浮気したあなたたちのことなんて、もう知りません。私は幸せになりますけどね。

月橋りら

文字の大きさ
58 / 65
四章

第58話 想いは通じ合い

しおりを挟む

「アレクシス様」

ぱっと笑顔を向ける。
先ほどまで浮かない顔をしていたなんて、そんなこととても言えないーー心配させたくないもの。

「…セシリア、どうかした?」
「いえ、なにも」

流石一国の皇太子だけあって人一倍観察力が優れている。
だけどーー私だって、淑女教育の賜物。自分の素がバレてしまうなんて、そんな失態は冒せない。

「セシリア。少し、話がしたい」
「はい」

彼は、バルコニーの柵に肘を置いて、どこか遠くを見つめながら話し始めた。

「…私は、小さい頃から疎まれて生きてきたんだ」

5歳という、まだ幼い彼は、現実を知ることになるーー。
それも、母が亡くなったあとの、義母の存在。

「初めは、優しい人だと思った。だから、信じきってしまったんだーーミランダ皇妃を」

ところが、新たな母は突然言い出した。
「アレクシス皇子はまだ幼い。彼を皇太子につけるのはやめた方がいい」と。

「10歳頃だったか。歴史上、帝国アスレリカには当時の私より、もっと幼いながらに皇太子の座におさまった皇族は何人もいる。私がついたっておかしくはない」

だけど、皇妃はもっともらしい言い訳を並べた。災難なことに、当時のアスレリカ国は何年も連続で不作・凶作。帝国が危機に瀕していた。
「帝国の危機を10歳に任せるのか」「アレクシス様は優秀ではない」
そうやって、アレクシス様を否定するようにして。

「…あの時はまだ、お義母様って呼んでいたし、彼女もまだ私ににこやかに話しかけてくれていたんだ」

それが、変わったのは。

「…皇妃の目論見は外れたよ。あんなに皇帝と夜を過ごしているって噂になっていたのに、ずっとお子に恵まれなかった」

実際当時皇帝はハメを外した、というほどミランダを寵愛し、一時は「エレナ皇后を忘れたのか」と非難の声も聞かれたらしい。

「そんな時、とうとう私は皇太子になった。それから、皇妃の態度は一変した」

侮辱、疎み、殺そうとまで。
彼がどんな人生を送ってきたのか、なんとなく分かる気がした。

「…だから、私はーー弱い人間なんだ。皇妃にすら逆らえず、彼女から逃げるようにここへ来た」
「…!」

違う。
アレクシス様は、いつだって私を助けてくれた。支えてくれた。彼がいなければ、私はここまで来られなかったーー。

アレクシス様は、弱くなんかない…!

「違いますっ!」

思ったよりも大きな声が出た。彼は、驚いた顔で私を凝視している。

「アレクシス様は、弱くない!弱いのは、私の方です!いつも頼って、助けてもらって」
「そんなことは…」
「今度は私に頼ってください…っ」

彼の境遇を思う。
決して、簡単に言えた過去ではないだろうーーけれど、話してくれた。それだけで、今は十分だ。

「なぜ、」

アレクシス様がぽつり、とこぼしたその疑問を、私はきちんと聞き取った。

「…アレクシス様のことがーーすごく、好きだから、です」

そう、きっと。
彼のことが好きだから、もっと頼りたい、そして頼ってほしいと思うのだ。

すると、アレクシス様は私をぎゅっと抱きしめた。

「…っ、セシリア」

「セシリア」。この名前を、何度呼ばれただろう。父や妹、元婚約者に呼ばれるより、ずっとずっと嬉しかったその声で。

初めて会った時から今に至るまで。その数は、計り知れないほどで、同時に私に一番の価値がある。

「…好きだ、私も」

彼が放ったその言葉に、私は思わず笑みが溢れる。

「本当、ですか」
「もちろん」

彼が嘘をつく人ではないということは、とうにわかっている。

煌めく星と、式を祝うために打ち上がった花火を背にして、私たちは淡い口付けを交わした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。 しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。 数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。

愛してくれないのなら愛しません。

火野村志紀
恋愛
子爵令嬢オデットは、レーヌ伯爵家の当主カミーユと結婚した。 二人の初対面は最悪でオデットは容姿端麗のカミーユに酷く罵倒された。 案の定結婚生活は冷え切ったものだった。二人の会話は殆どなく、カミーユはオデットに冷たい態度を取るばかり。 そんなある日、ついに事件が起こる。 オデットと仲の良いメイドがカミーユの逆鱗に触れ、屋敷に追い出されそうになったのだ。 どうにか許してもらったオデットだが、ついに我慢の限界を迎え、カミーユとの離婚を決意。 一方、妻の計画など知らずにカミーユは……。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

【完結】王妃を廃した、その後は……

かずきりり
恋愛
私にはもう何もない。何もかもなくなってしまった。 地位や名誉……権力でさえ。 否、最初からそんなものを欲していたわけではないのに……。 望んだものは、ただ一つ。 ――あの人からの愛。 ただ、それだけだったというのに……。 「ラウラ! お前を廃妃とする!」 国王陛下であるホセに、いきなり告げられた言葉。 隣には妹のパウラ。 お腹には子どもが居ると言う。 何一つ持たず王城から追い出された私は…… 静かな海へと身を沈める。 唯一愛したパウラを王妃の座に座らせたホセは…… そしてパウラは…… 最期に笑うのは……? それとも……救いは誰の手にもないのか *************************** こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

処理中です...