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22話
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居住地を目指すジエ達に迫るダンテを追って、ひたすらに駆けるセキロウが森林を走破中、進路方向からの風に混じって、微かな血の匂いを嗅ぎとった。
そこを住み処とする獣達のものならまだいいが、龍珠を求める獣人達が争った痕跡ならば見過ごせないと判断したセキロウが血の匂いの元を辿って行くと、それは十メートル程の高さがある木の枝から漂っていた。
木の上で争った形跡は見られず、その木の枝から枝へと匂いは続き、セキロウの進行方向と同じ方向へ向かっている。
「跳躍力だけが取り柄の豹がまさか木上で足を滑らせたのか?」
考えにくい事だとは思ったが、あり得ない事が起きる時、目に見えない力が働く事があると云う。ならば、多情で有名な豹族の男が女難に遭う時、足を滑らせるなどあって然るべきで、むしろ難の度合いが軽すぎる位だとセキロウは思った。
少々飛んだ自分の推理がまさか当たっていたとは思いもせず、昼夜を問わず駆け続け、カノイと別れてから七日目にして遂にセキロウの金の目がダンテの姿を捉えた。
以前、見えた黒い短髪と癪に触る程の美丈夫さは記憶に違わず、まんまと嵌められた雪辱を晴らす機会を得て高揚に沸き上がったのは一瞬。
今は邪魔になる感情を廃して、ダンテの背後へひた寄る事に神経を集中させる。
後方左へと距離を詰め、計算した距離まで到達したセキロウは全速力の助走から跳躍した。
ダンテが後方の気配に気付いた時には遅かった。紫の目が瞠目する。
その目が映したのは、振り切る寸前の脚。
左からの飛び蹴りを咄嗟に腕で受けたが、その勢いを殺すことは出来ずに近場の岩盤まで吹っ飛ばされた。
セキロウの全霊の蹴りで吹っ飛んだダンテが叩き付けられた衝撃で岩盤は崩れ、もうもうと土煙が上がる。
その土煙の中、石榑を退かして立ち上がる人影から摩擦の音がすると共に小さな火が灯った。
「不意打ちは男の風上にも置けない一手だって教えただろ?」
やれやれといった風情で、煙草の煙りを吐き出す仕草さえ様になる男は一見、大人の男の余裕でセキロウの蛮行を嗜めて見せたが、両方の額から流血しており、嗜める程度で済む話ではなさそうだ。
案の定、煙草と共に建前をかなぐり捨てたダンテの紫の目は、憤ってぎらついていた。
「足癖の悪さは相変わらずだな…このクソガキ!」
「そのクソガキから小細工に対する不意打ちの礼だ。我ながら律儀だと思うが、まさか耄碌して忘れたとは 言わないだろうな?」
「はっ、馬鹿言うな、俺はまだ三百八十歳だぞ。俺に弄ばれて哀れなお前の不意打ちを喰らうなんざ、慈悲だよ、慈悲」
そうは言ったものの、岩盤が崩れる程、全身を打ってもヒビすら入らない丈夫の基準がデタラメの骨は、セキロウの蹴りで折れていた。
以前、見た時はなぶる余裕があったが、あの頃受けた蹴りにはこれ程の威力はなかった。
(まあ、以前やりあったのはこいつがまだガキの頃だったしな。あれから百年は経ったか…マズいな)
ダンテの危惧は獣化を封じられたも同然となってしまった事にあった。
獣化によって消費する体力も気力もあるが、豹の巨体を支えつつ、折れた足を庇いながら戦闘で立ち回ることはまず不可能だ。
爪で薙ぎ払うにもバランスが取れず、立ち上がって振り下ろす動作は著しく俊敏さに欠け、隙が生じる。
これでは獣化が戦闘で優位をもたらすとは言えない。
悪人面の立派な大人に成長を遂げたセキロウの不意打ちに、ダンテは忌々しげに舌打ちした。
ダンテが不意打ちの効力を痛感する中、セキロウは追撃に右腕を大きく払う。
その頑強な爪に纏わって空を斬る音がした。
難なく避けたダンテは、セキロウの攻撃にキレがない事に直ぐに気付く。
同時に、セキロウがいかにして自分に追いついたのかも想像がついた。
(俺に嵌められた怒りもあるだろうが、当主として責任を取る為だとしたら…泣けるねえ。こんなに悪そうな面なのにな)
久々の再会に少々感傷に浸り、ネガティブになってしまったが、状況は思った程、悪くない。
自分は負傷しているが、セキロウもまた追跡と先程の一撃で体力をかなり消耗していた事に光明をみたダンテは、少しばかり余裕を取り戻した。
「何だよ、今、再会したお前の成長に感心してたところだ。卑怯な攻撃に磨きなんか掛けちまって、親御さんに同情するぜ」
「その必要はない。お前に見舞った蹴りは親ゆずりだ」
それを聞いたダンテは心底嫌そうな顔をした。
「…何て事教えてんだお前の親は…」
「そういうお前はダンテの分際で妻子がいたな?お前、今、妻子の下にいるのか?想像できないが」
セキロウは言い終えるなり、 瞬時に距離を詰め、心臓を貫く突きを繰り出すが、上から叩き落とされた。
叩き落とされた反動でセキロウが体勢を崩したそこへ、ダンテの膝蹴りが入る。
それを両手で受け止め、膝蹴りの衝撃を利用して後方へ逃れたが、胸部を圧迫された息苦しさで呼吸が乱れた。
「な、何だ、藪から棒に!それぞれの家庭にはそれぞれの事情ってもんがあんだよ!」
「…ああ、離縁されたんだな」
「されてねえ!大体、なんだ、今の温い攻撃は!へばってんのか?そんなんで勝負がつくと思ってんのか!」
ダンテの言う通り、セキロウ自身も連日の昼夜問わずの移動と先程の攻撃でほぼ体力を使い切った自覚があり、体力の消耗が激しい獣化は無理な自覚もある。
それでも先程の蹴りは、倒せるまでには至らないまでもダンテと云う強敵の獣化を封じ、同族たちにとっての脅威を軽減する為にも、持てる全力を込める価値があった。
「お前の動揺っぷりを見る限り、妻子に対する後ろめたさはてんこ盛りだろうことは分かった。離縁も時間の問題だろうな。龍珠なんか追うよりも、嫁に頭下げて詫びた方がお前の老後は明るいんじゃないか?」
「おい、ホント黙れ」
不愉快極まりないダンテの声音を聞いたと同時に爪が迫る。
セキロウはその手を掴み、懐へ入り込んでダンテの身体を背負うと地面に叩きつけた。
「…獣化もできない位へばってるから手加減してやれば…この野郎」
「獣化できないのはお互い様だろ?」
「あの不意打ちが計算されてたなんてな、忌々しい事だ。嫁には龍珠を手に入れてから詫びに行くことにする。忠告どうも」
土を払いながら立ち上がったダンテは、どうやら冷静になったようだ。
感情の豊かだった表情は消え失せ、息が詰まる様な殺気を放ち、セキロウと対峙した。
そこを住み処とする獣達のものならまだいいが、龍珠を求める獣人達が争った痕跡ならば見過ごせないと判断したセキロウが血の匂いの元を辿って行くと、それは十メートル程の高さがある木の枝から漂っていた。
木の上で争った形跡は見られず、その木の枝から枝へと匂いは続き、セキロウの進行方向と同じ方向へ向かっている。
「跳躍力だけが取り柄の豹がまさか木上で足を滑らせたのか?」
考えにくい事だとは思ったが、あり得ない事が起きる時、目に見えない力が働く事があると云う。ならば、多情で有名な豹族の男が女難に遭う時、足を滑らせるなどあって然るべきで、むしろ難の度合いが軽すぎる位だとセキロウは思った。
少々飛んだ自分の推理がまさか当たっていたとは思いもせず、昼夜を問わず駆け続け、カノイと別れてから七日目にして遂にセキロウの金の目がダンテの姿を捉えた。
以前、見えた黒い短髪と癪に触る程の美丈夫さは記憶に違わず、まんまと嵌められた雪辱を晴らす機会を得て高揚に沸き上がったのは一瞬。
今は邪魔になる感情を廃して、ダンテの背後へひた寄る事に神経を集中させる。
後方左へと距離を詰め、計算した距離まで到達したセキロウは全速力の助走から跳躍した。
ダンテが後方の気配に気付いた時には遅かった。紫の目が瞠目する。
その目が映したのは、振り切る寸前の脚。
左からの飛び蹴りを咄嗟に腕で受けたが、その勢いを殺すことは出来ずに近場の岩盤まで吹っ飛ばされた。
セキロウの全霊の蹴りで吹っ飛んだダンテが叩き付けられた衝撃で岩盤は崩れ、もうもうと土煙が上がる。
その土煙の中、石榑を退かして立ち上がる人影から摩擦の音がすると共に小さな火が灯った。
「不意打ちは男の風上にも置けない一手だって教えただろ?」
やれやれといった風情で、煙草の煙りを吐き出す仕草さえ様になる男は一見、大人の男の余裕でセキロウの蛮行を嗜めて見せたが、両方の額から流血しており、嗜める程度で済む話ではなさそうだ。
案の定、煙草と共に建前をかなぐり捨てたダンテの紫の目は、憤ってぎらついていた。
「足癖の悪さは相変わらずだな…このクソガキ!」
「そのクソガキから小細工に対する不意打ちの礼だ。我ながら律儀だと思うが、まさか耄碌して忘れたとは 言わないだろうな?」
「はっ、馬鹿言うな、俺はまだ三百八十歳だぞ。俺に弄ばれて哀れなお前の不意打ちを喰らうなんざ、慈悲だよ、慈悲」
そうは言ったものの、岩盤が崩れる程、全身を打ってもヒビすら入らない丈夫の基準がデタラメの骨は、セキロウの蹴りで折れていた。
以前、見た時はなぶる余裕があったが、あの頃受けた蹴りにはこれ程の威力はなかった。
(まあ、以前やりあったのはこいつがまだガキの頃だったしな。あれから百年は経ったか…マズいな)
ダンテの危惧は獣化を封じられたも同然となってしまった事にあった。
獣化によって消費する体力も気力もあるが、豹の巨体を支えつつ、折れた足を庇いながら戦闘で立ち回ることはまず不可能だ。
爪で薙ぎ払うにもバランスが取れず、立ち上がって振り下ろす動作は著しく俊敏さに欠け、隙が生じる。
これでは獣化が戦闘で優位をもたらすとは言えない。
悪人面の立派な大人に成長を遂げたセキロウの不意打ちに、ダンテは忌々しげに舌打ちした。
ダンテが不意打ちの効力を痛感する中、セキロウは追撃に右腕を大きく払う。
その頑強な爪に纏わって空を斬る音がした。
難なく避けたダンテは、セキロウの攻撃にキレがない事に直ぐに気付く。
同時に、セキロウがいかにして自分に追いついたのかも想像がついた。
(俺に嵌められた怒りもあるだろうが、当主として責任を取る為だとしたら…泣けるねえ。こんなに悪そうな面なのにな)
久々の再会に少々感傷に浸り、ネガティブになってしまったが、状況は思った程、悪くない。
自分は負傷しているが、セキロウもまた追跡と先程の一撃で体力をかなり消耗していた事に光明をみたダンテは、少しばかり余裕を取り戻した。
「何だよ、今、再会したお前の成長に感心してたところだ。卑怯な攻撃に磨きなんか掛けちまって、親御さんに同情するぜ」
「その必要はない。お前に見舞った蹴りは親ゆずりだ」
それを聞いたダンテは心底嫌そうな顔をした。
「…何て事教えてんだお前の親は…」
「そういうお前はダンテの分際で妻子がいたな?お前、今、妻子の下にいるのか?想像できないが」
セキロウは言い終えるなり、 瞬時に距離を詰め、心臓を貫く突きを繰り出すが、上から叩き落とされた。
叩き落とされた反動でセキロウが体勢を崩したそこへ、ダンテの膝蹴りが入る。
それを両手で受け止め、膝蹴りの衝撃を利用して後方へ逃れたが、胸部を圧迫された息苦しさで呼吸が乱れた。
「な、何だ、藪から棒に!それぞれの家庭にはそれぞれの事情ってもんがあんだよ!」
「…ああ、離縁されたんだな」
「されてねえ!大体、なんだ、今の温い攻撃は!へばってんのか?そんなんで勝負がつくと思ってんのか!」
ダンテの言う通り、セキロウ自身も連日の昼夜問わずの移動と先程の攻撃でほぼ体力を使い切った自覚があり、体力の消耗が激しい獣化は無理な自覚もある。
それでも先程の蹴りは、倒せるまでには至らないまでもダンテと云う強敵の獣化を封じ、同族たちにとっての脅威を軽減する為にも、持てる全力を込める価値があった。
「お前の動揺っぷりを見る限り、妻子に対する後ろめたさはてんこ盛りだろうことは分かった。離縁も時間の問題だろうな。龍珠なんか追うよりも、嫁に頭下げて詫びた方がお前の老後は明るいんじゃないか?」
「おい、ホント黙れ」
不愉快極まりないダンテの声音を聞いたと同時に爪が迫る。
セキロウはその手を掴み、懐へ入り込んでダンテの身体を背負うと地面に叩きつけた。
「…獣化もできない位へばってるから手加減してやれば…この野郎」
「獣化できないのはお互い様だろ?」
「あの不意打ちが計算されてたなんてな、忌々しい事だ。嫁には龍珠を手に入れてから詫びに行くことにする。忠告どうも」
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