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兄と弟と弟だった人

あーんについて

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「それなんですけど、多分玲はあれをあーんとは捉えてないとは思うんですよ。そもそも、玲はそんな行為を知らないと思いますし……俺も、そういう行為のつもりじゃなかったんで……」
「なるほど。あーんというものを知らないのなら、あーんをされても何も思わないのではないか、ということかな?」
「そうですね……」

 なんだろうか。
 大の大人があーんという言葉を連発しているとなんだか滑稽だ。
 話の内容がまじめな考察であることも逆に滑稽さに拍車をかけている。

「玲君があーんという行為を知らないということについては、私も同意見だ。一宏君がそう思うならば、まず間違いなくそうなのだろう。しかし、それでもあーんをされれば多少の心の動きはあって然るべきだと私は思うよ」
「……単純に、誰かの手によって口に物を運ばれたことが恥ずかしいということですか?」
「そうだね。言ってしまえば、先ほど玲君は一宏君にお世話をされたんだ。あーんという知識が無ければ、余計にそう考えるだろう。普段は一宏君に仕えている玲君だが、あの時だけはその立場が逆転したような感じかな」
「……なるほど」

 玲のぎこちなさがもどかしくての行動だったが、事実だけを見ればそうかもしれない。
 確かにあーんというのは、俺が玲の世話をしたと言えなくもない。

 俺は玲に食事補助をさせたことなんてないけれども。
 いや、だからこそ玲が余計に変なことを考えたのかもしれない。

「初めての一宏君との食事と、一宏君からお世話をされたこと。この2つが合わさって、玲君は恥ずかしくなって逃げ出したんじゃないかと私は思うよ」

 珠美の説明はとてもわかりやすかった。

 玲にとって食事が特別であること。
 玲があーんをお世話と捉えたこと。

 真実かどうかは別として、納得のできる内容だ。

「……逃げ出した玲君のことを怒るかい?」
「えっ? いや、そんなつもりはないですけど……。多分、今も家事に勤しんでるんでしょうし……。ああ、でも、珠美さんに対する態度は、ちょっと言っておこうと思ってますけど」
「いや、構わないよ。この家にずっと縛られてきた玲君が、私をどういう存在として捉えているのかは想像に難くない。それに、私を邪険に扱うというのは一宏君への思いがあるからだろう。一宏君がそれを否定するというのも、少し酷だろうだからね」
「はぁ……まあ、珠美さんがそう言うなら……」
「……おそらく、一宏君が思っているよりもずっと強く、玲君は一宏君のことを思っている。どうか、一宏君にはそれを憶えていて欲しい」
「……わかりました」

 俺に忠誠を誓うよう教育されてきた玲が、俺にどのような思いを抱いているのか。

 忠誠心以外に、何かあるのだろうか。
 実は自身の境遇を恨んで、自由に生きてきた俺を妬んでいたりするのだろうか。

 今までに玲とまともに話をしてこなかったせいか、その心の内は少しも想像できる気がしない。

「良い事なのか、悪い事なのか……それはまた別の話だけれどね……」
「? 何のことですか?」
「いや……それより、さっき言っていた玲君とお菓子を食べた時はどんな話をしたんだい?」
「あー……えーっと……」
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