32 / 67
剣の落ちた日
期待を裏切ってごめんなさい
しおりを挟む
「……どうやら、既にその男に何事か吹き込まれてしまっているようですね。ご安心ください……聖剣の加護が戻れば、すぐに目が覚めることでしょう」
ついに、ただ携えていただけの剣をラノイは構えた。血に濡れた刃を見せつけるようにして、その切っ先をカイナへと向けた。
「……」
一方で、カイナには少しも構える様子が無い。チェルから距離を取るように2歩前に歩いただけで、脱力したように直立したままラノイの動きを見守っていた。
「か、カイナ兄……? 守ってくれるんだよね……?」
「…………」
声を震わせるチェルに対してもカイナは何も言わず、ただ迫りくるラノイを見据えるばかりだった。
「どういうおつもりですか?」
邪魔されることもなく、ただ歩いているだけでカイナに剣が届く範囲まで近づけてしまったラノイは剣を高く上段に構えた。後はただ振り下ろすだけでカイナの頭蓋を叩き斬れてしまうその距離で、ようやくカイナは口を開いた。
「……それはこちらのセリフだ。ラノイ、何のつもりだ? ふざけているのか?」
その声に煽りや嘲りといった感情は少しも無かった。カイナは本心から、剣を構えているラノイを目の前にして呆れているのだった。
「何ですって?」
「殺意が足りないと言っているんだ。ラノイ、お前はチェルと違って聖剣を扱えないだろう……そんな体たらくでチェルを守れると、本気で思っているのか?」
背負った大剣を構えるどころか、防御の姿勢も取らずに突っ立っているだけでもわけがわからないのに、どうしてわざわざラノイを怒らせるのか。カイナの意図がわからないチェルの心臓はどんどんと速度を増し、不安を表すように自然と手が口の前へと移動していた。
「っ……死ねっ!!」
激情を叩きつけるように構えた剣を振り下ろすラノイ。その動きに合わせて、カイナは頭を下げて身を屈めた。
「なっ――っ!?」
結果的にカイナの背へと振り下ろされたラノイの剣は、背負っていた大剣に衝突して甲高い金属音を響かせた。
防御されるなど微塵も考えていなかった全力の一撃はラノイの身体へと翻り、その全身は衝撃によって隙を晒している。
「実力を把握されている格上の相手に、真正面から馬鹿正直に剣筋を見せてどうする……まさか、本気を出せば鉄も斬れるなどと自惚れていたわけではないだろうな」
「きっ、きさまぁっ!!」
痺れる両手で必死に剣を構えなおしたラノイではあったが、カイナに足を払われて呆気なく地に伏した。
「剣速が遅すぎるし、構えもなっていなければ勝ち筋の構築も杜撰……日々の鍛錬不足だな。時代遅れのトレーニング狂も、馬鹿にしたものではないだろう」
「おっ、おのれぇっ――うぐぅっ!?」
カイナに首を踏みつけられるラノイ。しばらくは全身をもがませていたが、やがてぐったりと脱力し動かなくなってしまった。
「っ……こっ、殺したの?」
「血流を止めて失神させただけだ。その内起きるだろう」
最後まで大剣を構えることもなくチェルの元へと戻ってきたカイナは、何事もなかったかのように馬の手綱を引き始めた。
「あの剣戟の音を聴いても馬は少しも暴れなかっただろう。安心できたか?」
「えっ……うっ、うん……」
もはや、カイナの中ではラノイのことなど眼中にもないらしい。チェルとは違い、厩を出るまでカイナは一度も振り返ることが無かった。
「……ばいばい」
よく遊んでくれた人だった。でも、ラノイの瞳はいつも聖剣を映していた。
カイナよりもずっと優しくしてくれた人だった。でも、チェルを見てくれていたのはカイナの方だった。
期待を裏切ってごめんなさい。地に倒れ伏すラノイに、チェルは一人静かに別れを告げた。
ついに、ただ携えていただけの剣をラノイは構えた。血に濡れた刃を見せつけるようにして、その切っ先をカイナへと向けた。
「……」
一方で、カイナには少しも構える様子が無い。チェルから距離を取るように2歩前に歩いただけで、脱力したように直立したままラノイの動きを見守っていた。
「か、カイナ兄……? 守ってくれるんだよね……?」
「…………」
声を震わせるチェルに対してもカイナは何も言わず、ただ迫りくるラノイを見据えるばかりだった。
「どういうおつもりですか?」
邪魔されることもなく、ただ歩いているだけでカイナに剣が届く範囲まで近づけてしまったラノイは剣を高く上段に構えた。後はただ振り下ろすだけでカイナの頭蓋を叩き斬れてしまうその距離で、ようやくカイナは口を開いた。
「……それはこちらのセリフだ。ラノイ、何のつもりだ? ふざけているのか?」
その声に煽りや嘲りといった感情は少しも無かった。カイナは本心から、剣を構えているラノイを目の前にして呆れているのだった。
「何ですって?」
「殺意が足りないと言っているんだ。ラノイ、お前はチェルと違って聖剣を扱えないだろう……そんな体たらくでチェルを守れると、本気で思っているのか?」
背負った大剣を構えるどころか、防御の姿勢も取らずに突っ立っているだけでもわけがわからないのに、どうしてわざわざラノイを怒らせるのか。カイナの意図がわからないチェルの心臓はどんどんと速度を増し、不安を表すように自然と手が口の前へと移動していた。
「っ……死ねっ!!」
激情を叩きつけるように構えた剣を振り下ろすラノイ。その動きに合わせて、カイナは頭を下げて身を屈めた。
「なっ――っ!?」
結果的にカイナの背へと振り下ろされたラノイの剣は、背負っていた大剣に衝突して甲高い金属音を響かせた。
防御されるなど微塵も考えていなかった全力の一撃はラノイの身体へと翻り、その全身は衝撃によって隙を晒している。
「実力を把握されている格上の相手に、真正面から馬鹿正直に剣筋を見せてどうする……まさか、本気を出せば鉄も斬れるなどと自惚れていたわけではないだろうな」
「きっ、きさまぁっ!!」
痺れる両手で必死に剣を構えなおしたラノイではあったが、カイナに足を払われて呆気なく地に伏した。
「剣速が遅すぎるし、構えもなっていなければ勝ち筋の構築も杜撰……日々の鍛錬不足だな。時代遅れのトレーニング狂も、馬鹿にしたものではないだろう」
「おっ、おのれぇっ――うぐぅっ!?」
カイナに首を踏みつけられるラノイ。しばらくは全身をもがませていたが、やがてぐったりと脱力し動かなくなってしまった。
「っ……こっ、殺したの?」
「血流を止めて失神させただけだ。その内起きるだろう」
最後まで大剣を構えることもなくチェルの元へと戻ってきたカイナは、何事もなかったかのように馬の手綱を引き始めた。
「あの剣戟の音を聴いても馬は少しも暴れなかっただろう。安心できたか?」
「えっ……うっ、うん……」
もはや、カイナの中ではラノイのことなど眼中にもないらしい。チェルとは違い、厩を出るまでカイナは一度も振り返ることが無かった。
「……ばいばい」
よく遊んでくれた人だった。でも、ラノイの瞳はいつも聖剣を映していた。
カイナよりもずっと優しくしてくれた人だった。でも、チェルを見てくれていたのはカイナの方だった。
期待を裏切ってごめんなさい。地に倒れ伏すラノイに、チェルは一人静かに別れを告げた。
0
あなたにおすすめの小説
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。
異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。
せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。
そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。
これは天啓か。
俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる