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剣の落ちた日
誰にも望まれない正義を振りかざした愚かな王子様
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「準備が整ったようだ。覚悟はできたか?」
「できてないって言ったら?」
「その時はチェルの心に未練が残るだけだ」
ついに鐙に足をかけ、チェルの背を覆うようにしてカイナも騎乗した。チェルが小さな手で必死に握っていた手綱はあっけなくカイナの手に奪われ、仕方なくチェルは鞍を両手で握りこんだ。
「お、落とさないでね?」
落馬した時の恐怖を思い出したことによって声を震わせるチェル。対してカイナは淡々と言い放った。
「絶対に落とさないとは言い切れない。だからこそ、互いに善処するとしよう」
「……そこは、絶対に落とさないって言って欲しかった」
「口では何とでも言えるんだろう?」
「……優しくない」
城門の前に整列する大盾を構えた兵士たちが数十名。亡命開始を直前にして、城門の前は重い緊張に包まれた。
「……」
一度大きく深呼吸をするチェル。分厚い石造りの城門すら貫通する外の喧騒を聞き、鞍を握る手を震わせながらその時を待つ。
「扉を開きます!」
門の前に控えていた兵士が大きな声を上げて閂を外す。ついに城の外と中を隔てていた門が開き、徐々に外の音が大きさを増していく。
「っ!?」
声というのは本来実体を持たない。しかし多くの人間の声が重なり合うと、人の身体を後退らせるほどのプレッシャーを持つということを、チェルは初めて知った。
日も落ち切った夜の城門前。焚かれた篝火が照らす人の影は、ざっと数えても数百人では収まらない。見渡す限りの視界が人で埋め尽くされていた。
数千の瞳が開かれた城門を見つめ、千を超える口がただ一人の名前を叫んでいた。
「……」
チェルは放心していた。話を聞いて想像していた光景とは、あまりにも異なった現実を直視したが為に。
嫌われている覚悟はしていた。罵声を浴びせられる心構えをしていた。
しかし、千の殺意をぶつけられる覚悟はしていなかった。
「なんで……? どうして、こんな……?」
殺人鬼、虐殺者、悪魔。全てがチェルに対する呼称だった。彼らにとって、チェルはもはや仲間ではなかった。チェルへと向けられる感情は人に向けるものではなく、魔物に向けるものと同じだった。
嫌われているなどという表現では生温い。イクスガルドの民たちにとっては、チェルこそが誰よりも処刑するべき国賊に他ならない。
「あっ……っ……」
涙が零れた。一粒の涙が頬を流れたのを皮切りにして、ぼろぼろと溢れ出して止まらなくなった。
所詮は自分にとって都合の良い想像を元にした覚悟でしかなかった。張りぼての覚悟はとっくに突き破られ、堂々と逃げるなどと言っていた口はまともに息も吸えていない。
皆の為を思い聖剣を振るってきたが、全ては空回りどころか無駄ですらなく、逆効果だった。誰にも望まれない正義を振りかざした愚かな王子様。聖剣が血に濡れるほどにその身体も血に塗れ、ついには自分が断罪の刃を突きつけられている。
彼らは聖剣が恐ろしくて口を開けないだけだった。チェルが感じていた民からの信頼は聖剣に恐怖した民たちによる媚びへつらいでしかなく、聖剣が失われたことによってようやく本心が顔を出しただけ。チェル・ユーリィは誰からも求められず、ただ疎まれていただけの存在だった。
ダズだけが特別チェルを憎んでいたのではなく、全員が同じくらいにチェルを殺したくて仕方がなかった。あの時ダズが周囲の人間に声をかけていたら、チェルはきっと袋叩きにされ痛みに悶えることしかできず死んでいたのだろう。
全身にぶつけられる声を通して心の臓まで届く怨嗟と怨念。肌まで波打つような衝撃がチェルを逃がさないとばかりに後方へと追いやり――
「あっ――」
――気を失いそうになったその刹那、チェルの背中はカイナの身体にぶつかった。
「できてないって言ったら?」
「その時はチェルの心に未練が残るだけだ」
ついに鐙に足をかけ、チェルの背を覆うようにしてカイナも騎乗した。チェルが小さな手で必死に握っていた手綱はあっけなくカイナの手に奪われ、仕方なくチェルは鞍を両手で握りこんだ。
「お、落とさないでね?」
落馬した時の恐怖を思い出したことによって声を震わせるチェル。対してカイナは淡々と言い放った。
「絶対に落とさないとは言い切れない。だからこそ、互いに善処するとしよう」
「……そこは、絶対に落とさないって言って欲しかった」
「口では何とでも言えるんだろう?」
「……優しくない」
城門の前に整列する大盾を構えた兵士たちが数十名。亡命開始を直前にして、城門の前は重い緊張に包まれた。
「……」
一度大きく深呼吸をするチェル。分厚い石造りの城門すら貫通する外の喧騒を聞き、鞍を握る手を震わせながらその時を待つ。
「扉を開きます!」
門の前に控えていた兵士が大きな声を上げて閂を外す。ついに城の外と中を隔てていた門が開き、徐々に外の音が大きさを増していく。
「っ!?」
声というのは本来実体を持たない。しかし多くの人間の声が重なり合うと、人の身体を後退らせるほどのプレッシャーを持つということを、チェルは初めて知った。
日も落ち切った夜の城門前。焚かれた篝火が照らす人の影は、ざっと数えても数百人では収まらない。見渡す限りの視界が人で埋め尽くされていた。
数千の瞳が開かれた城門を見つめ、千を超える口がただ一人の名前を叫んでいた。
「……」
チェルは放心していた。話を聞いて想像していた光景とは、あまりにも異なった現実を直視したが為に。
嫌われている覚悟はしていた。罵声を浴びせられる心構えをしていた。
しかし、千の殺意をぶつけられる覚悟はしていなかった。
「なんで……? どうして、こんな……?」
殺人鬼、虐殺者、悪魔。全てがチェルに対する呼称だった。彼らにとって、チェルはもはや仲間ではなかった。チェルへと向けられる感情は人に向けるものではなく、魔物に向けるものと同じだった。
嫌われているなどという表現では生温い。イクスガルドの民たちにとっては、チェルこそが誰よりも処刑するべき国賊に他ならない。
「あっ……っ……」
涙が零れた。一粒の涙が頬を流れたのを皮切りにして、ぼろぼろと溢れ出して止まらなくなった。
所詮は自分にとって都合の良い想像を元にした覚悟でしかなかった。張りぼての覚悟はとっくに突き破られ、堂々と逃げるなどと言っていた口はまともに息も吸えていない。
皆の為を思い聖剣を振るってきたが、全ては空回りどころか無駄ですらなく、逆効果だった。誰にも望まれない正義を振りかざした愚かな王子様。聖剣が血に濡れるほどにその身体も血に塗れ、ついには自分が断罪の刃を突きつけられている。
彼らは聖剣が恐ろしくて口を開けないだけだった。チェルが感じていた民からの信頼は聖剣に恐怖した民たちによる媚びへつらいでしかなく、聖剣が失われたことによってようやく本心が顔を出しただけ。チェル・ユーリィは誰からも求められず、ただ疎まれていただけの存在だった。
ダズだけが特別チェルを憎んでいたのではなく、全員が同じくらいにチェルを殺したくて仕方がなかった。あの時ダズが周囲の人間に声をかけていたら、チェルはきっと袋叩きにされ痛みに悶えることしかできず死んでいたのだろう。
全身にぶつけられる声を通して心の臓まで届く怨嗟と怨念。肌まで波打つような衝撃がチェルを逃がさないとばかりに後方へと追いやり――
「あっ――」
――気を失いそうになったその刹那、チェルの背中はカイナの身体にぶつかった。
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