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出会い
そんなでも恩寵をくださるなんて、神様って随分と心が広いんですね
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「ここです」
この国で生まれ育った僕ですら、神殿にはあまり来たことが無い。ここを訪れるのは数少ない神の信奉者か、遊び場を欲している子供くらいだ。この石柱を円形に並べただけの場所に、何の意味があるのかすらもわかっていない。
「はは、本当に寂れているな。だが、あるだけでもありがたい。祈っていってもいいか?」
「もちろんです」
さすがに祈りの最中にまで抱っこをしてもらうのは忍びないため、僕は自主的にガルから下りた。
「……」
石柱に囲まれた中心に跪き、ガルは祈り始めた。両目を閉じて、左手を胸の辺りに当てて、真剣な表情をしている。
「……」
顔を覗き込んでいると、初めて会った時のことを思い出す。魔物に食べられる寸前だった僕を、今も背中に背負っている大盾で守ってくれたガル。当初こそ悪人のようだと思った顔だが、今よく見るとワイルドという印象だ。ぼさぼさの髪も、剃られていない髭も、不潔というよりは旅人らしさを感じる。そして、今は瞼に閉ざされているその碧い瞳が、ガルの優しさを象徴しているようで――
「気になるか?」
祈りながらも僕の視線は感じていたのだろう。ガルは目を閉じたまま話しかけてくれた。
「すみません……邪魔をしてしまいましたか?」
「そんなことは無い。そもそも、形だけのお祈りだからな。むしろ暇つぶしに話相手になってくれる方が助かる」
「形だけ? そんなお祈りでいいんですか?」
「そんなお祈りでも、恩寵を授けてくれちゃう神様だからな。旅人たちはそのほとんどが恩寵を目当てに何かしらの神様を信仰していて、俺もその一人だ。信仰心なんて欠片も無くて、ただ旅の安全に恩寵が欲しいだけだから、形式的に祈っているだけってわけだ」
「そんなでも恩寵をくださるなんて、神様って随分と心が広いんですね」
この国では信仰の対象は王族だが、そんなぞんざいな祈りなど捧げたら懲罰を受けるのではないだろうか。
「まあ恩寵とは言いつつも大した効果は無いから、お守りみたいなものだけれどな。それでも、生き残る確率を上げるために俺たちは敬虔な信徒を演じているんだ」
「ガルは何の神様を信仰しているのですか?」
「サーメル様だ。知ってるか?」
「いいえ……聞いたこともありません」
「だろうな。旅人の間でもあまり人気の無いマイナーな神様だ。俺も恩寵目的だから、どんな神様なのかも全然知らん」
ガルは愉快そうに笑っているが、今はそのサーメル様に祈りを捧げている最中のはずだ。こんな小馬鹿にするような祈りでも恩寵を授けてくれるとなると、神様たちも信徒集めに必死なのかもしれない。
「恩寵は? そのサーメル様に祈りを授けると、どのような恩寵がもらえるのですか?」
「んー……」
「ガル?」
「……食だ」
「しょく?」
「飲食の恩寵だな。胃が頑丈になって、普通なら食べられない物でも栄養にできるから飢え死にしにくくなる。旅人にとっては大事だろ?」
「なんだか地味ですね……」
「そんなもんだ、この程度の祈りでもらえる恩寵なんてな。専門の僧侶ともなればもっと高次の神の奇跡を扱えるのだろうが、旅人には無理だ。そういうのは宗教国家の要職だけだな」
「そうなのですね。……でも、僕も祈っておこうと思います」
「無料だからな、祈り得だ。信仰している神が居なければ恩寵は得られないが、神殿とは全ての神に祈りを捧げることができる場所だ。とりあえず祈っておけば、一柱くらいは聞いてくれるかもしれない」
それはとても信徒とは思えない発言だけれども、旅人と神様の関係は分かった気がした。
「……」
神様。サーメル様でも、どなたでも。僕の祈りを捧げます。
どうか、無事にグリフォンを討伐できますように。ガルが死んでしんでしまうことだけはありませんように。
この願いを叶えてくださるならば、僕の全てを捧げます。心だけは難しいかもしれませんが、命も体も捧げます。こんなものを捧げされても困るかもしれませんが、どうかお願いいたします。
「……」
昇り始めた朝日を浴びながら、僕とガルはしばらくの間無心で祈り続けた。
この国で生まれ育った僕ですら、神殿にはあまり来たことが無い。ここを訪れるのは数少ない神の信奉者か、遊び場を欲している子供くらいだ。この石柱を円形に並べただけの場所に、何の意味があるのかすらもわかっていない。
「はは、本当に寂れているな。だが、あるだけでもありがたい。祈っていってもいいか?」
「もちろんです」
さすがに祈りの最中にまで抱っこをしてもらうのは忍びないため、僕は自主的にガルから下りた。
「……」
石柱に囲まれた中心に跪き、ガルは祈り始めた。両目を閉じて、左手を胸の辺りに当てて、真剣な表情をしている。
「……」
顔を覗き込んでいると、初めて会った時のことを思い出す。魔物に食べられる寸前だった僕を、今も背中に背負っている大盾で守ってくれたガル。当初こそ悪人のようだと思った顔だが、今よく見るとワイルドという印象だ。ぼさぼさの髪も、剃られていない髭も、不潔というよりは旅人らしさを感じる。そして、今は瞼に閉ざされているその碧い瞳が、ガルの優しさを象徴しているようで――
「気になるか?」
祈りながらも僕の視線は感じていたのだろう。ガルは目を閉じたまま話しかけてくれた。
「すみません……邪魔をしてしまいましたか?」
「そんなことは無い。そもそも、形だけのお祈りだからな。むしろ暇つぶしに話相手になってくれる方が助かる」
「形だけ? そんなお祈りでいいんですか?」
「そんなお祈りでも、恩寵を授けてくれちゃう神様だからな。旅人たちはそのほとんどが恩寵を目当てに何かしらの神様を信仰していて、俺もその一人だ。信仰心なんて欠片も無くて、ただ旅の安全に恩寵が欲しいだけだから、形式的に祈っているだけってわけだ」
「そんなでも恩寵をくださるなんて、神様って随分と心が広いんですね」
この国では信仰の対象は王族だが、そんなぞんざいな祈りなど捧げたら懲罰を受けるのではないだろうか。
「まあ恩寵とは言いつつも大した効果は無いから、お守りみたいなものだけれどな。それでも、生き残る確率を上げるために俺たちは敬虔な信徒を演じているんだ」
「ガルは何の神様を信仰しているのですか?」
「サーメル様だ。知ってるか?」
「いいえ……聞いたこともありません」
「だろうな。旅人の間でもあまり人気の無いマイナーな神様だ。俺も恩寵目的だから、どんな神様なのかも全然知らん」
ガルは愉快そうに笑っているが、今はそのサーメル様に祈りを捧げている最中のはずだ。こんな小馬鹿にするような祈りでも恩寵を授けてくれるとなると、神様たちも信徒集めに必死なのかもしれない。
「恩寵は? そのサーメル様に祈りを授けると、どのような恩寵がもらえるのですか?」
「んー……」
「ガル?」
「……食だ」
「しょく?」
「飲食の恩寵だな。胃が頑丈になって、普通なら食べられない物でも栄養にできるから飢え死にしにくくなる。旅人にとっては大事だろ?」
「なんだか地味ですね……」
「そんなもんだ、この程度の祈りでもらえる恩寵なんてな。専門の僧侶ともなればもっと高次の神の奇跡を扱えるのだろうが、旅人には無理だ。そういうのは宗教国家の要職だけだな」
「そうなのですね。……でも、僕も祈っておこうと思います」
「無料だからな、祈り得だ。信仰している神が居なければ恩寵は得られないが、神殿とは全ての神に祈りを捧げることができる場所だ。とりあえず祈っておけば、一柱くらいは聞いてくれるかもしれない」
それはとても信徒とは思えない発言だけれども、旅人と神様の関係は分かった気がした。
「……」
神様。サーメル様でも、どなたでも。僕の祈りを捧げます。
どうか、無事にグリフォンを討伐できますように。ガルが死んでしんでしまうことだけはありませんように。
この願いを叶えてくださるならば、僕の全てを捧げます。心だけは難しいかもしれませんが、命も体も捧げます。こんなものを捧げされても困るかもしれませんが、どうかお願いいたします。
「……」
昇り始めた朝日を浴びながら、僕とガルはしばらくの間無心で祈り続けた。
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