Blue Rose 2度目の恋 最後の愛

月胜 冬

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日曜日の人

美味しいクッキーと紅茶

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日曜日の朝、毎週海辺を散歩するのが日課になった。

ピアノ教室の生徒も口コミで少しづつ増えてきた。

夕方はバーでのアルバイトで、日差しを浴びる機会が減ったからだ。

忙しい反面、リラックス時間を
も大切にしたい。


海辺をゆったりと歩く。

犬を散歩している人や,ジョギングをする人が通り過ぎて行く。

毎週同じ時間に浜辺で絵を描いている男性がいる事に気がついた。


…あ…今日も“日曜日の人”絵を描いてる。

いつからか、風景画を描いている優しそうな男性は、理紗と目が合うとおはようございますと挨拶をするようになった。

そして理紗は会釈をする…それが日曜日の日課になった。

(あの人…画家さんなのかしら。)

お天気が良い日曜日に必ず男性は風景画を描いていた。色白で、すらりと背が高く線の細い男性はいつも麦わら帽子を被っていた。

いつものようにお天気なのに、今日はその男性は居なかった。理紗は、少しがっかりし乍ら、いつも日曜に必ず寄るパン屋への道を歩いた。

「理紗ちゃんいらっしゃい。」

元気でいつも笑顔を絶やさないパン屋のおばさんが声を掛けて来た。

「今日は、どれにする?」

理紗はショーウィンドーの中のパンの何個かを指さした。

「今日も天気が良くて暑くなりそうねぇ。」

理紗がお金を渡し、おばさんがレジを開けて、お釣りを数えている時だった。

「おはようございます。」

「あら 帯原おびはらセンセ。今日は遅いじゃない!」

理紗がお釣りを貰って振り返ると、帽子を脱ぎながら背の高い男性が入って来た。

…あっ。日曜日の人。

帯原と呼ばれたその男は、理紗を見るとパッと優しい笑顔を理紗に投げかけた。

「あっ…おはようございます。今日は寝過ごしてしまって。」


理紗もにこっと笑った。


「あら理紗ちゃんとセンセはお知り合いだったの?」

パン屋のおばさんは、奥からパンが何個か入っている袋を帯原に渡した。どうやら、男性はいつも同じものを買うらしい。

「売り切れちゃうと思って取っといたのよ…。」

男性に袋を渡すと、ちょっと待ってと奥へと入って行った。

「あの…僕は、帯原 隆おびはら たかしと言います…あなたはいつもお散歩されてますよね?」

理紗は頷いた。

「この辺りにすんでいらっしゃるんですか?」

理紗は再び笑って頷いた。

「あの…とても素敵な方だなぁと思って…。」

隆は少し恥ずかしそうに笑うと、頬にえくぼができた。

そんなこと無いですよと、理紗は恥ずかしそうに手を振った。

「あらっ♪センセったら。理紗ちゃん可愛いからって…もうナンパ?」

「そんな…ナンパだなんて…酷いなぁ。」

隆は、絵描き道具を店の端に置いてお財布をゴソゴソと出した。

「あの…お仕事は何をされていらっしゃるん…。」

「先生?切り干し大根持ってく?」

隆が理紗に聞いたが、パン屋のおばさんが大きな声で、店の奥から隆に声を掛けたので質問は遮られた。

「えっ?」

隆がおばさんに聞きなおしたので、理紗は答えるきっかけを失ってしまった。

「切り干し大根っ!あと、真鰈の煮つけっ!食べるでしょっ。それから糠漬けっ!」

パン屋のおばさんは、店の奥から声を張り上げていた。理紗は、では…と会釈をすると、隆は何か話そうとしたが、再びおばさんに呼ばれてしまった。

「あ…では…。」

「なにーっ?食べるの?食べないのっ!!どっち?」

まるで母親と息子のようなやりとりに理紗に笑みが零れた。

「あーっと頂きます。いつもすみませーん。」

隆がおばさんに、答えるその様子を見ながら、理紗はパン屋を後にした。

いつものようにタエの店“Bar Tae”でピアノを弾いていると、“日曜日の人”が、ひとりで店にやって来てバー・カウンターでビールを飲んでいた。

…あっ。帯原さん?

細身で華奢な体つきをしていて、切れ長の目と薄い唇が印象的だったその男は、“日曜日の人”だった。

「あの人、時々独りで、ふらっとやってくるのよ。とても静かな人だからお話ししたことも無いんだけど。ちょっと素敵よね?理紗ちゃん気になるの?」

演奏中にちらちらと後姿を眺めているとカウンターの中にいるタエと何度も目があってしまって気まずかった。

タエが今度、話しかけてみるわねと笑った。

それからも日曜日の人は、早い時間にバーへ時々やって来て、ビールやウィスキーを2-3杯飲み、お店が混んでくると帰って行った。

眼も合わないし、挨拶もしないので声を掛けるチャンスも皆無だった。

…わたしのことなんて気が付いていないんだろうな。

ふと理紗の心にそんな思いが過った。


6月になり、“日曜日の人”、帯原が、遅い時間に、女性を連れてやって来た。とても可愛らしい人だった。ピアノを弾きながらちらちらとふたりが並んでいるカウンターを見ていると、タエと目があった。その度ににっこりと理紗に笑い返した。

…嫌だ…わたしったら。

慌てて、ピアノへと視線を戻す。ふたりは閉店間際まで楽しそうに話をしていた。

…帯原さんは素敵な人だもの。彼女ぐらい居るわよね。

理紗は、思わずため息をつき、自分がとてもがっかりしていることに気が付いた。

「そろそろお店閉めますので…理紗ちゃんも帰って良いわよ~お疲れさま。」

ふたりは席を立つと会計を済ませ出て行った。理紗は着替えてタエの掃除を手伝い、片づけをしていた。

「あの人、栗原さんっておっしゃるの。中学?高校の先生みたいよ。相手の女性は同僚みたい。あなたの為に盗み聞きしちゃったわ。」

理紗が聞いても居ないのに、タエが茶目っ気たっぷりに笑った。ゴミを出したりで15分程してから理紗も店を出た。

駅の方向へ歩いて行くと、いつもフレッドのアイリッシュ・バーでしつこくデートに誘って来るアメリカ人が友人達と騒いでいた。

「あ~っ理紗っ。ひとり?」

取り巻き連中も何度か店に来たことがあった。理紗は唇でHiと挨拶をし、通り過ぎようとした。

「ちょーっと待って。もう仕事終わりでしょ?これから一緒に飲まない?」

理紗はバッグペンとメモを出そうとしたが、腕を掴まれてしまった。

Thanks, but no thanks.ありがとう…でも結構です。

理紗は一生懸命首を振ったが、わいわい賑やかに話しながら深夜過ぎまで開いている居酒屋の方へと連れていかれそうになった。

(PLEASE! Leave me alone!!!!)お願い!私に構わないでっ!

一生懸命に唇を動かすが、そのままどんどんと引っ張られた。

あの悪夢の夜の恐怖がが突然襲ってきて身体が震えた。理紗は防犯ベルを鳴らした。けたたましい音が鳴り響いた。

「おいおい…理紗…何やってんだよ。」

男達が防犯ベルを奪おうとしたその時、理紗の腕はぐいっと違う方向へと引っ張られた。


「嫌がってるじゃないか。この人はわたしの友人なんだ。」

恐怖で震え、身体を強張らせている理紗を庇うようにして駅へと早足で歩いた。

アメリカ人たちはそれ以上は、付いてくることも無かった。理紗は震える手で、痛いほどの力で腕に捕まっていた。

…おび…はら…さん

“日曜日の人”は、理紗をしっかりと支えて歩いた。

「駅で良いんだよね?」

理紗は頷いた。

「●●駅?」

理紗は頷きながら、ごそごそと、震える手でメモを取り出す、走り書きをした。

(助けて頂いてありがとうございます。)

帯原はきょとんとした顔をしていた。近くのベンチを指さすと、2人で腰掛けた。

(失声症なんです。
おっしゃっていることは聞こえます。)

「そうだったんだ。」

緊張を和らげる為に、何度も何度も深呼吸をする理紗を、心配そうに帯原はみていた。

数分すると、気持ちが落ち着いた。

(この間は、お惣菜貰って帰ったんですか?)

帯原は恥ずかしそうに頷いた。

「はい。パン屋のおばさんがつくる料理美味しいんですよ。」

“日曜日の人”帯原に、理紗は慌ててバッグをゴゾゴゾと探り、名刺を出し渡した。

宮子 理紗ミヤコ リサ…さん?ピアノの先生なんだね。」

理紗は隆に頷いた。

「いつも日曜日にパン屋さんへ行くでしょ?」

… 覚えてくれてたんだ。

理紗は少し嬉しくて静かに頷いた。

「僕もね、毎週、日曜の朝はあそこでパンを買って済ませるんだ。あなたはいつもあのパン屋の袋をぶら下げて戻って行くから。」

… そういうことか。

「パン屋のおばさんは、僕が独り身なのを気にしてね、この間みたいにあれを持ってけ、これも持ってけって色々持たせてくれるんです。」

理紗は隆が独身と聞いて、嬉しくなった。

「Bar Taeでピアノを弾いているんだね…今日ママに言われて、顔を見たらあなただったからびっくりしたよ。」

理紗は笑った。

「あなたはどこに住んでるの?」

(崖の上の古い洋館です。)

「へ~あの家、あなたのお家だったんですね。僕達とても近いところに住んでいたんですね。」

隆の笑顔は眩しかった。電車に乗り他愛のない話をして、駅を降りお礼を言ってふたりは別れた。

…素敵な人。また話が出来ると良いな。

街灯がついている、海沿いの道を波の音を聞きながら家へと帰った。






🐈‍⬛

次の日曜日。

いつもよりも少し早く起きて、理紗はシュガー・クッキーを焼いた。

そしていつもの時間に散歩へと出かけた。

「理紗さん おはようございます。」

…名前を憶えてくれてたんだ。

理紗はそれだけでうれしくなった。

(帯原先生。この間は助けて頂いて有難うございました。)

「いえいえ。先生はやめて下さい。タカシで結構です。」

本当はクッキーを渡すだけにしようと思ったが、理紗は勇気を持って切り出した。

(もしお時間があったらこの後、うちでコーヒーでも飲みませんか?)

隆は少し驚いた顔をした。

「えっ…ええ。」

(崖の上の洋館です。では、絵を描き終わって、お暇なら後でうちに来てくださいね。)

理紗はそう言って立ち去ろうとしたが、隆が慌てて呼び止めた。

「きょ…今日は、筆が上手く進まなくって丁度切り上げようと思っていたところなんです。今から伺っても良いでしょうか?」

隆は頭を掻きながら笑った。

(ええ勿論です。お誘いして良かったわ。)

隆は近所の高校で数学を教えていると話した。

(てっきり画家さんかと思いました。)

「ええ。画家になりたかったんですが、どうやらセンスが無くて、美大落ちて数学教師になりました。」

洋館へ帰る道すがら、隆と理紗は話をしていた。時間が掛かる筆談にも隆は落ち着いた様子で付き合ってくれた。

家に戻ると早速、理紗は、コーヒーとシュガークッキーを勧めた。

(好きなこととお仕事は別の方が良いかも知れませんよ。その方が楽しんで好きな事が出来ませんか?)

理紗は、趣味も仕事もピアノだ。時々それで息が詰まりそうになることがあった。

「そうですかねぇ。趣味は色々あるんですが、どれも駄目ですね。」

隆が笑うと、口の端にえくぼが出来た。

…あっそうだ♪

(これもし宜しかったら、生徒さんでピアノを習いたいって子が居たら渡して下さい。成人の方でも構いません。)

理紗は、チラシと名刺を何枚か隆に渡した。


「僕のようなものでも弾けるようになりますかね?小さい頃に数年やって辞めてしまったんです。いつかまた習いたいなと思ってたんです。」

隆はチラシを見ながら恥ずかしそうに聞いたので、理紗はにっこりと笑って頷いた。

(毎週日曜日のこの時間ぐらいで如何でしょう?)

「日曜なのに良いんですか?」

(はい♪御都合が悪ければ、メールを下さい。)

一応携帯の番号も交換した。

「ピアノは持ってませんけれど、学校で練習出来ますから。生徒達に笑われそうですけれど…。」

隆は笑った。


それから隆は定期的に“Bar Tae”へ顔を出す様になった。

来てもただ静かにカウンターに座り飲んでいるだけだった。大抵、来るのは閉店間際だった。

「きっと理紗ちゃんのことを心配で待ってるのよ。」

タエがピアノを演奏中の理紗の隣にそっと来て囁いた。

(そうかしら?)

そういいつつも隆と一緒に帰るのが嬉しかった。いつも学校の事や最近のニュースなど雑談をしながらゆっくりと肩を並べて歩いた。

「今時の生徒は、塾行くのが当たり前でしょう?だから、学校の授業なんて全然聞いちゃいない。塾で先に習っちゃいますからね、授業態度なんて特に僕の教科は関係ないでしょう?だから困ったものです。」

周りの友人には音楽関係者ばかりだったので違う職種の話を聞くことは、新鮮でとても楽しかった。

(若い人達と触れ合えるって楽しそうですけれど、大変なんですね。)

「今時の高校生は身体は大人ですけれど、中身は中学生ですからね。」

隆は笑った。




🐈‍⬛

ほぼ毎週、隆は理紗の家に遊びに来るようになっていた。

「タエさんから聞きましたが、あなたはアメリカでピアニストをされていらっしゃったそうですね。」

理紗は答えに困った。

(ええ。)

「あちらで専門の学校も卒業されたとか。」

隆の眼は切れ長でお公家さんのようなきりっとした上品な顔立ちをしていた。その眼が、理紗を優しく見つめていた。

(随分昔の話です。)

理紗は思い出すだけで、気分が重くなった。

「何故こちらに戻ってこようと思われたんですか?」

理紗はこの質問に一瞬戸惑った。それを見て取った隆は慌てた。

「あっ…済みません。詮索するつもりは無かったんです。あなたの様な綺麗な方が、こうして一人で…あの…失礼な言い方ですけれど、世捨て人の様な生活をされているので…。」

理紗は微笑んだ。

(あちらでは色々気を揉むことが多くて、疲れてしまったんです。誰かとお話しすることも少なかったですから。)

理紗は少しぬるくなった二人分のコーヒーを煎れなおした。

――― ピンポーン。

チャイムが鳴った。ちょっと待ってて下さいねと隆にジェスチャーで伝えると玄関へ向かった。

「理紗さーん。お昼食べに来たよ~♪父ちゃん居ないんだ。」

タイジだった。父親のタスクが居ない時には、こうして良く遊びに来た。

隆とタイジは、話したことは、無かったが、お互いに顔は知っていたらしい。

ふたりは、無線の話で盛り上がった。漁でタスクが出ている時に話をしたいけれど無線の免許を持っていない…など。

タイジの話題は、ぴょんぴょんと、あちらこちらに飛んだ。理紗も聞いてて楽しかった。

「あっ…済みません。もうお昼なんですね。長々とお邪魔して。すみません。」

隆が、何気なく壁掛け時計に目をやると、ハッとして席を慌てて経った。

(もし良かったら食べて行きませんか?素麺ですけど…。2人分も3人分も一緒ですから。)

「ええ…でも。」

隆が少々落ち着きのない素振りを見せた。

「センセ…食べていきなよ。高校のセンセなんでしょう?

タイジが人懐っこい笑顔を浮かべながら隆を見て言った。

「うん。そうだよ。」

「いつもレッスンの後や暇な時、ここで宿題をするんだ。宿題を教えて?」

(わたしがお昼作る間に、お願いします。)

タイジがうまい具合に隆を引き留めたので、理紗は、キッチンへと行った。

「理紗さん済みません…ではお言葉に甘えて。」

隆は再び席に付いた。

「では僕もお言葉に甘えて、宿題をお願いします。」

タイジが隆の口ぶりを真似ながら、鞄の中から宿題を出した。理紗はそれを聞いてクスクスと笑った。

それ以来、毎週日曜日は3人で過ごすことが増えた。理紗はお昼ご飯の他に、ケーキやクッキーなどを焼いた。とても楽しい時間だった。







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