一陣茜の短編集【ムーンバレット】

一陣茜

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278 やる気のない侵略者

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「君には改造手術を受けてもらいたい」

     長官の一言にディミオスは呆れ果てた。が、ディミオスの聞き間違いかもしれない。念のため、ディミオスは長官に確認する。

「それ、私に言ってます?」

「他に誰か適任者がいるかね?」

     長官は白髪の髪をかきあげて、ディミオスを凝視ぎょうしした。

     ディミオスは鏡を見ているようだった。

    どの種族にもいえることなのかもしれないが、特にオルコス族は姿が似通っている。オスとメスの雌雄異体しゆういたいだが、それ以外の特徴は同じ。銀色の髪に青い瞳。顔のパーツの位置も同じ。個性は言葉や服装で表現している。長官はメスだから、外見はほとんどディミオスと同じだ。

「スパイは助言者メントルひとりでジューブンだと思いますけど?」

「どうせ君のことだ。メントルからの暗号通信は全て傍受して解読しているのだろう?    いくつかの報告書は何者かにハッキングされた可能性があると判明している」

「黙秘します」

「メントルは消滅したよ」

    ディミオスの回答に期待していなかったらしい長官は、すぐに機密情報を伝えた。罠に誘われているのは明確だったが、ディミオスは探りを入れる。

「その根拠は?」

「予め取り決めていたのだ。量子航行艦りょうしこうこうかんツフトゥラのコントロールをロックし、その権限をメントルの無形質量とリンクさせておく。そうすればメントルが生きている限り、こちらにもたらされる信号はメントルの名前で送られる。だが、数日前に受け取ったツフトゥラの信号にメントルの名前はなかった」

「コントロール権限者の名前は?」

     決まっているだろう、と長官は嘆息した。ディミオスを責めるように長官は言う。

「イリスィオスだよ。あの異類種イレギュラー以外に誰がいる?」

    長官は責任の所在を忘却しかけているようだった。

    ディミオスにいわせれば、永遠の命なんて馬鹿げた夢だ。くだらない夢だ。必ず何かを引き替えにしなければ到達できないのは、目に見えている。そんな無謀な夢を叶えるために、自然現象と生命体を同化させるなんて禁忌きんきの生命実験を、長官は民間の技術研に行わせた。イリスィオスなんて怪物を生み出したのは、長官の責任だ。

    ディミオスは素っ気なく言う。

「放っておけばいいじゃないですか。こちらから手を出さない限り、イリスィオスは無害ですよ」

「そうはいかん。司令部は焦っている。私の寿命もあと4年ほど。君だって、あと2年だろう。このまま息絶えていいのか?     永遠の命を手に入れて、この世の神秘を解き明かす研究がしたいだろう?」

「別に。私は他に娯楽らしい娯楽がなかったから、仕方なく研究者の道を選んだだけ。もうそれなりに満足しましたし、早く意思なき無形質量になって宇宙にエネルギーを還元したいくらいです」

「私の権限でいますぐ君を拘束することもできる。なにもしないままで過ごす2年間は、さぞ長く、虚しい時間として消費されるが、構わないのかな?」

    わかってないなあ、とディミオスは長官の短絡的な頭脳に心底呆れる。

    限られた命だからこそ、長官の権限は有効に働いている。このように短命な種族だからこそ、長官は圧倒的権力者として君臨し、他者を脅迫し、いまの地位につけている。

     皆が永遠の命を手にしたら、誰も長官の脅しになんか屈しない。納得いかない要求に関してはだろう。

     自分の立場が足元から崩れていく未来を、長官は想像できないのだ。20年も生きてきたのに、長官の頭の中は3歳の少女のように花畑で埋め尽くされているのかもしれない。

「長官はメントルの報告書をちゃんと読みましたか?」

「読んだよ。ところどころ専門用語があって、全てを理解したわけじゃない。だから此処にきたというのもある。この殺風景な研究所に、な」

    研究所の殺風景さは、長官が予算を削減したからでしょうにーーディミオスは憤懣ふんまんやる方ない想いを吐露し、長官に懲戒を求めたかった。だが、できない。長官の機嫌を損ねれば、即刻逮捕勾留を迫られる。研究の成果はともかく、民間の技術研を選んだソフォスの選択は正しかったのかもしれない。

「ソフォスたちの見つけた星、現地の言葉でいう地球アースは、たしかに素晴らしい環境です。形はほぼ回転楕円体。赤道半径は6378キロメートル。極半径は6357キロメートル。太陽からの距離は平均1億4960万キロメートル。365日強で太陽を一周し、24時間で1自転する。地殻、マントル、核の3部分から成り、平均密度は1立方センチメートルあたり、5.52グラム。表面は大気によって囲まれています。さらに、窒素、酸素、水素、アルゴン、二酸化炭素、オゾン、ネオンヘリウム、水蒸気などが存在し、それだけで素晴らしいのに、地上10から50キロメートル地点にあるオゾン層は、太陽からの紫外線や宇宙空間に存在する高エネルギーの放射線から、生命を守ってくれる」

「少数民族である我々が移住するにはうってつけだ」

「我々が生命体のまま移住すれば、あまりの良質な空気に、身体が耐えられません。体内で血を作りすぎてしまい、あっという間に血管は破裂します」

「そのために無形質量になる方法をソフォスのチームは選んだのでは?」

「どのみち現地の生命体ーーニンゲンの肉体に寄生しないとエネルギーの供給ができません」

「屈辱的ではあるが、永遠の命のためだ。我慢しよう」

「では寄生に成功したとしましょう。しかし自身の存在を維持するためには、エネルギーの源となるニンゲンの無形質量が必要です」

「我々が管理下に置き、養殖すれば良いではないか」

「ニンゲンの無形質量を作るには。ある程度生かし、それなりの経験を積ませる必要がある。あらゆる感情を刻む必要がある。とても貴重品です。我々全員が入植したら、一瞬で

「ならば、まずは私と君だけでも移住し、ニンゲンを増やす工場を作ればいい。一瞬でニンゲンにあらゆる感情を経験させるシステムを構築すればいい」

「それをソフォスやイリスィオスが黙って見ているとは思えません。ソフォスはまだしも、イリスィオスに対抗する手段を、長官はお持ちですか?」

     長官は両手を上げた。お手上げのサインをしながらも、長官の高圧的な態度は変わらない。

「それをどうにかするのが、君の仕事だろう、ディミオス?」

    長官は熱線を放つ銃をディミオスに突きつけた。最終勧告だった。

     ディミオスは仕方なく、長官に従うことにした。

「……わかりましたよ。ところで長官は、唇の動きだけで言葉がわかりますか?」

「これでも軍人の端くれだ。それくらいはできる」

「よかった。では、これから長官にお見せします。イリスィオスを消滅させる方法を」

     ディミオスは8つのボールを取り出した。どれもが一様に直径2センチほどの小さな球体だ。それを長官に向かって投げる。球体は浮遊しながら、長官の足元と、頭の上に4つずつ分散し、それぞれが光線を放ち、連結する。各面が正方形である平行六面体になった。

     立方体に包まれた長官は、周囲の音が完全に遮断されたことで、自身が密閉空間にいると実感した。ディミオスの声は聴こえず、手を伸ばしても、立方体の外には伸ばせない。一見しただけでは見えない空間にも壁が存在していた。

     ディミオスは両手を後ろに組んで、長官に言う。

「私は唇を読むことができませんので、イエスなら首を縦に振り、ノーなら首を横に振ってください。よろしいですか?」

     長官は縦に首を振った。

「イリスィオスに真っ向からぶつかり合うのは得策とはいえません。あの膨大なエネルギーの塊に、小さなエネルギーの塊をぶつけても飲み込まれるだけ。ならば相手の力を逆に利用する。ここまではよろしいですか?」

     長官は首を縦に振った。

「爆発には様々な種類がありますが、大きくふたつに分けられます。燃料ガスや火薬などが一気に燃え上がり、その他の化学反応で発生した気体が原因で起きる化学的爆発。もうひとつはボイラーの圧力が限界を超えたり、火山で地下のガス圧力が高まって起きるような、圧縮した気体や水蒸気の圧力などによる物理的爆発です。私が提案するのは後者の物理的爆発。イリスィオスの宿す無限のエネルギーは熱を帯びて体積を増やし続けているようなもの。普段は膨張しないように、エネルギーを少しずつ外に逃がしているはずです。それを遮断し、臨界点を待つ。炉心融解メルトダウンさせて、自滅してもらうのです」

     おお、と長官は笑みを浮かべた。その手があったかと、歓喜の瞬間を迎えていた。ディミオスもまた、長官と同じように微笑んだ。

「とはいえ、相手はイリスィオス。自分の内側に極小のブラックホールを生み出し、自身のエネルギー体積を縮小するかもしれません。自分を覆う壁が破裂しないように、背中を丸めて、身をすくめるような状態になるかもしれません。」   

     長官は自分の状態を確認し、冷や汗を浮かべた。焦りつつも、この立方体の現状を考察する。ここに酸素はどれほど残っているのだろうか。また、化学反応を起こすガスは発生していないだろうか。

    この立方体のサイズは、。 

「さすがは長官。お気づきになられたようですね。この立方体はまだまだ小さくできますよ。ただし、まだ研究段階の途中なので、イリスィオスを追い詰めるほど小さくはできません。せいぜいのところ、これくらいです」

    ディミオスは両手の指先を、それぞれの対となる指にくっつけた。親指は親指に。人差し指は人差し指に。中指は中指に。薬指は薬指に。小指は小指に。

    ディミオスの胸の前に、直径10センチほどのドームができた。

「これじゃ、虫も仕留められませんね。自由自在に飛び回れてしまいますもの。酸素のあるうちは」

    長官は持っていた銃を乱射する。だが銃から発射された熱線は全て立方体の内側でせた。

「あまり撃たないほうが身のためですよ。良くないガスが発生するかもしれません。苦しいのはイヤでしょう?」

     長官は叫びながら立方体を作り出している球体を撃つ。しかし、結果は同じ。全て無効化されていた。

「私がなんでこんな殺風景な研究所で研究を続けてきたのか、長官に教えて差し上げます。私はね、永遠の命なんてものはいらないし、長生きしたいとも思わない。メントルの通信を傍受しましたが、ニンゲンって30代超えると体力だけではなく、外見も衰えていくらしいんですよ。そんなの私は耐えられません。美しいままに生きて、美しいままに消えていきたいんです。我々は完璧にデザインされた種族なのに、それを改変しようというのならば、私は阻止しないといけません。私の願いを阻む者は

     長官は何度も何かを叫んでいた。

「だから、私は唇の動きだけでは何を言っているかわからないって言ったじゃないですか。落ち着いてくださいよ、長官。長官にはちゃんと選ばせてあげますから。押し潰されるのはイヤですか?   ほら、首を振って」

    長官は首を縦に振る。

「では、息ができなくなるのはイヤですか?」

    長官は首を縦に何度も振る。

「自分で頭を撃ち抜くのはイヤですか?」

    長官は自身の手に握られた銃を見つめた。どのみち活路はない。ならばせめて軍人らしく、潔く散ってやる。一介の研究者などに弄ばれてたまるか。長官は銃口を自身のこめかみに当てて、引き金を絞る。

    カチ、カチ、カチ。

    何度も引き金の音だけが鳴る。銃のエネルギー残量は、なくなっていた。長官の意識は朦朧として、銃から手を離した。膝から崩れるように、倒れた。

    長官の意識がなくなったのを確認して、ディミオスは手のひらを広げた。長官を囲っていた8つの球体は機能を停止。ディミオスの手元に戻ってきた。

「腐っても、同族。私があなたなんかの血で手を汚すと思って?」

    歴史書のいくつかは禁書として指定されていたが、ディミオスはハッキングしてそれらにアクセスしていた。

    元々オルコスの民はかなり粗暴で狂暴な種族だったらしい。自らの短絡的思考、感情に振り回される低能ぶりを嘆いた先祖は、少しずつ感情を抑制するすべを身につけ、必要以上に感情を昂らせてしまう文化は自ら排除していった。

    そうして同族同士の争いを失くしていったオルコスの誇りは、ディミオスにも根付いている。

    長官を殺めたくはない。

    だが長官が目覚めれば、ディミオスは反逆罪で捕まってしまう。その前に、ディミオスは逃亡すると決めた。

「この星は嫌いじゃなかったんだけどね。ま、しょうがない」

    ツフトゥラほど大きな船じゃなくても、数日あれば地球に行けるだろう。長官には生命体のままでは地球に行けないと言ったが、あれは半分本当で、半分嘘だ。メントルからの通信にはニンゲンの身体構造を載せたデータも含まれていた。丁寧な仕事を心掛けるメントルらしくニンゲンの個体名まで詳細に記されていた。

    ミナミノ・カナ。

    このニンゲンに近しいボディーに改造すれば、地球の良質な空気にも耐えられるに違いない。

     ディミオスは貝のように平べったい小型量子航行船ストゥリディに乗り込んだ。中には生体改造手術が自動で可能なオペ室もあったはずだ。

「あーあ、結局改造手術はしなきゃいけないのか。憂鬱ね」

     ディミオスは激しく落胆した。そして船を発進させて間も無く、ディミオスは思う。

「ーー待って。これで長官が目覚めたら、絶対に私を追ってくるよね。それでもって、さっきの技術も知られちゃったし、オルコスは余裕を持って地球に攻めてきそうよね。これから私は地球でお世話になるんだから、もう地球の民みたいなものよねーー」

    よし。地球のために、オルコス、滅ぼしちゃおっかな。

     ディミオスは、オルコスに置いてきた、毎日コツコツ作り続けていた球体を、全て起動。

     80000000個の球体はオルコスの星を包むように広がり、青白い光線で繋がれていく。大きく鋭角な立方体は、まるで星座のように美しかった。

     ディミオスは立方体の縮小を命じる。

「スイッーチ、おーーーーん!」

     立方体は縮小を始めて、星を押し潰していく。べこんべこんに星を折り畳んで、へこませて、まるめて、小さくしていく。星のあちこちでが吹き出していく。このシステムの良いところは、音が完全に遮断されることである。おかげでうるさい悲鳴は全然聴こえない。

    惑星オルコスは、ものの30秒で宇宙から消滅した。

    小さな虫ならばもう少しの間、ほんの数分は存命できたが、星の巨大さがあだとなった。

「あー、すっきりした」



    残りの寿命、2年間でディミオスはやりたいことがあった。

     メントルの報告書の中には、興味深い記述があった。ニンゲンだけが持つ感情パターンとして「こいに落ちる」という不思議な状態があるらしい。いわば、予言のようなもので、誰が自分の交配相手か直感でわかるそうなのだ。

    オルコスの場合は血液を採取し、データベースで検索をかければ、一番優良な遺伝子を残すための相手を教えてくれる。妊娠に必要な交尾を済ませれば、それ以降は相手と関わらない。

    しかしニンゲンは、子どもが生まれた後も交配相手と一緒に過ごし、より相手を想う感情を高めていくのだとか。そもそも相手を想うという感情がいまいちよくわからないのだが、あの聡明なメントルを持ってしても「こいやまいは防げない」と記していた。とても難解なパズルのようだと記していた。難問を解くのはディミオスの得意とするところである。とても興味をそそられた。

    是非とも「こい」の謎を解き明かしてみたい。

    永遠の命なんて、クソどうでもいい。

「出発進行!」

    小型量子航行船ストゥリディは、宇宙の歴史上、もっともやる気のない侵略者を乗せて旅立った。

     間も無く地球には、オルコス最後の生き残り、ディミオスがやってくる。



【やる気のない侵略者インベーダー・了】 
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