お兄ちゃんと最強から最弱に成り下がった弟

papporopueeee

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聖剣使いの王子様

辛くて苦しい毎日の中でも善い人間であろうと努めている人の物をこいつは盗んだ……それなのに赦すの?

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 穏やかな午前の日差しが差す城下町の一角。多種多様、多くの商店が立ち並び、普段であれば賑やかに民衆たちが交流している場所。其処に、黒髪の青年が息を切らしながら走ってきた。

 目にかからない程度の清潔感のある前髪とは対照的な、首にかかる狼の尾のような後ろ髪。その身には黒い皮鎧を装着し、背には身の丈を越える大剣を背負っている。炎のような黄赤の瞳と、鋭い目つきで辺りを見回す彼の名前はカイナ・ユーリィという。

 小国イクスガルドの王子であるカイナは弟を探して城下町を走り回っており、青果店の前にできている人垣の中に目的の少年は居た。

「チェル……」

 カイナの艶のある黒髪とは対照的な、宝石をちりばめたかのように煌びやかな金髪。その髪はカイナよりも長く、12歳にしては小柄なせいもあってしゃがめば地面に着いてしまうほどだ。

 その出で立ちはチェルの亡き母を思い出させるようであったが、チェル自身にはそのような意図は無い。ただ自身の長髪を気に入っているだけに過ぎず、カイナが結べと言っても素直に聞いたことなど一度も無い。

 王子なのだから身だしなみに気を遣えという日々の小言も空しく、今日もチェルは寝間着で外を歩いていたらしい。睡眠を阻害しない薄い生地は明るい昼の光に照らされて、細い腕と脚が透けていた。

「あ、カイナ兄。おはよう」

 琥珀色の大きな瞳を日差しから守るかのように長い金のまつ毛と、いつも半開きの瞼。小さな鼻の先端を赤い果汁で汚し、小さな口でトマトに齧りつきながら、チェルは振り向いた。

 幼い顔つきながらも、年不相応に気だるげな表情。焦点が合っているのかもよくわからない瞳で、チェルは兄であるカイナを見つめている。

「珍しく早起きだったようだな」

「カイナ兄は遅起き? 早起きすると気持ちいいからおすすめだよ」

 しゃくしゃくとトマトを齧りながら、チェルは全身で朝日を浴びるように伸びなどをしている。傍らに男の死体が転がっているというのに、何とも呑気な様子だった。

「状況を説明しろ」

「盗人が出たから殺しといたよ。後片付けよろしくね」

 そう言ってチェルは宙に浮く聖剣の1本で死体を指し示した。うつ伏せで倒れている死体の背中にも同じ意匠の聖剣が突き刺さっている。

 カイナは憐れむように目を細めて死体を見つめた後、ため息を付きながらチェルへと視線を戻した。

「簡単に人を殺すなと、何度も言っているだろう」

「? ……カイナ兄、聞こえなかったの? これ、盗人だよ?」

 チェルは更にもう1本の聖剣を使って死体をつついた。つつかれた死体には赤く細い直線が描かれ、血の玉が滲み出す。

「盗人でもだ。罪には重さがあり、重さに応じた罰がある。そうやって好き勝手に殺されては、法の権威は失われるばかりだ」

「軽い罰なんて意味ないじゃん。少し痛い思いをしたって、どうせまた悪事に走るに決まってる。それとも、カイナ兄は悪人の味方なの?」

「悪事を働いたからと言って悪人とは限らない。事情があった可能性があるし、盗みを働かざるをえない環境を作った国にも責任はある。殺さなければ更生の余地だってあるんだ。人を殺すということは、その人間が持っていた全ての可能性を潰すことだ」

「それじゃあ赦すの? 皆の顔を見ながら、カイナ兄はこの盗人を赦せと言えるの? 国の環境が悪いんだとしても、それは皆もいっしょだよ? 辛くて苦しい毎日の中でも善い人間であろうと努めている人の物をこいつは盗んだ……それなのに赦すの?」

 チェルは首を傾げている。その純粋な瞳には、カイナへと向ける疑問符が浮かんでいた。

「人には個性があり、向き不向きがある。今のイクスガルドに合っている者も居れば、そうでない者も居る。環境に適応できていない人間を救うのも国の役目だ。何も聞かずに殺して回るのは、国の弱みに目を瞑るのと同じだ」

「その為に皆に重荷を背負わせるんだ。物を盗まれても、傷つけられても、国の未来の為って悪人を赦すんだ。残酷だね、カイナ兄……足を引っ張る人間なんて死ねばいいんだよ。こいつが死んだことによって、国の足手まといが一人減って、皆の荷物が少しは軽くなったんだよ」

「言っても無駄か……ところで、美味そうな物を食ってるな」

「うん、美味しいよ。そこの店でもらった」

 唇についたトマトの汁を舐め取りながら、チェルは聖剣ですぐ傍の青果店を指し示した。

「金を持っているようには見えないが?」

「欲しいって言ったらくれた……プレゼントにお金を払う必要があるの?」

 心底不思議そうな顔でチェルはカイナの顔を見上げていた。その周囲に浮かぶ8本の聖剣の内の1本から、盗人の鮮血を滴らせながら。

 ブレードが短く幅が広い、三角形の形をしたその聖剣はいかなる時でもチェルの身を護っている。チェルが青果店を訪れた時にも、その周囲には剣を8本も帯びた状態であったはずだ。そんな人間にトマトを欲しいと言われて、金を要求できる店主などいないだろう。その上チェルは王子なのだから、猶更だ。

 金を払わずに売り物を手に入れたという意味では、チェルも盗人も大差はない。強奪か、強請か。チェル本人にその自覚が無かろうとも、罪は罪だ。

 カイナは頭の中でチェルへの説教を考えていたが、やがて諦めたように項垂れた。この場で何を言っても、チェルの心に響くことは無いだろう。

「……頼むから一人で街に出ないでくれ。兵士か、もしくは俺に声をかけろと以前にも頼んだはずだ」

「カイナ兄は心配性だね。そんなに僕のことが大事?」

「……大事だとも。お前は俺の大事な弟だ」

「でも、護衛って自分より強い人をつけるものじゃないの? むしろ、カイナ兄こそ一人で出歩かない方がいいんじゃない? 僕にお願いしてくれたら、カイナ兄の外出に付き合ってあげないこともないよ?」

「懇願するだけで尊い人命が救われるなら、安いものだな」

「……カイナ兄って、ナルシストなの? いくら王子様でも、自分で尊いとか言っちゃうのはちょっと……どうかと思う」

 カイナの真意はチェルには伝わっていないようだったが、どうでも良かった。結果的にチェルの一人外出が減るのならなんだっていい。いくら言っても聞かないのだから、殺人を止めるには常にチェルの近くに身を置いて直接暴挙を止める他ない。

 尤も、カイナが付き添ったところで止められるかどうかは怪しいものではあったが。

「ところで、何か用なの? 僕のこと探してたんでしょ?」

「用があったわけじゃない。ただ心配で探していただけだ」

「そんなに心配だったんだ。てっきり、またイジメて欲しくて探してたのかと思ったけど」

「人聞きの悪いことを言うな。俺がいつも頼んでいるのは模擬戦、あくまで訓練の一環だ」

「模擬戦……? 戦いって勝ち負けを決めるものでしょ?」

 勝ち負けが最初から決まっているのだから、戦いではなくただのイジメであると、チェルはそう言いたいらしい。カイナとしては否定できないのが悲しいところだった。

 しばらく頭に疑問符を浮かべていたチェルだったが、やがてどうでもよくなったのかトマトを齧りながら歩き始めてしまった。

「まあ、用が無いならなんでもいいや。じゃあね、カイナ兄。僕はこのまま見回りがてら朝の散歩をしてくる」

「待て、暇してるんだったら模擬戦を頼みたい」

 チェルが一人で街の中を歩いていれば、またトラブルを起こすであろうことが目に見えている。チェルの私刑を止めたいカイナとしては、このまま散歩を続行させたいはずもない。

 カイナの言葉を受けると、チェルは金の長髪をふわりと膨らませながら振り返った。

「やっぱりイジメて欲しいの?」

「……その解釈でいい。とにかく、城に戻ってくれ」

 カイナは半ば強引にチェルの手を取って、城への道を歩き始めた。

 チェルも特に異存はないのか、カイナに引っ張られるままに歩いている。散歩よりはカイナをイジメる方が楽しいと判断したのかもしれない。兄であるカイナとしては情けない限りだったが、弟であるチェルの方が圧倒的に強いのだから仕方ない。

 チェルの蛮行を止められないのも、全てはカイナが弱く、チェルが強すぎるが故なのだ。
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