小鳥遊医局長の恋

月胜 冬

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新たな旅立ち

暫しの別れ

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忘年会のシーズンがやって来た。
師長には、自分が辞めることをまだ公表しないで欲しいと言った。

有給が1ヶ月程残って居るので2月には実質退職になる。冬は1ヶ月早くアメリカに行こうかと考えていた。師長には最後の忘年会なのだからと勧められた。

…結局毎年出てた気がする。

脳外科の忘年会には今泉も来ると言っていた。

「纏まった休みが出来たら、僕アメリカまで遊びに行くから♪」

今泉は相変わらずのほほんとしていた。冬はオンラインのコースを受講していたが病棟の仕事も落ち着いた今、課題提出なども順調に進み、渡米前に2教科終えることが出来そうだった。

「うん♪判ったわ。楽しみにしてる。」

小峠は本命だった女医に振られ、また看護師漁りをしていたが、今泉が私と付き合っていると言ってからは大人しかった。

冬が辞めるということは公にはなっていなかったが、補充として新しく看護師が他の部署からやって来た。

今泉のファンで“別れてくれ”と言ってきた看護師だった。冬より1年年下の中堅。忘年会でも今泉について回り、師長がそれをみて苦笑していた。

「アメリカに行っている間、あなたたちは大丈夫なの?」

冬は小鳥遊と師長の傍をいつものように陣取った。

「ええ…大丈夫だと思います。」

「あの子今泉先生のファンで、猛烈にアタックしてるじゃない?」

今泉と中堅看護師の様子を見ながら師長が言った。

「ええ…夏休み明けにあの子に“今泉先生と別れないさいよ”って呼び出し食らいましたから。相当好きなんでしょうね。」

冬は苦笑した。

「え?そんなことがあったんですか?」

小鳥遊が思わず素で冬に聞いた。

「ええ…仕事中に呼び出されて、“あなたみたいな真面目で地味な子に先生は不釣り合いだわ”って言われちゃいましたから。でも私、それは噂で何もないわって言いましたけど。」

「あらそうだったの…。」

師長が言った。

「辞めるまでのあと1ヶ月ちょっと…いびられたらどうしよう。」

冬は冗談で笑った。

「今泉先生はそのことを知っているんですか?」

小鳥遊は冬に聞いた。

「いいえ…そんなこと言う必要無いですし…気にしてませんから。ただ仕事に支障が出るようなら、本人と話し合わなきゃですね。」

冬は、別段気にしていない様子で笑った。

「まぁ あなたなら誰とでも上手くやっていけるから大丈夫でしょう。」

師長は笑った。

「トウコさん♪」

今泉がやって来た。

…ちょ…名前呼ばないで。

「へー名前で呼んでるのね。」

師長が笑った。

「恥ずかしいから病院では止めてって言ってるのに…。」

「今泉先生が振った看護師に月性さんがいじめられているらしいですよ。」

小鳥遊が笑って告げ口をした。

「ああ設楽したらさん?あの人が何かしたんですか?」

月性げっしょうさんが呼び出されたみたいですよ。」

「え?」

「あなたの博愛精神も良いですが、月性さんを守ってあげないと。」

小鳥遊が笑っていたが、半分本気で言っていた。

「大丈夫ですから…。私どうせ居なくなっちゃいますし。」

冬は笑った。

「わかった…ちょっと行ってくる。」

今泉は設楽したらの所へ行って何か話し込んでいた。

「わわわ…何やってるんだ…あの人。」

冬は慌てた。

暫くしてから今泉は戻って来た。

「僕は、トウコさんが好きで付き合ってますって言いました。」

…馬鹿。

「なんでこのラストミニッツでばらすんですか?今まで上手にやって来たじゃないですか。」

「だってトウコさん居なくなっちゃうんだし、良いじゃない♪」

「今泉先生…あなたって人は…。」

師長も小鳥遊たかなしも呆れた。

「さっ…これで晴れて一緒にお昼食べたり、お出かけしたり堂々と出来ますね。」

「トウコさん♪お昼ご飯行こう。」

冬が日勤の時には、今泉は病棟に来るようになった。今泉と冬が付き合って居る事は瞬く間に広まった。

「先食べに行ってください。私まだ仕事が残ってるんで。」

冬は昼前の見回りにでた。

…看護師の視線が痛い。

「良いよ♪僕ここで待ってるから。」

今泉はステーションの端の丸椅子に座り、くるくる回って遊んでいた。

「月性さんと先生が付き合ってたなんて…びっくりです。」

若い看護師が今泉に言った。

「うん…僕もびっくり♪何度も振られたんだから…。」

「えーっ。そうだったんですか?いつから付き合ってたんですか?」

「もう1年になるかなぁ。一緒に住んでたし♪」

若い看護師に正直に答える今泉だった。

「マジでぇー。」

…うん。

「ちょっと…何を話してるんですか。」

冬が慌てて戻ってきた。

…ほっとくと何を話すか分からない。

「トウコさんとお昼行ってきまぁーす!!」

今泉は嬉しそうに宣言した。

「今日はA定食がかつ丼だったよー。まだ残ってると良いなぁ。」

そう言って今泉は冬と手を繋ごうとした。

「ちょ…それはやり過ぎでしょう。」

冬は慌てて今泉から少し離れて歩いた。

「良いじゃん♪オフィシャルになったんだから。あ…でもガクさんが嫉妬するかも知れないね。」

食堂へ行くとチラチラと見られた。

「ねぇ静さん…皮膚科の女医に告白されたんだって?」

「え?どこで聞いたの。でも僕トウコさんと付き合ってるからって断ったよ。」

…あー。もうっ

「静さんには自覚が無いでしょうけれど、あなたのファンってちょっと怖いのよ。だから余り目立つことしたくない。」

…一緒に食堂に居るだけで十分目立ってるし。

「誰かに何かされたら教えてね。」

…何かされたら遅いですし。

にっこりと笑って今泉は言った。

「ねえ今日仕事終わったら、フレンチのお店いかない?ずっと一緒に行ってみたかったんだぁ♪」

…おい…ちゃんと話を聞いてましたかね。

「あ…。良いコト思いついた♪3人で出かけられるじゃん。だって、ガクさんと僕は仲良しだって知られてるし…。あとでガクさんにメールしてみよっと♪」

…どうしてこの人はこんなに呑気なのだろうか。

冬はため息をついた。

病棟で設楽したらは冬を避けていた。

…口きかない気だ。

冬は思った。

次の勤務者への引き継ぎの時ですら、相槌も打たない。

…やりにくい。

他の看護師とは話すのに、冬には全く声を掛けないどころか、何か用事があると他の看護師を使って伝言ゲームのように伝えて来る。冬はとうとう言った。

「あなたも仕事ではプロでしょ?他の看護師にわざわざ伝言させるのも、良くないわ。プライベートでは関わらない様にするから、せめて仕事はきちんとして下さい。」

設楽はチラリと見ただけだった。傍にいた小峠が何か面白そうなことが始まるぞという目で見ていた。

「あ!小峠先生、私を見ている暇があるのなら指示抜けていたところがあるので、●●さんの指示確認して下さい。」

冬はイラッとして小峠に向かって言った。

…禿…仕事しろ。

「折角、こうして直接話せたら言うけど、あと1ヶ月もしないうちに私居なくなるの。まだ誰にも言ってないけど…。だからそれまでだったら我慢できるでしょ?」

設楽が初めて冬の顔を見た。

「だからお願いね。」

そう言って冬はナースステーションを出た。師長から呼ばれた

「院長からの返事を伝えるわ。ドクターでもそんな前例は無いから無理だと言われたわ。」

…やっぱり…そうだよね。

「判りました。では退職届を明日持ってきます。」

冬は苦笑した。

「でも返事にこれだけ時間が掛かったっていうことは、揉めたのかも知れないわね。」

師長は残念そうに言った。

「師長さんには本当に感謝しています。」

冬は師長に深々と頭を下げた。面倒見がとても良い、時に厳しく時に優しく、看護師達の様子をさりげなく気にして声を掛けてくれる素晴らしい師長だった。

「送別会しなくっちゃね。」

…師長は歳の離れたお姉さん的な存在だったな。苦労をいっぱいかけてしまったけど。

「え…時期外れだし、しなくて良いです。ただ消え去るのみ…です。」

冬は恥ずかしそうに笑って業務に戻った。
冬の送別会は後輩が幹事になり、秘密裏に動いた。師長に食事へ行きたいから予定を開けておいて…と言われていた当日、店に行くと、病棟の仲間が待っていた。

「え?なにこれ。」

月性さんお疲れさまです~。

「月性さん言ったら来ないから内緒にしてたんです。」

後輩が笑った。脳外の医者達は小鳥遊を除く全て、OTやPT、レントゲン技師、いつも無理をお願いしていたクラークや、掃除のおばさんまで、仲が良かった他病棟の看護師や、トレードされてしまった新人看護師。

店はぎゅうぎゅう詰めだった。

「貸し切りにしたんですけど、声を掛けたら一杯来ちゃって…すみません。」

後輩が謝った。

…みんな忙しいのに有難う。

「ちょっと何で辞めることを言ってくれなかったの!水臭い。」

皆に言われた。


「月性さん…俺…実は月性さんのこと好きだった。これプレゼント」

いつもはふざけて冬をからかってばかりのPT理学療法士が、真面目な顔で言った。

…え?

「これ受け取って下さい。アメリカへ行ったら絶対必要になると思うから。」

看護師達から、冷やかしの声が湧いた。
冬は困惑した。

…嫌だ…ちょっと恥ずかしい。

「今ここで開けても良い?」

「はいどうぞ…。」

包装を開け、その中の箱を開けながら冬は言った。

「そんな気を使ってくれてどうもありが…。」

…純日本製バイブレーター

「月性ちゃん…使い方わからないかも知れないから教えてあげる♪ほらこうやって使うんだよぉ。」

スイッチをオンにするとウィンウィンと音を立ってながら艶めかしく動いた。それをPTは冬に嬉しそうに手渡した。

「ね?今泉先生と離れちゃうから、絶対必要でしょ?」

呆然とする冬を見て、皆が爆笑した。

…最後まで。

「月性ちゃん 良かったねぇ…。」

小峠がいやらしく笑った。

せんせ…マジでキモイ…誰かが冬の言葉を代弁してくれた。

「な?月性げっしょうちゃん。これ持って心おきなく、アメリカへ行ってこい!」

あ…一緒に写真撮ろーぜ♪はいチーズ。冬はバイブレーターを持たされたままPTと無理やり写真を取らされた。今日来れなかった奴に見せてやろっと。

「ラインでグループ送信だ♪」

それでも、こんな馬鹿なことを出来る仲間に支えられてきたんだと思うと胸が熱くなった。脳外の医者からは名前入りの新しいステートを貰った。

「病棟の仕事は月性さんに教えて貰ったようなものだから。」

最後だからハグさせて下さい…高橋医師が言った。

…Dr.高橋 あんまり話した覚えは無いけれど、ありがとう。

それぞれと写真を取ったり言葉を交わしたりして落ち着くまでに1時間近く掛かった。後輩たちは泣いていた。

苦楽を共にした仲間たち。2次会からは今泉も参加し、3次会でやっとお開きになった。

PTが今泉に嬉しそうに言った。

「一緒に使えるプレゼントをリハ室の皆から、月性ちゃんにあげときましたら、アメリカ行く前に使って下さい。」

「えー♪一緒に使えるものって何だろう~楽しみだぁ。」

今泉が喜ぶのを見て、また周りが笑った。3次会もそろそろ終わりに近づいた。

「そうだ♪ガクさんに何か差し入れ持ってってあげよう。きっとお腹を空かせているだろうから。」

今泉が言った。小鳥遊は当直だった。他の医者が、当直だったが気を使い交代したらしい。居酒屋で作って貰った梅干しおにぎりと揚げ物を手に、皆と別れた後、今泉とふたりでブラブラと小鳥遊の居る当直室へと向かった。

「ねぇ…PTの人達から貰ったプレゼントって何?」

「これですよ…もう…ふざけ過ぎです。」

袋の中をそっと見せた。

「あ…良いじゃない。ぜひ使おう♪感想も伝えなくっちゃいけないでしょう?楽しみ~。」

…あなた…本気で言っているんでしょうかね?

静かな廊下をふたりで仲良く歩いた。

当直室のドアを ノックをして暫くすると小鳥遊が出てきた。

「ガクさん…差し入れを…あっ…。」

今泉が、小さく言い慌てて誤魔化した。

「トウコさん…先生は、電話中みたいでしたね。」

振り返ると冬の顔が凍り付いていた。

冬は見てしまった。
部屋入り口から少し離れたところにある目隠し用の棚の奥に隠れた誰かを。

そして小鳥遊のボタンを少し開けたシャツの間から、冬がつけた覚えの無いキスマークが見えた。

小鳥遊は今まで見たことの無い様な驚きの表情を一瞬見せたが、すぐに普段通りになっていた。

確実に冬はそれを目撃したにも関わらずとても冷静だった。

「そうだったんですか…ごめんなさい。これ差し入れです。それでは…。」

そう言って踵を返した。今泉は怒りを露わにしたが、何も言わず冬を追いかけた。

…これで良かったのかも知れない。

怒りも悲しみも無かった。ただ胸が締め付けられるように痛んだ。その痛みは放散するように体中に広がり、冬を痺れさせた。エレベーターの中で沈黙が流れた。

「トウコさん。今日は泊ってって?」

今泉は動揺を隠しながら冬に聞いた。

「…あ…うん。」

冬はやっとの思いで今泉に返事をした。

+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:

冬は帰ってからも普段通り変わらなかった。小鳥遊のことを何も聞かない冬の様子に、もしかしたら見て無かったのかも知れないと今泉は思うほどだった。

あと数日で有給消化に入るので、最後の数週間は今泉の部屋で過ごすことになっていた。朝は今泉と一緒に起きて、弁当を作りシャワーを浴びて、
病院へ一緒に出勤をした。昨日の送迎会に参加した人達はほぼ全員が二日酔いで、日勤が始まる前だと言うのに疲れていた。冬は皆にお礼を言い勤務についた。

リハビリに通い、冬を良く知る患者が次々に病棟を訪れプレゼントや花束を渡しに来ていた。お陰で看護師の休憩室の一角には、月性コーナーが設けられ、プレゼントで埋め尽くされていた。

「月性さん凄いですね。」

すっかり独り立ちした新人が、外来患者と嬉しそうに話す冬を見ながら師長に言った。

「ええ。看護師を長くやってるけど、こんなに慕われている看護師は今まで居なかったわね。」

師長は笑った。

夕方になりオペを終えた医者達がぞろぞろと病棟にあがって来た。小鳥遊は冬に声を掛けたそうに見えたが、冬も送りの準備で忙しかった。

背の高い男性が、大きな花束を持ってナースステーションのカウンターの前に現れた。誰もが見上げるその姿に冬は全く気が付かず、空床報告をしていた。

「トーコ!il mio amore。」

…わわっ。

「Oh Dio mio!シモーネ。」

座ってた椅子から冬は飛び上がった。

「あ…ちょっとすいません…。」

冬は慌ててシモーネの所へ行った。

「ちょっと…こんなところで何をしているの?」

誰にも聞き取られない様に物凄い早口でシモーネに話しかけると、いつものように冬を軽々と抱き上げて不必要に長いハグをした。

「Ti amo!」

「ちょっと…おろして!家じゃないんだから。」

シモーネに囁くと、そっと冬をおろした。

「春から聞いたんだよ。アメリカ行くんだって?」

ナースステーションのスタッフ皆が、呆然と見つめる中でシモーネは小鳥遊を見つけた。

「あ…ガク?Come stai?」

小鳥遊ににこやかに笑うと、近寄っていきそうになった。

…これは、まずいぞ。


「ちょっとあっちへ行こう…ねっ? あっち!ラウンジに行こう。」

冬は慌ててシモーネを引っ張った。冬に握られた手を嬉しそうに握り返し、キスをしながらナースステーションを見た。

「わぁ♪みんな可愛い子が多いねぇ。Ci vediamo!」

スタッフ達にウィンクをすると、キャッ♪と研修医と若い看護師が声をあげた。

…あっ…馬鹿。

「素敵な人ねぇ誰かしら?」
「今泉先生ピーンチ。」

ナースステーションから笑い声が聞こえた。冬はぐいぐいとシモーネの手を引っ張り、病棟の突き当りにある、ガラス張りのラウンジへと連れて来た。

「もう少しで勤務が終わるから、ここで大人しく待っててくれる?いいわね?」

「トーコ僕と食事に行こう♪」

「わかった!わかったから。30分ぐらい待てる?」

食事の誘いを断られなかったシモーネは満面の笑みを浮かべた。

「うん♪」

冬は慌てて病棟に戻ると皆が何か聞きたそうに見ていた。

「あ…幼馴染です。済みません。」

顔どころか、耳まで真っ赤にして冬は言った。

「へぇ~流石トーコ。知り合いも国際色が豊かねぇ。」「てか…すげーデカいし。モデルみたいじゃね?」「日本語しゃべれるお友達いないかなぁ♪」「素敵ねぇ~。」

冬は皆からの質問を軽く交わしながら、仕事をバタバタと済ませた。

「今泉先生が居るのに、堂々と二股なんて良いご身分ね。」

設楽が嫌味を言った。

「あーらモテない人が僻んじゃって見苦しいわぁ。」

同期が何も言わない冬を庇い設楽に言い返した。小鳥遊の視線を背中に痛いほど感じたが、それどころでは無かった。

…シモーネの事だ余計なことを言い出しかねない。

冬は慌ててラウンジへ向かった。

「ちょっと何でここを知ってるの?」

冬に大きな花束をシモーネは渡した。

「春に聞いたの。」

…もう…なんで教えちゃうかな。

「アメリカ行く前に間に合って良かった♪」

冬の手をしっかりと握った。

「ガクは本当にお医者だったんだね…驚いたよ。」

「うん…それで何かご用?」

「僕もアメリカで暮らすことにした♪」

…え?

「君と♪」

…アナタハナニヲイッテルノ?


「春からトーコが独りで大学へ行くって聞いたから。僕も一緒についていこうと思って。勉強も教えてあげられるし♪」

真っ白な歯を見せて笑った。

「えーっ。」

思わず声をあげた。

「…というのは冗談で、アメリカで仕事があるんだ。1年ほど…だから一緒に居られるなぁと思って♪僕にもやっとチャンスが回ってきたよ。ガクには悪いけど。」

大きな体は、ラウンジの小さな椅子には不釣り合いだった。

「ガクとは色々あって別れたの。病院では彼との関係は誰も知らないから、何か言われると困るの。」

冬は声を潜めて言った。

「トーコ振られちゃったの?」

シモーネは嬉しそうな顔をしていた。

「違うわよ…振ったのよ。だって暫くは結婚なんて出来ないもの。」

「じゃあ 今はトーコはフリーなんだね。」

「彼氏が居るわ。」

「でも付き合い始めたばっかりでしょ?僕にも勝算があるってことだ。」

ラウンジでは患者や他のスタッフの視線が痛かった。

「ここじゃ何だから、食事に行くんでしょう?私着替えて来るわ。10分ぐらい待ってて。」

「…うん♪」

冬は慌てて着替えをしてラウンジへと戻った。

「相変わらずトーコは可愛いね。その洋服とっても似合っているよ♪」

シモーネが褒めるので冬は苦笑した。

「ナースステーションに荷物があるから、それを運ぶの手伝ってくれない?あ…でも余計な事は言わないこと。OK?」

「うん。勿論だよ。」

小鳥遊と目があったシモーネはにっこりと笑った。

「やぁ。僕トーコと一緒にアメリカに行くことになったんだ。僕と居ればトーコには寂しい思いもさせないからね。彼女はやっと僕の良さに気が付いてくれたよ。」

小鳥遊はPCの前に座り、シモーネを無視した。冬が戻って来てふたりの間の微妙な空気を察知した。

「何か余計な事を言わなかったでしょうね?」

「何も。」

シモーネは笑った。

「さぁ行こうか♪gattina mia 」

冬の頭に小鳥遊に見せつけるようにキスをし肩を抱いた。

「日本人は余り外でベタベタしないのよ。知ってるでしょう?」

冬は荷物で両手が塞がっている為に逃げられなかったが、僕が持つよとシモーネが笑った。

「普通のじゃ僕の足が出ちゃうから、ふたりのベッドは大きいのにしようね。」

シモーネは冬にぴったりとくっついて歩いた。
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