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兄と弟と聖剣
剣は少年を守り続けた
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「んしょっ……やっぱり、聖剣って便利だね……ねえ、カイナ兄?」
木々の向こうにある太陽が昇るのを止めて降りようとし始めているお昼頃。聖剣に荷物を吊り下げることで全く労力をかけないままに馬に荷を積み終えて、チェルは聖剣に声をかけた。
当然金属の塊である聖剣が喋れるはずはなく、それでもチェルは話しかけることを止めなかった。
「そういえば、この馬の名前ってなんて言うの? カイナ兄、地面に文字を書いたりとかできないの?」
聖剣は微動だにせず、チェルの言葉に対して何の反応も見せない。それでも、チェルに落ち込むような様子は見られなかった。
「……お前はわかる? 名前だよ……お前の名前……わっ」
チェルが馬の鼻を撫でると、お返しと言わんばかりに鼻先で頬を撫でられた。
まるでチェルを慰めるかのような仕草に、思わず笑みを零したチェル。それは泣き出す寸前のような、切なげな微笑みであった。
「カイナ兄よりも、お前の方がよっぽど優しいね……。ねえ、どっちがいいと思う? お前の手綱を引いて歩くか、お前の背に乗って手綱を握るのか……お前が暴れないのなら、僕としては背中に乗せてもらいたいんだけど……落とさない?」
チェルの問いかけに対して、馬も何も返さなかった。チェルの金髪を唇で食むようにして弄ぶばかりで、チェルの不安などどこ吹く風という様子だ。
「……じゃあ、信じてみようかな。カイナ兄も、お前は優秀だと言ってたし……お願いね?」
聖剣を足場にして鐙に足をかけ、聖剣を手すりにしながら騎乗するチェル。大人用の馬はチェルの体格にはあまりに不釣り合いで、たった一人の乗馬では両手に握る手綱も心許ない。軽すぎる体重とぶら下げることしかできない足では少しもバランスは安定せず、馬が少しでも暴れれば宙に放り出されるのは目に見えていた。
「っ……それ行けっ」
それでも、チェルは手綱を軽く振って馬を歩かせた。恐怖と不安で怯える心を抑えつけて、前へと進んだ。
傍らで浮遊する聖剣にカイナの意思があるのかどうかは定かではなかったけれども。もしも今のチェルの姿を見ていたとしたならば、少しは安心してもらいたかったから。
そのためにチェルは懐から麻袋を取り出して、その中に入っているモノを一つ摘まみ上げた。
「……」
指につまんだそれを、チェルは閉口しながら観察した。その楕円型の胴体を、細い足を、透き通る翅を、大きな瞳であらゆる角度から観察した。
「…………あむっ」
そして幾ばくかの時間を置いた後に、チェルはそれを口の中に放り込んだ。荷を整理する前に焚火で炙っておいたそれを。カイナの死の遠因にもなった頭をもいだ蜂を、チェルは咀嚼した。
硬い食感の甲殻を歯で磨り潰して。燻されたことで漂う独特の臭いを感じて。舌にチクリと刺さる不快感にも耐えて。
瑞々しくもなくて、柔らかくもなくて、えぐ味があって、それでもチェルは口の中に覚えさせるように十分に咀嚼してから、細い喉をこくりと鳴らして呑み込んだ。
「…………やっぱり、美味しくないよ」
でも、食べられないほどじゃなかった。その事実が、よりチェルの心を締め付けた。
「っ……ひっ……ふぐぅっ……ふぅっ……」
ぼたぼたと零れ落ちる涙と漏れ出す嗚咽。泣きじゃくる幼子をあやすかのように、馬は優しい足取りで森を進むのだった。
剣は付かず離れず、少年の傍らに。
かつて兄がそうしたように、決して優しくはないけれども。
誰よりも近くで、誰よりも長く、誰よりも強い意志で。
剣は少年を守り続けた。
木々の向こうにある太陽が昇るのを止めて降りようとし始めているお昼頃。聖剣に荷物を吊り下げることで全く労力をかけないままに馬に荷を積み終えて、チェルは聖剣に声をかけた。
当然金属の塊である聖剣が喋れるはずはなく、それでもチェルは話しかけることを止めなかった。
「そういえば、この馬の名前ってなんて言うの? カイナ兄、地面に文字を書いたりとかできないの?」
聖剣は微動だにせず、チェルの言葉に対して何の反応も見せない。それでも、チェルに落ち込むような様子は見られなかった。
「……お前はわかる? 名前だよ……お前の名前……わっ」
チェルが馬の鼻を撫でると、お返しと言わんばかりに鼻先で頬を撫でられた。
まるでチェルを慰めるかのような仕草に、思わず笑みを零したチェル。それは泣き出す寸前のような、切なげな微笑みであった。
「カイナ兄よりも、お前の方がよっぽど優しいね……。ねえ、どっちがいいと思う? お前の手綱を引いて歩くか、お前の背に乗って手綱を握るのか……お前が暴れないのなら、僕としては背中に乗せてもらいたいんだけど……落とさない?」
チェルの問いかけに対して、馬も何も返さなかった。チェルの金髪を唇で食むようにして弄ぶばかりで、チェルの不安などどこ吹く風という様子だ。
「……じゃあ、信じてみようかな。カイナ兄も、お前は優秀だと言ってたし……お願いね?」
聖剣を足場にして鐙に足をかけ、聖剣を手すりにしながら騎乗するチェル。大人用の馬はチェルの体格にはあまりに不釣り合いで、たった一人の乗馬では両手に握る手綱も心許ない。軽すぎる体重とぶら下げることしかできない足では少しもバランスは安定せず、馬が少しでも暴れれば宙に放り出されるのは目に見えていた。
「っ……それ行けっ」
それでも、チェルは手綱を軽く振って馬を歩かせた。恐怖と不安で怯える心を抑えつけて、前へと進んだ。
傍らで浮遊する聖剣にカイナの意思があるのかどうかは定かではなかったけれども。もしも今のチェルの姿を見ていたとしたならば、少しは安心してもらいたかったから。
そのためにチェルは懐から麻袋を取り出して、その中に入っているモノを一つ摘まみ上げた。
「……」
指につまんだそれを、チェルは閉口しながら観察した。その楕円型の胴体を、細い足を、透き通る翅を、大きな瞳であらゆる角度から観察した。
「…………あむっ」
そして幾ばくかの時間を置いた後に、チェルはそれを口の中に放り込んだ。荷を整理する前に焚火で炙っておいたそれを。カイナの死の遠因にもなった頭をもいだ蜂を、チェルは咀嚼した。
硬い食感の甲殻を歯で磨り潰して。燻されたことで漂う独特の臭いを感じて。舌にチクリと刺さる不快感にも耐えて。
瑞々しくもなくて、柔らかくもなくて、えぐ味があって、それでもチェルは口の中に覚えさせるように十分に咀嚼してから、細い喉をこくりと鳴らして呑み込んだ。
「…………やっぱり、美味しくないよ」
でも、食べられないほどじゃなかった。その事実が、よりチェルの心を締め付けた。
「っ……ひっ……ふぐぅっ……ふぅっ……」
ぼたぼたと零れ落ちる涙と漏れ出す嗚咽。泣きじゃくる幼子をあやすかのように、馬は優しい足取りで森を進むのだった。
剣は付かず離れず、少年の傍らに。
かつて兄がそうしたように、決して優しくはないけれども。
誰よりも近くで、誰よりも長く、誰よりも強い意志で。
剣は少年を守り続けた。
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