小鳥遊医局長の結婚

月胜 冬

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災害ボランティア

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「小鳥遊たかなし先生の事情は分かっているんですが、2週間程行ってきてくれないでしょうか?」

院長が静かに言った。

…何もこんな時に。いやこんな時だからこそ選ばれたのか?

中国で大地震が起きた。国内、外で災害が起こるたびに、医局長若しくは、それに準ずる医者がボランティアとして短期間派遣されることになっていた。

妻の出産を控えている小鳥遊にこの話が来たと言うことは、他に適任者がいなかったということだ。

「判りました。」

小鳥遊は院長にその場で返事をした。

「本当に助かります。では、準備ができ次第行って下さい。」

院長は淡々と小鳥遊に言った。


「何で引き受けちゃったんですか?こんな時期に!」

今泉は声を荒げたが、
冬は黙って話を聞いていた。

「はい…判っています。でも、他に出せる人が居ないんだと思います。」

自分が引き受けるのに丁度良い人材だったに違いないと思った。

「何で他の大学病院に頼まないんですかね?そっちの方が融通が利くのに。」

今泉は小鳥遊に文句を言い続けた。

「色々な事情があるんでしょう…。」

小鳥遊は荷物を纏めながら淡々と言った。
冬の顔を見るのが辛かった。

冬は何も言わず、小鳥遊の身の回りのものを揃えていた。今泉は怒って部屋へ籠ってしまった。

「トーコさん…本当に済みません。突然こんなことになってしまって。」

冬も以前から災害ボランティアの話は聞いていた。

「仕方がありません。助けが必要な人がいるんですから。私のことは心配しないで下さい。母も静さんもいますから。」

冬は微笑んだ。

「着いたら毎日メールか、電話か、手紙を書きます。」

「ガクさん…無事に帰って来てくれればそれで良いから。交通事情も悪いでしょうし、そんな暇があるのなら困っている患者さんを助けてあげて…。」

…こんな時まで。

冬は気丈に振舞えば振舞うほど、小鳥遊は胸が押しつぶされるように辛く悲しかった。

「本当に…済みません。」

荷物を淡々と詰める小鳥遊の大きな背中は、いつもより小さく見えた。

「ガクさん…もう謝らないで。今まで色々なことがあったけど、頑張れてこれたじゃない?だから今回もきっと大丈夫。それに…もしも私が同じ立場だったら、ガクさんと同じように行くと思うから…。」

冬は小鳥遊の背中にそっと抱きついた。大きくなった冬のお腹が邪魔をした。

「トーコさん…。」

小鳥遊は振り返り、優しく冬を抱きしめた。

「2週間なんてあっと言う間に過ぎちゃうわ。身体だけは気を付けて。無事に帰って来てください。」

…ガクさん 暫くこうしてて。

冬は小鳥遊の香りを胸いっぱいに吸い込んで、暫く抱き合っていた。

小鳥遊はその日のうちに、自衛隊の飛行機で、中国へと向かった。

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―――瓦礫の山、酷い埃。

自衛隊とアメリカ軍の合同ベースに到着した小鳥遊は、テントの一角を自分の場所として割り当てられた。

トリアージシステムの導入でかなりの時間短縮にはなっていたが、被災者の数が多すぎた。これからもスタッフは増えるとのことだったが、小鳥遊達が第一陣だった。通訳が、医者一人に対して、ひとりついた。

「さぁ…始めましょう。」

小鳥遊は荷解きもままならないが、医者の中で誰よりも診察を早く始めた。

救護所の前には長い長い列が出来、咳をする者、泣く子供、怒声に喧嘩。

地震から生存者が減少する72時間をとうに過ぎたが、時間の経過とともに患者が押しかけた。

不眠不休で働く現地のボランティアに比べれば、医者達の環境は恵まれていた。

「帰ったら、数ヶ月のバケーションが待ってる。」

アメリカ人外科医師が嬉しそうに鼻歌を歌いながら話すのを横目に黙々と、オペの鈎引きを手伝った。文化の違いとはいえ、小鳥遊は苛立ちを感じた。

「きちんとマスクをつけなさい!」

「手術の介助に付く人はガムなんか噛まないで!」

「大音量のラジオを止めなさい!患者の呼吸音が聞こえない!!」

…緊張がなさすぎる。

清潔と不潔の区別もつかないものまで居て、小鳥遊はまずはそこから始めないといけなかった。

「ガク…そんなに頑張ったって給料は変わらないんだろ?」

「あんまり細かいこと言うと、スタッフに嫌われるぞ?」

キャラの濃い医者が多く、口の割には働かなかった。仕事のスピードも態度がいちいち気に障ったが、粛々と診察をするだけだった。

頭部外傷の殆どは重症だった。レントゲンすらままならない状況では、洗浄し保護して、被害が少なかった地域に搬送するより仕方が無かった。

衛生兵と子供を抱いた母親が、何やら押し問答になっていた。衛生兵から渡されたカードを手に持ち叫んでいた。

「死亡確認したのですが、どうしても医者に見て貰いたいと言ってきかないんです。」

通訳が困った顔をしていた。

「ええそうでしょうね...。」

小鳥遊は、チラリと母親が握りしめている黒い縁のカードを見ていった。そして、医者であることを告げ、子供を見せてくれと母親に頼んだ。

血だらけの毛布に包まれた乳幼児は、1歳に満たないぐらいに見えた。

そっと毛布を取ってみると、頭部の半分程が欠損していた。小鳥遊はテントの隅に母親を連れて行くと、綺麗なガーゼで顔の泥を落とし、少しでも頭の形が自然にみえるように、欠損部分に厚いガーゼを当てた。

父親と思われる男性が、
乳幼児の着替えとオムツを持って来ていた。

「綺麗にしてあげましょうね。」

「…もう死んでいるのに、時間の無駄じゃないか。患者はまだ他にもいるのに。」

スタッフの誰かが言った。

「あなたのご家族が亡くなった時にも同じことが言えますか?」

普段はおとなしい小鳥遊が、声を荒げたのでテントの中は一瞬静かになった。

「効率だけを考えるのであれば、時間の無駄かも知れません。でも本当にそうでしょうか?」

小鳥遊は、血液がべっとりと付着したロンパースを脱がせ、埃と血液で汚れた体を丁寧に拭きとった。すぐに衛生科自衛官がやってきた。

「手伝います。」

そう言って、片言の中国語で母親に話しかけた。汚れた洋服をビニール袋に入れ、綺麗になった乳幼児をそっと母に抱かせた。

このお別れの儀式に、スタッフ達も忙しい手を止め静かに見守っていた。

お悔やみ申し上げますと小鳥遊が伝えると通訳が、家族に囁いた。

…向您表示哀悼。

父親が小鳥遊と硬い握手を交わし、長い間ハグをしていた。何度も何度もふたりに頭を下げて去って行った。その二人が見えなくなるまで、小鳥遊と自衛官は頭を下げていた。

「僕にも同じくらいの子供が日本に居るんです。」

自衛官が見せてくれた。1歳に満たないであろう女の子が母親に抱かれている写真だった。

「僕も妻が出産を控えているんです。他人事とは思えないです。」

小鳥遊は静かに言った。

「ガク…そんな感傷に浸ってる暇があるなら、どんどん患者を見ろよ。」

外科の医師が嫌味を言った。小鳥遊が何か言い返そうとすると、傍にいた自衛官が止めた。

「先生気にしないで下さい。そのうち判りますよ。」

自衛官が囁いた。

2週間と言われていたボランティアだったが、内地からのボランティアも増えて来てたら、早めに帰国出来きるかも知れないという噂が流れたが、それは噂の域を出なかった。

睡眠は4~6時間とばらつきがあるし、途中で起こされることもあり、交代で昼寝をして補った。

テントに戻って休む時間も惜しく、診察室の端で眠ることもしばしばだった。

外科医師が指揮をとっていたが、度重なる連絡・搬送ミスが続き、皆がイライラしていた。

小鳥遊もその一人だった。処置や診察スピードも速いのでどんどん患者が運ばれてくるが、搬送ミスで沢山の患者が待たされることになってしまった。

「先生…搬送が決まるまで、診察は出来ません。」

小鳥遊付きの衛生兵が言った。

「判りました。僕が彼に話をしてきます。」

今まで、嫌味を言われようが、馬鹿にされようが無視し続けて来た小鳥遊が外科医の所へ向かった。

「手術もあり大変でしょうから、僕が指揮を取りましょう。」

外科医は疲労困憊していたので喜んで小鳥遊と交代した。小鳥遊は通訳を一人付け、現場の総指揮に回った。

電話対応はもう一人の通訳、中国人スタッフと、自衛官に任せた。

患者の搬送先、状態、搬送先で必要な検査が受けられるかどうか、搬送する車の手配、その合間に頭部外傷の患者を見た。滞っていた患者の流れが忙しいながらも、少しずつスムーズになった。

患者と共にやってくる子供達が飽きてしまうと,休憩時間は子供達に中国語を教えて貰ったり、炊き出しの手伝いをしていたので、現地のボランティアと間違われた。

「ガクは、医者と言うよりも、近所の面倒見が良いおじさんみたいだ。」

中国人スタッフは、笑った。

「おじさんか…せめてギリギリお兄さんぐらいにして欲しいな。」

…おっさんカテゴリ。

小鳥遊は以前、冬に言われた言葉を思い出し、もう自分は若くないなと苦笑した。

近所の人が水餃子を作って持って来てくれて、作り方も教えてくれた。

焼き餃子が好きだと言うと,焼き餃子は古くなった餃子で作るもんだよと笑われた。

「中国人は一度相手を信用して仲良くなると、お節介好きで、家族の一員ように扱います。面倒な時には、はっきりと断らないとだめですよ。」

通訳が笑った。

小鳥遊のテントは、地域ボランティアの数がほかのテントよりひときわ多かった。

患者家族、友人などが有志で声を掛け小鳥遊のテントに集まり始めたからだ。その中で暖かな輪がゆっくりではあるが広がりつつあった。

「先生の人徳ですよ。」

スタッフが言った。

「いいえ...違います。僕たちはあくまでもお手伝いをさせて頂いているだけです。信用されて、来てもらえることに感謝しなくてはいけませんね。」

小鳥遊は微笑んだ。

人手が増えて、小鳥遊のチームは仕事が楽になってきた。その分他の医者のテントを見て回り、慣れてきたボランティアを率先して彼らのテントへと送り込み、手が空くと自分も手伝った。

続々と中国国内の医師達も集まり始め、少しづつ組織化も進んだ。

不眠不休の1週間が終わろうとしていた。スタッフとテントに戻り疲れた体を休めていると、テントの外で声が聞こえて来た。

…あの声だ。

聞き覚えのある医者の声と女の喘ぎ声。

…わざわざこんなところでしなくても。

「Jeez。マジかよ。」「やめてくれよ」

同じテントで寝ていたスタッフ達が毛布を頭まで被った。

「おい!悪いが皆疲れてるんだ!射撃訓練は他でやってくれないか?」

小鳥遊が大声で叫ぶと、静かになった。

テントで仮眠をとっていたスタッフの笑い声を聞きながら小鳥遊は眠った。

朝起きてみるとテントの前に誰が撮ったのか、嫌味な外科医と看護師の逢瀬の写真が貼られていた。

ご丁寧に「小銃実弾射撃訓練」という題名までついていた。皆が笑う中で小鳥遊は黙ってそれを剥がして回った。


メンバーが少しづつ入れ替わり始めた。
医者、看護師が新しいメンバーになったり、内地の医療ボランティアに代わっていった。

嫌味な外科医もあと数日で母国へと帰ることになっていた。

帰るスタッフの為のお別れ会が開かれた。この時ばかりは、皆の顔が明るくなり、楽しそうな笑い声がパーティー会場から聞こえてきていた。

「先生は行かなくて良いんですか?」

患者の火傷の処置をしている小鳥遊に衛生兵が声を掛けた。

「あまり騒がしいのは好きじゃないものでね。僕は安心して彼らが楽しめるようにサポートをしている方が性に合ってますから。」

小鳥遊は静かに笑った。

「貴方も行って来たらどうですか?今はここも落ち着いてますし...患者が来たら呼びにいかせますから。あ…でもお酒は飲まないでね。」

包帯を巻きながら小鳥遊は続けた。衛生兵は静かに小鳥遊を見つめていた。

「どうしました?」

看護師が薬を持ってくるのを小鳥遊は待っていた。

「僕は...あなたのことを勘違いしていました。点数稼ぎの優等生だとばかり思っていました。」

…優等生ならきっとこんなところには来ない。

小鳥遊は苦笑いをした。

「ただ黙々と患者や家族の為に。僕は仕事だと思って割り切っていましたし、最初は先生のことを馬鹿にしていました。」

小鳥遊は処置用グローブを外し、手を洗った。

「請多保重」

患者の家族に微笑みながら言うと、患者は頭を下げて看護師から薬を受け取り出て行った。患者さん途切れたみたいです...と看護師が小鳥遊に声を掛けた。

「あなたは僕にプロフェッショナルとはどうあるべきかを身をもって示してくれました。言葉では誰でも何とでも言えます。」

死んだ乳幼児に時間の無駄だといった衛生兵だった。以前は文句ばかりで働かなかったが、いつからか黙々と働くようになっており、小鳥遊も信頼するようになった。


「コーヒー飲みますか?」

小鳥遊が衛生兵に声を掛けた。いいえ結構ですと答えた。

「お金にもならないのにと...。でも僕はあなたから何かを学んだような気がします。今は上手に言い表せませんが。」

小鳥遊は微笑んだ。

「僕もいつも患者さんから学ばせて貰ってます。でもあなたと同じように、学んだ時にはそれが何なのかがわからない...けれど、それは本当に必要な絶妙なタイミングの時に“何を学んだのか”に気が付くものなんですよ。」

小鳥遊はブラック・コーヒーを一口飲んだ。

「あなたにお会い出来て本当に良かったです。」

衛生兵は笑って深々とお辞儀をして顔を上げた。それは、小鳥遊が教えたものだった。

テントを出ていこうとする衛生兵の背中に向かって小鳥遊は言った。

「そうだ...」

小鳥遊は呼び止めた。

「あなたが作ったあのポスターですが、僕は剥がさなければいけない立場だったのが、とても残念で仕方がありませんでした。どうもありがとう。」

衛生兵がえっと驚いて振り向くと、小鳥遊は思い出して声を出して笑った。

「あ…僕が今笑ったことは内緒にしておいて下さいね。」

衛星兵が何か言おうとした時に、
先生新しい患者さんです...と看護師がテントの中を覗いて小鳥遊に声を掛けた。

「はい...今行きます。」

小鳥遊は、看護師に声を掛けた。


小鳥遊もとうとう帰国の日が近づいた。

患者やスタッフがささやかながら送別会を開いてくれた。

「なんで餃子ばっかり持ってくるんでしょう?もうちょっと話し合って、持ち寄るものを決めるとか出来なかったんですかね?」

通訳が呆れた。近所の住民がほぼ皆、小鳥遊が好きだと言った焼き餃子を持ってきたからだ。

「すみません…僕が大好きだって言っちゃったからですね。僕は色々な家庭の味が楽しめて嬉しいですけれど、皆さん僕のために、今日は耐え忍んでください。」

小鳥遊はスタッフに謝った。小鳥遊と関りがあったほぼ全てのスタッフが、勤務中にも関わらずちょこちょことパーティーに顔を出し小鳥遊と別れを惜しんだ。

「先生はちっとも中国語がうまくならなかったね。」

中国語を小鳥遊によく教えていた子供が笑った。通訳が小鳥遊にそれを伝えると小鳥遊は笑った。

「そうですね...僕は駄目な生徒でしたね。」


餃子パーティーは朝方まで続き、
小鳥遊は全く眠らず民間機に乗り日本へと戻った。



















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