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第六夜
妹は見つける
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「……は、はい、お終い」
「ありがとう、あ、あさひ、ちゃん……」
結局、カオル君に名前を呼んでもらってからお終いまで、他に言葉を交わすことはできなかった。ほんとはもっと名前を呼んでもらいたかったけど、火照った心ではカオル君の顔を直視することも難しかった。
「……勉強、わからないところがあったら何でも訊いてね?」
「うん……」
教科書を広げ、ノートを足で開くカオル君。足の指に鉛筆を挟みこむと、カオル君の視線は教科書に独占されてしまった。
「……」
先ほどまでの私とのやり取りなんてなかったみたいに。カオル君は勉強に集中を始めてしまった。小動物のような可愛い表情から、凛々しさまで感じるような表情へと様変わりして。ノートに少しヨレた字を書き込んでいく。
(すごい……)
心の底からそう思う。足で字を書くことなんて難しいに決まってる。鉛筆を持つことすら辛そうに思える。それなのに、カオル君はその困難に向かい合っている。
ノートに書かれている内容も的外れなことは一つもない。教科書の内容をまとめて、解釈して、勉強の成果として出来上がっている。
また心がきゅうっと音を立てた。カオル君の助けになってあげたい。何か力になりたくて仕方がない。見ている限りでは、カオル君が勉強で躓くことはなさそうだから他のこと。雑用のようなことをしてあげられたら。
そう思い周囲を見渡すと、電動の鉛筆削りが目に入った。
「……鉛筆、削っておくね?」
「うん……ありがとう」
カオル君の返事はそっけない。それでもよかった。勉強の邪魔はしたくなかったから、変に気を遣われる方が申し訳ない。私のことはいつの間にか雑事をこなす、便利な小人くらいに思ってくれていればいい。
鉛筆削りを手元へ持ってくると、容器は削りカスでいっぱいになっていた。
(先に捨てないと……)
部屋の隅にあったゴミ箱を手に取って、改めてカオル君の近くに腰を下ろす。削りカスで部屋を汚さないよう、慎重に鉛筆削りをゴミ箱の上で運び、そこでゴミ箱の中に捨てられている物体に注意を引かれた。
(なんだろ、これ……?)
それはボール状に丸まったティッシュだった。野球ボールくらいの大きさで、ゴミ箱の中にはそれだけが入っている。この大きさということは、何かを部屋の中で零してそれを大量のティッシュで拭き取ったのだろう。そうでないとここまでの大きさの塊にはならない。
それはそもそも目にも留まらない、気にもしない普遍的なゴミだ。ティッシュの塊が捨てられていたって、普通は何かを拭き取ったなんて考察をする気にもならない。
それなのに私が気になってしまったのは、それが放つ独特の臭いのせいだ。
嗅いだことのない臭い。例えようのない、しいて言うならばナマモノの印象を受ける臭い。決して好ましい類ではないが、なぜだか気になってしまう臭い。
いったいこのティッシュで何を拭いたのだろうか。その疑問に思考を巡らせていると、カオル君がこちらに振り返った。制止している私が気になったのだろう。よく考えれば、人の部屋のゴミ箱なんてそうマジマジと見ていい物ではなかった。
「どうかしたの?」
「うっ、ううん、ごめんね……なんでもないの……」
何でもないと言われて、それを信じる人間なんていないだろう。動揺している人間が発言したのなら猶更だ。
カオル君も私の態度を訝しんだのだろう。ゴミ箱に視線を向けて、そして――
「……っ!」
途端に、カオル君の顔が火が点いたかのように赤く染まった。
「ありがとう、あ、あさひ、ちゃん……」
結局、カオル君に名前を呼んでもらってからお終いまで、他に言葉を交わすことはできなかった。ほんとはもっと名前を呼んでもらいたかったけど、火照った心ではカオル君の顔を直視することも難しかった。
「……勉強、わからないところがあったら何でも訊いてね?」
「うん……」
教科書を広げ、ノートを足で開くカオル君。足の指に鉛筆を挟みこむと、カオル君の視線は教科書に独占されてしまった。
「……」
先ほどまでの私とのやり取りなんてなかったみたいに。カオル君は勉強に集中を始めてしまった。小動物のような可愛い表情から、凛々しさまで感じるような表情へと様変わりして。ノートに少しヨレた字を書き込んでいく。
(すごい……)
心の底からそう思う。足で字を書くことなんて難しいに決まってる。鉛筆を持つことすら辛そうに思える。それなのに、カオル君はその困難に向かい合っている。
ノートに書かれている内容も的外れなことは一つもない。教科書の内容をまとめて、解釈して、勉強の成果として出来上がっている。
また心がきゅうっと音を立てた。カオル君の助けになってあげたい。何か力になりたくて仕方がない。見ている限りでは、カオル君が勉強で躓くことはなさそうだから他のこと。雑用のようなことをしてあげられたら。
そう思い周囲を見渡すと、電動の鉛筆削りが目に入った。
「……鉛筆、削っておくね?」
「うん……ありがとう」
カオル君の返事はそっけない。それでもよかった。勉強の邪魔はしたくなかったから、変に気を遣われる方が申し訳ない。私のことはいつの間にか雑事をこなす、便利な小人くらいに思ってくれていればいい。
鉛筆削りを手元へ持ってくると、容器は削りカスでいっぱいになっていた。
(先に捨てないと……)
部屋の隅にあったゴミ箱を手に取って、改めてカオル君の近くに腰を下ろす。削りカスで部屋を汚さないよう、慎重に鉛筆削りをゴミ箱の上で運び、そこでゴミ箱の中に捨てられている物体に注意を引かれた。
(なんだろ、これ……?)
それはボール状に丸まったティッシュだった。野球ボールくらいの大きさで、ゴミ箱の中にはそれだけが入っている。この大きさということは、何かを部屋の中で零してそれを大量のティッシュで拭き取ったのだろう。そうでないとここまでの大きさの塊にはならない。
それはそもそも目にも留まらない、気にもしない普遍的なゴミだ。ティッシュの塊が捨てられていたって、普通は何かを拭き取ったなんて考察をする気にもならない。
それなのに私が気になってしまったのは、それが放つ独特の臭いのせいだ。
嗅いだことのない臭い。例えようのない、しいて言うならばナマモノの印象を受ける臭い。決して好ましい類ではないが、なぜだか気になってしまう臭い。
いったいこのティッシュで何を拭いたのだろうか。その疑問に思考を巡らせていると、カオル君がこちらに振り返った。制止している私が気になったのだろう。よく考えれば、人の部屋のゴミ箱なんてそうマジマジと見ていい物ではなかった。
「どうかしたの?」
「うっ、ううん、ごめんね……なんでもないの……」
何でもないと言われて、それを信じる人間なんていないだろう。動揺している人間が発言したのなら猶更だ。
カオル君も私の態度を訝しんだのだろう。ゴミ箱に視線を向けて、そして――
「……っ!」
途端に、カオル君の顔が火が点いたかのように赤く染まった。
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