81 / 185
兄と弟と弟だった人
朝食の前
しおりを挟む
謝り通してすっかり意気消沈した玲は足早に自室から去って行った。
すぐに着替えて朝食を作るとのことだったので、俺は玲抜きで身支度を整えることにした。
着替え。
洗顔。
歯磨き。
「むっ……また血が出た……」
ブラシが新しくて硬いせいだと思っていたが、俺の磨き方が下手なのだろうか。
歯ブラシを突っ込んだ白い泡の中に赤色が混ざってしまった。
先日は玲にやらせていたが、珠美が居候している間は自分で何とかしなければならない。
歯ぐきから血が出たところで大した問題ではないけれど、何か対策を考えておくべきだろうか。
そんなことを考えながらリビングに入ると、そこには既に先客が居た。
「おはようございます珠美さん」
「おはよう、一宏君」
「すみません。朝食なんですが、玲がこれから用意するのでもう少し時間がかかりそうです」
「ああ、それなら大丈夫だよ」
「大丈夫……?」
「お待たせいたしました、一宏様」
着物に割烹着を着用した玲がリビングへと入って来て一礼をした。
清廉な佇まいは、いつもの昼の玲の姿だ。
今朝方精液を漏らしていたとはとても思えない。
少し息が切れていることから、玲は急いでリビングへと来たらしい。
ああは言っていたものの実は時間に余裕が無いのか。
それとも夢精の汚名を返上しようとはりきっているのか。
何でもいいが、こちらとしては空回りしないことを願うばかりだ。
「それでは、これより朝食をお作りいたしま――」
深々としたお辞儀から顔を上げた玲は、テーブルの上を見て硬直した。
それもそうだろう。
俺も、まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。
「…………一宏様……それは……?」
「珠美さんが作ってくれた朝食だ」
「やあ、おはよう玲君」
珠美がリビングの隣にある台所から顔を見せた。
その手にはおそらく玲の分と思われる朝食を持っている。
「…………勝手に台所を使用されては困ります」
「それについては申し訳ない。しかし、一番に起きておきながらただ朝食が出されるのを待っているだけというのも忍びなくてね。勝手ながら、簡単な朝食を作らせてもらったよ」
「…………」
一番に起きておきながら。
その部分が無ければ、玲はきっと睨みつけるだけでなく何かしらの反論をしていたのだろう。
俺と玲がのんびりと寝ていたことは覆しようがない。
「玲君も今食べるだろう? 何せ朝は忙しい。しっかり食べて精を付けなければね」
「……後程いただきます。朝は忙しいので、のんびりと食事をしている暇はありません」
ぶっきらぼうにそう言って踵を返す玲。
そのまますたすたと扉まで歩いていって、玲はリビングの外へと――
「っ……」
出て行く直前で、玲は振り返って俺を見た。
「……」
「……どうした?」
「……一宏様は、どう思わますか?」
「え?」
「一宏様は……私と……いっしょに……っ……朝食を食べたいと思われますか?」
動作不良を起こした機械のようなぎこちなさで、玲はそう質問した。
それは意外な発言だった。
昨日はあれほどいっしょの食事を拒絶していたのに、いったいどんな心境の変化だろうか。
「……まあ、玲の好きにしたらいいんじゃないか?」
「私は……一宏様のご意向に、従います……」
「……じゃあ、今朝食を食べろ」
玲が朝食をいつ食べるのかなんて俺にとってはどうでもいい。
どうでもいいから、玲が望んでいそうな方を選ぶことにした。
わざわざ立ち止まって訊いたということは、玲は少なからずそれを望んでいるはずだ。
珠美に勝手に台所を触られて不機嫌そうだし、少しはケアしておくべきだろう。
「っ……承知しました……」
機械的な表情は崩さずに。
それでも足取りは軽やかに。
玲は俺の隣の席に座った。
すぐに着替えて朝食を作るとのことだったので、俺は玲抜きで身支度を整えることにした。
着替え。
洗顔。
歯磨き。
「むっ……また血が出た……」
ブラシが新しくて硬いせいだと思っていたが、俺の磨き方が下手なのだろうか。
歯ブラシを突っ込んだ白い泡の中に赤色が混ざってしまった。
先日は玲にやらせていたが、珠美が居候している間は自分で何とかしなければならない。
歯ぐきから血が出たところで大した問題ではないけれど、何か対策を考えておくべきだろうか。
そんなことを考えながらリビングに入ると、そこには既に先客が居た。
「おはようございます珠美さん」
「おはよう、一宏君」
「すみません。朝食なんですが、玲がこれから用意するのでもう少し時間がかかりそうです」
「ああ、それなら大丈夫だよ」
「大丈夫……?」
「お待たせいたしました、一宏様」
着物に割烹着を着用した玲がリビングへと入って来て一礼をした。
清廉な佇まいは、いつもの昼の玲の姿だ。
今朝方精液を漏らしていたとはとても思えない。
少し息が切れていることから、玲は急いでリビングへと来たらしい。
ああは言っていたものの実は時間に余裕が無いのか。
それとも夢精の汚名を返上しようとはりきっているのか。
何でもいいが、こちらとしては空回りしないことを願うばかりだ。
「それでは、これより朝食をお作りいたしま――」
深々としたお辞儀から顔を上げた玲は、テーブルの上を見て硬直した。
それもそうだろう。
俺も、まさかこんなことになるとは思ってもいなかった。
「…………一宏様……それは……?」
「珠美さんが作ってくれた朝食だ」
「やあ、おはよう玲君」
珠美がリビングの隣にある台所から顔を見せた。
その手にはおそらく玲の分と思われる朝食を持っている。
「…………勝手に台所を使用されては困ります」
「それについては申し訳ない。しかし、一番に起きておきながらただ朝食が出されるのを待っているだけというのも忍びなくてね。勝手ながら、簡単な朝食を作らせてもらったよ」
「…………」
一番に起きておきながら。
その部分が無ければ、玲はきっと睨みつけるだけでなく何かしらの反論をしていたのだろう。
俺と玲がのんびりと寝ていたことは覆しようがない。
「玲君も今食べるだろう? 何せ朝は忙しい。しっかり食べて精を付けなければね」
「……後程いただきます。朝は忙しいので、のんびりと食事をしている暇はありません」
ぶっきらぼうにそう言って踵を返す玲。
そのまますたすたと扉まで歩いていって、玲はリビングの外へと――
「っ……」
出て行く直前で、玲は振り返って俺を見た。
「……」
「……どうした?」
「……一宏様は、どう思わますか?」
「え?」
「一宏様は……私と……いっしょに……っ……朝食を食べたいと思われますか?」
動作不良を起こした機械のようなぎこちなさで、玲はそう質問した。
それは意外な発言だった。
昨日はあれほどいっしょの食事を拒絶していたのに、いったいどんな心境の変化だろうか。
「……まあ、玲の好きにしたらいいんじゃないか?」
「私は……一宏様のご意向に、従います……」
「……じゃあ、今朝食を食べろ」
玲が朝食をいつ食べるのかなんて俺にとってはどうでもいい。
どうでもいいから、玲が望んでいそうな方を選ぶことにした。
わざわざ立ち止まって訊いたということは、玲は少なからずそれを望んでいるはずだ。
珠美に勝手に台所を触られて不機嫌そうだし、少しはケアしておくべきだろう。
「っ……承知しました……」
機械的な表情は崩さずに。
それでも足取りは軽やかに。
玲は俺の隣の席に座った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
195
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる