両腕のない義弟との性事情

papporopueeee

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第五夜

義弟は対話する

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「……ねえ、カオルくん」
「っ……な、なんですか?」
「ドア、開けてもいい?」
「えっ⁉」

 それは唐突で、予想外な言葉だった。

「ど、どうしてですか?」
「どうしてって……なんか、お互い赤裸々な話しちゃったじゃない。もう他人って感じがしないから、正式にお知り合いにって思ったんだけど……ダメかな?」
「だ、ダメです。ド、ドアは、開けないで……ください」
「どうして?」
「……っ、み、見られたくないから、です」
「泣いているところを?」

 それもある。満足に顔も拭けないこの体だ。涙と鼻水でべしょべしょになった顔なんて、誰だって見られたくないだろう。足の指でティッシュを扱えなくもないが、やっぱり完全に綺麗にできるわけじゃない。

 それに、もっと根本的な問題がこの体にはある。

「ふ、普通の体じゃないから……」
「普通じゃない……?」
「じ、事故で……っ」
「事故……そっか、そうだよね。介護が必要なんだもん。後遺症が残ってるんだね」

 女性は腕がないことは知らないらしい。ケン君が配慮してくれたんだろう。

「カオルくんは、自分の体を他の人に見られたくないの?」
「み、見られたい人なんているんですか?」
「訊き方が悪かったかな。カオルくんは自分の体を見られるのは嫌?」
「い、嫌です。こ、こんな体……」

 不便で、バランスが悪くて、見た目も悪い。この両腕の無い体にいいところなんて一つもない。

 それに、きっとこの体は人の目を引いてしまう。それが何よりも嫌だ。ジロジロとこちらの体を見て、その心の奥底でどんなことを思うのか。考えるだけで寒気がしてしまう。

「……それじゃあ、無理やり見るね」
「え?」

 言い終わるや否や、ドアノブが動いた。

「ちょ、ちょっと!」

 慌てて扉に体当たりして体重をかける。扉の向こうから押す力が加えられているのが全身を通して伝わってくる。判断が遅れていたら、扉はあっけなく開いていたことだろう。

「ん? あれっ? このドア重くない? もしかしてカオルくん押してる?」
「な、なんで勝手に開けようとするんですか⁉」
「その方がいいと思ったから」
「オ、オレが嫌だって言ってるのに、なんでそうなるんですか!」
「カオルくんは、この先もずっとそうやって隠れて生きていくつもりなの?」
「っ……」
「誰にも見られないように、この家の中だけで。鹿島くんに頼って、依存して。そうやって生きていきたいの?」

 それはずっと棚上げしてきた、オレとケン君のふたりの問題だった。

「それって、とっても難しい生き方だと思う。できなくはないかもしれないけど、カオルくんと……多分、鹿島くんにとっても辛い生き方。だから、ここで終わらせよう?」
「そ、そんな簡単に言われたって……」

 言葉ですんなり心が言うことを聞いてくれるのなら、そもそも悩んだりなんてしない。

 正直な話、オレはこの女性に心を許し始めている。こんな自分にも優しくしてくれるから。まっすぐに誠意を見せてくれるから。ケン君の近くには居て欲しくないけれど、自身がコミュニケーションを取ることにはもう抵抗はない。

 それでも、姿を見せられるかどうかは別なんだ。ドアが開く素振りを見せれば全力で止めてしまうくらいに。大人の女性の力に負けないよう、必死にドアを押してしまうくらいに。

 この姿は、あんまりにも歪すぎるから。

「うん……カオルくんの勇気だけでどうにかなることじゃないもんね。カオルくんがどれだけ頑張っても、カオルくんを見た人がどんな反応をするかなんてわからないもん。そんなの不安にならないわけがない。一人だけの勇気でなんとかなることじゃない。だから、私が無理やり見るの……んしょーーっ!」

 年齢差ばかりか体重差まであるふたりの攻防はじりじりと差が開き始めて、次第にドアがカオルの体を押し始めた。

「うっ……くっ……! ど、どうしてそこまでするの……っ!」
「んっ、んーっ! さ、さっきも言ったでしょ……! ずっと隠して生きるのは、カオルくんが辛いから! そ、それにっ……!」

 ついに扉が開き始め、ドアと壁の間に黒い隙間が生まれ始めた。

「悪くないから、カオルくんはっ!」
「っ!」

 黒い闇の中から、細く白い指が咲くように現れた。

「はーっ……はーっ……。誰のせいとか、そういう話をしたいわけじゃないんだけど……でも、カオルくんは悪くないから。だから、カオルくんが誰にも見られたくないって泣いてる姿の方が、見てられないよ……」

 初めて直接聞いた女性の声。激しく呼吸が入り混じる声は、不思議とドア越しの時よりも澄んでいるように思えた。
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