神様は私のダメっぷりを侮っています~終電で異世界転移したけど元の世界に帰りたいので、イケメン獣人達を使って絆そうとするのは止めて下さい~

ひさぎり

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24話

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「…子、凛子、ねえ、これ、どう思う?おかしくない?」
「…うーん、何…お母…さん?…え、お母さん!?」

 飛び起きた私に驚いた様子のその人は私の母だった。
 信じられない思いで母のつま先から頭の天辺までに目を向け、それから周囲を見回すと、そこは実家のアパートだった。
 寝ていたらしい私に、外出予定の母が服装のアドバイスを求めて話し掛けている、というこの状況は、実家で暮らしていた時に良くあることだった。
 母は私が寝てても構わずに話し掛けて来る。
 間違いなく、私の母だ。
 止めて欲しいと思っていた母の自由な一面が、今は無性に愛おしかった。

「!どうしたの、寝起きに泣いたりして…会社で嫌な事でもあった?昨日、夜遅く戻ってきたから何かあるって思ってたけど」
「…ううん、会社は普通だよ。ただ凄く懐かしくて」
「ええ?一週間前に電話で話したじゃない。実際に会うのは凛子が勤めだしてから一年振りだけど」
「そうじゃなくて…何か変な夢を見てたの。日本じゃない、こことは違う世界に連れていかれて、帰れないって言われて」
「なあに、誘拐された夢?会社で働いて疲れてるのに、夢でも疲れるじゃない。夢見るならもっとロマンチックな夢にしなさいよ」
「うん、ホントにそうだよね」

 こうして母と話している間も涙が止まらない。
 慣れ親しんだ実家の2Kのアパートの私の部屋と母の存在に、心が震える程の安堵を覚えた。

 私の父と母は、私が小学校へ上がる前に離婚していた。以来、母は渡しを女手一つで育ててくれた。
 人当たりが良くて、仕事も出来て、職場での人望も厚い母は頼もしくて、私の自慢の母親だった。
 私も高校に入ってからは少しでも母の負担を減らす為にアルバイトをしたけど、母のようには行かなくて落ち込む私に母は、
『仕事で上手くいかない事は良くあることよ。大事なのは上手く出来ない自分を嫌悪しないこと。出来ない事は伸び代だって思いなさい。
 頑張りたいと思う仕事に就けたら焦らないで、ゆっくりでも真摯に取り組むの。そうすれば凛子の事を認めて、味方になってくれる人が現れるから』と、励まして教えてくれた。
 私は仕事は出来る方じゃないけど、母の教えてくれた事は今も私の指針だ。

 そんな自慢の母に相応しい男性が現れて、今、二人は結婚の準備をしている。

 母の伴侶となるのがおさむさんだ。
 治さんは現在、四十五歳の母より五歳年下の男性で、外資系の会社に勤めている。
 長身で体型もスマート、一見近寄り難い知性派の外見をしているけど、口調は穏やかで物腰柔らかな人だ。

 治さんから結婚を前提にお付き合いを申し込まれた時、母は、相手の両親の事や自分の年齢などを理由に断ったけれど、治さんは諦めなかった。
 母も治さんの情熱に密かに惹かれたけれど、私が高校を卒業するまで待ってくれるならと条件を出した。
 その条件は母にとって譲れない事ではあったけど、流石に二年も待つことになるこの条件は呑めないだろうと思っていた。でも、治さんは母の譲れない事情を理解して受け入れ、晴れて私が高校卒業した翌日、母から治さんを紹介された。

 男女としては勿論、人として互いを尊重できるお付き合いは側で見ていて憧れたし、素敵だなと思った。
 母のシンデレラストーリーは、いつか私もそんな男性と出逢えるような女性になりたいと強く思うようになった出来事だった。

「…ねえ、本当に大丈夫なの?お母さん、今日、治さんと会う約束してて、凛子も一緒にどうかと思ったんだけど、今日は止めて、家でのんびりしようか?」
「え!いいよ、行ってきなよ!私は留守番してるから」
「うーん、じゃあ、治さんに来てもらって、三人で家でお昼ご飯食べようか!それがいいわね!」

 母の提案に、あ、これ家に治さんが来るの初めてじゃないなと察した私は、早めに家を出て一人暮らしを始めたのは正解だったなと思った。
 母には絶対幸せになって貰いたいんだ。

「治さんに連絡しておくから、凛子はお風呂入ってきなさい。昨日、お風呂も入らず寝ちゃったんだから」
「そうだっけ?ヤバ、覚えてないよ」

 どんだけ疲れてたんだろうと思いながら、私はお風呂場へ向かった。

 昨日は何があって実家に戻ったんだろう?
 自分の事なのに覚えてないなんて、お酒でも飲んで酔ってたのかな?

(いや、酔った感じの倦怠感じゃないんだよね)

 シャワーから出る水がお湯に変わる少しの間だけど自分の行動をかえりみても釈然としなくて、取り敢えずお湯を浴びてリフレッシュしようと切り替えた。

 そうしたら思いの外、リフレッシュ効果が高くて自分でも驚く。
 霧が晴れたようにとはこの事かと云う位のスッキリ感を体感して、堪能せねばと目を閉じた。

(…リン)

 …いや、私は凛子だから。

「…リン」

 …知らない男性がどうして私をリンと呼ぶの?
 …その呼び方は…あの人が私の名前を『りんご』と聞き間違えて『うまそう』って言ったから…

 ああ、そっか…私、異世界で倒れたんだった。それで怖くなって、お母さんに助けて欲しくて、夢を見てたんだ。

「目を覚ましてくれ、蒼龍そうりゅう龍珠りゅうしゅよ」
「…っ!!」

 男性の呼び掛けに私は目を開けた。
 涙でぼやける視界に、銀色の目をした男性が驚いた様子で私を見下ろしているのを見た。

 夢の余韻が胸に刻む切なささえ愛おしくて、胸にあてようとした手を見て私は動きを止めた。

 細かなラメが塗られたように輝く白い肌に、真っ青な爪をたずさえたその手は一体…ええと、どうされましたか?
 私の肌はこんなにキラキラしていないし、こんな派手な真っ青なマニュキュア…じゃないな、これ。青い爪は生まれ持った色なんだ。

 試しに動かしてみると自分の意思通り動く。
 何が起こっているのか解らず、取り敢えず身体を起こして自分の手を見ていると、青銀の髪が視界の隅でちらつく。見たことがある髪の色だった。
 むしろ忘れられないその髪の色。

「…鏡、鏡を貸して下さい」

 私の身体に何が起こっているのか分からないけど、確認せずにはおけなくて、見知らぬ男性に鏡を貸して欲しいと頼む。

「ジエ、鏡を持ってるか?…ジエ!気を強くもて」

 男性はジエさんの名を強く呼びかける。まるで、意識を呼び戻すかのように。
 男性の呼び掛けに一拍遅れて反応したジエさんはポーチから手鏡を出して渡すと、男性が震える私の手に鏡を渡す。
 私は意を決して鏡に自分を写した。

 深い青に金粉を散らしたゴージャスな目と目が合う。
 鏡に写ったこの世に実在するのが不自然な程の美貌に私は知らず呟いた。

「…駅員じゃん…」

 あの日、私を異世界に引き込んだ夢の様な色彩を纏った美貌の駅員女性バージョンが鏡に映っていたのだった。
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