お兄ちゃんと最強から最弱に成り下がった弟

papporopueeee

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剣の落ちた日

僕、堂々と逃げるね

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 カイナに馬を引かれ、チェルは正門前までやってきた。城と城下町の境目である此処は兵で溢れているものの、反乱兵はいないようだった。

「お待ちしておりました、カイナ様!」

「状況は?」

「相変わらずです。押し寄せる民の数は時間が経つごとに増えております」

 石壁と屋根に阻まれ、門の向こうの様子を見ることはできない。それでも、大勢の人が集まっていることはチェルにも伝わってきた。鮮明には聴こえないが、喧騒の中には確かにチェルの名前を呼ぶ声も混ざっていた。

 カイナと話していた兵士が離れたタイミングで、チェルはカイナにどうやって逃げるのかを尋ねた。

「門の向こうは民衆たちが密集している。馬で逃げようにもまず走り出せないことにはどうにもならず、馬で轢いていくわけにもいかない。だから、まずは兵たちに先行してもらい道を作ってもらう。ある程度馬が走れる道ができたら、馬で一気に国の外まで駆け抜けるぞ」

「それで逃げられるの?」

「一度走り出した騎馬を止めるのは訓練した兵士でも難しい。武装していない民ではまず止められない」

「ふーん……馬の足にしがみつかれたりしないの?」

「馬の体重は数百キロもある。そんな馬が地面を踏みしめて走っている最中に足にしがみつくなど、困難な上に自殺行為だ。その上、しがみつけたところで馬の足は止まらない可能性もある。俺たちの亡命を阻むのに命を懸ける人間は居ないと考えていい」

「……もしも、居たら? 可能性の薄い賭けだとしても、命を懸けてでも僕たちを逃がさないっていう人が居たら、カイナ兄はどうするの?」

 死に物狂いでチェルの亡命を阻もうとする民衆が居た場合に、カイナはどうするのか。民の命を優先して馬を止めるのか。チェルを優先して構わず蹴散らすのか。

 チェルからの問いにカイナは窘めるように答えた。

「人を試すような物言いは関心しないな」

「そうなの……? ごめんなさい……」

 カイナはチェルと比較して寛大な人間だ。罪を犯した人間でも殺してはならないと、耳にタコができるほどチェルは言われてきた。

 それゆえに気になった。チェルを逃がすためとはいえ、民に危険が及ぶような真似がカイナにできるのかが、チェルは知りたかった。

 意図せずカイナに怒られたことで肩を落とすチェル。カイナはため息を吐くと、目を逸らしながら小さく口を開いた。

「民を優先するならば、とっくにベッドの上で首を撥ねている。違うか?」

 自分で質問しておきながら、チェルはカイナの返答に気恥ずかしさを覚えて身を捩った。聖剣を失ったチェルでも大事にしてくれているという実感がくすぐったかった。

 聖剣も、友も、民をも失ったチェルの心は拠り所を求めてはいるものの、敏感になってしまっているらしい。カイナのぞんざいな物言いでも、チェルの心は羽毛で撫でられたかのような心地だった。

「……口では何とでも言えるよね?」

「その通りだ、口で言うだけなら誰でもできる。故に、この問答には何の意味も無いな」

「優しくない……」

 顔を隠すように外套を頭からすっぽりと被るチェル。しかしカイナの手によってすぐさま脱がされてしまった。

「えっ……なっ、何するの?」

「フードは被るな。少なくとも国を出るまではな」

「? 逃げるんでしょう? 目立たないようにした方がいいんじゃないの?」

「目立たずに逃げるだけなら、そもそも正門から出たりはしない。チェルを国の外に逃がすだけでなく、もうこの城の中にはチェルは居ないと知らしめるために逃げるんだ。そうじゃないと、城まで押し寄せる民たちも退くに退けないだろう」

「……皆が僕を諦められるように、逃げる姿を見せつけるってこと?」

「チェルは城の裏手からこっそり逃げた、などと言っても民たちは諦めきれないだろう。いつまでも城の前に居座られては兵達の負担も一向に減らない」

「……わかった……僕、堂々と逃げるね」

 先ほどからカイナは兵士たちから話しかけられているが、チェルは声をかけられるどころか視線すら逸らされている。民たちと同様に、兵たちもチェルを好ましくは思っていないのだろう。そんな彼らの負担を少しでも和らげるために、チェルはカイナの逃亡作戦に同意した。

 しかしこの期に及んでも、チェルにはここまで嫌われた原因がわからなかった。民からも、兵からも、どうしてここまで嫌われてしまったのか。

 魔物を殺してきた。敵兵を殺してきた。人の物を盗んだ人間を殺してきた。人に暴力を振るう人間を殺してきた。権力を笠に着る人間を殺してきた。子を養う気の無い親を殺し、親を虐げる子を殺してきた。

 故意に害を為す人間たちを殺し、それによって感謝をされていたはずだった。少なくとも、チェルの目にはそう見えていた。

 しかしながら、結果としてチェルは国を追われる立場となった。納得も理解もできてない。本当は皆と話し合う機会が欲しくて堪らない。チェル・ユーリィは何を、いつから、間違えてしまったのか。

 そしてそれでも、チェルはそれを受け入れることを決めた。理由がわからなくとも、嫌われたのならその責任を果たそう。命を差し出すことはできないけれども、せめて最後にその憎しみを背に受け止めよう。

 姿を晒しながら、堂々と逃げる。結果的に嫌われたのだとしても、いつだって民の為を思ってきたのだから。間違っていたのだとしても、気持ちには嘘を吐きたくない。
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