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最終日:朝焼けの中、涙を拭って微笑んで
少女
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「生きてたんだろ、女の子がさ。俺の記憶がこの体に宿るよりも先に、この体には正規の人格がいたんだろ。俺は覚えてなかったけど、タクがそれを教えてくれた……。だったら、返さなきゃ」
死ね神によって誕生させられ、歪な成長を遂げた本来の少女の人格。
彼女は羞恥心を持っていて。
日本語を話せるだけの知識を持っていて。
記憶が一つとして無かった。
目の前にいるボクが誰なのかも知らなかった。
置かれている状況を一つも理解していなかった。
自身が何者なのかもわかっていなかった。
それでも、彼女は歪な自身に不安を抱えるほどに人間だった。
彼女からすれば、高伊勢抄は侵略者だ。
生まれたばかりの自身の全てを塗りつぶし、そして体を奪った敵だ。
彼女は全てを奪われて。
抄は全てを奪ってしまった。
「……っ、で、でも……その体だって死ね神が作った体で、人格だって真っ当なものじゃないだろ……? そ、そのために、ショウが死ななくちゃならないなんて……」
「嘘が下手だな、タク」
「っ……そ、そんなことは……」
否定の言葉は、最後まで言えなかった。
抄の言う通りだ。
真っ当に生まれていなくても、その体には確かに人格があったのだ。
だから、抄は生きるべきか死ぬべきかで言えば死ぬべきだ。
被害者か加害者かで言えば加害者だ。
正義か悪かで言えば悪だ。
だけど……ボクの親友だ……。
「この体を殺さずに、俺だけを殺せるんだろ、死ね神? 俺を殺して、元の人格に体を返すなんて余裕で出来るよな?」
「然り」
「ま、当然だよな……。というわけだ、タク。まあ、偉そうに生きろって説教した人間がこうやって死ぬのも申し訳ないんだけど、俺の後を追うなんて馬鹿な真似はしないでくれよ?」
「ま、待てよ。ゆ、猶予は? 死ね神は殺す前に猶予をくれるはずだろ?」
「だってよ、死ね神。猶予、どれくらいくれんの?」
「必要ない。すぐにでも殺してやる」
「だってさ……。そうだよな、俺はもう自分が死ぬことに納得してるわけだし」
「そ、そんな……」
抄の覚悟はもう決まってしまっている。
ボクの時とは違って死ぬ理由があるから。
自分が死ぬ事によって救われる人間が存在するから。
自身が悪である事を認めてしまっているから。
だから、ボクが懇願するだけではそれを揺るがす事が出来ない。
必要なのは、抄の自死への納得を覆す言葉だ。
「で、でも、でもっ……でも……」
しかし、ボクの理性は抄の言葉を覆すことができなくて。
ただ、感情を零すことしかできなかった。
「……そんな顔するなって、タク」
「ショウ……」
「これは前向きな死だよ。本当は死ね神が現れた日に、そのままお別れだった。それが偽物とはいえ、こうやってタクとちゃんと話ができた。タクのことを救えて、その中に俺を遺すことができた。だから……俺はそれだけで十分だよ」
抄は言った。
例え数日でも、偽物だとしても。
十分に生きたのだと。
満足しているのだと。
でも、その指が。
ボクの頬を撫でて、流れる涙を掬い上げた細い指が。
微かに震えていた。
「ショウ……震えてるじゃないか」
「あぁ……バレた?」
照れくさそうに抄は笑った。
子供のように無邪気で。
少女のように可憐で。
死に際のように弱々しい微笑みで。
抄はボクに困ったような笑顔を向けた。
「やっぱり死にたくないんだろ? 死ぬ理由があったとしても、死にたくないって感情は別だもんな。なあ、そうなんだろショウ……?」
正義感が自死に対する納得を与えたとしても。
罪悪感が自死に対する大義を与えたとしても。
死への恐怖がなくなるわけじゃない。
死ぬ事を、無になる事を嫌悪しない人間なんていないのだから。
抄だって本当は死にたくないはずなんだ。
「いや? 死にたいよ、俺は。死ぬ理由があるし、死ぬべきだし、死にたいと思ってる」
「死にたいんだったらなんで震えてるんだよ。本当は怖いんだろ。確かにお前は少女の体を乗っ取っているのかもしれない。それは許されない事で、死ぬのが正しいのかもしれない。でも、それは死にたいという気持ちには繋がらないだろ! 少女に体を返して、尚且つお前も生きるって選択肢が一番のはずだろ!」
そうだ、まだ道は残ってる。
確かに抄が死ねば少女は戻って来るかもしれないが、方法がそれしかないと決まったわけじゃない。
超常の力を持つ死ね神が居れば、不可能なことなんてきっとない。
死ね神は協力を拒否するかもしれないが、それでもやってみないことには――
「違うんだよ、タク」
見出したばかりの希望は呆気なく否定されてしまった。
他でもない、抄自身によって。
「タクの言う通り、俺が震えてるのは間違いない。でも、これは死ぬのが怖くて震えてるんじゃないんだ。この震えは、死への拒絶反応じゃないんだよ」
「じゃあ、なんだって言うんだよ!」
「……わからないか?」
その時。
突然、ボクの前から抄が消えた。
目の前に少女は居る。
スウェットを着ていて、肩まで伸びた髪を風に揺らして、ボクの正面に立っている。
間違いなくボクと話していた抄だ。
ボクの親友である高伊勢抄が立っている……はずだった。
「死んだら、タクにもう会えなくなるからな……俺はそれが嫌で震えてるんだよ」
その少女は確かに抄だった。
姿形が変わっても、性別までもが変わっても、その中には抄がいた。
言動だけじゃなく、その面持ちや仕草はボクの知っている抄だった。
でも。
今、ボクの目の前には。
泣きそうなままに笑う、少女の顔をした誰かが立っていた。
死ね神によって誕生させられ、歪な成長を遂げた本来の少女の人格。
彼女は羞恥心を持っていて。
日本語を話せるだけの知識を持っていて。
記憶が一つとして無かった。
目の前にいるボクが誰なのかも知らなかった。
置かれている状況を一つも理解していなかった。
自身が何者なのかもわかっていなかった。
それでも、彼女は歪な自身に不安を抱えるほどに人間だった。
彼女からすれば、高伊勢抄は侵略者だ。
生まれたばかりの自身の全てを塗りつぶし、そして体を奪った敵だ。
彼女は全てを奪われて。
抄は全てを奪ってしまった。
「……っ、で、でも……その体だって死ね神が作った体で、人格だって真っ当なものじゃないだろ……? そ、そのために、ショウが死ななくちゃならないなんて……」
「嘘が下手だな、タク」
「っ……そ、そんなことは……」
否定の言葉は、最後まで言えなかった。
抄の言う通りだ。
真っ当に生まれていなくても、その体には確かに人格があったのだ。
だから、抄は生きるべきか死ぬべきかで言えば死ぬべきだ。
被害者か加害者かで言えば加害者だ。
正義か悪かで言えば悪だ。
だけど……ボクの親友だ……。
「この体を殺さずに、俺だけを殺せるんだろ、死ね神? 俺を殺して、元の人格に体を返すなんて余裕で出来るよな?」
「然り」
「ま、当然だよな……。というわけだ、タク。まあ、偉そうに生きろって説教した人間がこうやって死ぬのも申し訳ないんだけど、俺の後を追うなんて馬鹿な真似はしないでくれよ?」
「ま、待てよ。ゆ、猶予は? 死ね神は殺す前に猶予をくれるはずだろ?」
「だってよ、死ね神。猶予、どれくらいくれんの?」
「必要ない。すぐにでも殺してやる」
「だってさ……。そうだよな、俺はもう自分が死ぬことに納得してるわけだし」
「そ、そんな……」
抄の覚悟はもう決まってしまっている。
ボクの時とは違って死ぬ理由があるから。
自分が死ぬ事によって救われる人間が存在するから。
自身が悪である事を認めてしまっているから。
だから、ボクが懇願するだけではそれを揺るがす事が出来ない。
必要なのは、抄の自死への納得を覆す言葉だ。
「で、でも、でもっ……でも……」
しかし、ボクの理性は抄の言葉を覆すことができなくて。
ただ、感情を零すことしかできなかった。
「……そんな顔するなって、タク」
「ショウ……」
「これは前向きな死だよ。本当は死ね神が現れた日に、そのままお別れだった。それが偽物とはいえ、こうやってタクとちゃんと話ができた。タクのことを救えて、その中に俺を遺すことができた。だから……俺はそれだけで十分だよ」
抄は言った。
例え数日でも、偽物だとしても。
十分に生きたのだと。
満足しているのだと。
でも、その指が。
ボクの頬を撫でて、流れる涙を掬い上げた細い指が。
微かに震えていた。
「ショウ……震えてるじゃないか」
「あぁ……バレた?」
照れくさそうに抄は笑った。
子供のように無邪気で。
少女のように可憐で。
死に際のように弱々しい微笑みで。
抄はボクに困ったような笑顔を向けた。
「やっぱり死にたくないんだろ? 死ぬ理由があったとしても、死にたくないって感情は別だもんな。なあ、そうなんだろショウ……?」
正義感が自死に対する納得を与えたとしても。
罪悪感が自死に対する大義を与えたとしても。
死への恐怖がなくなるわけじゃない。
死ぬ事を、無になる事を嫌悪しない人間なんていないのだから。
抄だって本当は死にたくないはずなんだ。
「いや? 死にたいよ、俺は。死ぬ理由があるし、死ぬべきだし、死にたいと思ってる」
「死にたいんだったらなんで震えてるんだよ。本当は怖いんだろ。確かにお前は少女の体を乗っ取っているのかもしれない。それは許されない事で、死ぬのが正しいのかもしれない。でも、それは死にたいという気持ちには繋がらないだろ! 少女に体を返して、尚且つお前も生きるって選択肢が一番のはずだろ!」
そうだ、まだ道は残ってる。
確かに抄が死ねば少女は戻って来るかもしれないが、方法がそれしかないと決まったわけじゃない。
超常の力を持つ死ね神が居れば、不可能なことなんてきっとない。
死ね神は協力を拒否するかもしれないが、それでもやってみないことには――
「違うんだよ、タク」
見出したばかりの希望は呆気なく否定されてしまった。
他でもない、抄自身によって。
「タクの言う通り、俺が震えてるのは間違いない。でも、これは死ぬのが怖くて震えてるんじゃないんだ。この震えは、死への拒絶反応じゃないんだよ」
「じゃあ、なんだって言うんだよ!」
「……わからないか?」
その時。
突然、ボクの前から抄が消えた。
目の前に少女は居る。
スウェットを着ていて、肩まで伸びた髪を風に揺らして、ボクの正面に立っている。
間違いなくボクと話していた抄だ。
ボクの親友である高伊勢抄が立っている……はずだった。
「死んだら、タクにもう会えなくなるからな……俺はそれが嫌で震えてるんだよ」
その少女は確かに抄だった。
姿形が変わっても、性別までもが変わっても、その中には抄がいた。
言動だけじゃなく、その面持ちや仕草はボクの知っている抄だった。
でも。
今、ボクの目の前には。
泣きそうなままに笑う、少女の顔をした誰かが立っていた。
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