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四章
第58話 想いは通じ合い
しおりを挟む「アレクシス様」
ぱっと笑顔を向ける。
先ほどまで浮かない顔をしていたなんて、そんなこととても言えないーー心配させたくないもの。
「…セシリア、どうかした?」
「いえ、なにも」
流石一国の皇太子だけあって人一倍観察力が優れている。
だけどーー私だって、淑女教育の賜物。自分の素がバレてしまうなんて、そんな失態は冒せない。
「セシリア。少し、話がしたい」
「はい」
彼は、バルコニーの柵に肘を置いて、どこか遠くを見つめながら話し始めた。
「…私は、小さい頃から疎まれて生きてきたんだ」
5歳という、まだ幼い彼は、現実を知ることになるーー。
それも、母が亡くなったあとの、義母の存在。
「初めは、優しい人だと思った。だから、信じきってしまったんだーーミランダ皇妃を」
ところが、新たな母は突然言い出した。
「アレクシス皇子はまだ幼い。彼を皇太子につけるのはやめた方がいい」と。
「10歳頃だったか。歴史上、帝国アスレリカには当時の私より、もっと幼いながらに皇太子の座におさまった皇族は何人もいる。私がついたっておかしくはない」
だけど、皇妃はもっともらしい言い訳を並べた。災難なことに、当時のアスレリカ国は何年も連続で不作・凶作。帝国が危機に瀕していた。
「帝国の危機を10歳に任せるのか」「アレクシス様は優秀ではない」
そうやって、アレクシス様を否定するようにして。
「…あの時はまだ、お義母様って呼んでいたし、彼女もまだ私ににこやかに話しかけてくれていたんだ」
それが、変わったのは。
「…皇妃の目論見は外れたよ。あんなに皇帝と夜を過ごしているって噂になっていたのに、ずっとお子に恵まれなかった」
実際当時皇帝はハメを外した、というほどミランダを寵愛し、一時は「エレナ皇后を忘れたのか」と非難の声も聞かれたらしい。
「そんな時、とうとう私は皇太子になった。それから、皇妃の態度は一変した」
侮辱、疎み、殺そうとまで。
彼がどんな人生を送ってきたのか、なんとなく分かる気がした。
「…だから、私はーー弱い人間なんだ。皇妃にすら逆らえず、彼女から逃げるようにここへ来た」
「…!」
違う。
アレクシス様は、いつだって私を助けてくれた。支えてくれた。彼がいなければ、私はここまで来られなかったーー。
アレクシス様は、弱くなんかない…!
「違いますっ!」
思ったよりも大きな声が出た。彼は、驚いた顔で私を凝視している。
「アレクシス様は、弱くない!弱いのは、私の方です!いつも頼って、助けてもらって」
「そんなことは…」
「今度は私に頼ってください…っ」
彼の境遇を思う。
決して、簡単に言えた過去ではないだろうーーけれど、話してくれた。それだけで、今は十分だ。
「なぜ、」
アレクシス様がぽつり、とこぼしたその疑問を、私はきちんと聞き取った。
「…アレクシス様のことがーーすごく、好きだから、です」
そう、きっと。
彼のことが好きだから、もっと頼りたい、そして頼ってほしいと思うのだ。
すると、アレクシス様は私をぎゅっと抱きしめた。
「…っ、セシリア」
「セシリア」。この名前を、何度呼ばれただろう。父や妹、元婚約者に呼ばれるより、ずっとずっと嬉しかったその声で。
初めて会った時から今に至るまで。その数は、計り知れないほどで、同時に私に一番の価値がある。
「…好きだ、私も」
彼が放ったその言葉に、私は思わず笑みが溢れる。
「本当、ですか」
「もちろん」
彼が嘘をつく人ではないということは、とうにわかっている。
煌めく星と、式を祝うために打ち上がった花火を背にして、私たちは淡い口付けを交わした。
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