お兄ちゃんと最強から最弱に成り下がった弟

papporopueeee

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兄と弟と聖剣

兄弟の秘め事

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「カイナ兄に、聖剣を……? カイナ兄……聖剣が使えるの?」

「…………ああ」

 短い沈黙の後、カイナは穏やかにチェルの言葉を肯定した。生気の失われていく顔で微笑みながら、カイナはチェルの表情を真っすぐに見つめていた。

「カイナ兄……?」

 チェルにカイナの意図はわからなかった。その表情の意味も、言葉の真意もチェルには汲めなかった。

 これまでの事実から考えれば、カイナの言葉は嘘としか思えない。カイナが本当に聖剣を使えるのならば、もっと早くに使うべきだ。それこそ最初から、チェルに聖剣の担い手を任せる必要が無い。

 しかしながら、カイナが無意味な事を言うとも思えなかった。此処でカイナが聖剣を託せと言うことは、この状況を打破する何かをカイナは持っているということだ。

 何にせよ、カイナに聖剣を渡せば状況が動くことは間違いない。それは確かではあったが、チェルは素直に聖剣を渡すことはできなかった。

「でも……ダメだよ。やっぱり、カイナ兄が死んじゃうよっ……」

 カイナが聖剣を使えたとしても、リザン達がそれを見逃すとは思えない。チェルがカイナに聖剣を手渡そうとした瞬間には、二人とも撃たれてしまうことは想像に難くなかった。

 仮に聖剣を渡せたとして、リザン達を撃破できたとしても、それでもやはりカイナは助からない。傷の手当てができないチェルがカイナの生存を望むのであれば、敵の情けを受けて治療を受けるしかない。

「どうせ、治療されたところでこの傷じゃもうまともには動けない……。聖剣を渡したら、チェルは俺の身体の下に隠れてろ……5秒も数える頃には、全部終わってる」

「でも……でも……治してもらえたら、助かるんでしょ……? 生きていてくれるんでしょ……? やだよぉ……死なないで、カイナ兄……」

「いつまでこそこそ話してるチェル・ユーリィ! そんなに兄貴を見殺しにしたいか!?」

 痺れを切らしたリザンの怒号が響いた。

 カイナだけは死んで欲しくない。今まで多くの命を奪ってきたチェルであったが、カイナだけは自分の手で殺したくない。

 優しくはないけれど、チェルの味方で居てくれた人だから。聖剣の加護の有無に関わらず、チェルを見て、チェルを護ってくれる人だと、今になって気づいたから。だから、チェルがカイナを殺すようなことだけはあってはならない。

「ごめん、カイナ兄。僕、やっぱりカイナ兄に死んで欲しくない。ごめん……ごめんね?」

 これが最後のわがままだからどうか許してと、チェルは謝罪を繰り返しながら弱々しいカイナの手を払い退けて、後ろ手に聖剣を掴んだ。

 カイナは、そんなチェルのおでこに額を寄せると――

「チェル……俺を信じろ……。俺は、チェルのお兄ちゃんだろう……?」

 ――ただ静かに、当たり前の事実をチェルに告げた。

 チェルが生まれてからずっと傍に居たのは誰なのか。チェルのことを最も思っている人間は誰なのか。

 多くは語らず、感情に訴えることもなく、カイナはチェルに理解らせた。

「っ……カイナ兄っ……っ!」

 何を求めるかではなく、誰を信じるのか。それを定めた瞬間に、何をするべきかも定まった。

 泣きじゃくっていたチェルは突然、その表情に笑みを浮かべて見せた。目じりに涙を浮かべながらも、勝ち誇るかのように。

「……カイナ兄、ありがとう。おかげで、間に合ったよ?」

 チェルの言葉はカイナに向けたものではなかった。兄弟だけのナイショ話から一転して、チェルはリザンたちにも聞こえるように、間に合ったと宣言した。

「……何を言っている? どういう意味だ!?」

 突然意味不明なことを言い出したチェルを恫喝するリザン。しかしチェルは臆することなく、正面からリザンを見据えて語り出した。

「言葉通りの意味だよ? そんなに聖剣が欲しいのなら、いくらでもあげる……そっちが言ったんだもん……聖剣を渡せって……だから僕は、言われた通りに聖剣を渡すだけ……だから、僕は悪くないよね?」

 リザンの責任を追及するかのようなチェルの口振りに、リザンは気圧された様子を見せた。先ほどまではただのひ弱な子供でしかなかったチェルの豹変が、リザンの心に動揺を生んだ。

「何をするつもりだ? 答えろ、チェル・ユーリィ!」

「大きな声は止めて? さっきから言ってる通り……聖剣を渡すだけなんだからさ?」

 それはチェルなりの精一杯の強がり。

 本当は怖くて仕方がない。声が震えて、涙が溢れ出して、恐怖に引き攣りそうになりながらも、対面上だけは対等に。

 ただカイナを信じるだけ。たった一人のお兄ちゃんを信じ抜くと弟は決めた。それが何を齎すのかについては、目を瞑って。

 チェルは右手を下に振り被ってから、その手に持った物を直上に放り投げた。

「なっ、何を――っ!?」

 釣られて視線を上げたリザンの視界にも、そのシルエットははっきりと映った。

 上り始めた朝日を背に浴びて、平たくて三角形のフォルムをした何かが宙を舞っていた。

「撃たないでね……ちゃんと、言われた通りに渡したからね――」

 それは、普通なら意味の無い軌道だった。命令通りに渡すにしても、不意打ちで投擲するにしても、真上に放り投げることだけはありえない。

 その投げ方が成立するのは、空を自在に駆ける聖剣を以て他に存在しなかった。

「聖剣だ!! 厳重警戒!!」

 直上に放り投げられた聖剣がぴたりと動きを止め、一直線に突進する。そんな幻視をしたであろうリザンの判断と行動は迅速だった。即座に周囲に聖剣の存在を伝えると、自身は構えたライフル銃で放り投げられた物体を撃ち抜いた。

 それは聖剣を相手にする場合においては、あまり意味がある行動ではない。銃弾を一発受けたところで全盛期の聖剣を止めることは敵わず、それがただの鞘であれば尚の事。

 聖剣への警戒心を逆手に取られ、リザンはチェルとカイナを前にして致命的な隙を晒してしまった。ハリボテに怯えていたイクスガルドの民たちと同じように。

「――だから、受けとって……カイナ兄」

 聖剣の鞘が銃弾によって吹き飛ばされるその真下にて、兄弟の秘め事は完遂された。かつてチェルが加護を受けた聖剣の内の一本が今、カイナの右手にしっかりと握られた。

「ああ……よくやった、チェル」

 カイナの口から漏れたのは、満たされたかのような溜息だった。ほんの少しだけ間を置いた後、カイナは躊躇することなく右手に握った聖剣を己の胸へと突き立てた。
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