新説 呂布奉先伝 異伝

元精肉鮮魚店

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若き武神

混沌の都 3

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「文遠、またそれ見てニヤニヤしてるのか?」

「良いでしょう、良い報せなんですから。あと言っておきますけど、同じ報せを見てるわけじゃありませんから」

 遠く洛陽の地で、張遼はからかいに来た張郃に向かって言う。

 あの黄巾軍との絶望的な戦いから、数年の歳月が流れた。

 呂布と香は結婚し、香は正式に厳氏と呼ばれる事となり、娘が産まれている。

 両親のどちらに似ても美しいだろうが、厳氏が言うには父親似らしい。歩けるようになってからのじゃじゃ馬ぶりも、身体能力が異常な高さを誇る父親譲りみたいだ。

 娘の名はようと言うらしいが、呂姫と呼ばれるのが一般的であり、見た目の美しさは姫と呼ぶに相応しい。

 両親の手を焼かせる行動力に関しては、姫と呼ぶには相応しくなさそうに張遼は思うのだが。

 産まれたばかりの頃には高順を見るたびに泣き出していたそうだが、活動的な姫を容認している数少ない理解者と言う事で、今ではすっかり懐いている。

 呂布と厳氏としては、娘にはもう少しおしとやかにして欲しいみたいだが、高順が言うにはこれくらいの時には伸び伸び育てた方が良いと言って、一緒に遊んでいるそうだ。

 強面の外見に似合わず面倒見の良い、高順らしい言いようだ。

 そう言う事が、筆まめな厳氏から張遼の元に知らせが来るのである。

「俺も呂姫に早く会いたいですよ」

 張遼はその報せを見ながら、張郃に向かっていう。

 論功行賞の大部分は順調に済んだのだが、一部大きく時間がかかったところがあった。

 荊州の丁原に関してもそうである。

 荊州の黄巾制圧はともかく、徐州近辺での戦いはほぼ呂布個人の戦果と言っていい。

 張遼もその旨を伝えたのだが、最終的には丁原は荊州の太守から都で執金吾に任じられる事になった。

 新たに荊州の太守が選出され、その引き継ぎを終えると丁原軍が都にやって来る事になっている。

 張遼はすぐにでも荊州に戻ろうとしたのだが、どうせ近いうちに都にやって来るのだから、ここで情報収集してから合流するべきだと言う張郃の意見を入れて、今でも洛陽に留まっている。

「呂布将軍に似てるって事は、さぞかし可愛い娘だろう。十年もしたら、俺が嫁に貰うと伝えてくれ」

「ご自分でどうぞ。もうすぐ都に来るはずですから。でも、呂布将軍はともかく、高さんがなんて言いますかね?」

「あー、どっちかと言えば、あの人の方がうるさいかもなぁ」

 張遼に残って情報収集を薦めた様に、張郃も都に残っている。

 数年前の黄巾の乱は、漢王朝にとって死活問題の一大事であった為に霞んでいたが、その黄巾党が壊滅した後、宮廷内の権力闘争が表面化するほど激化し、今では手がつけられないほどになっている。

「袁紹のダンナ、めちゃくちゃ忙しそうだぜ?」

 張郃は今でも袁紹側の人物と繋がりがあるらしく、そこから細かい情報を得ている。

 政権闘争の中心人物である大将軍何進に信認されているのが、袁紹である。

 張郃が直接袁紹と繋がりがあるわけではないが、それでもその情報は正確で貴重なモノであり、張遼としてもその情報は有難かった。

 そんな二人が、袁紹が頼りにしている知恵者と出会ったのは、ごく自然な流れだと言えた。

「相変わらず袁紹様はお忙しいか。大変な事だ」

 いつの間にか張遼と張郃の前に現れていた人物は、今のこの混沌とした都の状況をどこか楽しんでいる様にも見えた。

 彼の姓はそう、名をそう、字は孟徳もうとくと言う。

 黄巾の乱では皇甫嵩麾下であり、武勲目覚しい人物の一人として名を上げているのだが、事実上皇甫嵩すら操っていたとさえ噂されるほどの知恵者らしい。

 黄巾の乱前には洛陽の北門を守る刑吏だったらしいが、その時の能力を買われ将軍位につき、昔から付き合いのあった袁紹から有利なところに配置してもらって手柄を立てる事が出来た、と本人は言っている。

 どこまで本当か分からないが、それが全て真実なのか全て作り話なのか分からないところが、いかにも曹操と言う人物である。

 本人はあまり自分の評判と言うのを気にしていないみたいだが、彼もまた呂布と同じく噂だけが先行している人物で、実際に会ってみると印象がまったく違う。

 黄巾の乱において、ついに全軍にまで影響力を持つようになった四世三公の名門袁家に産まれた袁紹の名は、朱儁、皇甫嵩といった将軍達にさえ引けを取らなくなった。

 そんな袁紹は見た目にもいかにも英雄と呼ばれるに相応しく、堂々たる体躯に精悍な顔立ちの偉丈夫で、見るからに人の上に立つべく風格がある。

 そして、その袁紹の名のすぐ後に続くのが、『治世の能臣、乱世の姦雄』と言われる曹操である。

 その言われ方自体が褒め言葉とは言えないのだが、曹操自身はそれを気に入っていると言う事を聞いた事があるのだが、実際には良くも悪くも気にしていないみたいだ。

 袁紹の名の後に続く名であり、黄巾との戦いでは黄巾軍と共に漢軍をも焼き殺したと言われるので、よほどの豪傑か悪鬼の類かと恐れられたほどなのだが、実際の曹操には外見的にはそう言う英雄、姦雄と言う雰囲気は無い。

 身長はそれほど高くない。体付きも細く、黄巾の乱の際には少しでも威圧感を出すために真紅の鎧を身につけていたのだが、本人曰く悲しくなるくらい似合わなかったらしい。

 噂が華やかと言うより血生臭いせいで、真紅の鎧と言うのもどこか不吉な印象を強めるのだが、曹操自身がとことん地味である為、確かに真紅の鎧を身につけていると分かりやすい違和感があると思われる。

 目に力はあるのだが、張遼にしても張郃にしても、曹操本人が自分こそ曹操だと言ってもしばらく信じる事は出来なかったくらいだ。

「それで、袁紹様と同じく西園八校尉でいらっしゃる曹操様は、何故こんなところに?」

 袁紹の様な堅苦しさの無い曹操とは気が合うらしく、張郃が曹操に尋ねる。

「生憎と私は何進大将軍から、それほど信頼されていないみたいだから。なにしろ西園八校尉の長は、大将軍の政敵である十常侍の蹇碩けんせき様だし。私の祖父が宦官だった事もあって大将軍は私を十常侍側の人間だと疑っているんだよ。同じ立場でも袁紹様は大変忙しく、私はこの通りと言うわけだ」

 と、曹操は言っているが、本人の能力があればいくらでも売り込んでいけるだろう。

 実際に何進が信頼している袁紹との繋がりは非常に強いので、曹操が十常侍側の間者である事など袁紹からは疑われていないのだが、本人がこのように任じられた地の太守も辞めて遊び歩いているのは、曹操なりに考えあっての事だと言うのを、張遼にも張郃にも分かっている事だった。

 それ以上の詮索は止めて、三人は酒場で雑談をする事にした。

 中でも面白かったのは、曹操が語る英雄袁紹の話だった。

「私と袁紹は幼い頃からの友人でね。色んな悪さをしたものだよ」

「へえ。曹操さんはともかく、袁紹のダンナがそんな事するようには思えないですけどね」

 張郃の言葉に張遼も頷くが、曹操は笑って首を振る。

「いやいや、立派に見えるし、実際立派なモノだけど袁紹はああ見えて悪戯好きだよ。私もバレない様に画策したんだが、一度もうダメかも、と思った事はあったよ」

「どんな事ですか?」

 張郃と張遼は、曹操に尋ねる。

「私と袁紹が十代の頃、ちょうど今の君達くらいの頃かもう少し若い頃かな。近くで結婚式があると言うのを知ってね。そこのダンナが鼻持ちならないヤツだったから、あんなヤツのところに嫁ぐなんて嫁が可哀想だと言う事で、私と袁紹で結婚式の途中でその嫁さんを連れ出した事があったんだ。まあ、誘拐だね。それも結婚式の式中に」

 曹操は笑っているが、その大胆さに張郃も張遼も驚く。

「バレないように、上手くやる自信はあったんだ。ところが運が悪かった。私達が上手い事花嫁を連れ出した時、たまたま近くを通った出席者に見つかってしまって大騒ぎになったんだ。まあ、花嫁泥棒だから、騒ぎにもなるよ。私と袁紹は大慌てで逃げ出したんだ。それも花嫁を連れて。もう少しで逃げ切れそうだと言う時に、袁紹が足をくじいてしまって、痛みで走れないと言い出したんだ。私はすでに花嫁を担いでいたし、その上で袁紹を担いでなんて逃げられない。私と花嫁だけなら逃げ切れそうだが、名門の袁家の子を見捨てたとあっては大問題だ。まさに絶体絶命ってやつさ」

「で、どうやって逃げ切ったんですか?」

 ここで笑い話に出来るくらいなのだから、曹操は上手く逃げ切ったのだろうが、少なくとも張遼にはその方法は思い浮かばなかった。

「上手い手なんて思い浮かばなくてね、私が悩んでいる間にも追っ手は迫ってくる。そこで私は袁紹に向かって叫んだんだ。花嫁泥棒がここにいるぞ! ってね」

「ははは! そりゃ袁紹のダンナは驚いたでしょう」

「そりゃもう、飛び上がって驚いたよ。くじいた足の痛みはどこにいったと言わんばかりの全力疾走で、見事追っ手を振り切ったよ。おかげで袁紹殿は今でも英雄なのさ」

「曹操さん、あんた悪いねぇ」

 そんな話をしていると、その袁紹本人がやって来た。

「孟徳、探したぞ。すぐに大将軍の屋敷に来てくれ」

「どうしたんだ? 随分と急いでるみたいだが」

「十常侍が動き出した。帝のご病気の事もある。その事で相談があるのだ」

「十常侍がこの時期に? 随分と妙な時期に動き出すものだな。この前の日食に触発されたのかな? 張遼、張郃も一緒で良いよな?」

「ああ、急ぐぞ」

 袁紹に急かされ、四人で何進の屋敷へ急ぐ。

「ところで孟徳、お前が言っていた劉備りゅうびと言う者だが、安喜県の県尉を辞めてどこかに逃げ出したらしいぞ?」

「劉備が逃げた? 何かの間違いじゃないか?」

「いや、視察に行った督郵とくゆうをメッタ打ちにして、木に吊るして逃げ出したそうだ」

「あ、そう言う事ね。それなら納得だ。あいつらだったら、腐れ役人に対してそれくらいの事はやるだろうし、県尉くらいなら捨てるのも惜しくないからなぁ。だからもっと高い役職につければ良かったのに」

 苦り切った表情の袁紹と違い、曹操は実に楽しそうに言う。

「笑い事ではないぞ、孟徳。そんな事を言っていては、漢王朝の権威はどうなる」

「そんなモノがあったら、黄巾の乱は起きてないって。今の役人はとにかく嫌われてるんだ。ま、嫌われる事をやっているから自業自得だ。私が劉備に会った時、あいつは部下からも兵からも慕われていたよ。おそらく安喜県に出向いても、誰一人として劉備を売るヤツはいないだろう。役人は嫌われているはずなのにね」

 曹操は楽しそうに続ける。

「それに漢王朝の権威と言うが、劉備は帝位の血筋だと自分で言っていたし、そんな人物が腐れ役人を叩きのめしたとなったら、それこそ漢王朝の権威を示すものじゃないか。漢王朝の皇族はこれほど清廉潔白だって感じで」

 袁紹は腹の虫が収まらないみたいだが、曹操に反論出来なかった。

「張郃さん、劉備って誰ですか?」

「俺も名前くらいしか知らない。なんでも盧植、朱儁、皇甫嵩、董卓とうたくといった方々の元で戦った義勇軍を率いていたらしい」

「いやいや、そんなモンじゃないよ、劉備は」

 話が聞こえていたらしく、曹操が張郃と張遼に言う。

「黄巾の乱の殊勲者は、間違いなく劉備だと私は思っているよ。もし劉備達の義勇軍が無ければ、黄巾の乱はもう少し長引いていたはずだ。ところが劉備は義勇軍で正規軍ではなかったからかなり安くこき使われたみたいだ。ぶっちゃけ、袁紹より役に立ったんじゃないの?」

 曹操はわざと聞こえるように言って袁紹から睨まれたのだが、まったく気にしていない。

 地味で目立たない外見ではあるが、豪胆な事この上ない。

「地公将軍張宝との戦いの時は見事だったよ。劉備が妖術を破る術を知っていたから、私達は助かった。黄巾の妖術は、力だけでどうにか出来るものじゃ無かったからね」

 曹操の言葉に、張郃と張遼は顔を見合わせる。

 同じかどうかは分からないが、その妖術を力だけでなんとかしてしまったのが、呂布奉先である。

「ん? どうした?」

「いや、曹操さんに俺から一つ教えられる事があるとすれば、どんな事があっても呂布奉先とは戦うなって事ですよ」

 張郃の言葉に曹操は興味を示したが、詳しい話を聞こうとする前に何進の屋敷に到着してしまった。

 何進邸には、すでに主だった者は集まっていた。

 袁紹が慌てて呼びに来るくらいなので、曹操が最後なのだろう。

 とは言え、急ぎ焦っている袁紹とは違い、曹操はまったく急ぐ様子も見せずにいつも通りに歩いている。

 それこそ張遼や張郃の方が心配してしまうほど、のんびりしていた。

 曹操達が集まっている部屋に入った時にはもう議論に熱を帯び、袁紹は何進の横に座って何進に何か報告していた。

「まるで大将軍の軍師みたいだなぁ」

 曹操は入口近くから奥に入ろうとせず、壁に寄りかかって腕を組んでいる。

 都から離れたところからやって来た張遼や張郃は、この時に初めて大将軍である何進を見たのだが、思わず溜息をつきたくなった。

 どう見ても一般的な中年男性であり、人の上に立つ様な人物には見えない。

 上座に座っているものの、一回り以上歳の離れた袁紹の方が堂々としているので、何も知らなければ袁紹の方を何進と思ったかもしれないほどだ。

「何やら随分と焦ってますね」

「話し方も切羽詰まってるぞ」

「二人共鋭いな。これは私が予想していたより悪いみたいだ」

 とは言うものの、曹操は末席とはいえ本来彼の為に用意されている席につこうとせず、壁に寄りかかったまま動こうとしない。

 袁紹にも匹敵する若手筆頭として名が挙がる曹操だが、本人が言うように何進からは重用されていない事が分かる。

 方々から飛び交う言葉に張遼と張郃は首を傾げていたが、曹操は目を閉じて腕を組んだまま動こうとしない。

 しばらく微動だにしなかった曹操だったが、目を開いて深々と溜息をつく。

「馬鹿だよなぁ」

 曹操の呟きは決して大きなモノではなかったのだが、たまたま議論が途切れた瞬間だったので、全体に響いてしまった。

 その結果、曹操は注目を集める結果になる。

「うわー、こんな時にご清聴いただかなくてもなぁ」

 曹操は苦笑いしながらぼやく。

 その瞬間を狙っての発言だったのではないかと、張遼や張郃は思っていた。

「孟徳、どう言う事だ?」

 袁紹に言われ、曹操は頭を掻く。

「いやね、十常侍が大将軍にとって目障りなのは分かりますよ? でも、それだったら十常侍を討つ為の刺客を数人放てば済む事でしょうに。それをこんなに集まって大声で話し合ってたら、そりゃ十常侍の耳にも届くでしょう?」

 静まり返った中に曹操の言葉が響く。

 特に強い言葉や口調ではないものの、その言葉は容赦無く突き刺さってくる。

「何をほざくか、偉そうに! 貴様の如き小者に何が分かる。宦官の孫である貴様が十常侍をかばっているのであろう!」

「いやいや、別に宦官って制度が悪い訳ではないですから。宦官に権限を与える方が悪いって、ウチの爺様は言ってましたよ?」

 逆上する何進に対し、曹操はあくまでもいつも通りの気楽な雰囲気で言う。

 しかしそれは皇帝を批難しているようにも聞こえたらしく、何進だけでなく、周りからも曹操に対しての罵詈雑言が飛ぶ。

 聞いている張遼や張郃の方が腹立たしく思えたのだが、曹操自身は苦笑いしているだけで反論しようとしない。

「大将軍、大変です!」

 周囲の罵詈雑言を遮るように入ってきた伝令の男が、急いで何進の元へ走る。

「皇帝が、霊帝陛下が崩御なさいました! 十常侍の蹇碩が偽の詔勅によって大将軍をおびき出して殺害し、協皇子を次の帝にと画策しています!」

「何と! そりゃいかん! 儂と共に兵を率い、宦官を皆殺しにする者はおらぬか!」

「大将軍、この袁紹が……」

「袁紹、順序を間違えるな」

 袁紹が名乗りを上げようとした時、曹操の冷ややか声が袁紹を止める。

「まずは新帝を立て、先帝を弔い、人心を落ち着ける事の方が先だ。大将軍の責務でもある事を疎かにしては、それこそ十常侍の思うツボではないか?」

 一旦熱を帯びた何進達ではあったが、曹操から冷水を浴びせられる事になった。

 何進はそんな曹操の言葉に対し不快感を表に出したものの、袁紹は曹操の言う事の方が道理だと何進をなだめる。

「こりゃ、荒れそうだな」

 曹操は首を振って、張郃と張遼に向かって呟いた。
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