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Chapter 8 法の誕生
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グレインの動きは早かった。
主要な部下を集める。
移動の決定。輸送計画。家畜の扱い。穀物の梱包。
人の移動だけなら数日で済む。
だが牛や鶏、穀物の輸送を伴えば話は別だ。
「十日前後で向かう。先に戻れ」
グレインはマルディナにそう告げ、馬で運べる分の食料を持たせてくれた。
別れ際。
「気をつけて帰れよ」
「待っているわ、あなた」
夫婦の会話だった。
レンヌ城。
一足先に戻ったマルディナ達を、ヴァンとフィオナ、医療ユニットが出迎える。
再会の空気は柔らかい。
城に戻るなり、マルディナは交渉の結果を皆に伝えた。
ヴァンが腕を組む。
「……グレインが素直に来るとは思ってなかったぜ」
レオが笑う。
「素手でぶっ飛ばされたんだぜ? 納得もするさ」
レオが事の顛末を詳しく話すと、ヴァンは笑って納得した。
十日後。
百名規模の集団が城門をくぐる。
荷車の軋み。家畜の鳴き声。
城が、一気に“生活”の匂いを帯びる。
グレインは真っ先にテラの前へ進んだ。
「約束どおり、参上した」
言葉は簡素だが、明らかに主に対する態度だ。
グレインが仲間になったことを皆が実感した。
「確認した。歓迎する」
テラはいつもどおり簡潔に答える。
その後。
物資の整理。家畜の管理。
元の仲間同士は自然に溶け込んでいった。
当面の役割が定まる。
食料調達・生産はヴァンとレオ。
城内管理はマルディナ。
軍事・調査はグレインが担い、フィオナが補佐についた。
フィオナを補佐へ付けたのはグレインの判断だ。
合流後、全員と会話した彼は、彼女の内にレムリアの気配を感じていた。
まだ弱い。だが、いずれ戦力になる。
だが、後にマルディナが低く言う。
「若い女を補佐につけるなんて…」
「適正を見ただけだ。」
グレインはそれ以上を語ることは得策ではないと分かっていた。
一か月。
畑は整い、小麦は芽吹く。
医療ユニットの管理で疫病の兆候はない。
軍備は脆弱だが、見張りと連絡網、地下改築による避難導線が整い始めていた。
斥候の調練も進む。
テラは細かい指示を出さなかったが、唯一、見張りと連絡手段の確保、早期警戒体制の構築には力を入れるようグレインに指示していた。
拠点は、着実に形を持つ。
さらに一か月が過ぎた頃、グレインがテラとマルディナ達に進言する。
「次の受け入れを進めたい」
誰からも反対はなかった。
拡大は基本方針である。
グレインが調練している斥候は使者の役割を兼ねている。
勧誘のたびにテラを派遣するにはいかない。防衛上の理由だ。
近郊で人間が隠れ住んでいる場所にはある程度の検討がついていたが、
ドミナスや魔物に見つからず迅速にたどり着ける移動訓練が必要だった。
それがおおよそ完了したことを意味していた。
翌日から使者を派遣する。
さらに三か月。
城の人口は千人近くに達する。
空振りに終わった使者もいたが、困窮した集落は多く、レンヌ城に移住という提案に乗る者達の方が多かった。
噂を聞きつけて自然に合流した者達もいた。
だが、増加は摩擦を生む。
まず居住。
城は元々防衛拠点であり、民衆のための居住施設ではない。
手狭になってきたことで、小さなトラブルが増え始めた。
一部を街に移動させる案が出たが、不公平感が出ることを避けるため、テラ以外の全員が街に住居を移すことにした。
だが、一つ屋根の下で住んでいた集団が個別住居になったことで、全員の関係性を希薄化させることになった。
次に物資の配給問題。
ヴァンとマルディナが割り振っており、客観的には妥当だった。
だが、決められた量の配給をただ受けるだけ者の中には不満を感じる者も出始めていた。
これらの不満の矛先は直接的にはマルディナ、グレイン、ヴァンへ。
彼らと親しいレオには嫉妬の形で向かった。
そして、自らの声では指示を出さない女王テラにも間接的に向いていた。
この状況を最初に察したのはレオとフィオナだった。
夜。
六人が集まる。
ヴァンが言う。
「少し慣れたらもう不満かよ……」
グレインはヴァンを諫めるように静かに呟く。
「人が増えればこうなることは必然だ」
マルディナはこの状況を当然の変化だと理解していたが、統治の仕組みについてテラに意見を求めた。
短い沈黙。
全員の視線がテラに集まる。
テラはすぐには答えなかった。
視線を円卓の上へ落とす。
木目の線を、わずかに追う。
やがて、顔を上げた。
「人間は個性が強い。人間の個性を前提とした統治システムは、強力な独裁制か、反対の民主性に収束する」
声は平坦だが、場の空気は自然と引き締まる。
テラは続ける。
「独裁制は意思決定が速く、為政者が有能なら決定の合理性も高い」
一拍。
「だが、為政者が判断を誤った場合の修正機構が弱い。
有能な為政者でも、人間はいつか死ぬから長期的には崩壊しやすい」
「民主制は個人に依存せず、全体の意思を反映することができる。
ただ、人が増えるほど非合理的な結論が出やすくなる」
皆、初めて聞く概念に聞き入っている。
「社会形成の初期段階では独裁性が効率的だ」
「ただ、私は為政者になるつもりはない。
私が人間を保護・管理するのは安定的な文化生成に必要な範囲までだ。
人間社会すべてを管理するつもりはない」
「どちらを選択するかは人間たちが決めるべきことだ。
独裁制を選択し、誰かが王となるなら私は否定しない」
テラ以外の王を立てることは不可能。
誰も口にしなかったが、皆が理解していた。
自然と民主制の話に移る。
テラは具体案を提示する。
人口が三千人で三名、五千人で四名、一万人で五名の民衆代表を選出する。
最重要事項は民衆代表の過半数の同意の後、女王が決裁する。
最重要事項とは、人口政策、統治ルール、外征、拠点防衛の四つ。
女王の拒否は人類保護任務に反する場合に限る。
民衆代表は立候補制。投票は一人二票。任期一年。
皆、聞いた事のない制度に戸惑ったが、要するに皆で決める制度であることはすぐに理解した。
テラが最後に添える
「この星では法と呼ばれる制度だ。私を含む全員が服することになる」
ヴァンが眉を寄せる。
「趣旨はわかるんだが、もし変な奴が代表になったら面倒くさくないか?」
「その通りだ。
だが、それを避けるためには特定の人間のみに権力を集約させるしかない」
沈黙。
やがてグレインが言う。
「女王の提案だ、やってみよう」
この瞬間、統治に関する初めての”法”が生まれた。
翌日。
全員が招集。
テラが新制度を説明し、第一回の選挙告示が行われた。
立候補期限は五日。
一同がざわめく中、二十六歳の元聖職者の青年キレルは静かに説明を聞いていた。
神の意志を代表意志に反映させる。
それが自分の義務だと彼は信じていた。
遠くでは別の声。
「軍も食料も、俺ならもっと回せる」
アルグランド、三十三歳。
豪放磊落なレムリアはすでに周囲に人を集めていた。
選挙戦は、始まっている。
五日後。
大広間の壁には肖像と名が並ぶ。
グレイン
マルディナ
レオ
キレル
アルグランド
投票は五日後。
城は初めて、自らの代表を選ぼうとしていた。
【現在の保護対象:302人】
【増減:+142人】
主要な部下を集める。
移動の決定。輸送計画。家畜の扱い。穀物の梱包。
人の移動だけなら数日で済む。
だが牛や鶏、穀物の輸送を伴えば話は別だ。
「十日前後で向かう。先に戻れ」
グレインはマルディナにそう告げ、馬で運べる分の食料を持たせてくれた。
別れ際。
「気をつけて帰れよ」
「待っているわ、あなた」
夫婦の会話だった。
レンヌ城。
一足先に戻ったマルディナ達を、ヴァンとフィオナ、医療ユニットが出迎える。
再会の空気は柔らかい。
城に戻るなり、マルディナは交渉の結果を皆に伝えた。
ヴァンが腕を組む。
「……グレインが素直に来るとは思ってなかったぜ」
レオが笑う。
「素手でぶっ飛ばされたんだぜ? 納得もするさ」
レオが事の顛末を詳しく話すと、ヴァンは笑って納得した。
十日後。
百名規模の集団が城門をくぐる。
荷車の軋み。家畜の鳴き声。
城が、一気に“生活”の匂いを帯びる。
グレインは真っ先にテラの前へ進んだ。
「約束どおり、参上した」
言葉は簡素だが、明らかに主に対する態度だ。
グレインが仲間になったことを皆が実感した。
「確認した。歓迎する」
テラはいつもどおり簡潔に答える。
その後。
物資の整理。家畜の管理。
元の仲間同士は自然に溶け込んでいった。
当面の役割が定まる。
食料調達・生産はヴァンとレオ。
城内管理はマルディナ。
軍事・調査はグレインが担い、フィオナが補佐についた。
フィオナを補佐へ付けたのはグレインの判断だ。
合流後、全員と会話した彼は、彼女の内にレムリアの気配を感じていた。
まだ弱い。だが、いずれ戦力になる。
だが、後にマルディナが低く言う。
「若い女を補佐につけるなんて…」
「適正を見ただけだ。」
グレインはそれ以上を語ることは得策ではないと分かっていた。
一か月。
畑は整い、小麦は芽吹く。
医療ユニットの管理で疫病の兆候はない。
軍備は脆弱だが、見張りと連絡網、地下改築による避難導線が整い始めていた。
斥候の調練も進む。
テラは細かい指示を出さなかったが、唯一、見張りと連絡手段の確保、早期警戒体制の構築には力を入れるようグレインに指示していた。
拠点は、着実に形を持つ。
さらに一か月が過ぎた頃、グレインがテラとマルディナ達に進言する。
「次の受け入れを進めたい」
誰からも反対はなかった。
拡大は基本方針である。
グレインが調練している斥候は使者の役割を兼ねている。
勧誘のたびにテラを派遣するにはいかない。防衛上の理由だ。
近郊で人間が隠れ住んでいる場所にはある程度の検討がついていたが、
ドミナスや魔物に見つからず迅速にたどり着ける移動訓練が必要だった。
それがおおよそ完了したことを意味していた。
翌日から使者を派遣する。
さらに三か月。
城の人口は千人近くに達する。
空振りに終わった使者もいたが、困窮した集落は多く、レンヌ城に移住という提案に乗る者達の方が多かった。
噂を聞きつけて自然に合流した者達もいた。
だが、増加は摩擦を生む。
まず居住。
城は元々防衛拠点であり、民衆のための居住施設ではない。
手狭になってきたことで、小さなトラブルが増え始めた。
一部を街に移動させる案が出たが、不公平感が出ることを避けるため、テラ以外の全員が街に住居を移すことにした。
だが、一つ屋根の下で住んでいた集団が個別住居になったことで、全員の関係性を希薄化させることになった。
次に物資の配給問題。
ヴァンとマルディナが割り振っており、客観的には妥当だった。
だが、決められた量の配給をただ受けるだけ者の中には不満を感じる者も出始めていた。
これらの不満の矛先は直接的にはマルディナ、グレイン、ヴァンへ。
彼らと親しいレオには嫉妬の形で向かった。
そして、自らの声では指示を出さない女王テラにも間接的に向いていた。
この状況を最初に察したのはレオとフィオナだった。
夜。
六人が集まる。
ヴァンが言う。
「少し慣れたらもう不満かよ……」
グレインはヴァンを諫めるように静かに呟く。
「人が増えればこうなることは必然だ」
マルディナはこの状況を当然の変化だと理解していたが、統治の仕組みについてテラに意見を求めた。
短い沈黙。
全員の視線がテラに集まる。
テラはすぐには答えなかった。
視線を円卓の上へ落とす。
木目の線を、わずかに追う。
やがて、顔を上げた。
「人間は個性が強い。人間の個性を前提とした統治システムは、強力な独裁制か、反対の民主性に収束する」
声は平坦だが、場の空気は自然と引き締まる。
テラは続ける。
「独裁制は意思決定が速く、為政者が有能なら決定の合理性も高い」
一拍。
「だが、為政者が判断を誤った場合の修正機構が弱い。
有能な為政者でも、人間はいつか死ぬから長期的には崩壊しやすい」
「民主制は個人に依存せず、全体の意思を反映することができる。
ただ、人が増えるほど非合理的な結論が出やすくなる」
皆、初めて聞く概念に聞き入っている。
「社会形成の初期段階では独裁性が効率的だ」
「ただ、私は為政者になるつもりはない。
私が人間を保護・管理するのは安定的な文化生成に必要な範囲までだ。
人間社会すべてを管理するつもりはない」
「どちらを選択するかは人間たちが決めるべきことだ。
独裁制を選択し、誰かが王となるなら私は否定しない」
テラ以外の王を立てることは不可能。
誰も口にしなかったが、皆が理解していた。
自然と民主制の話に移る。
テラは具体案を提示する。
人口が三千人で三名、五千人で四名、一万人で五名の民衆代表を選出する。
最重要事項は民衆代表の過半数の同意の後、女王が決裁する。
最重要事項とは、人口政策、統治ルール、外征、拠点防衛の四つ。
女王の拒否は人類保護任務に反する場合に限る。
民衆代表は立候補制。投票は一人二票。任期一年。
皆、聞いた事のない制度に戸惑ったが、要するに皆で決める制度であることはすぐに理解した。
テラが最後に添える
「この星では法と呼ばれる制度だ。私を含む全員が服することになる」
ヴァンが眉を寄せる。
「趣旨はわかるんだが、もし変な奴が代表になったら面倒くさくないか?」
「その通りだ。
だが、それを避けるためには特定の人間のみに権力を集約させるしかない」
沈黙。
やがてグレインが言う。
「女王の提案だ、やってみよう」
この瞬間、統治に関する初めての”法”が生まれた。
翌日。
全員が招集。
テラが新制度を説明し、第一回の選挙告示が行われた。
立候補期限は五日。
一同がざわめく中、二十六歳の元聖職者の青年キレルは静かに説明を聞いていた。
神の意志を代表意志に反映させる。
それが自分の義務だと彼は信じていた。
遠くでは別の声。
「軍も食料も、俺ならもっと回せる」
アルグランド、三十三歳。
豪放磊落なレムリアはすでに周囲に人を集めていた。
選挙戦は、始まっている。
五日後。
大広間の壁には肖像と名が並ぶ。
グレイン
マルディナ
レオ
キレル
アルグランド
投票は五日後。
城は初めて、自らの代表を選ぼうとしていた。
【現在の保護対象:302人】
【増減:+142人】
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