小鳥遊医局長の恋

月胜 冬

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犠牲者リスト

動揺、悲しみ…そして

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アメリカ ヴァージニア州某所

冬はひとりでもきちんと食事を作っていた。
それを当てにしてシモーネがほぼ毎日ご飯を食べに来た。

…もうお母さんが餌付けしちゃうから。

そして、相変わらずしつこかった。

春セメは、なんとか生き残れた。
日本で毎年看護研究をしていたことが役に立った。最後のレポート提出を一昨日終わらせ、
一息ついた所だった。ただ、論文の書き方についての期末テストが明日に控えていた。

「僕たちもう一緒に住んじゃえばいいんじゃない?」

シモーネは豆腐の味噌汁を飲んでいた。

「私達このままで良いんじゃない?」

冬は学校に持っているおにぎりを作りながら、即答した。

…冗談じゃ無いわよ。

「ねぇトーコ。お願いがあるんだけど。今夜会社のパーティーがあるんだけど、一緒に来てくれない?」

お味噌汁と食べながらシモーネは言った。

「えーっ 今日?女の子一杯いるでしょう?何で他の子を誘わなかったの」

「お願いだよ…誰も居ないんだ。」

「だってドレス無いもの。」

…そうだよ…持ってきて無いし。

「…と思って買って置いた♪」

これまた真っ赤な膝丈セクシー系。
しかも靴まで揃えてあった。

「何で私のサイズ知ってるの?」

「春に聞いたの。」

…計画的犯行じゃん。

「最初で最後だからお願い。」

…ギリギリに頼んで、服まで買ったから断れないだろうと思って。

きっと春のアイディアだと冬は思った。

「じゃあ本当に最初で最後だからね?次は絶対に行かない。」

「うん♪ ありがと僕のトーコ。」

「私はあなたのものでは無いんだから、そんな風に呼ばないで。それにボディータッチも無し!今度それしたら、ご飯作ってあげない。」

シモーネは寂しそうな顔をした。

「わかったよ。」


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学校から帰宅。
気が付くと17時を過ぎていた。
夕食に簡単にサンドウィッチを作った。

シャワーを浴び着替えて出てきた時に、玄関のベルが鳴り、シモーネがやって来た。一目で判るイタリア製のスーツに身を包んだシモーネはとても素敵だった。

「あら♩ とっても素敵じゃない?」

冬はシモーネを褒めた。

「ほんと?トーコに褒めてもらえるととっても嬉しいよ。」

「うん。あなたにピッタリね。それ新作でしょ?雑誌で見せてくれた。」

シモーネが読んでいたファンション雑誌に載ってたものと色違いのスーツ。

「うん。デザイナーから、直接借りたんだ。着て歩けば宣伝になる。」

流石にモデルをやってるだけあって着こなしにもセンスがあった。

「ね。ちょっとポーズ取ってみて?母に写真送るから。」

背は高いし見栄えはするし、良いのだけれど。

…黙っていれば素敵なんだけどなぁ。

冬はそう思いつつ、春へ写真を撮ってすぐにメールで送った。

「まだお化粧済んで無いからちょっと待っててくれる?サンドウィッチがキッチンにあるわよ。」

冬はリビングに向かって大きな声で言った。

「トーコ濃い目のメイクにしてきてね。じゃないと僕がペドフィリアと間違えられるから。」

…いやいやいや…流石に13歳以下には見えんだろう。

冬は苦笑した。

「冗談だよ。」

…それってなんてイタリアンジョーク?…面白くないし。

「丁度お腹が空いてたところなんだ。助かるよ♪」

屈託の無い笑顔を浮かべて美味しそうに頬張っていた。

「やっぱり!びったりだったね。僕の見立て通りだったよ。」

真っ赤な膝丈のタイトなミニドレスで体のラインがしっかり出ていた。スタンドカラーで肩が露出し、背中も大きく開いていた。

冬は小さなハンドバッグに学生証とマネークリップに挟んだ現金を入れた。

「なんかこれってセクシー過ぎない?」

鏡に自分でチェックをしながら冬は言った。

「トーコはそれぐらいで丁度良いんだよ。ベビーフェイスだから。」

シモーネは爽やかな笑顔で言った。

「私のステータスはあなたの彼女じゃないんですからね?お友達だから、ちゃんとそう紹介してよね。」

ホットカーラ―で真っ黒な直毛の髪を巻いた。少し乾いたような髪の香りが部屋にたち込めた。

「判ってるよ。」

シモーネはそれをじっと鏡越しに眺めながらサンドウィッチを摘まんだ。

「ねえ。そこにダイアモンドのネックレスがあるから取ってくれる?」

「Ok.」

シモーネは、口をモグモグさせながら、ジュエリー・ディッシュの上にある今泉からプレゼントされたネックレスを摘んだ。

「これ、そのドレスにはシンプル過ぎやしない?」

「ううん。それが良いの。」

シモーネは、冬の後ろに周りネックレスを付けた。

「僕のお姫様…今日も綺麗だよ。」

冬の首元に隙をみてキスをした。


会場までは車で30分程だった。

街で、一番大きなクラブハウスの前には長い行列が出来ていた。

時間を見ようとバッグの中を探るとスマホを家に忘れたことに気が付いた。

「こんなに待つの?」

冬は人が多すぎて圧倒されていた。

「僕たちはVIPだから待たなくても大丈夫♪」

シモーネは長い行列を横目に、セキュリティーが居る入口へ真っすぐに向かった。

女性だけで無く、男性からの視線を集めるシモーネ。

入り口で年齢確認のため、免許証を見せて入った。広い会場の中に入るとそこには沢山の人が来ていた。

「ねぇこれみんな会社の人達なの?」

「うん。下請けの業者や関連会社の人や家族、友人も来てるからね。僕も知らない人ばかり。」

冬が知るパーティーとは随分と雰囲気が違った。大きなホールには沢山の人が居て大きな音でダンスミュージックが流れ、隣に居るシモーネの声すら聞こえなかった。

「びっくりするよね?僕らが知るパーティーとは違うから。僕も最初は驚いた。まずは社長に挨拶をしに行こう。」

シモーネが冬の耳元で大きな声で言った。人混みを掻き分け、シモーネがその大きな体で冬をしっかりとガードして歩いた。2階の別室へ案内されると、音が遮断されホッとした。その別室も100人ほど収容できそうな大きなホールだった。社長に挨拶するとビュッフェスタイルの軽食を取った。

「シモーネ…1階のフロアは、音が大きすぎて眩暈がするわ。私ここに居てもいいかしら?」

「うん。わかった。」

二人の元には沢山の友人がやってきて挨拶をした。

「トーコ!一緒に写真撮ろうよ。」

シモーネは、冬が返事をする前に、抱き寄せると自分のスマホで写真を撮った。


冬は全面ガラス張りの2階の部屋から1階のフロアを眺めた。綺麗に着飾った沢山の若い男女が踊っていた。


「Hi.」

声を掛けられて振り返ると、丁度、冬と同じく真っ黒なストレートな長い髪で、スレンダーな体にぴったりの真っ白なミニドレスを着た女性が立っていた。

韓国か中国系の顔立ちをしている彼女はとても可愛らしい顔をしていて、年齢は冬よりも少し若そうだった。

「私 リンって言うの。」

リンは冬に手を出して握手をした。ブラックライトに照らされたリンの白い歯は、青白く光って見えた。

「Hi.トーコです。」

「あなた新しい契約社員?見たこと無い顔ね。」

人懐こい笑顔を浮かべた。

「シモーネの友人です。」

「あらそうなの。シモーネの彼女?」

話していると、時々シモーネもこちらを気にしてチラチラとみていた。

「幼馴染なの。」

「女性社員が少ない職場だから、ついつい声を掛けちゃったの。」

そう言ってリンは冬に名刺を渡した。


「あなたのヘアスタイル素敵ね。どこの美容室?」

シモーネが冬の元に戻って来て、冬の肩を抱いた。

…ちょ…また…いらぬお世話なボディータッチ。

「やあ リン。流石だね。僕の彼女に目をつけるなんて。」

…だから友人ですから。

「彼女残念ながらストレートだよ。」

「あら別に いつもガールフレンドを探しているわけじゃ無いわよ。あなたじゃあるまいし。」

リンは少しむっとして言った。

…あ…察し。

「お仕事は何をしているの?」

「彼女は日本から留学でナーシングを勉強しているんだ。」

シモーネは冬にアイスティーを渡した。

「あら そうなの。」

リンは韓国人で、優秀なプログラマーであることを冬に説明した。

3人は暫く立ち話をしていた。

―――ガッシャーン。

突然、大きな音と衝撃が3人を襲った。
その後すぐに大きな叫び声が聞こえた。

「何?」

「危ない!!」

シモーネが慌ててその大きな体で冬を庇った。大きなガラスが割れる様な音と共に、下から突き上げられたような衝撃を感じた。

「逃げよう…。」

シモーネがそう言った瞬間。

―――  ズーーーーン。

2回目の大きな衝撃。冬とシモーネは窓際から部屋の奥へとはじき飛ばされた。冬が気が付いた時には、体が動かず、目の前にはシモーネが血だらけで倒れている姿が見えた。

ーーー  キーーーーン。

耳の奥が痛み、冬は何も聞こえなかった。

…シモー…ネ…。

そう言葉を掛けた冬だったが、
そのまま視界が霞み、意識を失った。

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初夏だと言うのに、
日差しは既に真夏の様に眩しくギラギラと病院の前のアスファルトを照らした。

午前中の手術が終わり、医局で休憩をしていた小鳥遊は、何気なく窓の外を眺めていた。

他の医師達もテレビをみながらコーヒーを飲んでいた。

<…臨時ニュースです。昨夜アメリカのヴァージニア州の●●で、爆破テロがあり、多数の死傷者が出ている模様です。現場はパニック状態で未だに負傷者の救出作業が行われており、正確な負傷者数は把握できていませんが、少なくとも300人以上、確認されているだけで亡くなった方は50人以上は居る模様です。日本人がいるかどうか、大使館が確認中ですので、新たな続報が入り次第お伝えします…。>

「嫌だねぇ。またテロだって。こんなに負傷者が出ちゃ、大都市と言えど、病院も大変だろうね。」

テレビを観ながら誰かが言った。

<…繰り返し お伝えします…>

テレビからは同じニュースが繰り返し流れていた。

…冬が住んでいる町だ。

冬はシモーネとパーティーへ出かけると今泉に話して居たらしい。慌てて冬に電話を掛けたが、呼び出し音が鳴るだけで、留守番電話になってしまった。

「はーい♪」

院内携帯電話を掛けると明るい今泉の声が聞こえた。

「今泉先生?ニュース見てますか?トー…月性さんは大丈夫でしょうか?爆破テロだそうです。」

他の医者達が居る前だったが、動揺を必死で隠した。

「町で一番大きなクラブハウスだそうです。死傷者がかなり出て居る様で、現場が混乱しているとニュースで言ってます。」

電話の向こうでバタバタと言う音が聞こえテレビのニュースの音が聞こえ出した。

「トウコさん…。大きなクラブハウスでって言ってましたけれど…。」

今泉も食い入るようにニュースを見ているらしく、それ以上何も言わなかった。

「留守電になっちゃいます…向こうは深夜近いですし、家に帰っていても良い筈です。明日は夏休み前の最後の期末テストがあるって言ってましたから。」

今泉も自分の携帯から冬に電話を掛けたらしい。

「僕は、春さんに電話を掛けて見ます。彼女ならシモーネの電話番号も判る筈ですから。」

そう言って小鳥遊は慌てて電話を切った。小鳥遊は春の携帯に電話を掛けた。丁度春もニュースを見て冬の携帯に電話を掛けたところだと言った。

「シモーネの電話番号を教えて下さい。」

春はちょっと待ってと震えた声で言った。また後で折り返し電話をしますと言って小鳥遊は切った。シモーネの携帯に掛けたが、呼び出し音が鳴ったままだった。

…駄目か。

切ろうとした瞬間。

「Hello?こちら●●病院のICU看護師の●●です。この電話はシモーネ・バロッタさんの携帯ですが、お知り合いの方ですか?」

小鳥遊は息を飲んだ。

「知人です。」

「爆破テロのニュースはご存知ですよね?今Mr.シモーネはICUで治療中です。ご家族の方の連絡先はご存知でしょうか?」

看護師が早口で小鳥遊に聞いた。アラーム音や、怒鳴り声、機材の物音が電話の向こう側から聞こえた。

「すみません…日本から掛けているもので、もう一度言って下さいますか?」

お互いの声が聞こえ難く、大きな声でゆっくりと小鳥遊は話した。状況を聞いた小鳥遊は直ぐに春に電話を掛けた。

「春さん。落ち着いて聞いて下さい。シモーネは今ICUに居るそうです。今泉先生が言うには、月性さんは、昨日シモーネとパーティーへ行くといっていたそうです。」

「…おぉ…なんてこと。」

病院の名前を伝え、シモーネの両親に電話をしてくれるように頼んだ。

「私…アメリカに行きます。出来るだけ早い便で。様子が判ったら伝えるわ。」

春は動揺を隠せない様子だったが、はっきりと言った。他の医者達が小鳥遊を心配そうに見ていた。

「月性さんのお友達がテロに巻き込まれたそうです。」

「…月性さんは?」

「今泉先生が確認中で…。」

<…今続報が入りました…日本人だと思われる…若い…女性…若い女性の死亡が確認されたそうです。現場では情報が錯綜しており、名前はまだ判明していませんが…引き続き…。>

小鳥遊はテレビに釘付けになった。午後からは回診や指示変更などを病棟でしたが、全く仕事が手に付かなかった。

「小峠先生、今日は申し訳無いけど、僕は定時であがらせて貰うので、後の事は宜しくお願いします。」

はい分りましたと言った小峠は心配そうな顔をしていた。仕事が終わり、マンションへ戻って来ると今泉の部屋に春が大きな荷物を抱えて来ており、ふたりともアメリカのケーブルテレビが伝えるニュースを見ていた。

「チケットが取れたの。明日アメリカに行くわ。何か分かったらいつでも良いから電話を下さい。」

春は健太郎にも電話して、大使館からの情報を待ち書類の手続きなど急いだ。シモーネの両親とも未だに連絡が取れず、春は友人達に電話をかけ探して貰っていた。

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ーーー テロ発生後1日目。

建物の全面はほぼ崩れ、救出は難航しているとニュースは朝になっても続いていた。

今泉も小鳥遊もオペ日で一日中手術室に籠りっきりだった。

春は朝早くにタクシーで成田へ向かった。シモーネが運ばれた病院に問い合わせて見たが、冬の名前は無く、市内数十か所の病院に患者が搬送されており、探すのは困難を極めた。

いつも陽気な今泉は無口になり、誰からも心配されていた。昼過ぎ、小鳥遊と今泉は一緒に食堂で食事をしていた。

<新しいニュースです。地元警察署の発表によりますと…情報によりますと、日本人の犠牲者の名前が判明しました…4名…漢字は分かりませんが、ゴトウ・ヒトシさん、ヤマモト・ナオミさん、ゲッショウ・トウコさん、ヤマグチ・キミエさん…繰り返します…未だに情報が錯綜しており詳しい情報は確認できません…>

「トウコさん…。なんてことだ。」

今泉は頭を抱えた。

「静さん…情報は、錯綜しているそうですから…。」

今泉の落ち込み様は小鳥遊自身のそれよりも酷かった。

「僕は…ここに居てどうすることも出来ない。」

いつもの明るい今泉からは想像できなかった。

「春さんが明日には現地に着く筈です…何か情報をくれるでしょうから…待ちましょう。」

俯く今泉の眼から涙がポロポロと零れた。それを拭う事もせずただ必死に声を殺していた。

「僕は…トウコさんが…居なくなってしまったら…。」

今泉の肩を小鳥遊はしっかり掴んだ。

「今は…ただ待ちましょう。静さん…待たなければいけません。」

小鳥遊が病棟へ戻ると、師長がやってきた。

「先生…ニュース…。」

「ええ…今泉先生がご家族の方と連絡を取っているそうなので、待ちましょう。」


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―――2日目

小鳥遊が朝起きて今泉の部屋へ行くと、朝食の支度をしていた。

「昨日は全く眠れませんでした。」

今泉は酷い顔をしていた。

「静さん…大丈夫ですか?」

朝食は、ご飯と味噌汁、春が冷凍してくれた煮魚に野菜ジュースだった。

「今日は一日中オペ室から出られないので、何か新しい情報があったら院内携帯で連絡をくれますか?」

今泉は自分で食事を作ったものの、
殆ど手を付けなかった。

「判りました。今日は僕は一日中病棟に居ますので、春さんから連絡があったらすぐに貴方に知らせます。」

「お願いします。」

二人は重い空気の中、朝食を済ませた。テレビからは瓦礫の山になっているライブハウスの映像が映し出され、消防車やレスキュー隊などの姿が映し出されていた。

瓦礫の中から生存者が救出されており、インタビュアーがその時の状況を聞いていた。建物の1/3は倒壊しており、その場所からは多くの死者が出ているようだった。

小鳥遊は病棟へ上がると、冬の同期が日勤で来ていた。

「携帯にメッセージを残したけど、連絡が来ないんです。」

師長と話をしていた。

小鳥遊たかなし先生…今泉先生から何か聞いてないですか?」

師長が小鳥遊に聞いた。もう既に病棟内では冬が被害者名簿に載っていることを知られていた。かずはこの死亡者リストのニュースをまだ見ていないかも知れないと小鳥遊は思った。

「いえ…月性げっしょうさんのお母さんが現地に向かっていて、昨夜到着している筈なんですが、まだ今泉先生のところには連絡が来ていないようです。」

負傷者数はニュースで放送のたびに増えた。2日目になり生存率が下がるとコメンテーターが物知り顔に言った。

…それにしても春さんは何をしているんだ?

春は現地について、少なくとも20時間近くは経過している。それだけ混乱していると言うことなんだろうか?

小鳥遊も苛立ちを感じ始めていた。


結局、昼を過ぎ、しびれを切らせた小鳥遊が春にメールを送ったが、
その返信も帰って来ることも無く夕方になった。

病棟に残り指示を書いたり、患者の様子を見ていたが、今泉にメールをしても返事が無いことから、外科のオペに時間が掛かっているのかも知れないと小鳥遊は思った。

マンションへ戻り、遅い夕食をひとりで済ませ、今泉の部屋へと行った。

ドアが開いていたが、部屋が真っ暗なままだった。リビングに入り電気を付けると、ソファに今泉が座っていた。

しずさんっ!びっくりするじゃ…。」

今泉はむせび泣いていた。

「さっき…かずさんから…。遺体の近くに…学生証が入ったバック…と少し離れた場所に僕がプレゼントしたネックレスが…落ちていたそう…です。」

小鳥遊は絶句した。

「遺体は…本当に…本当に…トーコさんなのでしょうか?」

小鳥遊たかなしは信じられなかった。

「遺体の…損傷が…激しく…て DNA鑑定に2週間程掛かるそうです。遺留品からほぼ間違い無いだろうと…ただ遺体は…本人と確実に分るまでは…見せて…貰えないそうなんです。」

…嘘だ…。

つい先日だって話したばかりじゃないか。夏休みにはこちらに戻って来ると話していた。

「僕は…僕はDNA鑑定が出るまで信じません。トーコさんが…こんなことで…。」

小鳥遊の眼からも涙が零れ落ちた。


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―――3日目

小鳥遊は重い気持ちで朝を迎えた。昨夜は、なかなか眠れなかったが、気が付くと朝だった。

遺体を見るまでは信じられないと思う反面、込み上げてくる悲しさに翻弄されていた。

…今日はオペだ…平静を保たなければ。集中しなければ…。

何度も自分に言い聞かせた。今泉は眠れたのだろうか…部屋へ行くと、ソファで横になっていた。

朝一番の手術で今泉が麻酔医として小鳥遊のオペに入る予定だった。

「静さん…そろそろ起きないと。」

小鳥遊は、今泉を静かに起こした。今泉はハッとして目を開けた。その目は赤く充血していた。

「今何時ですか?」

「7時です。」

「あ…シャワー浴びて来ます。」

今泉は重そうに体をソファから起こすと風呂場に向かった。

「今日は朝食は?」

小鳥遊は全く食欲が無かった。

「僕は何も要らないです。」

けだるそうに今泉は言った。小鳥遊は自分でも理由は判らないが、今泉よりも冷静だった。

今泉が動揺している分、自分が落ち着いてないといけないという気持ちが働いたからなのかも知れないと思った。

病棟にあがり、師長に冬のことを報告しなければいけないと思うと気が重かった。小鳥遊は病棟へ行ったが師長は来ておらず、術前の患者に会い、医局に戻った。

スマホで冬の写真を眺めていた。数年前に忘年会の時に撮った写真だった。小鳥遊の隣で優しく笑う冬の顔をじっと眺めていた。

喧嘩や言い争いもしたが、思い出すのは楽しかった時のことばかりだった。胸に抱きついてきたときの冬の髪の匂いや、患者に見せていた笑顔や、柔らかい唇の感触、弁当を作る後ろ姿など、最後に撮った写真はパーティーのものだった。
少し恥ずかし気に微笑むその写真の冬は真っ赤なドレスに身を包み、とても美しく、小鳥遊のお気に入りの一枚だった。

写真のどの瞬間も、昨日の事の様に思いだせた。


まだ誰も居ない医局で、小鳥遊は声を出して泣いた。突然悲しみが噴き出し、感情のコントロールが出来なかった。

それでもひとしきり泣くと少し落ち着いた気がした。医局からオペ室へと降りた。今日のオペは、執刀医は小鳥遊で、助手は高橋だった。

「月性さんは…。」

高橋は小鳥遊と手洗い中に聞いた。ペダルを足で踏んで水を出した。

「連絡が取れないそうです。」

なるべく感情を込めない様に言った。

「えっ…。」

高橋は絶句したまま動かなかった。ちらりとその様子を見た小鳥遊はこの男も冬のことを気に入っていると言っていたことを思い出した。

「現場は混乱しているそうですから。」

「…。」

高橋は何も返事をしなかった。手術中は明るい音楽は聞けそうになかった。

ラフマニノフの協奏曲第2番、ベルリンフィルのカラヤン指揮。

未破裂のネッククリッピング。3時間のオペだ。手術の間だけは、冬のことを忘れられた。小鳥遊の集中力は凄まじかった。

今月は手術予定が詰まっている。
心配でもここから動く事は出来なかった。
今泉とも夏休みの話をしていたが、結局は決まらずじまいだった。

縫合は高橋に任せた。

…春さんは今頃どうしているだろうか?遺体の確認も出来ず、DNA結果を異国の土地で、独りで2週間も待つ気分は、どんなに心細く、辛く、悲しいことだろうか?

小鳥遊にも想像が出来なかった。

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春は、アメリカ時間で、事件後翌日の夕方にはダレス空港に到着していた。

レンタカーを借り、冬の家まで車を飛ばした。

緊張しているせいか時差ぼけは一切無かった。飛行機の中で過ごした13時間は苦痛の何物でも無かった。

…連絡が取れないのは…もしかしたら学校かも知れない。

学校に電話を掛けた。事情を話すと、長い間待たされて、冬の時間割を確認してくれた。教授に確認したところ期末テストにも来なかったとの事だった。

…あの子がテストをサボる筈は無い。

そう思うと電話口で泣いてしまった。

「どうか気を落とさずに、教授には事情を説明しておきますから。現場は大変混乱していると聞きました。」

電話で応対した大学のスタッフが、春の事を慰めた。現場近くの警察署へ赴いた。マスコミが集まり、警察官が周りを警備していた。

「家族のものです。搬送先を知りたいのですがどこへ行けば宜しいでしょうか?」

あちらです…と張り紙が張ってある場所まで春を案内した。10か所程の病院の名前と電話番号が掛かれていた。

シモーネの病院に向かい、両親の電話番号を看護師に教えた。ICUにいて、家族以外は本人と会えないと言われた。。一つ一つ病院の電話番号に掛けてみても話し中で全く繋がらなかった。

…自分の足で探すしかない。

昨日から殆ど寝ていないのに、全く疲れを感じなかった。近くの病院には重傷者が搬送されているようだった。軽傷になるほど遠くの病院へと搬送されているらしかった。

何処の病院の窓口でも、軽傷者や、家族と思われる人や、搬送先を探している人などでごったがえしていた。

受付の横にある大型テレビには、犠牲者の数が刻一刻と増えているというニュースがエンドレスで流れていた。

春が受付で順番待ちをしている間にも、患者は運び込まれてきていた。

皆が皆緊張で苛立っていた。廊下で医者から説明を受ける母親と思われる女性は泣き崩れ、夫に肩を支えられていた。

どこの病院でも受付で話を聞いてもらうまでに1時間以上待たされた。

明け方近く健太郎から犠牲者名簿のことで、連絡が入った。春は信じたく無かった。あと数か所病院を見回る予定だったが、仮設された遺体安置所へと急いだ。

…もしかしたら間違いかも知れないじゃない。

春は心の中で繰り返し、繰り返し同じ言葉を反芻していた。


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そこは大きな倉庫のような場所で、悲しみが充満し溢れていた。


ここでも暫く待たされた。

月性 冬げっしょう ふゆの母ですが、大使館からの連絡を頂いてこちらにきました。」

受付をしていた男性では無く、案内人が春を誘導した。

たった一枚の情報が掛かれた紙きれを持ち、
遺品が置いてある場所に連れて行かれた。

こちらが着ていたドレスです。案内人がポラロイドで撮ったと思われるドレスは真っ赤な血で染まっていた。

マジックでその端には識別番号と、アジア人、女性、髪 ダークブラウンもしくは黒、ストレートのロングと走り書きがされていた。それを見ると春は眩暈がした。

冬が好きそうなシンプルな形のドレスだが見覚えが無かった。

「判りません」

…そうよ…あの子 ドレスをこっちに来るときに持ってきて無かったじゃない。

大きく深呼吸をした。

スタッフは紙きれを見ながら、春に聞いた。

「このネックレスは遺体の傍に落ちていたそうです。見覚えはありますか?」

確かに今泉から貰ったようなネックレスに見えた。鎖が途中で千切れ、一粒のダイヤは留め金のところに引っかかっていた。

「娘は似たものを付けていましたが、娘のものかどうか判りません。」

胸の動悸が激しくて痛かった。

「では…このバッグは?これもネックレスの傍に落ちていたそうです。」

それは小さなドレスバッグだった。

これも見覚えが無くホッとした。


「あら…中身は…どこかしら?ちょっと待って下さいね。ああ…あったわ。」

ジプロックバッグのようなものに、一つずつ遺品が入られていた。

案内人に見せられたものは、学生証と見覚えのあるマネークリップ。

「ああ…。」

春はその場にへなへなと座り込み、係員に支えられた。

健太郎が冬がまだ高校生だった頃の誕生日にプレゼントした男性用のものだった。

ポケットにいつもお金をくしゃくしゃに突っ込んでいるのを見かねて、

「女の子なんだから財布ぐらい持ちなさい。」

と健太郎が眉を顰めたが、冬は財布なんてこっちじゃ使わないと言い張り、では…これならと買い与えたものだった。

物持ちの良い冬の事なので長い間使うだろうからと、折角だから良いものをと奮発し、ブランド限定品のものだ。

学生証には、真面目な顔をした冬の顔写真が貼られていた。

「今…お水をお持ちしますから。」

ゆっくりと春を椅子に座らせた。

涙がとめども無く流れ落ち、最後には声をあげて泣いていた。

案内人がペットボトルに入った水と、ティッシュを持ってきた。

ただ何も言わず、春の肩に触れそっと撫でていた。

男性がやってきて、書類の手続きなどについて説明をした。

「あの子…トーコには会えるのでしょうか?」

咽び泣きながら春は聞いた。

「残念ながら、ご遺体の損傷が激しいので、このままDNA鑑定に回されます。遺留品の受け渡しもその後になります。」

もう同じ説明を何人もの家族にしていたのだろうその男性は静かに落ち着いた声で言った。

後から来た女性は子供連れだった。

「私の夫がここにいると聞いたので…」

と消え入るような声だった。
子供は4歳ぐらいだろうか、母親に抱かれて眠っていた。

係が遺留品を持ってくると

「なんてことなの!なんてこと…。」

大きな声で言って泣き崩れた。

慌てて係員が二人掛かりで支えたが、母親に抱えられていた女の子が目を覚ました。

「あっちにジュースがあるから飲まない?」

係員が優しく女の子の手を引いた。

「ママーママ―!ダディにはいつ会えるの?」

係員が一瞬戸惑ったようだが、

「ママは今お話をしてるから、ちょっと待っていようね。」

と言い仮設テントの中へと連れて行った。

周りにいた職員の中にはそれを聞いて涙を拭う人も居た。

「これで口の中を拭って下さい。」

男性がDNA検査用のスワブキットを持ってきた。

春は男性の指示に従って
書類に再びサインをした。

「鑑定の結果は、2週間後に出ますので、結果が出ましたら連絡を致します。今日はこのままお帰り頂いて結構です。」

春は男性の話をボーっと聞いていた。

「ma'am?大丈夫ですか?お迎えの方はどなたかいらっしゃいますか?」

「いえ…私ひとりで日本から来たものですから。」

春は重い口を開いた。

「ご宿泊される場所はお決まりですか?お決まりでなけれ…。」

「娘のアパートが近くにありますのでそちらで結果を待ちます。ありがとうございました。」

春はお礼を言い、その場を去った。

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今泉と小鳥遊は無言でその場で1時間以上佇んた。

突然小鳥遊の電話が鳴り、見ると当直の高橋医師からの電話で、緊急オペとの連絡だった。

「僕は病院に戻ります。クリッピングだそうです。」

小鳥遊は野菜ジュースをコップに注ぎ一気に飲み干した。

しずさん?大丈夫ですか?」

今泉の電話が数分後に鳴り、はい…判りましたと言って切った。

「…僕も…呼ばれました。今日待機ですから。」

一緒に車で行きましょうと今泉は重い腰をあげた。

ERからそのまま手術室へと言うことで、高橋が術前に必要な検査を済ませていた。オペ室で高橋と並んで手を洗った。

「なんか…この光景…デジャブ…ですね。」

今朝のオペと似ているクリッピング,そして同じ術者達。高橋がボソッと言った。

「ええ…。」

小鳥遊はそっけない返事をした。心が石のように硬くなり、今は何も感じなかったし、感じる余裕も無かった。

緊張と重苦しい空気を医師達が纏っているので、外回りの看護師もそれを察してか、静かだった。

オペは3時間ほどで終わる予定で、順調にすすんでいた。途中で内線の電話が鳴り、外回りをしていた看護師が取った。

「はい オペ室の看護師の中村です。外線…ですか?こんな時間外に?…ええ…繋げて下さい。」

今泉と小鳥遊はお互いとチラリと見合った。

「もしもし?オペ室の看護師の中村です。はい…はい…え?すみません。ちょっと声が遠くて…。」

もう一度お願いしますと、何度か聞き直している。

「今、先生達はオペ中ですけれど。ちょっと待って下さいね。」

看護師は受話器を抑えて言った。

「今泉先生か小鳥遊先生、どちらでもいいみたいですけれど、ゲッショウさん?と言う方からお電話です。」

…最悪の結末は既にもたらされたんだ。

…これ以上何があるって言うんだ。

お互いに同じことを考えていた。

「…あ…じゃあ僕出ます。」

看護師が子機を今泉の元に持ってきた。

「はい…春さん?何かありましたか…。」

絶望の中にいるであろう今泉は淡々としていた。

「は…?えっ…?」

小鳥遊は今泉の会話を静かに聞いていた。

「トウコ…さんっ?…ホントにトウコさん?無事だったんだね!ちょっと待って…。」

今泉は、満面の笑みを浮かべた。

「ガクさん…トウコさんからです!!トウコさん生きてました。」

嬉し涙で今泉の頬は濡れていた。

「一体、今までどこに居たんですか?…え?病院?」

冬は搬送された病院から直接電話を掛けたと話した。今泉は後半は涙声になっていた。

「良かったー!」

高橋が大きな声を出したかと思うと泣いた。

「中村さん…術野不潔になる前に、高橋先生の涙を拭いてあげて…。」

はいと言って中村はガーゼを持ってきて高橋の涙を拭いた。

「あと…僕も…お願いします。」

小鳥遊は、何度か大きく深呼吸をした。

「…ちょっと先生達大丈夫ですか?」

直接介助をしていた看護師が心配そうに聞いたが誰も答えず、大の男3人が深夜のオペ室でうれし泣きをしていた。

+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:+:-:

…あれ…ここどこだ?

嫌だ。また私…貧血でも起こした?

淡いクリーム色の壁の側に心電図モニターがあり、規則的にピッピッと小さな音をたてていた。

身体を起こそうとすると節々が痛み,左足にはギプスが巻かれていた。

腕や足のあちこちにガーゼが張られており、動くたびにそれが引き攣れた。

頭が痛くてボーっとした。

…ここどこ病棟だ?

冬は混乱していた。身体を動かすと心電図モニターのアラームがなり、看護師が様子を見に来た。

「ハァイ♪ 目が覚めたのね。気分は如何?」

…あれ?日本じゃ無いのか?そうだ…アメリカだった。

看護師に英語で声を掛けられて一瞬戸惑った。

「貴女の名前と連絡先分りますか?」

「あ…えっ…はい。トーコ・ゲッショウです。」

酸素マスクを外して言った。

「ご家族に連絡しますので電話番号を教えて下さい。」

「えーっと。何で私ここに居るんでしたっけ?」

我ながら間抜けな質問だと思ったが、全く思い出せなかった。

「クラブハウスで、爆弾テロ事件が起こったんですよ。あなたは3日…もうすぐ4日前になるますけれど、こちらに運び込まれたんです。」

「すみません…頭がボーっとしてしまって…思い出せない。」

「先生呼んできますから。」

看護師はそう言って冬の点滴を換えて言った。輸液の薬品名を見つめた。

「頭ぶつけたのか?私?」

側頭部が、そう言えばジンジンと痛んでいるような気がした。医者がやって来た。頭痛と吐き気が酷いと訴えた。

「脳震盪の後遺症だね…。少し脳が浮腫んでいるので、点滴で様子を見ています。」

若い医者は静かに言いながら、冬の麻痺の有無などを確認した。

「君はラッキーだったね、沢山の人が亡くなったんだよ?」

急に真面目な顔をした。

「ごめんなさい…思い出せなくって…。」

医者は、瞳孔をチェックした。

「あと1日ぐらい入院して様子を見ましょう。」

医者はチャートに何か書き入れた。

「あの…家族に電話をしたいんですけど…。」

「子機持ってくるわね。ちょっと待って。」

看護師はナースステーションに戻っていった。

「貴女は名前も国籍も判らなかったから、こうして話が出来るようになって良かったよ。」

子機を渡されたものの、誰の番号も思い浮かばなかった。

…あれ…。

「大丈夫?」

看護師が心配そうに冬の顔を覗き込んだ。

「友人や両親の携帯番号が思い出せなくって…勤めてた病院…だったらわかるんですけど…。」

電話の子機を持ったまま、長い間考え込んでいた。

「知り合いが居ればラッキーなんだけどな…。」

ブツブツ言いながら電話を掛けた。

国際電話を掛けた、冬が務めていた病院だ。
受付の人に説明をするのにも時間が掛かった。

5分程待たされた。

今オペ中ですと言われ躊躇したが、奥から代わるよという声が聞こえた。

今泉だったが、いつもとは全く違い、おちゃらけていなかった。

「あの…いいぇ…トーコです。」

春に連絡をして貰うようにお願いすると、それから2時間ほど経ってから、病室へやって来た。

「トーコ!!無事で良かったぁ。」

冬の顔を見ると、顔をくしゃくしゃにして泣いた。

「あーあ。また大袈裟な。お母さん酷い顔だよ。皺が増えるよ。」

冬が笑った。

「何言ってるの!あなた犠牲者リストに載っていたんだからねっ。もう私びっくりしちゃって…。」

春の声は、冬の頭にズキズキと響いた。
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