35 / 67
剣の落ちた日
誰にも届かない、独りよがりの謝罪
しおりを挟む
「止めるか?」
死にたいのなら止めはしない。見上げるチェルを見下ろすカイナの瞳はそう言っていた。
死ぬべきかどうかで言うなら、チェルはきっと死ぬべきだ。チェルの行いの善悪について、多くの民たちが悪だと言っているのだから。悪を為した人間を殺してきた責任として、悪を為した人間はきっと死ぬべきだ。
「嫌だ……死にたくない……」
それでもチェルは死にたくなかった。まだ自身が死ぬべき悪なのだと信じ切れていない。自身が死ぬべき悪なのだと納得できていない。これほどの殺意をぶつけられても、まだ心は受け入れられていない。
皆から憎まれた化け物ではなく、チェルは人でありたかった。
「……それなら、落ちないようにしないとな」
開いた城門から中に入ろうと民衆が押し寄せる。盾を持った兵士たちが道を作ろうと押しているが、数が多すぎるのか進むどころか侵入を阻むので精一杯だ。
このままでは逃げるどころか追い詰められて刃傷沙汰になりかねない。そうチェルが思い始めたところで、兵士たちは三角形の物体を民衆に向けて投げ込んだ。
「え……聖剣?」
城門から飛び出してきた投擲物に、民衆は注目せざるをえなかった。それが今まで心を支配していた恐怖の対象であれば尚のこと。民衆は頭上を飛び去って行くそれに目を奪われ、声を失い、一瞬の静寂が生まれた。
聖剣が飛んできた。誰かがそう叫んだ途端に、パニックが巻き起こった。今この時もチェルが聖剣を失っていることなど知らない民たちは、蜘蛛の子を散らすように城門から逃げ出し始めた。
「っ……違うのに……聖剣じゃないのに……」
兵士が投げたのは形が似ているだけの聖剣の贋作だ。贋作が自在に空を駆けるはずがなく、頭にぶつかったところでたんこぶを作るのが精々な代物に違いない。
「僕っ……そんなことした……? 皆からは、そう見えてたの?」
何より、チェルはこんなことはしない。仮に今この瞬間に聖剣の加護が戻ってきたとしても、民を傷つけたり脅すためだけに聖剣を使ったりはしない。
民との間にある絶望的なまでの壁を、チェルは目の当たりにしていた。チェルなら今この瞬間に民たちを八つ裂きにしてもおかしくないと、彼らは本気で思っていた。
「道ができた。行くぞ」
民が逃げ出したことによって生まれた空間に盾兵たちが入り込むことで作った道。カイナは加速するのに十分な長さがあることを確認してから、馬を走らせ始めた。
カイナの言葉通り、一度走り出した馬を止めようとする者は居なかった。贋作の聖剣で心を揺すられ恐怖を煽られたせいか、道を開けるように必死に逃げるばかりだった。
チェルが横目で倒れる民の様子を見ると、目が合った女性はまるで魔物に出くわしたかのように怯えた。
チェルが顔を伏せれば、耳にはありとあらゆる糾弾が飛び込んできた。それは今までの殺人に対する責任の言及であったり、逃げることへの誹りであったり、謝罪の要求から、殺された人間を返せという懇願であったりした。
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」
それは誰にも届かない、独りよがりの謝罪。ただ許されたい一心で、チェルは何度も謝罪を呟き続けた。
死にたいのなら止めはしない。見上げるチェルを見下ろすカイナの瞳はそう言っていた。
死ぬべきかどうかで言うなら、チェルはきっと死ぬべきだ。チェルの行いの善悪について、多くの民たちが悪だと言っているのだから。悪を為した人間を殺してきた責任として、悪を為した人間はきっと死ぬべきだ。
「嫌だ……死にたくない……」
それでもチェルは死にたくなかった。まだ自身が死ぬべき悪なのだと信じ切れていない。自身が死ぬべき悪なのだと納得できていない。これほどの殺意をぶつけられても、まだ心は受け入れられていない。
皆から憎まれた化け物ではなく、チェルは人でありたかった。
「……それなら、落ちないようにしないとな」
開いた城門から中に入ろうと民衆が押し寄せる。盾を持った兵士たちが道を作ろうと押しているが、数が多すぎるのか進むどころか侵入を阻むので精一杯だ。
このままでは逃げるどころか追い詰められて刃傷沙汰になりかねない。そうチェルが思い始めたところで、兵士たちは三角形の物体を民衆に向けて投げ込んだ。
「え……聖剣?」
城門から飛び出してきた投擲物に、民衆は注目せざるをえなかった。それが今まで心を支配していた恐怖の対象であれば尚のこと。民衆は頭上を飛び去って行くそれに目を奪われ、声を失い、一瞬の静寂が生まれた。
聖剣が飛んできた。誰かがそう叫んだ途端に、パニックが巻き起こった。今この時もチェルが聖剣を失っていることなど知らない民たちは、蜘蛛の子を散らすように城門から逃げ出し始めた。
「っ……違うのに……聖剣じゃないのに……」
兵士が投げたのは形が似ているだけの聖剣の贋作だ。贋作が自在に空を駆けるはずがなく、頭にぶつかったところでたんこぶを作るのが精々な代物に違いない。
「僕っ……そんなことした……? 皆からは、そう見えてたの?」
何より、チェルはこんなことはしない。仮に今この瞬間に聖剣の加護が戻ってきたとしても、民を傷つけたり脅すためだけに聖剣を使ったりはしない。
民との間にある絶望的なまでの壁を、チェルは目の当たりにしていた。チェルなら今この瞬間に民たちを八つ裂きにしてもおかしくないと、彼らは本気で思っていた。
「道ができた。行くぞ」
民が逃げ出したことによって生まれた空間に盾兵たちが入り込むことで作った道。カイナは加速するのに十分な長さがあることを確認してから、馬を走らせ始めた。
カイナの言葉通り、一度走り出した馬を止めようとする者は居なかった。贋作の聖剣で心を揺すられ恐怖を煽られたせいか、道を開けるように必死に逃げるばかりだった。
チェルが横目で倒れる民の様子を見ると、目が合った女性はまるで魔物に出くわしたかのように怯えた。
チェルが顔を伏せれば、耳にはありとあらゆる糾弾が飛び込んできた。それは今までの殺人に対する責任の言及であったり、逃げることへの誹りであったり、謝罪の要求から、殺された人間を返せという懇願であったりした。
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」
それは誰にも届かない、独りよがりの謝罪。ただ許されたい一心で、チェルは何度も謝罪を呟き続けた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
勝手にダンジョンを創られ魔法のある生活が始まりました
久遠 れんり
ファンタジー
別の世界からの侵略を機に地球にばらまかれた魔素、元々なかった魔素の影響を受け徐々に人間は進化をする。
魔法が使えるようになった人類。
侵略者の想像を超え人類は魔改造されていく。
カクヨム公開中。
おっさん冒険者のおいしいダンジョン攻略
神崎あら
ファンタジー
冒険者歴20年以上のおっさんは、若い冒険者達のように地位や権威を得るためにダンジョンには行かない。
そう、おっさんは生活のためにダンジョンに行く。
これはそんなおっさんの冒険者ライフを描いた生活記である。
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる