼ毎日家で食事を食べて、俺かヨウコがセナの家に送り届けるのが日課とだった。
今日も夕食後、俺の部屋で勉強をして一緒に帰る。ヨウコも大学生活に慣れ、余裕が出て来たので、また打ち合わせをした。
「明日はテニスの日だね。」
「うん。」
帰りは夜遅くなるが、離れた距離でセナを尾行するように歩く。
「公式にボッコボコに相手をして良いなんて、こんなチャンス無いからな。」
ヨウコは違う意味でとても嬉しそうだった。月野の時は中途半端だったと後悔していた。
…いやいやいや…あれで充分だっただろう?
「沢山の女の恨みだ…半殺しでも良いくらいだ。」
「月野ぐらいで半殺しだろ。何言ってんだよ!完璧主義にも程があるぞ。」
セナはクスクスと笑っていた。
「初恋のように胸がドキドキするんだが…。」
ヨウコは嬉しそうに笑っていた。
「何度も言うが、それは絶対に勘違いだからな。絶対にだ!」
「本当なら、セナちゃんを毎日尾行しても良いぐらいだ。佑には、横取りさせたく無い。」
…いや…だから、そーゆーことじゃねーんだってば。
「二人も護衛に付いてくれるなんて嬉しいけれど、申し訳ないです。」
「いやいや…良いんだ。どうせ、佑なんて家に居ても抜いてばっかりなんだから。」
ヨウコは、ご丁寧にも手で輪を作りそれを動かしてみせた。
「おま…え。」
セナは、ちらっと俺をみてから笑いを堪えていた。
…まぁ…だいたいあってるけどさ。
帰国子女の件を二人に話した。
「感覚野が発達しているから、触覚が補強的に働くのかも知れないけど、まだ分からないんだ。」
まだあのオナニー・マシーンズの脳みそを試しただけじゃ心もとない。もっと確証が欲しい。
「そうだ♪良い事考えた。手っ取り早い方法だ。」
ヨウコは、嬉しそうな声をあげた。
「お前、煮雪と寝ろ…ギリBLだな。初めての相手が、煮雪なら顔は申し分なし…良いじゃないか。」
…駄目だ…こいつは…末期のBL脳症だ。終わってる…。
セナは俺とヨウコの会話に割って入った。
「あの…本当にふたりともどうもありがとう。」
セナも怖がるどころか、楽しんでいるようだった。俺はヨウコやセナのように喜べなかった。セナが襲われることを前提にこの計画は進んでいる。
「セナ…本当に気を付けてくれ。ちゃんと持ってるか?」
「うん♪いっつも持ってるよ。」
セナは自分の鞄から、3種の神器を取り出した。
「いつでも使えるように練習しておく必要があるな。セナちゃん練習したことはある?」
ヨウコは、コーヒーテーブルの上に置かれた痴漢撃退グッズをひとつひとつ手に取って眺めながら言った。
「スタンガンは重いが、バッグの中じゃ無くポケットに入れておいた方が良いな。その方が素早く使えるでしょ?」
ヨウコがスタンガンのスイッチを入れてバチバチと言わせて遊んでいた。
俺は嫌な予感がした。
「これってホンモノなのか…な?」
――――パチーン!!
ヨウコが俺に躊躇なく当てた。セナが驚いて小さな声をあげた。
…ほらな?
ジーンズの上からだったが、刺すような痛みで、声すら出せず暫く動けなくなった。
「うん…大丈夫そうだな。」
満足そうに笑った。
「痛ってぇなぁぁぁぁっぁぁ。試すなら、自分の身体ですれば良いだろっ!!ふざけんな。」
「佑くん大丈夫?」
セナが心配そうに俺をみた。
「ねぇ。セナちゃんこれ貸して♪」
確かにこれなら不意打ちで相手の動きを止められるかも知れない。
「真夜中に吠えて煩い田中さん家の柴犬の太郎…。」
ヨウコは怪しく笑っていた。
「お前…それやったら犯罪だからな?」
俺はヨウコからスタンガンを奪いとると、他のものと一緒に、セナのバッグの中にしまった。
「良いじゃないか。作動確認もたまには必要だ。セナちゃん時々貸してね♪」
ヨウコは、真面目な顔でセナに言った。
「セナそれだけは駄目だっ!…絶対に。」
…どちらにせよ、犬が死ぬか俺が死ぬかの二者択一のバッドエンド。
柊は相変わらず俺を呼び出そうとしたが、俺は拒否し続けた。今はセナの事が最優先事項だった。今日も校門で待っていた。
「セナがテニスの日は絶対に駄目だ。柊くんのお願いでも、絶対に出来ない。」
再び市内で高校生や中学生のレイプ事件が起こっているようだった。柊は何も言わないが容疑者と思われるヤツのリーディングを頼まれたが、全員違った。警察も焦り始めているようだ。
「お前が頼みの綱なんだ。」
そんなことを言われても、譲れない。
…頼みの綱の割には扱いがぞんざいな気がするんだが?
「悪いが本当に無理なんだ。」
柊はイライラしているようだった。
「お前が嫌だと言っても連れて行く。これはお前にとっても悪い話じゃない筈だ。」
俺はチラリと時計を見た。15時を少し過ぎたところだった。
「2時間…いや1時間で済ませてくれ。」
俺は渋々車に乗り、ヨウコとセナにラインでメッセージを送った。警察署へいつものように行くと、お茶が準備されていたので一口含んだ。
…温いじゃねーか。
そしてマジック・ミラーの向こうを見て、思わず茶を噴いた。
「…な?今日はスペシャル・ゲストだ。」
煮雪だった。
「信じられるか?こんな綺麗な顔してレイパーなんだぜ?」
余裕の表情で椅子に優雅に座ってやがる。
「口を慎め。まだ決まったわけじゃ無いんだ。」
やっぱり、警察も目を付けていたんだ。
「いつからアイツに眼を付けてた?」
柊は何も答えなかった。
…でたよ…黙秘。
「僕…疲れたから…帰る…じゃあね。柊くん。」
どうせ全力で視たところで判ることは限られてる。ここで視るのも学校で、視るのも変わらない筈だ。俺は席を立ち部屋を出て玄関へと向かった。
…アイツがここに居る限り、セナは安心だ。
「おい…ちょっと待て!判ったよ。」
俺は渋々戻った。
「これはあくまでも任意同行で、事情聴取では無いんだ。」
刑事が何か煮雪に話をしていた。
「マジで?…まだそれだけしか進んでないのか。証拠隠滅されちまうんじゃねーか?」
柊は、渋い顔をしてガラス越しの煮雪をみていた。その目はいつもの柊とは違い、まるで獲物を狙うような鋭い視線だった。
「そこまでの証拠が無い…。」
「何だよそれ。」
…そうか。そういうことだ。
「なぁ…お願いがあるんだけど。」
俺はゆっくりと部屋に戻りながら考えて居た。
「な…何だよ。」
柊は、不穏な空気を感じ取ったようだ。
――― ガチャッ。
煮雪が隣の部屋から出て来た、丁度その時に俺は柊に部屋から叩きだされた。
「ふざけんな!!俺はお前にしか出来ないことを頼んでるんじゃないか!!」
柊が廊下で怒鳴り声が響いた。立ち話をして居た刑事たちがギョッとした。
「もう嫌なんだよ!!俺だって普通の生活がしたいんだよ!」
煮雪が俺を見ているのが判った。
――― バキッ。
「我儘を言うんじゃない!!お前は何様のつもりだ!」
俺は柊のパンチを食らい、フラフラとよろけた。
…ヨウコに比べたら、全然マシだ。
「自分だって、俺を良いように使ってるだけじゃ無いか!こんなこき使いやがって!」
柊は怒りで震えていた。
「なんだその言いぐさは!」
――― バキッ。
二発目は不覚にもちょっと避けてしまったので、柊の拳が、口に当たり血の味がした。
「偉そうに…警察がそんなに偉いのかよ!」
…へへへ。これぐらいなら何発でも厭わないぜ。
「お前っ!」
柊が俺のシャツの胸元を掴んた。
「いちいち命令すんなや!ボケェ。」
柊は俺よりほんの少し背が高く細いし、多分本気出せば、相討ちぐらいにはなる筈だ。
「なんだとぉ~。」
――― バキッ。バキッ。
「殴られたって、俺の気持ちは変わんねーからな!」
親父や母ちゃんにだって殴られた事が無いのに,ヨウコと良い,柊と良い,なんでこうも手が早いんだ?
しかも手加減…?へ?なにそれ美味しいの?と来てやがる。
…ねぇ。柊くん。パンチ・ドランカーって知ってる?
――― ゴンッ。
鈍い音がして俺は壁にぶつかり、床に転がった。
…いってぇ。俺発信で壁ゴンも流行らそうぜ?
肩を強かに打った。
「おいおい…それぐらいにしときなさい。」
ハンプティ署長が、慌てて柊を止めた。
「どうしたんですか?…馳目君。」
煮雪が驚き俺の身体を抱き起したが、一瞬眩暈がしてふらついた。
「先生…済みません。」
よろける俺を、煮雪が支えた。
「こんなこともう絶対嫌だからな!」
俺はふらつきながら煮雪に抱えられるように、玄関まで歩いた。
「大丈夫ですか?警察も酷いですね。高校生にこんな暴力を振るうなんて。」
警察署を出ると、駅までふたりでゆっくりと歩いた。未だにふらつく俺を煮雪が支えた。
「先生済みません…もう大丈夫ですから。」
俺と煮雪は同じ駅の方向へと歩いていたが、煮雪から、時々ふわりとウッディ系の香りがした。俺はゆっくりと煮雪から離れた。
「君は一体何をやったんですか?」
駅前は歓迎会だと思われる、会社員で騒がしかった。
…偵察か…良いだろう。
「多分…先生と同じ理由だと思います。」
急にゆっくりと歩き出した煮雪は俺のことをじっと見た。
「そうですか…。」
飲み屋帰りの酔っ払いが騒いでいた。
「でも…どうして…先生は、女性の事が嫌いなんですか?」
俺は煮雪の様子を伺っていた。
煮雪は俺をじっと見つめたまま、質問の意図を探ろうとアーモンド形の綺麗な目を大きく見開いた。
「どうして…君はそう思うんですか?」
俺は煮雪と肩を並べてゆっくりと歩いた。
「先生は、カッコいいのに彼女が居なさそうだから。」
暫く俺は答えを待っていたが、煮雪は、答えなかった。
「先生、女嫌いでしょ?」
煮雪は声を出して笑った。
「ゲイとかじゃ無くて…俺ちょっと判るような気がするんですよね。俺なんて生まれた時から姉ちゃんに虐げられてるし…メス豚死ね!って思ったことなんで数えきれないぐらいです。」
煮雪の形の良い眉がピクリと動いた。
「でも、だからってレイプなんて俺は許せない。」
行き交う女性が煮雪をチラチラと見ていく。
「僕は、君の喧嘩現場に居合わせてばかりですね。」
そうだ一番最初にコイツに出会った時は、喧嘩で助けられたんだ。
「いつも正義の為に戦いますから。負けると判ってても、俺は戦います。」
…絶対に叩きのめしてやる。
煮雪は何も言わず静かに聞いて居た。
「俺は俺が出来る方法で探し出して、叩きのめす。」
…卑劣なヤツは絶対に許さない。
俺にしかできない事をコツコツと情報を繋ぎ合わせてやる。
「それが、例え先生であったとしても…です。」
俺の目にはアイツに対する敵意が溢れていたと思う。
「では…僕は電車なので。また学校で会いましょうね。」
煮雪は何も答えず、改札へと向かい、俺はその奥にあるバスのロータリーへと歩いた。
―――― ♪~♪~♪
バスに乗ったところで俺の携帯が鳴った。
「もしもし?判ったよ。」
「最近どうして早退ばっかりなの?」
ユカが俺の机の上に腰かけた。
「あなたを迎えに来る人達って誰?」
柊と俺との関係は、先生達しか知らない。大きな事件に関連していると思われているらしいが、現実は細かな性犯罪全般の透視だ。
「色々あるんだよ…。」
煮雪が教室に入って来るのが判った。いつもより少し時間が早くまだチャイムも鳴っておらず、煮雪ファンの女子が集まっていた。
「何よ色々って。」
ユカは足をぶらぶらしながら、まだ俺の机の上に座っていた。
「何でユカに話さなくっちゃいけ無いんだよ?」
こんな時のユカはしつこいことを俺は知っている。
「だって幼馴染でしょう?」
「幼馴染だからって何なんだよ。」
「どーせ別に隠すようなことでも無いんでしょう?」
「いちいち興味本位で聞いてくるなよ。ユカは何にでも顔を突っ込み過ぎだ。」
「学校サボっておばさんに言いつけちゃうわよ?」
「勝手に言えば良いだろ?」
前に座っていたフナキが俺がイライラしていることに気が付いてユカを止めた。
「うるさいわねっ!佑とあたしが今話してるのっ!フナキは関係無いでしょう?」
「ユカッ!いい加減にしろよ!!仕切り屋のメス豚ビッチが!!」
ユカの眼が大きく見開かれ、他の女子生徒から、ひっどーいと声が上がった。
「佑…酷いよ。」
「お前なんてビッチだ!何度でも言ってやる。」
ユカは俺をじっと睨んでいた。
「馳目くん、山岸さん。授業が終わったら面談室に来て下さい。」
――― キーンコーンカーンコーン。
俺とユカは黙って席に付いた。
「あなた達…一体どうしたんですか?」
煮雪は、面談室に俺とユカを呼び出した。俺は何も言わず黙っていた。
狭いテーブルを前に席に付いた。
「黙っていては判りませんよ?」
「俺が、授業を抜ける理由をユカがしつこく聞いて来たからです。」
煮雪の意識は相変わらずたどたどしかった。
「馳目くんはご家族の都合で、早退しています。それ以上は先生達でも言えません。それで良いですかね?山岸さん。」
ユカは不服そうに返事をした。
「はい。」
「それから馳目くんは、山岸さんにきちんと謝らなければいけません。」
ユカはいまだにふてくされていたが、俺は素直に謝った。
「ユカ…ごめん。」
「ふん…。先生もう私、行っても良いですか?」
ユカは、まだ怒っているようだった。
「ええ…。」
俺もユカも椅子から立ち上がると煮雪は静かに言った。
「馳目くん。少し残って貰っても良いですか?」
ユカはそのまま出て行ってしまった。
「あ…はい。」
ユカがドアを閉めるのを確認してから話し始めた。
「馳目くん…あなた…流石にあの言葉はいけませんね。」
煮雪の表情からは、何を考えて居るのか分からない。
「済みません…事情聴取でイライラしていて、あいつがしつこいものですから。」
煮雪が俺の顔をじっと見つめている。
「そんな繰り返し事情聴取って…あなた一体何をしたんですか?」
「先生まで俺を疑うんですか?」
俺は声を少し荒げた。
「いえいえ…そうは言ってません。」
「あの日だって…毎日日課の河原周辺でジョギングしてただけなのに。」
俺は貧乏ゆすりを始めてのを煮雪はちらりと見た。
「ジョギング?」
煮雪が長い足を組み替えたので、椅子が少し軋んだ。
「ええ毎日8時過ぎ。暗い方が人も居ないし、静かで良いんですよ…むしゃくしゃするんで気分転換です。あーあ。俺が疑われる事になるなんて…助けなきゃ良かったよ。」
俺は大きなため息をついてみせた。
「あなたは、レイプ犯の顔を見たんですか?」
煮雪は、とても冷たい顔をしていた。
「どのレイプの事ですか?公園の強姦殺人事件?それとも河川敷の強姦事件?」
煮雪の眉がぴくりと動いた。
「あなたふたつとも目撃していたんですか?」
俺は答えなかった。
「飛んだとばっちりだよ全く。先生もう行っても良いですか?」
煮雪は椅子から立ち上がろうとする俺を止めた。
「馳目くん…幾らあなたがそう思っていたとしても、ああいうことを教室で言ってはいけません。」
…涼しい顔しやがって。
「ひとりでご飯を食べるのも寂しいでしょう?毎日でも良いから家に夕食を食べにいらっしゃい?ね。宿題だって、ヨウコと佑と3人ですれば良いでしょう?」
母ちゃんは、俺たちがよりを戻したと聞くと、張り切っていた。
「夕飯が終わったら、宿題をしよう。」
ヨウコが言うと、俺もセナも頷く。
食後3人はヨウコの部屋に集合した。
「まずは、英語研究会へセナちゃんを連れて行って様子を伺う。」
「わたしはテニス教室があるので、それ以外の日だったら大丈夫です。」
教科書とノートを開き宿題をはじめながら、話し出した。
「俺とセナは、別れたままの設定の方が動き易いな。」
「えっ?」
セナが驚いた顔で、俺を見た。
「そうだな。“別れたままの振り”だ。その方が警戒をしない…かも知れない。」
ヨウコは俺たち二人を代わる代わるみた。
「セナ…大丈夫だよ。」
少し寂しそうなセナに俺は声を掛けた。
「家では好きなだけイチャコラすれば良い。」
ヨウコのそのまんま、オブラートにも包まない言葉に、セナが恥ずかしそうに俯いた。
「…で…だ。セナちゃんには、もう少し煮雪と仲良くなって貰おう。」
ヨウコは、腕を組んだ。
「えっ?!」
俺は慌てた。
「煮雪を尊敬してます…的な雰囲気を出せば、アイツも気が緩むだろ?」
あいつを煽ったりしたら、どんな行動に出るか分からない。
「そ…そこまでしなくても…良いんじゃないか?」
アイツの正体を暴く前に、セナに何かあったりしたら大変だ。
「私は4月から大学生だし、一緒に行動が出来なくなる。だから、出来るだけ早い方が良い。」
「そ…そんな。それでアイツが動かなかった場合は?」
俺は躊躇した。確かにヨウコが居れば何があっても大丈夫だ。ヨウコが居なくなってからの事が俺を不安にさせた。
「大丈夫だ。長谷部達をヤッたように、お前なら出来る。雑魚は雑魚なりに頭を使うんだ。」
――― コンコン。
ドアが開いて、母ちゃんがお茶とお茶菓子を持ってきた。
「勉強はかどってる?佑もセナちゃんも来年は、3年生で受験だし、頑張らないとね。」
頑張りなさいねと言って部屋を出て行った。
「それから…山岸さんに聞いて貰ってるんだけど、やっぱり何かあったらしいの。煮雪先生の事を良く知っている人と話をしてくれるって。」
「ユカちゃんが?」
「はい。」
「そうか…私とセナちゃんは、煮雪ファンというスタンスで行こうと思う。」
「なぁヨウコ…お願いだから普通にしててくれよ?その方がやりやすいよ。」
…こいつが動くと碌なことが無い。
適度とか良い塩梅とかとは無縁の女だ。過剰とそうで無いかの区別すらつかないヤツを使うのは難しい。宿題をしながら、俺たちは色々なことを話し合った。
――― 英語クラブ。
セナはヨウコと同じグループになった。俺は、別れていることになっているので、主なやり取りはラインかメールだった。
ヨウコは相変わらず完全にアウトな話題ばかりを持ち込んでいた。
俺は、むさくるしい男3人グループに入ることになった。大型オナホの成田くんは、どうやらママにばれたらしい。
…オナリータ…だから言わんこっちゃない。
「馳目…お前童貞か?」
オナリータが俺に聞いて来た。
「ああまぁな。」
…童貞ふたりには刺激が強すぎるしな。
ふたりとも驚いたような顔をしていた。
「来栖にやらせて貰ったんじゃないのか?」
2次元の魔術師の宮田が俺に聞いた。
…面倒くせーな。
「してねーよ…もう別れたし。」
「噂は本当だったんだな。」
オナリータは、セナを見ながら言った。煮雪がセナのテーブルへ歩いて行くのが見えた。俺は考える振りをして煮雪を視ていた。
(馳目兄弟…面倒だ。僕に見初められる…来栖…テニ…帰り…。)
ヨウコもセナも俺の為に出来るだけ時間を引き延ばし話をしているようだった。
「あ…先生が来た。」
煮雪だって計画を練らなければいけない筈。情報を聞いてすぐ動けば怪しまれる…しかも女TNが厄介なのは、知っている筈だから、ヨウコが卒業後かも知れないと何となく思った。
煮雪が俺らのテーブルへやって来た。
「元彼女が居るとやり難いんじゃないですか?」
煮雪が冷たい笑みを浮かべた。
「お前…1年と付き合ってるんじゃなかったっけ?」
オナリ―タが合いの手を入れた。
…オナリータ…続けなさい。
「ああまぁな。来栖は見た目とは違って、ガードが堅ぇんだよ。」
マジで?とドーテーズは、驚きセナを眺めていた。
煮雪は何も言わず、俺たちが選んだ記事に目を通しながら静かに微笑んでいた。
俺はオナリータの肩をポンポンと叩きながら何気なく視た。
…あっ。
俺の中でカチッと音がしたような気がした。
(うぅ…せんせぇ…ぜんせぇ…はぁはぁ。イキ…そう。)
オナリータは、ベッド端に腰かけ、オナホールを使っていた。
…だよなぁ。大型はメンテが大変だ。
手を動かすたびに、がじゅがじゅとあの独特の家鴨が鳴くような音が部屋に響いていた。
…DVDは相変わらずの洋物か。
(あっ…うっ…くっ…)
そしてすぐに果てた。動画は鮮明になり音質が格段にクリアになった。
…どういうことだ?一体どうなってる?
煮雪は去っていった。
…そうだ!魔術師の宮田はどうだ?
俺はよろめく振りをして宮田の肩に捕まった。
「おい…馳目大丈夫か?」
「悪い…ちょっとこのままでいさせてくれ…眩暈が…。」
…そうだ。暫くこの状態をキープしようぜ。
「俺にそんな趣味はねーぞ。可愛い女の子なら別だが。」
…ああ 2次元のな?
テレビの前でエロアニメをイヤホンで聞きながら一生懸命作業中だった。
イヤホンからは、可愛らしい少女の喘ぎ声が漏れていた。
…宮田…お前も背後が不用心だ。ドアに背中を向けるとは何事だ。
何度も同じ場面を画面を顔をつけるようにして繰り返し観ながら果てた。
…それに、テレビは離れて見ようね…ってパパとママに教わっただろ?
やはり先ほどと比べて格段にクリアだ。英語脳にも効果はあるってことなのか?
…ふーむ。
――― 4月。
ヨウコは大学生となり、俺とセナは高3になった。
「高校を卒業して大学生になったら、同棲しないか?」
まだ随分先のことだ。
「えっ。」
セナは驚いた顔をした。
「俺…セナの傍に居たいんだ。これから先もずっと。」
セナは恥ずかしそうに俯いていた。
「お前の親にも、その時にはちゃんと話そうと思ってる。」
セナは静かに頷いた。学校からは別々に帰るが、ほぼ毎日家で食事を食べて、俺かヨウコがセナの家に送り届けるのが日課とだった。
今日も夕食後、俺の部屋で勉強をして一緒に帰る。ヨウコも大学生活に慣れ、余裕が出て来たので、また打ち合わせをした。
「明日はテニスの日だね。」
「うん。」
帰りは夜遅くなるが、離れた距離でセナを尾行するように歩く。
「公式にボッコボコに相手をして良いなんて、こんなチャンス無いからな。」
ヨウコは違う意味でとても嬉しそうだった。月野の時は中途半端だったと後悔していた。
…いやいやいや…あれで充分だっただろう?
「沢山の女の恨みだ…半殺しでも良いくらいだ。」
「月野ぐらいで半殺しだろ。何言ってんだよ!完璧主義にも程があるぞ。」
セナはクスクスと笑っていた。
「初恋のように胸がドキドキするんだが…。」
ヨウコは嬉しそうに笑っていた。
「何度も言うが、それは絶対に勘違いだからな。絶対にだ!」
「本当なら、セナちゃんを毎日尾行しても良いぐらいだ。佑には、横取りさせたく無い。」
…いや…だから、そーゆーことじゃねーんだってば。
「二人も護衛に付いてくれるなんて嬉しいけれど、申し訳ないです。」
「いやいや…良いんだ。どうせ、佑なんて家に居ても抜いてばっかりなんだから。」
ヨウコは、ご丁寧にも手で輪を作りそれを動かしてみせた。
「おま…え。」
セナは、ちらっと俺をみてから笑いを堪えていた。
…まぁ…だいたいあってるけどさ。
帰国子女の件を二人に話した。
「感覚野が発達しているから、触覚が補強的に働くのかも知れないけど、まだ分からないんだ。」
まだあのオナニー・マシーンズの脳みそを試しただけじゃ心もとない。もっと確証が欲しい。
「そうだ♪良い事考えた。手っ取り早い方法だ。」
ヨウコは、嬉しそうな声をあげた。
「お前、煮雪と寝ろ…ギリBLだな。初めての相手が、煮雪なら顔は申し分なし…良いじゃないか。」
…駄目だ…こいつは…末期のBL脳症だ。終わってる…。
セナは俺とヨウコの会話に割って入った。
「あの…本当にふたりともどうもありがとう。」
セナも怖がるどころか、楽しんでいるようだった。俺はヨウコやセナのように喜べなかった。セナが襲われることを前提にこの計画は進んでいる。
「セナ…本当に気を付けてくれ。ちゃんと持ってるか?」
「うん♪いっつも持ってるよ。」
セナは自分の鞄から、3種の神器を取り出した。
「いつでも使えるように練習しておく必要があるな。セナちゃん練習したことはある?」
ヨウコは、コーヒーテーブルの上に置かれた痴漢撃退グッズをひとつひとつ手に取って眺めながら言った。
「スタンガンは重いが、バッグの中じゃ無くポケットに入れておいた方が良いな。その方が素早く使えるでしょ?」
ヨウコがスタンガンのスイッチを入れてバチバチと言わせて遊んでいた。
俺は嫌な予感がした。
「これってホンモノなのか…な?」
――――パチーン!!
ヨウコが俺に躊躇なく当てた。セナが驚いて小さな声をあげた。
…ほらな?
ジーンズの上からだったが、刺すような痛みで、声すら出せず暫く動けなくなった。
「うん…大丈夫そうだな。」
満足そうに笑った。
「痛ってぇなぁぁぁぁっぁぁ。試すなら、自分の身体ですれば良いだろっ!!ふざけんな。」
「佑くん大丈夫?」
セナが心配そうに俺をみた。
「ねぇ。セナちゃんこれ貸して♪」
確かにこれなら不意打ちで相手の動きを止められるかも知れない。
「真夜中に吠えて煩い田中さん家の柴犬の太郎…。」
ヨウコは怪しく笑っていた。
「お前…それやったら犯罪だからな?」
俺はヨウコからスタンガンを奪いとると、他のものと一緒に、セナのバッグの中にしまった。
「良いじゃないか。作動確認もたまには必要だ。セナちゃん時々貸してね♪」
ヨウコは、真面目な顔でセナに言った。
「セナそれだけは駄目だっ!…絶対に。」
…どちらにせよ、犬が死ぬか俺が死ぬかの二者択一のバッドエンド。
柊は相変わらず俺を呼び出そうとしたが、俺は拒否し続けた。今はセナの事が最優先事項だった。今日も校門で待っていた。
「セナがテニスの日は絶対に駄目だ。柊くんのお願いでも、絶対に出来ない。」
再び市内で高校生や中学生のレイプ事件が起こっているようだった。柊は何も言わないが容疑者と思われるヤツのリーディングを頼まれたが、全員違った。警察も焦り始めているようだ。
「お前が頼みの綱なんだ。」
そんなことを言われても、譲れない。
…頼みの綱の割には扱いがぞんざいな気がするんだが?
「悪いが本当に無理なんだ。」
柊はイライラしているようだった。
「お前が嫌だと言っても連れて行く。これはお前にとっても悪い話じゃない筈だ。」
俺はチラリと時計を見た。15時を少し過ぎたところだった。
「2時間…いや1時間で済ませてくれ。」
俺は渋々車に乗り、ヨウコとセナにラインでメッセージを送った。警察署へいつものように行くと、お茶が準備されていたので一口含んだ。
…温いじゃねーか。
そしてマジック・ミラーの向こうを見て、思わず茶を噴いた。
「…な?今日はスペシャル・ゲストだ。」
煮雪だった。
「信じられるか?こんな綺麗な顔してレイパーなんだぜ?」
余裕の表情で椅子に優雅に座ってやがる。
「口を慎め。まだ決まったわけじゃ無いんだ。」
やっぱり、警察も目を付けていたんだ。
「いつからアイツに眼を付けてた?」
柊は何も答えなかった。
…でたよ…黙秘。
「僕…疲れたから…帰る…じゃあね。柊くん。」
どうせ全力で視たところで判ることは限られてる。ここで視るのも学校で、視るのも変わらない筈だ。俺は席を立ち部屋を出て玄関へと向かった。
…アイツがここに居る限り、セナは安心だ。
「おい…ちょっと待て!判ったよ。」
俺は渋々戻った。
「これはあくまでも任意同行で、事情聴取では無いんだ。」
刑事が何か煮雪に話をしていた。
「マジで?…まだそれだけしか進んでないのか。証拠隠滅されちまうんじゃねーか?」
柊は、渋い顔をしてガラス越しの煮雪をみていた。その目はいつもの柊とは違い、まるで獲物を狙うような鋭い視線だった。
「そこまでの証拠が無い…。」
「何だよそれ。」
…そうか。そういうことだ。
「なぁ…お願いがあるんだけど。」
俺はゆっくりと部屋に戻りながら考えて居た。
「な…何だよ。」
柊は、不穏な空気を感じ取ったようだ。
――― ガチャッ。
煮雪が隣の部屋から出て来た、丁度その時に俺は柊に部屋から叩きだされた。
「ふざけんな!!俺はお前にしか出来ないことを頼んでるんじゃないか!!」
柊が廊下で怒鳴り声が響いた。立ち話をして居た刑事たちがギョッとした。
「もう嫌なんだよ!!俺だって普通の生活がしたいんだよ!」
煮雪が俺を見ているのが判った。
――― バキッ。
「我儘を言うんじゃない!!お前は何様のつもりだ!」
俺は柊のパンチを食らい、フラフラとよろけた。
…ヨウコに比べたら、全然マシだ。
「自分だって、俺を良いように使ってるだけじゃ無いか!こんなこき使いやがって!」
柊は怒りで震えていた。
「なんだその言いぐさは!」
――― バキッ。
二発目は不覚にもちょっと避けてしまったので、柊の拳が、口に当たり血の味がした。
「偉そうに…警察がそんなに偉いのかよ!」
…へへへ。これぐらいなら何発でも厭わないぜ。
「お前っ!」
柊が俺のシャツの胸元を掴んた。
「いちいち命令すんなや!ボケェ。」
柊は俺よりほんの少し背が高く細いし、多分本気出せば、相討ちぐらいにはなる筈だ。
「なんだとぉ~。」
――― バキッ。バキッ。
「殴られたって、俺の気持ちは変わんねーからな!」
親父や母ちゃんにだって殴られた事が無いのに,ヨウコと良い,柊と良い,なんでこうも手が早いんだ?
しかも手加減…?へ?なにそれ美味しいの?と来てやがる。
…ねぇ。柊くん。パンチ・ドランカーって知ってる?
――― ゴンッ。
鈍い音がして俺は壁にぶつかり、床に転がった。
…いってぇ。俺発信で壁ゴンも流行らそうぜ?
肩を強かに打った。
「おいおい…それぐらいにしときなさい。」
ハンプティ署長が、慌てて柊を止めた。
「どうしたんですか?…馳目君。」
煮雪が驚き俺の身体を抱き起したが、一瞬眩暈がしてふらついた。
「先生…済みません。」
よろける俺を、煮雪が支えた。
「こんなこともう絶対嫌だからな!」
俺はふらつきながら煮雪に抱えられるように、玄関まで歩いた。
「大丈夫ですか?警察も酷いですね。高校生にこんな暴力を振るうなんて。」
警察署を出ると、駅までふたりでゆっくりと歩いた。未だにふらつく俺を煮雪が支えた。
「先生済みません…もう大丈夫ですから。」
俺と煮雪は同じ駅の方向へと歩いていたが、煮雪から、時々ふわりとウッディ系の香りがした。俺はゆっくりと煮雪から離れた。
「君は一体何をやったんですか?」
駅前は歓迎会だと思われる、会社員で騒がしかった。
…偵察か…良いだろう。
「多分…先生と同じ理由だと思います。」
急にゆっくりと歩き出した煮雪は俺のことをじっと見た。
「そうですか…。」
飲み屋帰りの酔っ払いが騒いでいた。
「でも…どうして…先生は、女性の事が嫌いなんですか?」
俺は煮雪の様子を伺っていた。
煮雪は俺をじっと見つめたまま、質問の意図を探ろうとアーモンド形の綺麗な目を大きく見開いた。
「どうして…君はそう思うんですか?」
俺は煮雪と肩を並べてゆっくりと歩いた。
「先生は、カッコいいのに彼女が居なさそうだから。」
暫く俺は答えを待っていたが、煮雪は、答えなかった。
「先生、女嫌いでしょ?」
煮雪は声を出して笑った。
「ゲイとかじゃ無くて…俺ちょっと判るような気がするんですよね。俺なんて生まれた時から姉ちゃんに虐げられてるし…メス豚死ね!って思ったことなんで数えきれないぐらいです。」
煮雪の形の良い眉がピクリと動いた。
「でも、だからってレイプなんて俺は許せない。」
行き交う女性が煮雪をチラチラと見ていく。
「僕は、君の喧嘩現場に居合わせてばかりですね。」
そうだ一番最初にコイツに出会った時は、喧嘩で助けられたんだ。
「いつも正義の為に戦いますから。負けると判ってても、俺は戦います。」
…絶対に叩きのめしてやる。
煮雪は何も言わず静かに聞いて居た。
「俺は俺が出来る方法で探し出して、叩きのめす。」
…卑劣なヤツは絶対に許さない。
俺にしかできない事をコツコツと情報を繋ぎ合わせてやる。
「それが、例え先生であったとしても…です。」
俺の目にはアイツに対する敵意が溢れていたと思う。
「では…僕は電車なので。また学校で会いましょうね。」
煮雪は何も答えず、改札へと向かい、俺はその奥にあるバスのロータリーへと歩いた。
―――― ♪~♪~♪
バスに乗ったところで俺の携帯が鳴った。
「もしもし?判ったよ。」
「最近どうして早退ばっかりなの?」
ユカが俺の机の上に腰かけた。
「あなたを迎えに来る人達って誰?」
柊と俺との関係は、先生達しか知らない。大きな事件に関連していると思われているらしいが、現実は細かな性犯罪全般の透視だ。
「色々あるんだよ…。」
煮雪が教室に入って来るのが判った。いつもより少し時間が早くまだチャイムも鳴っておらず、煮雪ファンの女子が集まっていた。
「何よ色々って。」
ユカは足をぶらぶらしながら、まだ俺の机の上に座っていた。
「何でユカに話さなくっちゃいけ無いんだよ?」
こんな時のユカはしつこいことを俺は知っている。
「だって幼馴染でしょう?」
「幼馴染だからって何なんだよ。」
「どーせ別に隠すようなことでも無いんでしょう?」
「いちいち興味本位で聞いてくるなよ。ユカは何にでも顔を突っ込み過ぎだ。」
「学校サボっておばさんに言いつけちゃうわよ?」
「勝手に言えば良いだろ?」
前に座っていたフナキが俺がイライラしていることに気が付いてユカを止めた。
「うるさいわねっ!佑とあたしが今話してるのっ!フナキは関係無いでしょう?」
「ユカッ!いい加減にしろよ!!仕切り屋のメス豚ビッチが!!」
ユカの眼が大きく見開かれ、他の女子生徒から、ひっどーいと声が上がった。
「佑…酷いよ。」
「お前なんてビッチだ!何度でも言ってやる。」
ユカは俺をじっと睨んでいた。
「馳目くん、山岸さん。授業が終わったら面談室に来て下さい。」
――― キーンコーンカーンコーン。
俺とユカは黙って席に付いた。
「あなた達…一体どうしたんですか?」
煮雪は、面談室に俺とユカを呼び出した。俺は何も言わず黙っていた。
狭いテーブルを前に席に付いた。
「黙っていては判りませんよ?」
「俺が、授業を抜ける理由をユカがしつこく聞いて来たからです。」
煮雪の意識は相変わらずたどたどしかった。
「馳目くんはご家族の都合で、早退しています。それ以上は先生達でも言えません。それで良いですかね?山岸さん。」
ユカは不服そうに返事をした。
「はい。」
「それから馳目くんは、山岸さんにきちんと謝らなければいけません。」
ユカはいまだにふてくされていたが、俺は素直に謝った。
「ユカ…ごめん。」
「ふん…。先生もう私、行っても良いですか?」
ユカは、まだ怒っているようだった。
「ええ…。」
俺もユカも椅子から立ち上がると煮雪は静かに言った。
「馳目くん。少し残って貰っても良いですか?」
ユカはそのまま出て行ってしまった。
「あ…はい。」
ユカがドアを閉めるのを確認してから話し始めた。
「馳目くん…あなた…流石にあの言葉はいけませんね。」
煮雪の表情からは、何を考えて居るのか分からない。
「済みません…事情聴取でイライラしていて、あいつがしつこいものですから。」
煮雪が俺の顔をじっと見つめている。
「そんな繰り返し事情聴取って…あなた一体何をしたんですか?」
「先生まで俺を疑うんですか?」
俺は声を少し荒げた。
「いえいえ…そうは言ってません。」
「あの日だって…毎日日課の河原周辺でジョギングしてただけなのに。」
俺は貧乏ゆすりを始めてのを煮雪はちらりと見た。
「ジョギング?」
煮雪が長い足を組み替えたので、椅子が少し軋んだ。
「ええ毎日8時過ぎ。暗い方が人も居ないし、静かで良いんですよ…むしゃくしゃするんで気分転換です。あーあ。俺が疑われる事になるなんて…助けなきゃ良かったよ。」
俺は大きなため息をついてみせた。
「あなたは、レイプ犯の顔を見たんですか?」
煮雪は、とても冷たい顔をしていた。
「どのレイプの事ですか?公園の強姦殺人事件?それとも河川敷の強姦事件?」
煮雪の眉がぴくりと動いた。
「あなたふたつとも目撃していたんですか?」
俺は答えなかった。
「飛んだとばっちりだよ全く。先生もう行っても良いですか?」
煮雪は椅子から立ち上がろうとする俺を止めた。
「馳目くん…幾らあなたがそう思っていたとしても、ああいうことを教室で言ってはいけません。」
…涼しい顔しやがって。
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