ボクとサナ ~淫魔はミステリーに恋し、ロジックを愛する~

papporopueeee

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20. 説得:相田 三葉

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「相田さんはこう言っていますが……十八女君、どうしますか?」

 まるで虎の威を借りた狐のようだ。
 容疑者である津は、探偵であるシオンに向かって勝ち誇った顔で尋ねてきた。

 津からすれば三葉の言葉は追い風だろう。
 プリン泥棒の被害者である三葉が諦めれば、この事件は終わってしまう。
 未解決事件として当事者たちの心にしこりだけ残して、やがて記憶から消えてお終いだ。

 シオンはそんな結末には納得できない。
 探偵として納得するわけにはいかない。

「……相田さん」

 シオンは意を決して三葉へ話しかけた。
 これからシオンがすることは、怯える三葉の心を痛めつけることに等しい。

「相田さん、本当にいいんですか?」
「い、いいって……なにが?」
「ここで止めてもいいんですか? あくまで可能性ですけど、写真部部室が盗撮されていた可能性があるんですよ?」
「それは……そうかもだけど……。その、可能性ってどこから出てきたの? 話を聞いてる限り、それっぽいことは誰も言ってなかったと思うんだけど……」

 三葉の疑問は尤もだ。
 シオンはまだ、盗撮まで辿り着いた推理を話していなかった。

「佐藤先生は先ほど、烏丸くんが一番怪しいと言っていました。これは部室への入室状況を完璧に把握していないと発言できないことです。相田さんがプリンを冷蔵庫に入れてから、倉持先輩が部室に入るまで。その間に入室したのが烏丸くんだけだってことを知っていないと、烏丸くんが一番怪しいとは言えないんです」
「……だから、盗撮してたってこと?」

 三葉の言葉を肯定するように、シオンはこくりと頷いてみせた。

「近藤先生なら入室の全てを把握していてもおかしくはありません。その近藤先生から話を聞いた相田さんたちが烏丸くんを怪しむのも自然です。でも、佐藤先生は近藤先生から話を聞いたわけではありません。入室の録画を後から確認でもしない限り、佐藤先生が烏丸くんを怪しむのはおかしいんです」
「申し訳ありません。私の不用意な発言で疑わせてしまったようですね。烏丸君が怪しいと言ったのに大した理由はないですよ。ただ、部員の中で最もトラブルを起こしている実績からそう言ってしまっただけです」

 シオンの言葉を否定するように、すかさず津が言葉を被せてきた。
 貼り付けたような笑みをシオンに向けながら。

「……思音くんの言ってることって、あくまで可能性だよね? 絶対に盗撮してたって、言いきれるわけじゃないよね?」

 それは質問ではなく、願望のようでもあった。
 盗撮されていたことを確定させたくないという気持ちが、三葉の言葉から透けて見えた。

「待ってください相田さん。ボクには佐藤先生の盗撮を証明する方法がちゃんと見えて――」
「ないんでしょ? そんなの……。もしもあのUSBメモリがカメラだったとしても、直接調べでもしない限り証明なんてできっこない……。無理やり調べるにも、根拠は薄いよね……?」
「っ……」

 シオンのハッタリも、三葉の悲痛な声にかき消された。

 被害者であるはずの三葉が、恐怖に操られ加害者を庇う姿は痛々しい。

「し、しかし、だからと言ってこのまま――」
「だ、だったら……もうそっとしとけばいいじゃない……! 先生が盗撮してたかどうかはわからないけど、こんな話をしたらもうしないでしょ? これまでのことは……っ、置いといてさ……っ!」

 心臓を締め付けられるように胸が痛んだ。

 置いておけるわけがない。
 過去に自身が盗撮されていたかもしれないという恐怖を、懸念を。
 都合よく忘れることなんてできるわけがない。

 それなのに、一番の被害者である三葉がそれを口にしている。
 その事実が、シオンの心を痛めつけた。

「くっ……でも……」

 何か言わないと説得なんてできないことはわかっていた。
 それでも、言葉を続けられなかった。

 説得はもう無理かもしれない。
 これ以上続けても、三葉を納得させられる自信がない。
 その前に、シオンが負けてしまうから。

 真実を諦めないと誓ったはずなのに、人を傷つける行為はあまりにも重かった。
 被害者であるはずの三葉を傷つけるという行為に、シオンの心が耐えられそうにない。

『…………サナ?』

 ふと、背中越しにサナの体温を強く感じた。

『…………』

 サナは、何も言わなかった。

「……」

 静寂。
 その中で、津が立ち去る足音だけが耳に響く。
 その姿が、どんどんと遠ざかっていく。

 静かすぎて、声が出せない。
 呼吸する音さえも出してはいけないような錯覚。

 そんな中で声をあげることができたのは、やっぱり彼だけだった。
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