小鳥遊医局長の恋

月胜 冬

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自立

未来へ向けて歩き出す

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夏休み明けの病棟。

「ねえ…トーコ、今泉先生と付き合ってるの?」

同期が聞いて来た。

「え?どうして?」

「他の病棟の子があなたと今泉先生が腕を組んで歩いている所を見たって。」

…多分母だと言っても信じて貰えないだろう。

「見間違いじゃない?」

笑って誤魔化した。その噂は今泉の耳にもすぐに入ったが否定しなかったことで、冬は余計に居心地が悪いことになっていた。

挙句の果てには、全く知らない看護師が、冬の元にやってきて
今泉と別れるように執拗に迫ったりなど、冬の頭を悩ませた。

しかし、新人指導に忙殺されてそれどころでは無くなってしまった。
…というのも、4月に入った新人は続々と、他の新人がある程プリセプター(教育・指導係)の監視下のもと独り立ちしていくのに、それすら出来ない状態で、この時期にひとりの新人を冬が引き継いだからだ。

プリセプターは卒後4-5年の看護師がすることになっているので、冬はどちらかと言えば指導者であるプリセプタ―を総統括するような立場であった。


「頼れるのは、もうあなたしか居ないわ。」

…師長…ここ数年…その言葉を何十回聞いてきたことか。

日勤では付きっ切りでも、夜勤は他の看護師に見て貰うことになる。

「あの子 今日は投薬間違いしそうになってましたよ。」「指示の拾い漏れがあって点滴が出来なかった。」

他の看護師から聞くたびに胸が痛んだ。よく気が付くし、優しい子だった。手を掛ければきっと良い看護師になると冬は信じていた。しかし秋になっても余り伸びず、他のスタッフの足を引っ張っているような状態が続いた。

「もうあの子嫌だ…なんで出来ないのか分からない。」

他のスタッフからも文句が出ていた。離職率を下げる目的で、新人たちは半年程働いた所で部署移動の希望が出せた。希望が出れば対応する決まりになっていた。師長や本人との相談になるが、師長は本人を言い含めて他の部署の子とトレードすることを勝手に決めた。

冬は師長に噛みついた。

「師長…どうしてトレードを決めちゃったんですか?」

ナースステーションの隅で、師長と話し合いになった。

…悪いけど10分だけ私の患者見ててくれる?

チームの看護師に声を掛けた。

「他のスタッフからも苦情が出ててね…あの子と夜勤したくないって人も多くって…。」

師長も冬に言い出しにくかったに違いない。

「せめて1年待って貰えなかったんですか?あの子だってここで働きたいって言ってたじゃないですか。スタッフにそう言わせてしまったのは私の責任です。苦情があるのならプリしている私に言ってくれれば良いのに…。」

スタッフが聞き耳を立てているのが分かった。小峠がナースステーションに入って来て他の看護師に二人が何を言い争っているのか聞きまわっていた。

「皆もあなたが忙しいのが分かっているからなかなか細かいことまで言えなかったのかも知れないわ。」

「仕事は出来ないかも知れないけれど、患者さんの話をよく聞いている子でしたよ?私なんかよりよっぽど聞き上手でした。早く帰りなさいって言うのに、自分は出来ないからって遅くまで残ってステーションの片づけなんかもしてたんですよ。」

冬の声が段々ときつくなった。いつもは穏やかな冬が、師長に食って掛かる事は今まで一度も無かった。それが目の前で起こっていれば,誰もが聞き耳をたてるのは当然だった。

「ええ…知ってるわ。」

師長は静かに聞いていた。

「非難することは簡単だけど、改善する方法を先輩スタッフ達は教えなくてはいけないんじゃ無いですか?誰だって非難ばかりされたら、萎縮して出来ることだって出来なくなっちゃいますよ!」

師長にも病棟スタッフにも腹が立った。

「月性さん…誰もがあなたのように仕事がきちんとできる人ばかりじゃないのよ。自分のことも精一杯なのに同時にあの子の面倒を見ることが出来る人は、今の病棟には残念だけど殆どいませんし、負担になっているのよ。この病棟は他の病棟に比べると、年齢が若いし、中堅層が薄くてあなたに負担を沢山掛けている事は分かっているんだけど…。」

…私だってそうだ。今だって仕事をきちんと出来てるなんて思えない。他の子だけじゃない。

「病棟会で話し合うとか、相談し合うとか、この決定をする前に対策を練ったり皆でもっとサポートする方法を相談出来たんじゃないでしょうか?」
冬は自分のふがいなさに泣きそうだった。

「もう決定は覆せないと思いますが、あの子は自分が“できない”と思ったまま放り出されることになるんですよ?」

…師長は私が反対することを知ってて決定してから知らせたんだ。

それにも冬が我慢が出来なかった。

「あの子…とてもあなたに感謝していたわよ。」

師長が言った。

「私はそんな言葉をあの子から聞きたくてプリをしていたわけじゃありません!!!失礼します。ちょっと休憩室に行ってきます。」

冬は怒りが爆発しそうだった。師長やスタッフに対する苛立ちよりも、自分がここまで問題が大きくなるまで気が付かなかった事に腹がたった。いや気がついていたが、様子を見ていたのだ。

…それじゃあ私もスタッフと同じじゃない‼︎

冬は誰も居ない休憩室へ行きドアを閉めると

「F*ck!F*ck!FFFFFF*ck!!!!」

と叫びゴミ箱を思い切り蹴飛ばした。

―――ガランガラン

物凄い音がしてゴミ箱が部屋の反対の隅へと飛んでいた。その音を聞いても誰も休憩室には入って来なかった。それが冬にはありがたかった。化粧が落ちるのも気にせず、怒りで火照った顔をバシャバシャと洗った。

「そんな言葉使うと石鹸で口を洗いますよ。」

いつの間にか小鳥遊が休憩室の前に立ち呆れながらも笑っていた。

「口どころか、今は胃洗浄されたとしても何度でも言える自信がありますね。」

ハンカチで顔を拭きながら冬は言った。

「もう大丈夫ですから。」

小鳥遊に言うと、冬は休憩室を出て師長の元へ戻り感情的になったことを謝り、スタッフに自分が師長と話している間,担当患者を見てもらっていた事にお礼を述べて、業務へと戻った。

検温から戻って来ると小鳥遊がPCの前で薬を処方していた。

「月性さん 仕事終わったら今日飲みに行きますか?師長さんも如何ですか?」

ナースステーションで堂々と小鳥遊は冬を誘った。

「あ…私今日会議があるのだから、おふたりでどうぞ。」

師長は笑った。

「いいなぁ俺も先生と飲みたい…。」

男性看護師が言った。

「駄目です…今日は僕と月性さんのデートになりましたから。君は完全にお邪魔虫です。」

小鳥遊は笑った。

…私まだ行くっていってないんだけど?

冬がぶち切れたせいかどうかは分からないが、スタッフは無駄口もせず仕事がはかどり、緊急入院も無かったせいで“ミラクル定時あがり”になった。タイミングを見計らったように小鳥遊が病棟へあがってきた。

「じゃあ…今日は僕は月性さんとデートなんで、邪魔しないで下さいね。特に小峠先生。」

口ごもる小峠をみて看護師達がクスクスと笑った。平日の早い時間で、居酒屋は空いていた。

「勿論先生のご馳走ですよね。」

冬はメニューを開いて言った。

「無論です。」

小鳥遊は微笑んだ。

「みんな驚いてましたよ。温厚なあなたが怒っているのを聞いて。」

…でしょうね。

「僕が外来から上がって来たら小峠先生が詳細を教えてくれました。」

…あの禿…ゴシップはきちんと報告するんだね。

冬はビール、小鳥遊はワインを頼んだ。焼き鳥や枝豆、ほっけ、サラダにおにぎりなども並んだ。

「これ全部食べられるんですか?」

小鳥遊は呆れた

「うん…全部食べる。」

冬はお腹が空いていた。

「なんかオフィシャル・デートなんて今まで思いつかなかったけど、たまには良いですね。」

小鳥遊が笑った。

「今日師長さんが会議だって知っててわざと誘ったでしょ?」

冬がほっけを上手にほぐしながら言った。

「あれ…ばれちゃいましたか?」

小鳥遊は笑った。

「ええ。」

「そう言えば師長さんにあなたを主任にって意見を求められたんですが、僕は大賛成ですと言っておきました。」

小鳥遊は梅干しおにぎりを食べながら言った。

「試験受かるかどうかの前に、受けるかどうかも判りません。役職つくと好きなこと出来なくなりますし…。」

「好きなこと?」

「患者の息子さんと合コンとか,ゴルフとか、準夜で病棟にピザの配達を患者から頼まれる代わりに、ピザの賄賂を受けたりとか?パーティーに同伴する代わりにご飯御馳走になったりとか?」

小鳥遊のおにぎりについてきたみそ汁を冬はちょこっと飲んだ。

「呆れた!あなたはそんなことしてたんですか?」

小鳥遊は笑った。今泉の部屋を出てから2ヶ月程経過していた。今泉は、毎日連絡を取り合って、ちょくちょく食事をしたり、冬と乗馬や、ゴルフなどへ行ったり、お互いのマンションに泊まったりもしているようだった。

「新しいマンションはどうですか?」

小鳥遊が静かに聞いた。

「静さんやガクさんのところに比べると物凄く狭いですけれど、快適です。散らかす人は居ないし…。」

冬は笑って、先生はどうですか?と聞いた。

「僕は…僕は…寂しいです。」

…そんなことは聞いて無い。

冬は小鳥遊の言葉を無視した。

「早く美しい熟女でも見つけて下さい。」

「何でいつも熟女限定なんですか?僕は若い子が良い…。」

「だってストライクゾーン広そうですもん。」

意地悪な笑みを浮かべて冬は言った。

「できれば若い子…でもトーコさんが良い…。」

…そういうの要らない…から。

冬はまた小鳥遊を無視した。

「さっきから…ちょくちょく僕の話を無視していますね。」

小鳥遊はムッとして言った。

「え?そうですか?そんなことはありません。気のせいじゃないですかね?」

冬は真面目な顔で返した。

「そう言えば今泉先生とは時々会っているそうですね。」

「ええ…まぁ。」

冬は悪びれずに言った。

「ガクさんも静さんとご飯を食べに行っているそうですね。」

ええ…もうガクちゃん静ちゃんの仲ですよと小鳥遊は笑った。

…いやいやそれは流石に無いでしょう。

「脳外のお医者と静さんとどちらとつるむ方が多いですか?」

「静さんかなぁ。ご飯作ってくれるから♪」

「えーっ。静さんが作ってるの?」

「うん♪美味しいですよ。」

…ちょ…美味しいですよじゃなくって。

「静さんと同棲すれば良いのに…きっと良い夫になってくれますよ。」

冬は笑った。

「そういえば、院長からやっと海外からの研修の件聞きました。看護師さんたちだから余り僕達には関係ないかも知れません。」

水菜サラダを小鳥遊に勧めた。

「えーそんなこと言わずに手伝って下さいよ。だって英語喋れる人が居るからってうちの病棟になったって聞きましたよ?」

焼き鳥を串からひとつづつ取り分けて小鳥遊に小皿を渡した。

「そうだったんですか。知りませんでした。」

そうですよと冬は言った。

「手伝って下さいね。」

小鳥遊は意地悪な笑いを浮かべた。

「報酬は?」

…え?
「えっじゃないです。僕に何か報酬を下さい。」

…絶対アレだ。

「エッチ♪」「エッチでしょ。」

…ほら。

「…じゃあ良いです。静さんに頼むから。」

…もう絶対そうだと思った。

「遠慮せずとも良いですよ。」

…なんか嬉しそうなのが嫌だ。

「ねぇ…こういう時こそ、小峠先生とプロの所へ行けば良いんですよ。」

冬は意地悪く笑った。

「もう僕はトーコさんとしかしませんから。」

…なんだその恩着せがましい言い方は。

「今は、エッチを楽しめる気分じゃありませんし、その余裕も無いですから。」

冬はきっぱりと言った。小鳥遊と冬は何となく別れてしまったというよりも、友達以上恋人未満の関係だった。小鳥遊にはそれが寂しかったが、結婚を断られ家を出でしまった以上、どうすることも出来なかった。

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インドネシアからの実習生受け入れは、ギリギリまで調整が続いた。ハラール対応のホテルを見つけたが数週間前に予算が合わないと言い出し、ひと悶着あった。結局事務のマリアさんの伝達間違いということで丸く収まった。一日に数回お祈りの時間があるということで、面接室を使わせて貰うことになった。院内でのヒジャブの着用などは衛生面から脱ぐべきであると管理者側は言ったが、どうやら小鳥遊が上手く説明をしてくれていたらしい。春にハラ―ルフードについて聞いていると、何故か春は今泉のマンションでその間居候することになっていた。

「静さん なんでオッケーしちゃったんですか?」

「だって…美味しいご飯がその間食べられるから♪ねえトウコさんもその時こっちに来たらどうですか?」

3日間のベビーシッターが始まった。幸いなことに看護師達は英語が出来たし、研修に参加した看護師は全て看護師長候補ということで優秀だったので説明は楽だった。何処へいくのにもついて回り、質問や説明をその都度英語に訳しひとりで説明するのは大変だった。間違えて伝わらない様に注意を払った。朝から晩まで付き添ってへとへとだった。

1日目は外科、内科、手術室、ICU、リハビリ室、検査室、薬局などの設備の見学などをした。時々小鳥遊が様子を見に来てくれ、冬と交代で通訳を務めてくれた。

「先生 どうもありがとうございます。助かります。」

「僕に出来る事はこれぐらいですから。」

そう言って優しく微笑んだ。

2日目は脳外病棟での実習だった。それぞれのチームに分かれて患者の搬送や、処置の介助について貰った。小峠も少し英語が出来たので、受け持ち患者の処置などの説明をして貰った。

「月性ちゃーん。このお礼は高くつくよ。」

小峠が隙を見ていちいち言って来た。

…禿…お前には色々と先払いしてるはずだが?

時々看護部長もふらっと様子を見に居たりするので、病棟にも緊張が走った。

3日目は院長や看護部長などの対談、午後からは歓送迎会が行われた。
怒涛の3日間で翌日は休みを貰っていたが、泥の様に眠った。

大きなイベントがひとつ終わりほっと一息つく間も無く、
冬は師長に相談したいことがあると言って師長に時間を取って貰った。

…チャンスは今しかない。

冬はこれを逃してしまったら後が無いと思った。

「そんなこと前代未聞だわ。私一人じゃ到底決めることは出来ないから、看護部長に話してみるわ。」

その時にはぜひ一緒に説明をさせて下さいと冬はお願いした。

冬の計画はゆっくりと始動し始めた。
+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:

とうとう看護部長と院長との面談の日がやっていた。

…もう答えは決まってしまっているんだろうか?それともまだ彼らの中で検討している段階なのだろうか?

冬はそれが一番気がかりだった。
もし駄目だったとしても、必ずここに戻ってこようと思っていた。

院長と話すのは、去年の忘年会以来だった。

「結論から言うと、“検討中”です。」

冬はそれを聞いてほっとした。

「今まで医者でもそんな前例は無いからね。」

「しかも看護師で…前代未聞で驚きました。」

看護部長が口を挟んだ。

…看護師も医者も同等なのに、しかも看護師って何?

冬は反論したいのをぐっと堪えた。

「どれぐらいの期間ですか?」

院長が静かに聞いた。

「1年から1年半です。最短で8ヶ月です。」

「どうして君は、アメリカへ行きたいんですか?」

「看護管理やマネージメントを学びたいんです。」

「ほう。」

「アメリカよりも優秀な看護師は沢山居るのに未だに、精神論的な頑張りを要求されている日本の看護教育に疑問を感じたからです。」

冬はきっぱりと言った。

「私はこの病院が好きです。もし在籍したまま留学出来るのであれば嬉しいのですが。」

「もしそれが出来なければどうするんですか?」

「辞めるしかありません。」

病棟師長がため息をついた。

「行くことは君の中で決まっていると言うことなんだね?」

「はい…そのために、ここ数年頑張って来ました。取れる単位は、仕事の合間で取ってきましたし、つい先日、アメリカの看護師免許も取得しました。」

「あら。そうなの?」「ほう。」

「はい…。主に向こうで受講しなければならない実習や、論文制作、数科目の看護学の授業で、大学卒業、オンラインのクラスと夏休みと冬休みを利用すれば、大学院も卒業出来ます。」

「あなた…でもそれは計画でしょう?もし駄目だった場合にはどうするの?」

「私は今までプリセプターにプリセプター指導、看護研究、実習の指導者、チームリーダーなどを同時に引き受け、海外からの研修の調整、さらにアメリカの看護師の勉強をし免許を取得しました。大変でも頑張れる自信はあります。」

…師長ごめんなさい…その為に文句を言わずわざわざ辛くても引き受けて来た。自分の実績を作るために。

「あなたって言う人は…それじゃあ倒れる筈よ。」

病棟師長はため息をついた。

「出発はいつですか?」

院長が聞いた。

「3月の予定です。」

冬は3人の顔を見ながら言った。

「少し時間を貰えますか?」

院長が言った。

「出発までに返事をしたいと思います。」

冬は分りましたと言って白い封筒を出した。

「退職願いって…こんなものまで用意してたのね。」

師長が冬を見てため息をついたが、冬は院長室を後にした。

…もう引き返せない。

次はあの二人に言わなくちゃいけない。

+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:

「皆で一緒にご飯を食べましょう。」

冬は今泉のマンションに小鳥遊を呼んだ。今泉はいつものようにほぼ定時でマンションに帰ってきていた。

「ガクさんは作らないから、嬉しい♪久しぶりのトウコさんのご飯。」

今泉は料理を作るのを手伝ってくれた。料理を作る間、ベタベタとくっついたり、キスをしたり相変わらずだった。冬は明日から2連休でゆっくりすることが出来た。小鳥遊は久しぶりに冬に呼び出され、嬉しい反面緊張していた。少し遅い夕食となった。3人で集まるのは久しぶりだった。今泉は嬉しいのかおしゃべりだった。

夕食もあらかた終わり、冬はワインを持ってきた。

「平日なのに、大丈夫ですか?」

今泉は笑った。

「うん…私は明日から2連休だから大丈夫♪」

「うわぁ久しぶりにエッチなトウコさんが見れるのか。」

今泉が笑った。全員のグラスにワインを注いだ後、冬は言った。

「今日はふたりにお知らせがあります。」

冬はニコニコしていたが、ふたりの顔に一瞬緊張が走った。

「私は3月から1年間アメリカに留学します。」

二人とも突拍子も無い冬の発表に驚き何も言えなかった。

「…あと3ヶ月も無いじゃないですか。」

今泉よりも小鳥遊の方が動揺しているように見えた。

「はい。正確には2ヶ月ですね…有給消化がありますから。」

「大学で何を学ぶの?」

今泉が聞いた。

「看護管理やマネージメントです。大学は単位不足分を少し補うぐらいで卒業出来そうですが、その後大学院卒業に必要な単位も取得してくる予定です。」

「では病院は辞めると言うことですか?」

小鳥遊は箸をおいて聞いた。

「看護部長と院長には病院に在籍のまま留学が出来ないかどうか相談していて、今はその返事待ちです。」

「流石トウコさん。そこまで話が進んでいるとは思わなかったよ。凄いね。」

今泉は笑った。

「うん。アメリカの看護師免許も取得したの。」

「え?いつの間に?」

「11月下旬に結果が分かったの♪」

そりゃ凄い…今泉が驚いた。

冬は深呼吸をひとつした。

「計画通りにいけば卒業まで1年です。」

「僕は…待てます…いいえ喜んで待ちます。トウコさんが帰って来るのを。」

今泉は嬉しそうに言った。小鳥遊はすき焼きの鍋の中を見つめたまま何も言わなかった。

「報告は以上です。」

冬はワインを二口程飲んだ。

「今日はねデザートもあるの♪アフォガード…作ってみたわ。」

テーブルの上を冬は片付け始めた。僕も手伝いますと言って今泉も手伝った。

「洗い物は後にしてデザート食べましょう♪」

冬は冷蔵庫からアフォガードを取り出して、それぞれの前に置いた。

「わぁ美味しい~♪春さんが作ってくれたのと同じ味だ。」

今泉は美味しそうに食べた。

「当たり前でしょう…レシピ同じなんだから」

冬が笑った。

「ガクさんも溶けちゃう前にどーぞ。」

冬は言った。食べ始めた小鳥遊が言った。

「トーコさんは自分勝手です。」

…え?

「勝手に何でもひとりで決めてしまって。待ってくれって言っていたのはこのことだったんですか?」

小鳥遊は怒っていた。

「ええ…そうです。このことです。」

「早くに言ってくれれば僕だって協力することは出来たのに。夏休み前に倒れてしまったのだって、掛け持ちで色々やっていたからですよね?」

…確かにそれもあるかも知れない。

「僕たちから離れたのも、こういうことだったんですね。」

冬は何故、小鳥遊が怒っているのか判らなかった。

「結果的にはそうなります。」

冬は言った。

「だからあなたは他に好きな人を見つけてと僕に言ったのですか?」

「それは…ガクさんが、すぐにでも結婚をしたいようなことをほのめかしたからです。私はガクさんの貴重な時間を不確定な私のことで費やして欲しく無かったから。」

「不確定なことでも僕は知りたかった。」

「お言葉を返すようですが、それこそ結婚もしていないのに、話す必要があったんでしょうか?あなたに話して、何か変わったでしょうか?忙しいあなたに私を助ける事なんて出来なかったと思います。」

冬はきっぱりと言った。

「忙しくても頑張ってここまでたどり着けた。それを…自分勝手と言われるのは心外です。」

今泉は、まあまあと言って冬を宥めた。

「あなたのことがとても心配だったんです。」

小鳥遊の言葉も荒くなった。冬は呟くように言った。

「私はずっと好きだった。だけど、私の計画で先生の時間を無駄にしたくは無かった。2年あれば誰か好きな人が出来て、幸せな結婚だって子供だって出来るかも知れない。そう思ったから苦しいけど離れたの。」

冬は悲しみよりも怒りの方が強かった。

「先生こそ自分勝手です。大人になって下さい。好きだけじゃどうにもならないことだってあるんです。」

冬は小鳥遊をまっすぐ見つめて言った。ふたりともとても動揺していた。

…泣き言は一切言わないでひとりで我慢してしまう。春が言っていた通りだ。

「好きだけじゃ…。」

その後は言葉が続かず泣き出しそうだった。冬は殆ど口を付けていないジェラートを慌ててキッチンへ運び、食器を洗い始めた。今泉が立ち上がり、キッチンへと行った。

「トウコさん。今日はここに泊って。僕…心配だから。」

冬が洗った皿を片付けながら、今泉は言った。

「ええ…そのつもりよ。」

冬は鼻声で言った。

…確かに仕事が忙しいのは理由にならない。冬の方が何倍も頑張ってきていた。

小鳥遊はまだ考え込んでいた。

「ここは僕がしておくから、先にお風呂に入って来たら?」

今泉が優しく冬に言った。

「うん。」

そう言うと冬は今泉を後ろから抱きしめ頭を背中にそっと置いた。今泉は自分のことを良く理解してくれているように思った。いつも何も言わず傍にいてくれた。冬は深呼吸をした。

「ほら早く…行っといで。」

冬の大きな目は赤く少し腫れぼったかった。ちらりと小鳥遊を見て、着替えを持ってお風呂へ行った。すぐにシャワーの音がし始めた。
水の音と今泉がカチャカチャと食器を洗う音が部屋には響いていた。

…どうしていつも自分を置いて先へ行ってしまうのか。

振り返りもせず、ただ前へ前へと着実に歩んでいく冬の人生には誰にも介入出来ない気がした。

「ガクさん。今日はトウコさんと一緒にお風呂入らないんですか?いつものガクさんならそうしてる気がするから。」

今泉はじっと見つめた。

「じゃあ…お言葉に甘えて行ってきます。」

小鳥遊は重い腰をあげた。

…はいはい…いってらしゃい。

今泉はいそいそとタオルを取りに行った小鳥遊の背中を見て笑った。

程なくして風呂場から冬の声が聞こえた。

「あー。ちょっと…何で勝手にお風呂に入って来るんですかっ。」

今泉は食器を片付けながら笑った。

「結局はふたりとも不器用なんだよね。」

今泉は呟いた。

「トーコさん。ごめんなさい。僕はトーコさんのこととなるとどうも駄目なんです。本当にごめんなさい。」

小鳥遊は冬をきつく抱きしめた。

「あなたには、ついつい甘えてしまうんです。一緒に居ると安心して飾らない自分でいられるから。許して下さい…。」

冬は暫く考えていた。シャワーの音だけが風呂場に響いていた。

「私も感情的になって言い過ぎました。」

…冬が自分のことを気にしてくれていることは、良く分かっていた…つもりだった。

「僕は…トーコさんと離れたくないんです。大好きだから…わがまま言ってしまうんです。だから…僕を信じて我儘を言って下さい。僕に甘えて下さい。」

冬は噴き出した。小鳥遊は少しムッとした。

「何で笑うんですか?僕は真剣なのに。」

…それは分かってるんですけど。

「ガクさんの“ガクさん”が、さっきからずっと当たってるんだけど?」

小鳥遊のそれは、硬く熱くなっていた。

「これは不可抗力です。夏以来してないんですから仕方がありません。」

…え?自分でもしてないってこと?

「いいえ…毎日朝と晩してますけど。」

…なんだしてるんじゃん。

「だから仲直りのエッチして下さい。」

「嫌です。」

冬はきっぱりと言った。

「えー。どうしてですか?」

冬の乳房に触れながら言った。

「それでいつも誤魔化されちゃうから。」

冬は意地悪く言った。

「そんな…酷い…じゃあ僕はトーコさんの身体に直接聞いて見ます。」

…あん。

小鳥遊はそう言うと、冬を抱きすくめ、下腹部に指を這わせた。少し潤っていた。

「もう少しよく聞いてあげないと駄目ですね。」

ゆっくりと優しく指を出し入れし始めた。

「そんなのずるい…私だってしてないんだから…そんなことさえたら…ぁ」

…お風呂場じゃ嫌…ベッドでして。

「ベッドまで待てないです。」

そう言うと、小鳥遊は冬をひょいと抱っこし、二人は激しく唇を貪り合いながら風呂場を出た。

寛いでいた今泉が慌てた。

「わわわっ…また。いい加減にして下さい!するなら自分の部屋でして下さい。」

…あ…怒られた。

二人はささっと服を羽織る様に簡単に着ると部屋を出て行こうとした。

「あっトウコさん荷物 荷物!」

小鳥遊に冬の鞄を持たせた。

「あ…それと。」

小鳥遊は今泉に言った。

「はいはい分かってます明日オペ無いしずる休みですね。小峠先生に伝えておきます。」

…助かります。

小鳥遊は嬉しそうに部屋を出て行った。

…やれやれ。

今泉はため息をついた。
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