53 / 67
兄と弟と聖剣
絶対食べないから
しおりを挟む
「ん……」
泣きながらパンを食べて、嗚咽を漏らしながら毛布にくるまったチェルが目を覚ましたのは夜明けよりも早い時間だった。
周囲はまだ暗く、小鳥のさえずりも聴こえない。このまま目を瞑って二度寝をすることもできる時間だったが、チェルは眠気を抑えて身体を起こした。
「……カイナ兄?」
寝ていれば起こさない、起きていれば反応するであろう程度の小声をカイナの背にかけたチェル。カイナは依然として横になったままであり、チェルの呼びかけには返事をしなかった。
一昨日の夜は馬の上で眠るチェルを追手から遠ざけるために徹夜で歩き、昨日は食料として蜂を調達した後はすぐに村を出てまた夜まで歩いていた。流石に疲労が溜まっているのか、いつも厳しい顔をしているカイナはチェルに無防備な寝顔を見せていた。
「…………」
カイナがまだ眠っているのを確認したチェルは、音を立てないようにそっと立ち上がった。そしてランプを手に取ると、カイナに背を向けてまだ暗い森の中へと歩き出した。
「虫なんて、絶対食べないから……」
土を踏みしめる音も聴こえるような静寂の中で、チェルは強い意志と共に呟いた。いくらカイナが正しかろうと、虫だけは口にしてなるものかと。
「んっしょっ……んしょっ……」
チェルは聖剣を両手で握りこんで、野営地から少し離れた位置にある木に傷をつけた。遠目からでも確認できる程度になるまで傷が広がったら、また少し離れた位置にある木に向けて聖剣を突き立てた。
「ひぃっ……ひぃっ……けっ、結構大変かも……。でも、虫を食べるよりは……まし……」
三本目の木に聖剣を突き立てたところで、早くもチェルは肩で息をしていた。へなへなと腰が砕け、ぺたんと座り込んでしまい、しかしそれでも懸命に木に聖剣を突き立て傷をつけた。
そうやって少し歩いては木に傷をつけることを繰り返すチェル。その瞳は忙しなく上へ下へと動き回り、虫に代わる食材を必死に探しているのだった。
食料調達も、移動も、戦闘も、全てをカイナに依存しているチェルでは何を言おうともただのわがままに過ぎない。カイナの正論には太刀打ちできず、このままでは髪だけではなく人としての尊厳も、何もかもを逃避行を理由に失いかねない。
昨日はどうしてか見逃されたが、おそらくは疲れていたためであろう。睡眠によって活力が戻ったカイナなら、有無を言わさずハチノコを喉の奥まで押し込んできてもおかしくはない。
そんなカイナに対抗するために、チェルは自力で食料を探すことにした。カイナが目を覚ますよりも前に、自分で食べる物を見つけようと帰り道の目印をつけながら森をさ迷い歩いていた。
「なんでも……いい……木の実でも、お花でもキノコでも……この際葉っぱでも草でもいいもん……虫以外なら、なんでも……」
チェル自身には食用の目利きができなくとも、カイナなら知識を持ち合わせている可能性がある。チェルは比較的見目が良く、口にするのに抵抗が無いと感じた草や葉っぱを拾っては懐にしまいこみながら歩いた。
地味な色をしたキノコを見つけては目を輝かせて引っこ抜き、硬い殻に包まれた木の実を見つけては期待に胸を躍らせながら拾い集めていくチェル。いつしかその懐は食べられそうな見た目をした物で膨らんでいた。
「探してみたら、結構落ちてるんだ……ふふ……」
これだけあれば少しは食べられる物もあるだろうと笑みを浮かべるチェル。その耳に微かではあるが、流れる水の音が聴こえてきた。
「川……魚が捕れたら、カイナ兄も文句無いよね……?」
カイナは虫の栄養面での利点を語っていたが、魚であれば十分に対抗できるであろう。むしろ大物でも捕れようものなら、カイナもチェルを見直すかもしれない。
今はチェルに厳しく優しくないカイナではあるが、チェルを認めればその態度も改めるに違いない。寝起きのカイナに魚を見せた時の反応を想像しながら、チェルは水音の方へと歩き出した。
泣きながらパンを食べて、嗚咽を漏らしながら毛布にくるまったチェルが目を覚ましたのは夜明けよりも早い時間だった。
周囲はまだ暗く、小鳥のさえずりも聴こえない。このまま目を瞑って二度寝をすることもできる時間だったが、チェルは眠気を抑えて身体を起こした。
「……カイナ兄?」
寝ていれば起こさない、起きていれば反応するであろう程度の小声をカイナの背にかけたチェル。カイナは依然として横になったままであり、チェルの呼びかけには返事をしなかった。
一昨日の夜は馬の上で眠るチェルを追手から遠ざけるために徹夜で歩き、昨日は食料として蜂を調達した後はすぐに村を出てまた夜まで歩いていた。流石に疲労が溜まっているのか、いつも厳しい顔をしているカイナはチェルに無防備な寝顔を見せていた。
「…………」
カイナがまだ眠っているのを確認したチェルは、音を立てないようにそっと立ち上がった。そしてランプを手に取ると、カイナに背を向けてまだ暗い森の中へと歩き出した。
「虫なんて、絶対食べないから……」
土を踏みしめる音も聴こえるような静寂の中で、チェルは強い意志と共に呟いた。いくらカイナが正しかろうと、虫だけは口にしてなるものかと。
「んっしょっ……んしょっ……」
チェルは聖剣を両手で握りこんで、野営地から少し離れた位置にある木に傷をつけた。遠目からでも確認できる程度になるまで傷が広がったら、また少し離れた位置にある木に向けて聖剣を突き立てた。
「ひぃっ……ひぃっ……けっ、結構大変かも……。でも、虫を食べるよりは……まし……」
三本目の木に聖剣を突き立てたところで、早くもチェルは肩で息をしていた。へなへなと腰が砕け、ぺたんと座り込んでしまい、しかしそれでも懸命に木に聖剣を突き立て傷をつけた。
そうやって少し歩いては木に傷をつけることを繰り返すチェル。その瞳は忙しなく上へ下へと動き回り、虫に代わる食材を必死に探しているのだった。
食料調達も、移動も、戦闘も、全てをカイナに依存しているチェルでは何を言おうともただのわがままに過ぎない。カイナの正論には太刀打ちできず、このままでは髪だけではなく人としての尊厳も、何もかもを逃避行を理由に失いかねない。
昨日はどうしてか見逃されたが、おそらくは疲れていたためであろう。睡眠によって活力が戻ったカイナなら、有無を言わさずハチノコを喉の奥まで押し込んできてもおかしくはない。
そんなカイナに対抗するために、チェルは自力で食料を探すことにした。カイナが目を覚ますよりも前に、自分で食べる物を見つけようと帰り道の目印をつけながら森をさ迷い歩いていた。
「なんでも……いい……木の実でも、お花でもキノコでも……この際葉っぱでも草でもいいもん……虫以外なら、なんでも……」
チェル自身には食用の目利きができなくとも、カイナなら知識を持ち合わせている可能性がある。チェルは比較的見目が良く、口にするのに抵抗が無いと感じた草や葉っぱを拾っては懐にしまいこみながら歩いた。
地味な色をしたキノコを見つけては目を輝かせて引っこ抜き、硬い殻に包まれた木の実を見つけては期待に胸を躍らせながら拾い集めていくチェル。いつしかその懐は食べられそうな見た目をした物で膨らんでいた。
「探してみたら、結構落ちてるんだ……ふふ……」
これだけあれば少しは食べられる物もあるだろうと笑みを浮かべるチェル。その耳に微かではあるが、流れる水の音が聴こえてきた。
「川……魚が捕れたら、カイナ兄も文句無いよね……?」
カイナは虫の栄養面での利点を語っていたが、魚であれば十分に対抗できるであろう。むしろ大物でも捕れようものなら、カイナもチェルを見直すかもしれない。
今はチェルに厳しく優しくないカイナではあるが、チェルを認めればその態度も改めるに違いない。寝起きのカイナに魚を見せた時の反応を想像しながら、チェルは水音の方へと歩き出した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
底辺動画主、配信を切り忘れてスライムを育成していたらバズった
椎名 富比路
ファンタジー
ダンジョンが世界じゅうに存在する世界。ダンジョン配信業が世間でさかんに行われている。
底辺冒険者であり配信者のツヨシは、あるとき弱っていたスライムを持ち帰る。
ワラビと名付けられたスライムは、元気に成長した。
だがツヨシは、うっかり配信を切り忘れて眠りについてしまう。
翌朝目覚めると、めっちゃバズっていた。
病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
運極のおっさんが挑む明るいダンジョン攻略のススメ~攻撃も防御も素早さも初期値だけど運だけで乗り切るぜ~
TB
ファンタジー
第三次世界大戦後、地球にダンジョンが現れた。
主人公『速水アキラ』は三十九歳のアラフォーリーマンだったが、勤務していたブラック企業に嫌気がさして、一念発起、【バラ色の人生】を目指してダンジョンシーカーとして生きる道を選択した。
チュートリアルダンジョンのゴール地点に到達したアキラが手に入れる一つのアイテム。
【ラッキーリング】実はこのアイテム名前は凄いが結構な地雷アイテムだった。
全てのステータスがLUCに変換され、他は全部初期値に固定されてしまう。
しかも外せない。
ダンジョンシーカーとしては致命的とも思えるスタートとなったが……アキラは果たして【バラ色の人生】を手に入れることは出来るのか?
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。
異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。
せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。
そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。
これは天啓か。
俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる