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21 軍師・半左
しおりを挟む「もういい。さあ、次です」
半刻(1時間)で、200との交戦は終わった。
眼下で、恵五郎の鉄棒は、石積みの墓地を指し示す。半左が正確に戦局をつかめるのは当たり前だが、混戦の中の恵五郎が時機を誤らないのはおどろきである。
古今無双。恵五郎は、まさに並ぶ者がない武将だ。
風燕が、前足をあげていななく。
敗走する200が、500のほうへ向かう。逃げる兵と迎撃する兵があちこちでぶつかり、500の前衛はすでに乱れている。
そこへ、恵五郎と風燕が飛び込む。風ノ里の軍勢も続く。
動揺していた200と違って、半刻の間、戦況を見る余裕のあった500はしっかり構えている。
前衛こそ乱れたが、そのうしろは分厚く、強固である。恵五郎と風燕をもってしても、突き破れそうにない。ただ、敵兵も石積みに阻まれて、思うように前へ出られない。
味方の苦戦を確認して、半左は大木から下りた。
「さあ、みなさんの出番ですよ。がんばってる男たちを助けてやりましょう」
半左の前には、腕まくりした女房衆が並んでいる。
「良いですか。私が合図をしたら、はじめてください」
半左は、また大木へ登り、黄色の旗を広げた。
その生い茂る森の中に、キハダの染料を使った鮮やかな黄色の大四半旗が舞い上がる。片端を隣の大木にくくりつけているので、紐をほどけば、旗は風を受けて自然に広がった。
眼下では、それを合図に、恵五郎が撤退をはじめている。
一旦押し込んでいたので、敵勢との距離が一町ばかり取れた。
敵勢が体勢を立て直し、追撃に出ようとした次の瞬間、
「放てッ!」
半左が叫んだ。
次の瞬間、矢が500の頭上に降りそそいだ。
子育てや農作業で、男並みの腕力を持つ女たちは、弓の弦を簡単にひいた。ねらいを定める必要がなく、示された方向にさえ飛べば良い。そういうデタラメな矢が、無警戒だった500を次々と襲った。
優勢に立ち、前へ出ようとした500は、状況を把握するのに手間取っている。すでに恵五郎たちは石積みの墓地から脱した。
「あの地形はおもしろい」
半左の視線の先で、不気味な石積みが、思わぬ効果を発揮していた。
とにかくこの場を逃れようとする敵兵は、矢が怖くて顔を上げられない。どちらを向いても似たような石積みしか見えず、自分がどちらへ走っているのかわからなくなり、さらに錯乱する。
石積みの迷路だった。
やがて攻撃がやんでも、500は体勢を立て直すために、一時退却を余儀なくされた。
4人が死に、3人が重傷を負った。80で200を敗走させ、500を退けたのだから、この犠牲は少ない。緒戦とはいえ、完勝である。
半左は、この一戦で風ノ里の信頼を得た。それまでは、恵五郎が連れてきた、素性の知れない若者に過ぎなかったのだ。
「すごい、すごい!」
「これが頭を使ったいくさというものです。寡兵で劣勢な分は、ここで補います」
半左は寄ってきた長太の頭をなでながら言った。
「私たちは、とにかく勝たないといけません。そのためには、黒井さまの知略が頼りです」
「よしてください。半左で良いですよ。あなたは哲仁どののご嫡男。この里の長になるべき方です」
「では、半左さんと呼びます」
長太は子犬のように、半左にまとわりついた。
幼くても、とにかく勝って生き残るんだという、この戦いの意味をしっかりと認識している。亡き哲仁の面影を遺す長太は、もう里長の自覚を持っていそうだった。
「半左さん、あとで見てもらいたいものがあります」
「良いでしょう。長太どのの頼みなら、たいていのことは引き受けますよ」
「きっと、このいくさの役に立つと思うものです。私では、どうやって役立たせるか考えつかないので。恵五郎どのも、ごいっしょに」
「俺はいいよ」
恵五郎が苦笑いして断る
「おまえたち気が合いそうだな。ふたりで知恵を出し合ってくれ。俺は、頭がまわらない分、身体を使う」
「猿将の名は、遠慮なく使わせてもらいますよ」
半左は、女たちに注がれた酒を呑みながら、上機嫌に応じた。
――こういうのも、悪くないな。
利用するつもりで入り込んだ風ノ里だが、こうして賞賛されるのもなかなか良い気分である。元の御家では、辛酸を舐めさせられ、追い出されるように飛び出したから、もてはやされるのは久しぶりだ。
尊敬を集めたい。頼りにされたい。そうして、はじめて己の力を存分に発揮できる性質なのだ。期待されない状況では、やる気さえ出ないのも、半左の性質だった。
どうしても見返したい相手がいて、その復讐にも似た歪んだ気持ちが、半左を突き動かしてきた。
あたたかい感情が膨らんできたのは、哲仁や芹、恵五郎らと出会ってからだ。小さないくさであっても、大きなものを懸けている。
それを実感したとき、半左の野心は吹き飛ばされそうになる。
加えて、いまは敵陣営にいる赤忍の芹。
半左の心は、すでに強く惹かれている。滝川家の呪縛から芹を救う。
それが、結果として風ノ里へ勝利をもたらすことになり、己の目的を遂げることにもなる。
――芹どのはいまごろどうしているのか。
寂しくも、冷たく美しい顔を思い浮かべながら、半左は戦勝の喜びに酔いしれた。
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