新説 呂布奉先伝 異伝

元精肉鮮魚店

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洛陽動乱

新たなる親子 3

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 その日、董卓は文武百官だけでなく陳留王劉協や、少帝劉弁とその母何太后、妻であるとう皇后も嘉徳殿への出座を願った。

 もちろん願ったと言うのは形だけであり、それは拒否出来るものでは無かった。

 全員が嘉徳殿に集まったところで、董卓は皇帝の横で剣を抜き放ち李儒に意見書を読み上げさせる。

 その内容は直接的なものであり、少帝劉弁を弘農王に封じ、陳留王劉協を新帝とするというものだった。

 おそらくそういうことだろうと予想していた文武百官はともかく、劉弁や何太后などは何も知らされていなかったので言葉を失っている。

「聞こえたであろう。さっさと従わぬか!」

 董卓は剣を抜き放って、まだ皇帝のはずの劉弁に向かって怒鳴りつける。

「ヒィッ」

 と悲鳴を上げたのは皇妃の唐妃で、劉弁は青ざめて声を出すことすら出来なかった。

「聞こえんのか!」

 董卓に恫喝され、劉弁は腰を抜かして玉座から転げ落ちる。

 その劉弁を唐妃は助け起こすが、何太后も恐怖に震えて身動きが取れなかった。

「と、董卓将軍、これは余りにも酷い仕打ちではございませぬか?」

 唐妃は涙ながらに董卓に訴えるが、董卓は可憐な皇妃を睨みつける。

「貴様、何を勘違いしておる。貴様は既に皇妃では無い。そこの男も、もはや皇帝では無いのだ。さっさと冠を取らぬか! 衛兵、こやつらの衣服を剥ぎ取れい!」

 董卓はそう命じると、董卓の側近であり元西涼兵達が劉弁や唐妃、何太后の服飾を剥ぎ取る。

 さすがに見かねて呂布は止めようとするが、李儒に遮られる。

「軍師殿? これは酷過ぎませんか?」

 呂布は小声で李儒に尋ねる。

 かなり幼く思われているが、劉弁はこの時十七歳。

 十七歳と言えば呂布や張遼などは既に戦場で武勲を上げていた歳であり、孫堅なども長沙の海賊狩りとして名を馳せていた。

 また、曹操もその歳には数人の妻や妾を養っていた事を考えると、劉弁ももう少し何か出来そうではあるのだが、そうは言っても呂布や曹操と劉弁では育ってきた環境が違い過ぎる。

 また、圧倒的に優秀であった張遼でさえ、若すぎると言う理由で一軍を与えられなかった年齢である事を考えても、剣を持った董卓と戦えと言うのは酷に過ぎる。

「呂布将軍、これには意味があるのです」

「意味?」

 呂布と李儒は小声で話す。

「皇帝では無くなったとは言え、弘農王は王位ですよ? しかるべき敬意は払うべきが筋でしょう?」

「将軍のおっしゃる通りです。ですが、それだと国を割る事になるのです」

 李儒の言葉に、呂布は眉を寄せる。

「我々が担ぐ新帝劉協様だけが、漢において唯一無二の皇帝です。前帝で王位に落とされたとは言え、我々に賛同しない者は劉弁様を新たに担いで自らの正当性を前面に出してきます。酷たらしく見えるのは僕も分かっていますが、これだけ分かりやすく劉弁様には何の力も実権もない事を知らしめないと、劉弁様は長くは生きられなくなります」

 李儒は呂布にそう説明する。

 言わんとしている事は分かる。

 董卓は力で今の状況を作り、力のみで支配している。

 その力に抗う為の大義として劉弁を担ぐと言うのは非常に分かりやすい図式であり、そんな事が起きた場合には当然劉弁は処断される。

 皇帝であれば側近や担いだ者にのみ責任を負わせる事になるが、王位であればその者への責任も問われることになる。

 さらに言えば、その場合には劉弁は偽帝となるので死罪以外無いだろう。

 何太后の政略によって皇帝になった劉弁だが、本人はただ善良なだけの、青年になりきれていない少年にしか見えない。

 李儒は李儒なりにそんな善良な人物を救おうとしているのだが、おそらくそれは伝わらないだろうと呂布は思う。

 保護されるべき劉弁にも、危害を加える側の董卓にも。

 李儒に企みがあったとしても、董卓からすると新帝劉協を抑えている時点で劉弁は不必要になるのだ。

 まして不安要素になるのであれば、どれほど無力であっても生かしておく理由は無いのではないか。

「そう上手くいきますか?」

「いかないでしょうね」

 李儒は申し訳なさそうに言う。

「ですが、僅かでも助けられるかもしれないのであれば、そうするべきではないかと思ったのです。多分、自分は精一杯やったんだと言う免罪符が欲しいのだと思います」

 そう言う事なら、呂布にもわかる。

 呂布が新たな父親である董卓の為に警備などに力を入れているのも、丁原の事を忘れようとしている事に似ているかもしれない。

 答えを教えられると、確かに劉弁達は哀れに見えるがコレを終えると誰からも興味を示される事もなくなり、贅沢さえ望まなければ平穏無事な生活が送れるのかもしれないと思う。

 そうは言っても、そんな深慮遠謀があると言う事は全員が理解出来る訳ではない。

 むしろ誰にも理解出来ないかもしれない。

 董卓は劉弁や唐妃、何太后の服飾を剥ぎ取り、劉協を玉座に登らせると劉弁達に臣下の礼を取る様に強要する。

 逆らえば剣をもって答えとする、などと言葉にする必要もない。

 服飾を剥ぎ取った衛兵達が、楽しむ様に劉弁達を跪かせ、頭を床に押さえつける。

「董卓、董卓将軍! この仕打ちはあまりと言えばあまり。なにとぞ、お情けを!」

 唐妃が涙ながらに訴えるが、董卓は冷たい目を唐妃に向ける。

「貴様、陛下の御意も得ずに頭を上げるか」

 董卓は壇上から降りていくと、唐妃の頭を踏みつける。

「ど、どうかお情けを! 閣下に逆らう意思はありません。皇位から退く事にも従いますので!」

 恐怖で何も出来ない劉弁と何太后親子に代わって、唐妃は涙ながらに訴える。

 その姿に周りの文武百官は目を背けたり、もらい泣きする者も多かった。

「中々に見所のある小娘よの」

 董卓は頭を踏みつけている唐妃に向かって、にやにやと笑いながら言う。

「いい加減にせぬか、この田舎武将め!」

 ついに耐えかねた大臣の一人、丁管ていかんが我慢ならずに董卓に怒鳴りつける。

「あ? なんだ、老いぼれ」

「貴様とさして変わらぬわ、色ボケの老いぼれめ! 何を勘違いしておるかは知らぬが、貴様如きを誰が恐るか!」

 丁管は董卓に向かって手に持ったしゃくを投げつけると、董卓の額に命中する。

 もっとも董卓が避けようとしなかった、と言う事もある。

「貴様の振る舞い、許せぬ! この笏が剣であれば、その首を叩き落としてやるものを!」

「それが出来んかったから、この状況になっておるのだろう。何を忠臣気取りをしておるか、負け犬めが」

 董卓はせせら笑うと、衛兵に丁管を捕らえさせる。

「ええい、離せ! 死刑台になど、自らの足で行ってやるわ!」

「死刑台? 何を勘違いしておるか、丁管。この董卓に非礼を行った者がどうなるかを周りに知らしめる為にも、貴様を楽に死なせる訳には行かぬ。そやつは罪人である。舌を噛ませる様な真似はさせるな。家族、親族ことごとく捕えよ」

 董卓は怒りを表に出す様な事もなく、むしろ楽しげに言う。

 今回の集まりでは、前回の宴会の時の様に帯剣を許されている訳ではなく、この場で帯剣しているのは警備兵とそれを統括している呂布を除くと、董卓のみである。

 それだけに丁管は笏を投げつけるくらいしか出来ず、董卓もそれであれば避けるにも値しないと判断したのだ。

 それだけでなく、丸腰の者達が歯向かったとしても剣を持つ董卓や呂布に勝てるはずもないと言う余裕が、董卓の行動を大胆にしているところもある。

「いや、実に丁管殿は忠義心に厚いのう。この儂に逆らった者がどうなるか、身を持って周りに知らしめようと言うのだから。皆、よく丁管殿を見て学ぶが良い」

 董卓は笑いながら言うと、唐妃の頭から足を降ろす。

「今日のところは、貴様の非礼も弘農王を想っての事として不問としてやる」

「はい。将軍のご恩情、痛み入ります」

 唐妃は震える声で、董卓に向かって言う。

 大した女傑だ、と呂布は感心する。

 皇后と言う最上位の立場から引きずり降ろされたにも関わらず、自らを顧みず、相手を立てながらも自分の要求を譲らない。

 それを、剣を抜いた巨漢が自らに歯向かった大臣に惨たらしい刑罰を宣言した後にも、彼女は貫き通した。

 相当に肝の太い男であったとしても、中々出来る事ではない。

「天をも恐れぬ不忠者、董卓! だが貴様は何も得てなどいない! 砂上さじょう楼閣ろうかくどころではない、虚飾きょしょくの天下であると知れ! 貴様の栄華えいがなど長くはないぞ!」

 丁管は衛兵達に引きずられながら叫ぶ。

 いつもの董卓であれば激怒しているところだが、今日の董卓はそんな言葉で揺さぶられる事も無く笑っている。

「吠えろ、吠えろ。負け犬の貴様に出来る事と言ったらその程度の事よ。自らの役割に励むが良いぞ、丁管。間もなく言葉も出せなくなるのだからな」

 董卓はそう言うと、引きずり出される丁管ではなく、残った者達の方を見る。

「今日、この時を持って、漢の皇帝はここにおわす劉協陛下である。先帝劉弁は帝位剥奪、弘農王に封じる。皆も覚えておけ!」

 この日この場で董卓を止められる者は無く、少帝劉弁の在位は半年で終わり、帝位は陳留王であった僅か九歳の少年、劉協が就く事になった。



 それによって一介の太守でしかなかった董卓は、宮殿にも帯剣したままで入れる特権を持つ最高位である相国しょうこくとなり、董卓政権を樹立させる事に成功したのである。

 多くの恨みを、圧倒的な武力によって押さえつけて。

 そして、名軍師李儒にも見落としがあった。

 李儒が劉弁を生かそうとしていたのは、単純な善意によるものではなく、今回の新帝擁立の計画が破綻した場合の保険と言う側面もあった。

 どれほど努力しても助けられる可能性が低い事は李儒自身も分かっていた事だが、本来であれば考えていなければならない危険が含まれていた。

 董卓が何一族に対して殺意を抱いていた場合、どんな事をしても助ける事は出来ないと言う事である。
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