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弱者の日常
カイっ――……お兄ちゃんは?
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チェルが目を覚ますと、其処はベッドの上だった。窓から差す日の光から、時間はまだ午前中のようだ。
「……お城じゃない」
簡素で狭い木造りの部屋に、決して寝心地が良いとは言えないベッド。全ては夢だったという希望を持たせる余地すら無い部屋にチェルは寝かされていた。
「カイナ兄? ……いないの?」
見渡してもカイナの姿は見えず、呼んでも部屋に入ってくる様子も無い。追手に狙われている立場の人間を一人残すなんてと一瞬考えたが、カイナであればそれくらいはするだろうと思い直した。カイナは命こそ守ってくれるが、優しくはしてくれない人間なのだと、チェルは痛感したばかりであった。
「髪……やっぱり無い……」
一縷の望みをかけて腰の辺りを触ってみるが、やはり髪の感触は無かった。肩を少し過ぎた辺りでバッサリと切られており、先端はチェルの手を拒絶するかのようにチクチクとした感触だった。
「カイナ兄のばか……」
悪態をつくチェルの瞳に浮かぶ涙。そのぼやけた視界の端には、鞘に納められた聖剣があった。チェルは試しに動かそうとしてみるが、やはり聖剣はテーブルの上に置かれたままピクリとも動かなかった。
「どうしてなんだろう……」
聖剣を動かせたのなら、今もチェルは城のふかふかのベッドでのんびりと惰眠を貪っていられた。自慢の金髪をカイナに切られることもなく――
――民からは恐怖を集め続けていたのだろう。
「……こんな気持ちだったのかな、みんな」
それは、今のチェルがカイナに抱いている感情。力ではどうやっても逆らえず、生きるためには従う他ない。媚びへつらったとしても、気まぐれ次第では理不尽な目に遭わされかねない恐怖と不安。
カイナがチェルの為を思っているのだとしても、チェルの心には確かなカイナへの不満が溜まっていた。
「お腹空いたな……」
どれだけ胸の内に感情が溜まっていてもお腹が膨れることは無い。昨夜に不味いパンを少し食べただけのチェルの身体はぐーぐーと警告を鳴らしていた。
「カイナ兄、どこ行ったんだろう。捜しに行こうかな……」
窓の外の風景から察するに、チェルはどこかの村に居るらしかった。村の規模はあまり広いようには見えず、カイナが村から出ていないのであればすぐに会えそうに思えた。
「んー……まあ、カイナ兄が悪いよね」
このままベッドの上に蹲って飢えに耐えるか。お腹を空かせたまま村をさ迷うか。カイナであれば部屋で大人しくしていろと言いそうだと思い、チェルは反抗心から外に出ることに決めた。
外套を羽織って、髪を隠すように深くフードを被る。一人では上手く帯剣できない聖剣は外套の下で両手で抱えることにして、チェルは部屋を出た。
「おや、おはよう」
「ひぃっ!?」
部屋を出たチェルは男に声をかけられた。がたいが良く筋肉質な男であり、めくった袖から見える太い腕がダズを思い起こさせ、チェルは反射的に身を竦ませた。
「そんなに驚かないで欲しいな。此処は小さな村でね。宿屋なんて無いから、私が個人的に旅人の君たちに空き部屋を貸しているんだ。お兄さんのことも知っているよ。私はハーマンだ、初めまして」
「っ……初めまして……」
ハーマンからは敵対心は感じ取れなかった。人の良い笑顔を浮かべており、カイナよりもチェルに優しくしてくれそうな雰囲気さえあったが、チェルには差し出されたハーマンの手を取ることはできなかった。
表面上はチェルに親しみを込めて接していたイクスガルドの民たちは、チェルがただの子供に成り果てた途端に隠していた恐怖と憎しみをぶつけてきた。その激情と表情が心にこびりついた今のチェルにとって、目に見える優しさはむしろ警戒心を煽るだけだった。
「あの、カイっ――……お兄ちゃんは?」
「出かけているよ。すぐに戻ると言っていたから、部屋で待っていたらどうかな?」
「……いえ、捜しに行きます。……あっ……ありがとうございました」
ハーマンの横を逃げるようにすり抜けて外へと向かうチェル。扉を開けて敷居をまたいだチェルは思い出したかのように振り向くと、ぺこりと頭を下げて小声でお礼を言ってから外へと飛び出した。
「……お城じゃない」
簡素で狭い木造りの部屋に、決して寝心地が良いとは言えないベッド。全ては夢だったという希望を持たせる余地すら無い部屋にチェルは寝かされていた。
「カイナ兄? ……いないの?」
見渡してもカイナの姿は見えず、呼んでも部屋に入ってくる様子も無い。追手に狙われている立場の人間を一人残すなんてと一瞬考えたが、カイナであればそれくらいはするだろうと思い直した。カイナは命こそ守ってくれるが、優しくはしてくれない人間なのだと、チェルは痛感したばかりであった。
「髪……やっぱり無い……」
一縷の望みをかけて腰の辺りを触ってみるが、やはり髪の感触は無かった。肩を少し過ぎた辺りでバッサリと切られており、先端はチェルの手を拒絶するかのようにチクチクとした感触だった。
「カイナ兄のばか……」
悪態をつくチェルの瞳に浮かぶ涙。そのぼやけた視界の端には、鞘に納められた聖剣があった。チェルは試しに動かそうとしてみるが、やはり聖剣はテーブルの上に置かれたままピクリとも動かなかった。
「どうしてなんだろう……」
聖剣を動かせたのなら、今もチェルは城のふかふかのベッドでのんびりと惰眠を貪っていられた。自慢の金髪をカイナに切られることもなく――
――民からは恐怖を集め続けていたのだろう。
「……こんな気持ちだったのかな、みんな」
それは、今のチェルがカイナに抱いている感情。力ではどうやっても逆らえず、生きるためには従う他ない。媚びへつらったとしても、気まぐれ次第では理不尽な目に遭わされかねない恐怖と不安。
カイナがチェルの為を思っているのだとしても、チェルの心には確かなカイナへの不満が溜まっていた。
「お腹空いたな……」
どれだけ胸の内に感情が溜まっていてもお腹が膨れることは無い。昨夜に不味いパンを少し食べただけのチェルの身体はぐーぐーと警告を鳴らしていた。
「カイナ兄、どこ行ったんだろう。捜しに行こうかな……」
窓の外の風景から察するに、チェルはどこかの村に居るらしかった。村の規模はあまり広いようには見えず、カイナが村から出ていないのであればすぐに会えそうに思えた。
「んー……まあ、カイナ兄が悪いよね」
このままベッドの上に蹲って飢えに耐えるか。お腹を空かせたまま村をさ迷うか。カイナであれば部屋で大人しくしていろと言いそうだと思い、チェルは反抗心から外に出ることに決めた。
外套を羽織って、髪を隠すように深くフードを被る。一人では上手く帯剣できない聖剣は外套の下で両手で抱えることにして、チェルは部屋を出た。
「おや、おはよう」
「ひぃっ!?」
部屋を出たチェルは男に声をかけられた。がたいが良く筋肉質な男であり、めくった袖から見える太い腕がダズを思い起こさせ、チェルは反射的に身を竦ませた。
「そんなに驚かないで欲しいな。此処は小さな村でね。宿屋なんて無いから、私が個人的に旅人の君たちに空き部屋を貸しているんだ。お兄さんのことも知っているよ。私はハーマンだ、初めまして」
「っ……初めまして……」
ハーマンからは敵対心は感じ取れなかった。人の良い笑顔を浮かべており、カイナよりもチェルに優しくしてくれそうな雰囲気さえあったが、チェルには差し出されたハーマンの手を取ることはできなかった。
表面上はチェルに親しみを込めて接していたイクスガルドの民たちは、チェルがただの子供に成り果てた途端に隠していた恐怖と憎しみをぶつけてきた。その激情と表情が心にこびりついた今のチェルにとって、目に見える優しさはむしろ警戒心を煽るだけだった。
「あの、カイっ――……お兄ちゃんは?」
「出かけているよ。すぐに戻ると言っていたから、部屋で待っていたらどうかな?」
「……いえ、捜しに行きます。……あっ……ありがとうございました」
ハーマンの横を逃げるようにすり抜けて外へと向かうチェル。扉を開けて敷居をまたいだチェルは思い出したかのように振り向くと、ぺこりと頭を下げて小声でお礼を言ってから外へと飛び出した。
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