お兄ちゃんと最強から最弱に成り下がった弟

papporopueeee

文字の大きさ
42 / 67
弱者の日常

カイっ――……お兄ちゃんは?

しおりを挟む
 チェルが目を覚ますと、其処はベッドの上だった。窓から差す日の光から、時間はまだ午前中のようだ。

「……お城じゃない」

 簡素で狭い木造りの部屋に、決して寝心地が良いとは言えないベッド。全ては夢だったという希望を持たせる余地すら無い部屋にチェルは寝かされていた。

「カイナ兄? ……いないの?」

 見渡してもカイナの姿は見えず、呼んでも部屋に入ってくる様子も無い。追手に狙われている立場の人間を一人残すなんてと一瞬考えたが、カイナであればそれくらいはするだろうと思い直した。カイナは命こそ守ってくれるが、優しくはしてくれない人間なのだと、チェルは痛感したばかりであった。

「髪……やっぱり無い……」

 一縷の望みをかけて腰の辺りを触ってみるが、やはり髪の感触は無かった。肩を少し過ぎた辺りでバッサリと切られており、先端はチェルの手を拒絶するかのようにチクチクとした感触だった。

「カイナ兄のばか……」

 悪態をつくチェルの瞳に浮かぶ涙。そのぼやけた視界の端には、鞘に納められた聖剣があった。チェルは試しに動かそうとしてみるが、やはり聖剣はテーブルの上に置かれたままピクリとも動かなかった。

「どうしてなんだろう……」

 聖剣を動かせたのなら、今もチェルは城のふかふかのベッドでのんびりと惰眠を貪っていられた。自慢の金髪をカイナに切られることもなく――

 ――民からは恐怖を集め続けていたのだろう。

「……こんな気持ちだったのかな、みんな」

 それは、今のチェルがカイナに抱いている感情。力ではどうやっても逆らえず、生きるためには従う他ない。媚びへつらったとしても、気まぐれ次第では理不尽な目に遭わされかねない恐怖と不安。

 カイナがチェルの為を思っているのだとしても、チェルの心には確かなカイナへの不満が溜まっていた。

「お腹空いたな……」

 どれだけ胸の内に感情が溜まっていてもお腹が膨れることは無い。昨夜に不味いパンを少し食べただけのチェルの身体はぐーぐーと警告を鳴らしていた。

「カイナ兄、どこ行ったんだろう。捜しに行こうかな……」

 窓の外の風景から察するに、チェルはどこかの村に居るらしかった。村の規模はあまり広いようには見えず、カイナが村から出ていないのであればすぐに会えそうに思えた。

「んー……まあ、カイナ兄が悪いよね」

 このままベッドの上に蹲って飢えに耐えるか。お腹を空かせたまま村をさ迷うか。カイナであれば部屋で大人しくしていろと言いそうだと思い、チェルは反抗心から外に出ることに決めた。

 外套を羽織って、髪を隠すように深くフードを被る。一人では上手く帯剣できない聖剣は外套の下で両手で抱えることにして、チェルは部屋を出た。

「おや、おはよう」

「ひぃっ!?」

 部屋を出たチェルは男に声をかけられた。がたいが良く筋肉質な男であり、めくった袖から見える太い腕がダズを思い起こさせ、チェルは反射的に身を竦ませた。

「そんなに驚かないで欲しいな。此処は小さな村でね。宿屋なんて無いから、私が個人的に旅人の君たちに空き部屋を貸しているんだ。お兄さんのことも知っているよ。私はハーマンだ、初めまして」

「っ……初めまして……」

 ハーマンからは敵対心は感じ取れなかった。人の良い笑顔を浮かべており、カイナよりもチェルに優しくしてくれそうな雰囲気さえあったが、チェルには差し出されたハーマンの手を取ることはできなかった。

 表面上はチェルに親しみを込めて接していたイクスガルドの民たちは、チェルがただの子供に成り果てた途端に隠していた恐怖と憎しみをぶつけてきた。その激情と表情が心にこびりついた今のチェルにとって、目に見える優しさはむしろ警戒心を煽るだけだった。

「あの、カイっ――……お兄ちゃんは?」

「出かけているよ。すぐに戻ると言っていたから、部屋で待っていたらどうかな?」

「……いえ、捜しに行きます。……あっ……ありがとうございました」

 ハーマンの横を逃げるようにすり抜けて外へと向かうチェル。扉を開けて敷居をまたいだチェルは思い出したかのように振り向くと、ぺこりと頭を下げて小声でお礼を言ってから外へと飛び出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった

仙道
ファンタジー
異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

底辺動画主、配信を切り忘れてスライムを育成していたらバズった

椎名 富比路
ファンタジー
ダンジョンが世界じゅうに存在する世界。ダンジョン配信業が世間でさかんに行われている。 底辺冒険者であり配信者のツヨシは、あるとき弱っていたスライムを持ち帰る。 ワラビと名付けられたスライムは、元気に成長した。 だがツヨシは、うっかり配信を切り忘れて眠りについてしまう。 翌朝目覚めると、めっちゃバズっていた。

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

処理中です...