青空の切り取り線

夏の月 すいか

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一万円をめぐる攻防(仮)―後編―

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      ―― 前編からの続き ――

 私は自販機メーカーの営業担当の方から言われていました。
 「もし買った物が出てこないとか、お釣りが出てこないとかトラブルがあっても、お店からは返金しないで下さい。お手数ですが自販機のサービスセンターに電話を掛けてもらうようにお客様に伝えて下さい」
 これはメーカーが設置店を守るための言葉なのです。
 大半の方は自販機は店が管理しているものと思っています。
 店の敷地に設置してあるのだから仕方ありません。ジュースが出てこない、お釣りが返ってこない「損した状態」を一刻も早く解消したい気持ちも充分に理解できます。
 ですが事情を説明すれば、渋々しぶしぶの方もいますが、大抵たいていは納得してくださいます。
 しかし目の前のヤカラは納得しません。もうこの時点で普通の方とは違うのが分かります。
 ヤカラの男はずっとキレています。ダイドーの自販機の前で。真っ赤なコカ・コーラのジャンパーを着て。
 威圧的な態度で、脅迫的な言葉で、アホなりの論理を使ってキレています。
 「こっちにはどこが管理とか関係ない。金が必要なんだから早く返金しろ」
 どうにかして一万円を取り返したいのでしょう。ですが何度も言っている通りこちらではどうすることも出来ません。
  「いいからさっさとしろよ」
 こちらも譲れません。
 だからというだけではなく、こいつのカツアゲのような物言いに屈したくなかったのです。
 仮にこいつが彼女の母親への花束を買うのに今すぐに一万円が必要だったのだとしましょう。
 そんな風に相手の事情を勝手に想像(妄想)してしまうと、こちらのも揺らぐのですが、こいつには一切想像の同情はしません。
 私はもうこのやりとりを終わりにするべくきっぱりと断って、その場を離れました。
 店内に入ろうとしたそのとき、私の背後からガツンと大きな物音がしました。
 ヤカラが腹いせに自販機を思いっきり蹴ったのです。
 これはもう相手に同情する余地はない。こうなったらこっちのほうが立場は上だ。今度は逆に思いっきり文句を言ってやろうと思って戻ったのですが、一足遅く、ヤカラカップルは車に乗り込み発進してしまいました。

 翌日の月曜日。自販機の営業の方が店に来ました。
 まだ連絡していないのに対応が早いなと思っていると。
 「自販機の札の投入口に『故障中』と貼り紙があったのですが…」
 私は昨日のヤカラのことを話しました。
 営業の方はずっと恐縮した面持おももちです。
 「それで…一万円を立替えられたりされましたか…?」
 あんな奴にビタ一文払うものか。
 「良かったぁ…。払わないでいて下さってありがとうございます」
 今までも同じようなトラブルはあったが、「ありがとうございます」とは何だかおかしな返事だ。営業の方が続けた。
 「…実は。昨日の日曜日、この辺り一帯で同じ被害がいくつもありまして」
 …被害?
 「自販機に紙切れを詰まらせて、一万円が詰まったと言っては店舗様から一万円を受け取るという手口だったんです。こちらの自販機にもやはり紙切れが詰まっておりました。こちら以外このあたり全てのお店が一万円を渡しておりまして、結構な被害額が…払わないでいただいて本当にありがとうございました。」
 完全な100パーセントの計画的な疑いようのない詐欺さぎだったのです。
 ヤカラではなく詐欺師クソヤローでした。
 よりロクデナシでした。クズでした。
 ヤカラ、詐欺師うんこが一万円を受け取れずあんなにイライラしてたことに合点がてんがいきました。
 しかしこんなことならあんな丁寧に対応しなければよかった。
 日曜の自販機の売上もロスした。
 私から一万円を受け取れなかった詐欺師ゴミカスの悔しがる顔だけじゃ溜飲りゅういんが下がらない。
 みみっちい私は一応、「詐欺師そいつは自販機を蹴っ飛ばしてたから、もし捕まったら器物破損も付け加えておいてください」と密告チクっておきました。
 
       ―― おしまい ―― 
   
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