290 / 299
290 みなみのうお座
しおりを挟む
芸能事務所「Next Hero」社長、明智広明は事務所の会議室に3名のミュージシャンを召集していた。明智はミュージシャンの名前を呼んでいく。
「新堂さん」
1人目は、新堂冬馬。男性。23歳。秋田県のライブハウス「シャーロット」の従業員だったが、一念発起して上京。アポロニオスのリーダー・鏡セアラの実兄で、その歌唱力は目を見張るものがあるーーだが、当初所属する予定だった事務所のオーディションに落選した。
「水無口さん」
2人目は、水無口夢。女性。19歳。ゴーストライター騒動を経てAQ - Servantに改名するも、満を持して発売したアルバムのセールスに伸び悩み、今後の活動も暗雲が立ち込めている。
「園山さん」
3人目は、園山花音。女性。20歳。解散したロックバンド、ウェンディゴの元ボーカル。ウェンディゴのリーダーだった未琴シュウがアポロニオスに引き抜かれて、ウェンディゴは自然消滅。行き場を失っていたところを明智に拾われた。
明智は約50インチのモニターに電源を入れる。モニターにはリモートで会議に出席する者もいた。
「最後に、離瀬夜さん」
リモート出席したのは、沖縄に滞在している離瀬夜京次。男性。27歳。いまなおアポロニオスのドラマーであるが、今後HDCグループに経営統合された事務所に京次の居場所はない。本人に非はないものの、実母の起こした事件の衝撃は世間に浸透してしまい、イメージを大事にするHDCの方針にそぐわないためである。
「この4人で新たなバンド・プロジェクトを始めたいと思います。が、その前に水無口さん。牧野明菜先生から伝言を預かっています」
「は、はい……なんでしょうか」
「私の力及ばず、ヒットに導けなかった。誠に申し訳ないーーだそうです」
「……いえ、先生は私の再起に尽力して頂きました。成功できなかったのは、私の責任です」
夢は視線を落として悔しさを滲ませた。
アトモスミキシングを用いたAQ - Servantのアルバムはチャート圏外。トップ10に全然届かなかった。一部の音楽批評家には絶賛されたものの、一般層に音質のこだわりまでは伝わらなかった。広告費を含めた制作費の回収には至らず、その責任を取り、プロデューサーの牧野明菜は明智の事務所を去ることになった。
「水無口さんは、これがラストチャンスだと思ってください。このプロジェクトで結果がでなければ、事務所を辞めてもらいます」
明智の事務所は「再生工場」と揶揄されるほど、不祥事を起こした者、不祥事に巻き込まれた者に寛容で再出発のチャンスを与えてきた。とはいえ、ボランティアではない。アーティストに投資をしているのだ。儲けが出ないとわかれば、所属させておく義理はない。
正直なところ、水無口夢の待遇は、これでもまだ恵まれている。本来ならAQ - Servantのプロジェクトが失敗した時点で契約を解除されてもおかしくない。それでもなお明智はもう一度、チャンスを与えてくれた。
これは夢の推察に過ぎないが、明菜が自身の首と引き換えに、夢を庇ってくれたように思えてならない。
「当初は水無口さんをリードボーカルにする予定でしたが、それでは新鮮味がないとの声がスタッフ会議で多数寄せられました。そこで、新堂さんにリードボーカルを任せようと思います。園山さん。離瀬夜さん。何か反論はありますか?」
いいえ、と園山は一言だけ。園山さんに同じく、と京次も賛同の意思を示した。明智は言葉を濁してくれたが、辛辣にいえば、夢では結果が出ないと見込まれたのだ。
「作詞作曲の主導権は、要望通り園山さんに任せたいと思います。他の皆さんも、それでよろしいですね?」
申し訳なさそうに冬馬は言う。
「おれは元々作曲はできねぇんで」
もっと申し訳なさそうに夢は言う。
「私もです。一時期ゴーストライターに頼っていた私が言うとギャグになっちゃうけど、自分で曲つくったことないんで」
何も言わない京次に、花音は尋ねる。
「離瀬夜さんはよろしいのですか? 実績でいえば、このメンバーの中では、あなたが一番経験豊富です」
「何か意見を求められたら助言するかもしれないが、好きにやってくれ。俺は渡された楽譜で最高の結果を出してみせる」
「私の目標は打倒アポロニオスです。それでも、私に力を貸してくれますか?」
花音の憎しみに満ちた眼光に、京次は若干気後れした。モニター越しなのに、怨念めいたオーラを浴びたような脱力感が京次を襲う。
「……ああ。もちろんだ」
大体の運営方針が決まったところで、再び明智が舵を取って話し出す。
「次にバンド名ですが、それはこちらで決めさせて頂きました。周りに明るい星が存在せず、孤立無援ながら輝く秋の一番星ーーフォーマルハウト……」
「ーーにしようかと思いましたが、結構色んなアニメやゲームで用いられていて紛らわしいので、少し変更しました」
あなたたちのバンド名は。
Formal Heart
「直訳してしまえば、儀礼的な心ですが、私としては、何処へ出しても恥ずかしくない、素敵な音楽を作り出す集団。誰もが憧れる輝きを放ちながら、世界に羽ばたいてもらいたいーーそんな願いを込めさせて頂きました」
額をこすりながら冬馬は戸惑う。
「誰かにバンド名の由来を訊かれたら、壮大過ぎて恥ずかしいべ」
花音は素っ気なく冬馬に言う。
「だからこそ、社長が決めてくれたんですよ。誰かに決められたなら、仕方なくそうなったって言えますから」
「んだべか」
明智は冬馬の訛っているイントネーションについても言及する。
「すみませんが、新堂さん。あなたの訛りは矯正していきます。ボーカルを務めるからには、MCをするのはあなたです。親しみやすさよりも伝わりやすさを優先していきます。よろしいですか?」
「んだ……じゃなくて、はい」
「最後にバンドのリーダーですが、離瀬夜さんに任せたいと思います」
まさかの指名に京次は慌てる。
「おいおい、俺はーー」
「そうです。色々あった人です。でもだからこそ、あなたには責任を負ってもらいます。今度あなたに何かあれば、このバンド諸とも終わりだと思ってください」
さすが赤村朱人をプロデュースした人だけあるな、と京次はたじたじになる。明智は京次の弱点を見抜いていた。
実母の誘拐事件だって、京次のやり方次第では防げたかもしれない。京次がもっと工夫を凝らして交渉すれば、より良い和解策が見つかったかもしれない。
離瀬夜京次の弱点とは、自分の問題をどこか俯瞰の景色として見てしまうところだった。冷静さを重視して、どうにかしたいという情熱や意思の強さが希薄なのだ。自由に生きてきたがゆえに、意思決定の窮屈さや残酷さに馴れていない。
父の離瀬夜真一郎にも再三言われていた。
明智は京次に言う。
「プライベートはともかく、もう鏡セアラさんはあなたを守ってくれませんよ」
そこに冬馬が口を挟む。
「妹はそんなに冷たい人間じゃねぇです。京次さんが困ったら、必ず助けてくれます」
明智は京次から冬馬に向き直る。
「園山さんの言葉を忘れたんですか? アポロニオス打倒は我々の必須条件です。あなたはずっと妹の影に隠れたままでいいんですか? なんのために、この事務所に来たのですか?」
「それは……」
冬馬は我が身を省みる。自分の力を試したくて上京した。そして瞬く間に敗北した。井の中の蛙だと思い知らされた。自分はまだまだこんなもんじゃないーーその悔しさを胸に這い上がろうと決意したのではなかったか。いつか妹の率いるアポロニオスにだって張り合ってみせると決意を固めたのではなかったか。
明智は淡々と冬馬に宣言する。
「あなたがセアラさんの兄であるという情報は隠しません。家族に業界の関係者がいる場合、最初は伏せて、ある程度結果が出たら公開するのが定石ですが、結果がでなかったら無意味です。興味半分でもいいから聴いてくれるファンを増やし、初速を重視します。ほら、あなたが訛りを直さないと、セアラさんに迷惑がかかりますよ」
冬馬の出身がバレたら、間接的に両親の出身もバレて、余計な厄介事に巻き込まれるかもしれない。いつかセアラが襲撃されたような凶行に巻き込まれるかもしれない。
頭に包帯を巻いたセアラの姿を思い返して、冬馬は自然と拳を握っていた。
「よほどの利益が見込める場合は除いて、他のバンドと馴れ合うようなコラボ企画はないと思ってください。ライバルはアポロニオスだけじゃありません。ムーンバレットに、アイアンメンマ。他にも、とてつもない新星が出てくるかもしれません。頭ひとつ抜き出るためには、相当な覚悟が必要ですよ」
明智の言葉を聞いて、京次は納得した。自分がいかに恵まれていたのか、理解した。
アポロニオスは実力主義でメンバーの交代があるとはいえ、丹念に作られた土台があった。
初代リーダー・間桐涼が守り続けてきた、頂点を目指すという主義があった。2代目リーダー・鏡セアラが統率してきた、完璧な掟があった。京次はその土台に乗っかっていただけだった。
今度は違う。何もない。もはや冬馬とは親戚みたいなものだが、指で数えられるほどしか顔を合わせていない。夢も似たようなものだし、核となる曲を作る花音にいたっては、なんの関係性もない。
いやーー間接的にはあるが。
どうせ一蓮托生の関係だ。京次は早めに聞いておこうと思った。
「園山さん。君は、セアラとシュウ、どちらを恨んでいるんだ?」
花音は目の中にぼんやりとした光を灯した。蝋燭で灯したような、風に揺られたら消えそうな炎を。
「鏡セアラに無価値なバンドだと思われた自分と……未琴シュウに捨ててもいいバンドだと思われた自分と……全てをなすがままに奪われた非力な自分と……それでもめげずに頑張ろうとしたのに散り散りになった仲間から向けられた蔑みの嘲笑を甘んじて受け入れるしかなかった自分と……どいつもこいつも絶対に死ぬまで許さないと誓ってしまうような自分とーー」
結局全部が憎いんじゃねーか、と京次はげんなりした。花音の怨みつらみはまだ一向に終わらない。養老の滝の如く吐き出され続けている。
花音のことは放っておいて、京次は明智に尋ねた。
「明智さんは、どうして勝算低い勝負に打って出れるんだ? 俺たちは赤村朱人みたいに突き抜けた才能はないんだぞ?」
おまけに今回のバンドに南野歌奈や鏡セアラのようなエースは存在しないし、五十嵐勇輝のようにバンドを引っ張っていけるムードメーカーも存在しない。
ご心配なく、と明智は余裕だった。
「私は勝算はあると思っていますよ。飛び抜けた武器もありますし」
「どんな武器だよ?」
「皆さん、何かを失う悲しみと怒りを知っている。負けた悔しさを知っている。中途半端な力は通用しないと経験している」
明智は4人に命じる。
「奪還しなさい。皆さんの奪われた夢を。自身の手で勝ち取りなさい。充実した毎日を」
オンボーカル。新堂冬馬。
オンギター。水無口夢。
オンベース。園山花音。
オンドラムス。離瀬夜京次。
寄せ集めのバンド、フォーマルハートは水面下で動き始めた。
ひっそりと、輝き始めた。
【みなみのうお座・了】
「新堂さん」
1人目は、新堂冬馬。男性。23歳。秋田県のライブハウス「シャーロット」の従業員だったが、一念発起して上京。アポロニオスのリーダー・鏡セアラの実兄で、その歌唱力は目を見張るものがあるーーだが、当初所属する予定だった事務所のオーディションに落選した。
「水無口さん」
2人目は、水無口夢。女性。19歳。ゴーストライター騒動を経てAQ - Servantに改名するも、満を持して発売したアルバムのセールスに伸び悩み、今後の活動も暗雲が立ち込めている。
「園山さん」
3人目は、園山花音。女性。20歳。解散したロックバンド、ウェンディゴの元ボーカル。ウェンディゴのリーダーだった未琴シュウがアポロニオスに引き抜かれて、ウェンディゴは自然消滅。行き場を失っていたところを明智に拾われた。
明智は約50インチのモニターに電源を入れる。モニターにはリモートで会議に出席する者もいた。
「最後に、離瀬夜さん」
リモート出席したのは、沖縄に滞在している離瀬夜京次。男性。27歳。いまなおアポロニオスのドラマーであるが、今後HDCグループに経営統合された事務所に京次の居場所はない。本人に非はないものの、実母の起こした事件の衝撃は世間に浸透してしまい、イメージを大事にするHDCの方針にそぐわないためである。
「この4人で新たなバンド・プロジェクトを始めたいと思います。が、その前に水無口さん。牧野明菜先生から伝言を預かっています」
「は、はい……なんでしょうか」
「私の力及ばず、ヒットに導けなかった。誠に申し訳ないーーだそうです」
「……いえ、先生は私の再起に尽力して頂きました。成功できなかったのは、私の責任です」
夢は視線を落として悔しさを滲ませた。
アトモスミキシングを用いたAQ - Servantのアルバムはチャート圏外。トップ10に全然届かなかった。一部の音楽批評家には絶賛されたものの、一般層に音質のこだわりまでは伝わらなかった。広告費を含めた制作費の回収には至らず、その責任を取り、プロデューサーの牧野明菜は明智の事務所を去ることになった。
「水無口さんは、これがラストチャンスだと思ってください。このプロジェクトで結果がでなければ、事務所を辞めてもらいます」
明智の事務所は「再生工場」と揶揄されるほど、不祥事を起こした者、不祥事に巻き込まれた者に寛容で再出発のチャンスを与えてきた。とはいえ、ボランティアではない。アーティストに投資をしているのだ。儲けが出ないとわかれば、所属させておく義理はない。
正直なところ、水無口夢の待遇は、これでもまだ恵まれている。本来ならAQ - Servantのプロジェクトが失敗した時点で契約を解除されてもおかしくない。それでもなお明智はもう一度、チャンスを与えてくれた。
これは夢の推察に過ぎないが、明菜が自身の首と引き換えに、夢を庇ってくれたように思えてならない。
「当初は水無口さんをリードボーカルにする予定でしたが、それでは新鮮味がないとの声がスタッフ会議で多数寄せられました。そこで、新堂さんにリードボーカルを任せようと思います。園山さん。離瀬夜さん。何か反論はありますか?」
いいえ、と園山は一言だけ。園山さんに同じく、と京次も賛同の意思を示した。明智は言葉を濁してくれたが、辛辣にいえば、夢では結果が出ないと見込まれたのだ。
「作詞作曲の主導権は、要望通り園山さんに任せたいと思います。他の皆さんも、それでよろしいですね?」
申し訳なさそうに冬馬は言う。
「おれは元々作曲はできねぇんで」
もっと申し訳なさそうに夢は言う。
「私もです。一時期ゴーストライターに頼っていた私が言うとギャグになっちゃうけど、自分で曲つくったことないんで」
何も言わない京次に、花音は尋ねる。
「離瀬夜さんはよろしいのですか? 実績でいえば、このメンバーの中では、あなたが一番経験豊富です」
「何か意見を求められたら助言するかもしれないが、好きにやってくれ。俺は渡された楽譜で最高の結果を出してみせる」
「私の目標は打倒アポロニオスです。それでも、私に力を貸してくれますか?」
花音の憎しみに満ちた眼光に、京次は若干気後れした。モニター越しなのに、怨念めいたオーラを浴びたような脱力感が京次を襲う。
「……ああ。もちろんだ」
大体の運営方針が決まったところで、再び明智が舵を取って話し出す。
「次にバンド名ですが、それはこちらで決めさせて頂きました。周りに明るい星が存在せず、孤立無援ながら輝く秋の一番星ーーフォーマルハウト……」
「ーーにしようかと思いましたが、結構色んなアニメやゲームで用いられていて紛らわしいので、少し変更しました」
あなたたちのバンド名は。
Formal Heart
「直訳してしまえば、儀礼的な心ですが、私としては、何処へ出しても恥ずかしくない、素敵な音楽を作り出す集団。誰もが憧れる輝きを放ちながら、世界に羽ばたいてもらいたいーーそんな願いを込めさせて頂きました」
額をこすりながら冬馬は戸惑う。
「誰かにバンド名の由来を訊かれたら、壮大過ぎて恥ずかしいべ」
花音は素っ気なく冬馬に言う。
「だからこそ、社長が決めてくれたんですよ。誰かに決められたなら、仕方なくそうなったって言えますから」
「んだべか」
明智は冬馬の訛っているイントネーションについても言及する。
「すみませんが、新堂さん。あなたの訛りは矯正していきます。ボーカルを務めるからには、MCをするのはあなたです。親しみやすさよりも伝わりやすさを優先していきます。よろしいですか?」
「んだ……じゃなくて、はい」
「最後にバンドのリーダーですが、離瀬夜さんに任せたいと思います」
まさかの指名に京次は慌てる。
「おいおい、俺はーー」
「そうです。色々あった人です。でもだからこそ、あなたには責任を負ってもらいます。今度あなたに何かあれば、このバンド諸とも終わりだと思ってください」
さすが赤村朱人をプロデュースした人だけあるな、と京次はたじたじになる。明智は京次の弱点を見抜いていた。
実母の誘拐事件だって、京次のやり方次第では防げたかもしれない。京次がもっと工夫を凝らして交渉すれば、より良い和解策が見つかったかもしれない。
離瀬夜京次の弱点とは、自分の問題をどこか俯瞰の景色として見てしまうところだった。冷静さを重視して、どうにかしたいという情熱や意思の強さが希薄なのだ。自由に生きてきたがゆえに、意思決定の窮屈さや残酷さに馴れていない。
父の離瀬夜真一郎にも再三言われていた。
明智は京次に言う。
「プライベートはともかく、もう鏡セアラさんはあなたを守ってくれませんよ」
そこに冬馬が口を挟む。
「妹はそんなに冷たい人間じゃねぇです。京次さんが困ったら、必ず助けてくれます」
明智は京次から冬馬に向き直る。
「園山さんの言葉を忘れたんですか? アポロニオス打倒は我々の必須条件です。あなたはずっと妹の影に隠れたままでいいんですか? なんのために、この事務所に来たのですか?」
「それは……」
冬馬は我が身を省みる。自分の力を試したくて上京した。そして瞬く間に敗北した。井の中の蛙だと思い知らされた。自分はまだまだこんなもんじゃないーーその悔しさを胸に這い上がろうと決意したのではなかったか。いつか妹の率いるアポロニオスにだって張り合ってみせると決意を固めたのではなかったか。
明智は淡々と冬馬に宣言する。
「あなたがセアラさんの兄であるという情報は隠しません。家族に業界の関係者がいる場合、最初は伏せて、ある程度結果が出たら公開するのが定石ですが、結果がでなかったら無意味です。興味半分でもいいから聴いてくれるファンを増やし、初速を重視します。ほら、あなたが訛りを直さないと、セアラさんに迷惑がかかりますよ」
冬馬の出身がバレたら、間接的に両親の出身もバレて、余計な厄介事に巻き込まれるかもしれない。いつかセアラが襲撃されたような凶行に巻き込まれるかもしれない。
頭に包帯を巻いたセアラの姿を思い返して、冬馬は自然と拳を握っていた。
「よほどの利益が見込める場合は除いて、他のバンドと馴れ合うようなコラボ企画はないと思ってください。ライバルはアポロニオスだけじゃありません。ムーンバレットに、アイアンメンマ。他にも、とてつもない新星が出てくるかもしれません。頭ひとつ抜き出るためには、相当な覚悟が必要ですよ」
明智の言葉を聞いて、京次は納得した。自分がいかに恵まれていたのか、理解した。
アポロニオスは実力主義でメンバーの交代があるとはいえ、丹念に作られた土台があった。
初代リーダー・間桐涼が守り続けてきた、頂点を目指すという主義があった。2代目リーダー・鏡セアラが統率してきた、完璧な掟があった。京次はその土台に乗っかっていただけだった。
今度は違う。何もない。もはや冬馬とは親戚みたいなものだが、指で数えられるほどしか顔を合わせていない。夢も似たようなものだし、核となる曲を作る花音にいたっては、なんの関係性もない。
いやーー間接的にはあるが。
どうせ一蓮托生の関係だ。京次は早めに聞いておこうと思った。
「園山さん。君は、セアラとシュウ、どちらを恨んでいるんだ?」
花音は目の中にぼんやりとした光を灯した。蝋燭で灯したような、風に揺られたら消えそうな炎を。
「鏡セアラに無価値なバンドだと思われた自分と……未琴シュウに捨ててもいいバンドだと思われた自分と……全てをなすがままに奪われた非力な自分と……それでもめげずに頑張ろうとしたのに散り散りになった仲間から向けられた蔑みの嘲笑を甘んじて受け入れるしかなかった自分と……どいつもこいつも絶対に死ぬまで許さないと誓ってしまうような自分とーー」
結局全部が憎いんじゃねーか、と京次はげんなりした。花音の怨みつらみはまだ一向に終わらない。養老の滝の如く吐き出され続けている。
花音のことは放っておいて、京次は明智に尋ねた。
「明智さんは、どうして勝算低い勝負に打って出れるんだ? 俺たちは赤村朱人みたいに突き抜けた才能はないんだぞ?」
おまけに今回のバンドに南野歌奈や鏡セアラのようなエースは存在しないし、五十嵐勇輝のようにバンドを引っ張っていけるムードメーカーも存在しない。
ご心配なく、と明智は余裕だった。
「私は勝算はあると思っていますよ。飛び抜けた武器もありますし」
「どんな武器だよ?」
「皆さん、何かを失う悲しみと怒りを知っている。負けた悔しさを知っている。中途半端な力は通用しないと経験している」
明智は4人に命じる。
「奪還しなさい。皆さんの奪われた夢を。自身の手で勝ち取りなさい。充実した毎日を」
オンボーカル。新堂冬馬。
オンギター。水無口夢。
オンベース。園山花音。
オンドラムス。離瀬夜京次。
寄せ集めのバンド、フォーマルハートは水面下で動き始めた。
ひっそりと、輝き始めた。
【みなみのうお座・了】
12
あなたにおすすめの小説
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

