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その大地、徐州
臧覇という男 2
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さほど待つことなく、陳珪は侯成を伴った蓉を連れてきた。
年頃の娘である蓉なのだが、その容姿は並々ならぬ美しさに育っているものの本人にはその自覚が皆無であるらしく、武勇を磨く事にこそ自らの価値を見出しているところがある。
その結果、蓉は同世代の少女達と比べると非常識で異常な程の武勇を身につけてしまい、練習相手にしても同世代では束になっても務まらず、武将達の手を借りねばならないほどになってしまっていた。
腕自慢の呂布軍の中でも蓉を相手に必ず勝てると言えるのは張遼と高順くらいで、蓉は張遼を相手にするのが一番と思っているのだが、何かと多忙な張遼なので蓉の相手をしている暇が無い。
そこで最近では呂布軍の武将の中で最年少と言う事もあって、侯成が蓉の相手を務める事が多くなっているのだが、それによって侯成自身も武勇を磨かれる事になり本人も知らない内に張遼、高順に次ぐ武勇を身に付ける事になっていた。
「父ちゃん、私に何か用?」
もっとも武勇を磨く事に時間を使っている蓉なので、幼い頃から変わらず言葉遣いや教養などは非常に残念なままである。
「縁談が来ている」
「へぇ、父ちゃん、側室持つんだ」
蓉はあっさりと言う。
「誰? 陳宮殿?」
「いや、縁談は姫君にです」
陳宮がそう言うと、蓉は目を見開いて驚く。
「縁談? 私に? 誰? 公瑾?」
「そんな訳ないだろう」
蓉の言葉に呂布が呆れて言う。
「周瑜殿は既に妻を持っているとの事。教養深く、音曲に秀で、奥ゆかしい奥方だとか。姫君もそう言うものを身につけられれば、あるいは側室として迎え入れてもらえるのでは?」
陳宮がそう提案すると、蓉は露骨に顔をしかめる。
「これはこれは、お美しい姫君で。皇太子もお待ちです」
「あ? 誰、こいつ」
楊弘の事が目に入っていなかったのか、蓉は睨む様に見る。
「袁術殿の使者ですよ。姫様の縁談を持ちかけてきました」
陳宮が言うと、蓉は首を傾げる。
「袁術が? 何で? 袁術は父ちゃん達に惨敗したって話でしょ? そう聞いたけど?」
「はっはっは! 根も葉も無き、市井の噂にございます。いや、民とは実に噂の好きな者共よ」
楊弘は高らかに笑うのだが、その戦いに参戦した呂布や陳宮からすると楊弘の言い分の方が分からない。
誰の目にも袁術の惨敗のはずだったが、袁術軍の方ではそう思っていないらしかった。
「かの董卓は連合軍を相手に都を捨てて敗走したにも関わらず、誰も董卓が敗れたとは思わず、それどころか連合軍の惨敗として解体されたと言う有様。翻って我が軍はどうでしたかな? 我が軍は董卓の如く都を捨てる事無く、当代比類無き豪傑達を相手に戦い抜き、その連合軍を退かせるに至った次第。噂をどのように立てようとも、その事実は揺るぎませぬ。そうでしょう、軍師陳宮殿?」
「物は言いようだな。その手合いは袁紹が得意とするところと思っていたが、どうして袁術の元にも人はいると言う事か」
楊弘の言葉に、陳宮は呆れた様に苦笑いを浮かべる。
「ふーん。で、私に縁談なの?」
「おめでとうございます、姫様。これで少しは女らしくしないと……」
「うるさい、黙れ」
「はい、すいません」
侯成は喜んだのだが、蓉に睨まれて黙らされる。
見た目には文句の付けようのない美少女である蓉なのだが、素晴らしく分かりやすい暴力に辟易している侯成としては、その任から解放されると本気で喜んでいたようだった。
が、侯成が睨まれて小さくなる姿を見せられると、呂布としてもこの娘に今後まともな縁談が来るのかと不安にもなる。
「いかがですかな、姫君。二代目皇帝の皇妃になられるのですぞ?」
「嫌に決まってるじゃん。知りもしない相手に皇妃がどうとか言われても実感湧かないし」
自分の娘の事ながら、素晴らしいくらいの一刀両断振りである。
ここまではっきり言われては、交渉の余地も無い。
「いやいや、姫君。姫君と皇太子は知らない仲では無いのですよ」
しかし楊弘は引き下がらない。
「姫様と皇太子は寿春でお会いになられているはずですが、ご存知ありませんか?」
「知らん。誰の事だか」
蓉は相変わらずだが、呂布も不思議に思う。
呂布軍が袁術のところに身を寄せていたのは、ごく短期間だけであり、呂布と袁術でさえまともに顔を合わせたのは一度きりで、その子達が顔を合わせる機会など無かったはずである。
「あっ!」
思い当たる事があったのか、蓉は突然声を上げる。
「あの時のアイツか! 公瑾に止められた時のヤツ!」
陳宮や陳珪は何の事か分からない顔をしているが、そこまで言われて呂布もようやく思い出した。
確かに寿春に立ち寄った時、蓉が一人でうろうろしているところを周瑜から保護されたと言う話は聞かされた事があった。
「え? アイツと結婚とか有り得ないでしょ?」
「姫君の印象としてはそう言う感じなのですか?」
陳珪の質問に、蓉は険しい表情で頷く。
「アレは無い! アレだったらコレの方がマシよ」
蓉は侯成を指差して言う。
「あの、俺はコレ呼ばわりッスか?」
「あ?」
「いえ、すいません」
蓉から睨まれて、侯成はすぐに引っ込む。
呂布軍の有望株である侯成も、蓉から見ると格下武将の一人であるらしい。
「……袁術殿の息子が姫君を大変気にかけている事は分かった。だが、交渉役が来て即日輿入れなど聞いた事も無い。そうであろう楊弘殿?」
陳宮は冷ややかに言う。
「案ずるな、私の方から姫を説得しておこう。袁術殿にはそう報告するが良い」
「あぁ? 陳宮! 今、何か言ったな!」
小声で楊弘に伝える陳宮に対し、蓉は聞きつけたかのように吠える。
「姫様は素晴らしく愛らしく、それは皇太子もお気に召したのでしょうとお伝えしたのです」
「絶対嘘だろ!」
蓉でなくても嘘だと分かる誤魔化し方で陳宮がそんな事を言うので、蓉が噛み付く。
「では、本日のところは引き上げますが、後日また来ますのでその時には良いお返事をいただけるものと信じています」
「二度と来んな!」
「いや、姫様。縁談と言うのは……」
「うるさい、黙れ。お前は喋んな」
「……はい」
侯成には厳しい蓉である。
この時、楊弘は袁術の息子と呂布の娘の縁談をまとめる事は出来ずに帰って行く事になったのだが、これまで粘っていた楊弘が簡単に引いた事を陳珪は見逃さなかった。
年頃の娘である蓉なのだが、その容姿は並々ならぬ美しさに育っているものの本人にはその自覚が皆無であるらしく、武勇を磨く事にこそ自らの価値を見出しているところがある。
その結果、蓉は同世代の少女達と比べると非常識で異常な程の武勇を身につけてしまい、練習相手にしても同世代では束になっても務まらず、武将達の手を借りねばならないほどになってしまっていた。
腕自慢の呂布軍の中でも蓉を相手に必ず勝てると言えるのは張遼と高順くらいで、蓉は張遼を相手にするのが一番と思っているのだが、何かと多忙な張遼なので蓉の相手をしている暇が無い。
そこで最近では呂布軍の武将の中で最年少と言う事もあって、侯成が蓉の相手を務める事が多くなっているのだが、それによって侯成自身も武勇を磨かれる事になり本人も知らない内に張遼、高順に次ぐ武勇を身に付ける事になっていた。
「父ちゃん、私に何か用?」
もっとも武勇を磨く事に時間を使っている蓉なので、幼い頃から変わらず言葉遣いや教養などは非常に残念なままである。
「縁談が来ている」
「へぇ、父ちゃん、側室持つんだ」
蓉はあっさりと言う。
「誰? 陳宮殿?」
「いや、縁談は姫君にです」
陳宮がそう言うと、蓉は目を見開いて驚く。
「縁談? 私に? 誰? 公瑾?」
「そんな訳ないだろう」
蓉の言葉に呂布が呆れて言う。
「周瑜殿は既に妻を持っているとの事。教養深く、音曲に秀で、奥ゆかしい奥方だとか。姫君もそう言うものを身につけられれば、あるいは側室として迎え入れてもらえるのでは?」
陳宮がそう提案すると、蓉は露骨に顔をしかめる。
「これはこれは、お美しい姫君で。皇太子もお待ちです」
「あ? 誰、こいつ」
楊弘の事が目に入っていなかったのか、蓉は睨む様に見る。
「袁術殿の使者ですよ。姫様の縁談を持ちかけてきました」
陳宮が言うと、蓉は首を傾げる。
「袁術が? 何で? 袁術は父ちゃん達に惨敗したって話でしょ? そう聞いたけど?」
「はっはっは! 根も葉も無き、市井の噂にございます。いや、民とは実に噂の好きな者共よ」
楊弘は高らかに笑うのだが、その戦いに参戦した呂布や陳宮からすると楊弘の言い分の方が分からない。
誰の目にも袁術の惨敗のはずだったが、袁術軍の方ではそう思っていないらしかった。
「かの董卓は連合軍を相手に都を捨てて敗走したにも関わらず、誰も董卓が敗れたとは思わず、それどころか連合軍の惨敗として解体されたと言う有様。翻って我が軍はどうでしたかな? 我が軍は董卓の如く都を捨てる事無く、当代比類無き豪傑達を相手に戦い抜き、その連合軍を退かせるに至った次第。噂をどのように立てようとも、その事実は揺るぎませぬ。そうでしょう、軍師陳宮殿?」
「物は言いようだな。その手合いは袁紹が得意とするところと思っていたが、どうして袁術の元にも人はいると言う事か」
楊弘の言葉に、陳宮は呆れた様に苦笑いを浮かべる。
「ふーん。で、私に縁談なの?」
「おめでとうございます、姫様。これで少しは女らしくしないと……」
「うるさい、黙れ」
「はい、すいません」
侯成は喜んだのだが、蓉に睨まれて黙らされる。
見た目には文句の付けようのない美少女である蓉なのだが、素晴らしく分かりやすい暴力に辟易している侯成としては、その任から解放されると本気で喜んでいたようだった。
が、侯成が睨まれて小さくなる姿を見せられると、呂布としてもこの娘に今後まともな縁談が来るのかと不安にもなる。
「いかがですかな、姫君。二代目皇帝の皇妃になられるのですぞ?」
「嫌に決まってるじゃん。知りもしない相手に皇妃がどうとか言われても実感湧かないし」
自分の娘の事ながら、素晴らしいくらいの一刀両断振りである。
ここまではっきり言われては、交渉の余地も無い。
「いやいや、姫君。姫君と皇太子は知らない仲では無いのですよ」
しかし楊弘は引き下がらない。
「姫様と皇太子は寿春でお会いになられているはずですが、ご存知ありませんか?」
「知らん。誰の事だか」
蓉は相変わらずだが、呂布も不思議に思う。
呂布軍が袁術のところに身を寄せていたのは、ごく短期間だけであり、呂布と袁術でさえまともに顔を合わせたのは一度きりで、その子達が顔を合わせる機会など無かったはずである。
「あっ!」
思い当たる事があったのか、蓉は突然声を上げる。
「あの時のアイツか! 公瑾に止められた時のヤツ!」
陳宮や陳珪は何の事か分からない顔をしているが、そこまで言われて呂布もようやく思い出した。
確かに寿春に立ち寄った時、蓉が一人でうろうろしているところを周瑜から保護されたと言う話は聞かされた事があった。
「え? アイツと結婚とか有り得ないでしょ?」
「姫君の印象としてはそう言う感じなのですか?」
陳珪の質問に、蓉は険しい表情で頷く。
「アレは無い! アレだったらコレの方がマシよ」
蓉は侯成を指差して言う。
「あの、俺はコレ呼ばわりッスか?」
「あ?」
「いえ、すいません」
蓉から睨まれて、侯成はすぐに引っ込む。
呂布軍の有望株である侯成も、蓉から見ると格下武将の一人であるらしい。
「……袁術殿の息子が姫君を大変気にかけている事は分かった。だが、交渉役が来て即日輿入れなど聞いた事も無い。そうであろう楊弘殿?」
陳宮は冷ややかに言う。
「案ずるな、私の方から姫を説得しておこう。袁術殿にはそう報告するが良い」
「あぁ? 陳宮! 今、何か言ったな!」
小声で楊弘に伝える陳宮に対し、蓉は聞きつけたかのように吠える。
「姫様は素晴らしく愛らしく、それは皇太子もお気に召したのでしょうとお伝えしたのです」
「絶対嘘だろ!」
蓉でなくても嘘だと分かる誤魔化し方で陳宮がそんな事を言うので、蓉が噛み付く。
「では、本日のところは引き上げますが、後日また来ますのでその時には良いお返事をいただけるものと信じています」
「二度と来んな!」
「いや、姫様。縁談と言うのは……」
「うるさい、黙れ。お前は喋んな」
「……はい」
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