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第一章 世界の果てに咲く花
蜂起 3
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結局ルーディールは夜にならないと帰ってこなかった。
ルーディールと共に診療所へやって来たのは、酷い火傷を負った大柄な亜人の男性だった。
小柄で華奢な六の少女と並ぶと、六の少女は亜人の男性の腹部くらいまでしか無い上に、筋肉の付き方も二倍以上で簡単に六の少女を持ち上げられる筋力はあるだろう。彼の後ろに隠れれば、六の少女はもちろんメルディスでも簡単に隠れられる。
診療所のベッドに横になれるかどうか、と心配になる大きさだった。
「あら、まだ起きてたの?」
ルーディールは二人を迎えた六の少女に、少し驚いてた。
六の少女も体力は戻っていないので、すぐに疲れる。それでも夜には強制労働側の亜人達が帰ってくる時間帯に、食堂で待機していようかと考えていたところだった。
「先生、彼女は?」
火傷は左半身に及んでいるが、それでも彼はハッキリした口調でルーディールに尋ねる。
「彼女は六番。知ってるでしょ?」
「こんな小柄な子だとは思いませんでした。俺は二三一。よろしく」
大柄な亜人、二三一は六の少女に無事な右手を差し出す。
「六番です。初めまして」
六の少女は握手する。
その気になれば六の少女の右手など握り潰せるくらいの握力がありそうだが、握手の手は思いのほか優しかった。
強制労働側の亜人は三桁の番号を与えられ、数字だけで呼ばれる。この二三一は二百三十一では無く『に、さん、いち』と呼ばれる。
二桁までの数字を与えられる収容所に残る側の亜人達との区別化でもあるらしい。
収容所に残る側の亜人には『商品』としての側面があるが、強制労働側の亜人は『労働力』としての価値しか無いので、その数字の発音からも雑な扱いの印象を受ける。
「先生、明日も作業がありますんで、治癒魔術で治してもらえないですか?」
二三一はルーディールに言うが、ルーディールは首を振る。
「貴方はこれまでにも大怪我して、再生魔術まで使ってるから治癒魔術の効果も薄いのよ。これ以上は体が拒否反応を示すから、薬で治さないと」
ルーディールは、六の少女が使っている最奥のベッドの隣りのベッドに二三一を座らせ、戸棚から薬を取り出して火傷に塗り始める。
「ルー先生、治癒魔術って効果が薄くなっていくモノなんですか?」
六の少女は、二三一の大きな背中越しに尋ねる。
「体質にもよるけど、治癒魔術は使えば使うほど抵抗力がついてしまうの。薬の習慣性と同じで、最初は効果が高いけどだんだん弱まっていくのが一般的ね」
ルーディールは薬を塗りながら言う。
「先生、俺からも質問です。再生魔術と治癒魔術って違うんですか?」
「まったく別物よ。治癒魔術はその人の本来持っている自然治癒能力を高める魔術で、傷跡も残ったりするけど、ほとんどの場合自然な感じに治るわね。でも再生魔法は違う。例えば六番の右足も再生魔術なら元に戻るかもしれないわ」
ルーディールが言うと、二三一は後ろを振り返る。
今は六の少女の足はシーツによって隠れているが、その盛り上がり方で右足は通常の足ではない事はすぐにわかる。
「じゃ、なんで治してあげないんですか?」
「再生魔法は私では制御出来ない事があるの。六番の足の話をすると、完全に失われた状態で魔術を使う事になるんだけど、再生力は骨格、筋肉、皮膚でそれぞれ違うの。それを繊細な魔力操作でバランスを取らないといけないんだけど、それが凄く難しくて。再生魔術に頼らなければ助けられないって状態は、もう完全に致命傷の時だけ。下手すると再生魔術が原因で死んじゃう事だってあるのよ?」
ルーディールは二三一と六の少女に言って聞かせる。
六の少女もすでに再生魔術のお世話にはなっているのだが、それは足ではなく胴体部分、胸や腹部に集中して使用したとルーディールから聞いている。
「つまり、俺と六番はそれくらいやらないと回復出来ない状態だったって事ですね」
「私は分かりますけど、二三一はどんな事を?」
六の少女が二三一に尋ねる。
「俺は落石の下敷きの時かな。アレは完全に死んだと思いましたから」
「再生魔術のリスクは他にもあるわよ」
ルーディールは手のかかる患者に対して、悪い笑顔を浮かべる。
「再生魔術を使われた方は、やっぱり治癒魔術の効きも悪くなるの。つまり、魔術があるから怪我しても大丈夫、とはいかないわけ。だから二人共、これ以上怪我したら私でも助けられないかもしれないから、覚えておいてね」
「了解です」
「俺は怪我したくてしてるわけじゃないんですけど」
六の少女は素直に返事をしたが、二三一は不満なようだ。
「君が責任のある立場なのは知ってるし、正義感が強い事も知ってるけど、君はもう私の魔術では効果が薄いのも理解してね」
ルーディールはそう言うと、薬を塗り終わったので思いっきり火傷痕の残る厚い胸板を引っぱたく。
「いぃってえ! 先生、マジで痛いです!」
「痛い事しないと大人しくしてないでしょ? 貴方は最低でも明日一日はここで休養する事。所長の許可は取ってるし、責任者は四八六さんに代行してもらう事で話は通ってますから」
「でも、先生」
二三一は食い下がろうとするが、ルーディールが平手を掲げると二三一も大人しくなる。
「薬の効きは保証するから、一日はゆっくり休みなさい。君が皆の盾になってるのは分かるけど、だったらなおの事長生きしないとダメでしょ?」
ルーディールに睨まれ、二三一はそそくさとベッドに横になる。
厳つい大男なだけに、その動作が妙に滑稽に見える。
「私は帰るけど、良いわね。大人しくしてないと、これからの治療は動けないくらい痛くしてやるから、覚悟しなさい」
ルーディールは亜人とはいえ収容されているわけではないので、収容所の亜人の様に寮に入っている訳では無い。
しかし、この近隣では無用の誤解を招く事もあるので、街から外れた収容所の近くに住んでいる。冬になるとルーディールも寮暮らしになるのだが、住んでいる場所も徒歩五分程度なので寮と比べてもさほど離れていない。
収容所の所員の七割は収容所に通ってくるのだが、三割は寮で暮らしている。食事は亜人の食べている謎の干物では無く、通常の食事をとっている。
所長も通いで、定時になると家に帰るため、今は収容所にいない。
それだけに寮で暮らす所員達が好き勝手に出来るのだ。
「実は君には会ってみたいと思ってたんだ」
日が暮れて灯りを消すと、診療所も寮の部屋も変わらない闇に閉ざされる。
二三一はその暗闇の中で、六の少女に話しかける。
「私に? 大暴れした亜人って聞いた?」
「まあ、そんなところだね。四番さんも気にしてたからね」
「四番と知り合い?」
「まあ、あの子もちょっと変わってたから」
二三一が言うには、四番は夜な夜な食堂に現れて強制労働組の為に、謎の干物を温めるサービスをしていたと言う。
好奇心旺盛な四番は強制労働組の話を聞きたがり、強制労働組も美少女である四番との会話を楽しんでいたところがあった。強制労働組にも女性は少数とはいえ含まれているので、四番は妬まれる事もあり、小さい諍いが起きる事もあった。
六の少女が来る前の事であり、所員による『仲裁』が入って、四番は強制労働組との接触に制限をかけられる事になったという。
その四の少女がこの収容所を去る時、強制労働組に六の少女の事をよろしくと伝えていたらしい。
具体的な話はしていないらしいが、四の少女は強制労働組に六の少女から協力を求められたら力を貸して欲しいと、笑顔で言い残していた。
「俺達にとって、それが四番さんとの最期の会話だったよ」
「最期? どこかに引き取られたって聞いたけど?」
「ああ、それは間違い無い。でも、どこに引き取られようと、一度引き取られた亜人はもう一生収容所には戻ってこないよ。噂では引き取られた先で幸せに暮らしている亜人もいるとか、引き取られた翌日には剥製にされるとか、色々あるよ」
二三一の言葉は、六の少女にとっては不思議な話では無かった。
この収容所の亜人で、収容所に残る亜人が見目麗しい者ばかりと言うところも、引き取り手の要望に悪い予想を立てさせる。
四の少女なら、さぞ美しい剥製になる事だろう。
もし自分に亜人を身請けできる程の大金があったとすると、せっかく大金をはたいて手に入れた亜人を剥製にする様な無駄な事はしない。生きた人間は色々役に立つが、剥製ではただ立てておくしか出来ない。
そう言う理解の及ばない人物の行動など、まったくイメージが出来ない。
それに今は四の少女の事を考えても意味が無い。
それより、素直に四の少女の置き土産を役立てる事を考える方が良い。
「何か企んでるのかい?」
「とんでもない。企んだって良い事無いからね」
六の少女は、二三一の言葉に首を振って答える。
ルーディールと共に診療所へやって来たのは、酷い火傷を負った大柄な亜人の男性だった。
小柄で華奢な六の少女と並ぶと、六の少女は亜人の男性の腹部くらいまでしか無い上に、筋肉の付き方も二倍以上で簡単に六の少女を持ち上げられる筋力はあるだろう。彼の後ろに隠れれば、六の少女はもちろんメルディスでも簡単に隠れられる。
診療所のベッドに横になれるかどうか、と心配になる大きさだった。
「あら、まだ起きてたの?」
ルーディールは二人を迎えた六の少女に、少し驚いてた。
六の少女も体力は戻っていないので、すぐに疲れる。それでも夜には強制労働側の亜人達が帰ってくる時間帯に、食堂で待機していようかと考えていたところだった。
「先生、彼女は?」
火傷は左半身に及んでいるが、それでも彼はハッキリした口調でルーディールに尋ねる。
「彼女は六番。知ってるでしょ?」
「こんな小柄な子だとは思いませんでした。俺は二三一。よろしく」
大柄な亜人、二三一は六の少女に無事な右手を差し出す。
「六番です。初めまして」
六の少女は握手する。
その気になれば六の少女の右手など握り潰せるくらいの握力がありそうだが、握手の手は思いのほか優しかった。
強制労働側の亜人は三桁の番号を与えられ、数字だけで呼ばれる。この二三一は二百三十一では無く『に、さん、いち』と呼ばれる。
二桁までの数字を与えられる収容所に残る側の亜人達との区別化でもあるらしい。
収容所に残る側の亜人には『商品』としての側面があるが、強制労働側の亜人は『労働力』としての価値しか無いので、その数字の発音からも雑な扱いの印象を受ける。
「先生、明日も作業がありますんで、治癒魔術で治してもらえないですか?」
二三一はルーディールに言うが、ルーディールは首を振る。
「貴方はこれまでにも大怪我して、再生魔術まで使ってるから治癒魔術の効果も薄いのよ。これ以上は体が拒否反応を示すから、薬で治さないと」
ルーディールは、六の少女が使っている最奥のベッドの隣りのベッドに二三一を座らせ、戸棚から薬を取り出して火傷に塗り始める。
「ルー先生、治癒魔術って効果が薄くなっていくモノなんですか?」
六の少女は、二三一の大きな背中越しに尋ねる。
「体質にもよるけど、治癒魔術は使えば使うほど抵抗力がついてしまうの。薬の習慣性と同じで、最初は効果が高いけどだんだん弱まっていくのが一般的ね」
ルーディールは薬を塗りながら言う。
「先生、俺からも質問です。再生魔術と治癒魔術って違うんですか?」
「まったく別物よ。治癒魔術はその人の本来持っている自然治癒能力を高める魔術で、傷跡も残ったりするけど、ほとんどの場合自然な感じに治るわね。でも再生魔法は違う。例えば六番の右足も再生魔術なら元に戻るかもしれないわ」
ルーディールが言うと、二三一は後ろを振り返る。
今は六の少女の足はシーツによって隠れているが、その盛り上がり方で右足は通常の足ではない事はすぐにわかる。
「じゃ、なんで治してあげないんですか?」
「再生魔法は私では制御出来ない事があるの。六番の足の話をすると、完全に失われた状態で魔術を使う事になるんだけど、再生力は骨格、筋肉、皮膚でそれぞれ違うの。それを繊細な魔力操作でバランスを取らないといけないんだけど、それが凄く難しくて。再生魔術に頼らなければ助けられないって状態は、もう完全に致命傷の時だけ。下手すると再生魔術が原因で死んじゃう事だってあるのよ?」
ルーディールは二三一と六の少女に言って聞かせる。
六の少女もすでに再生魔術のお世話にはなっているのだが、それは足ではなく胴体部分、胸や腹部に集中して使用したとルーディールから聞いている。
「つまり、俺と六番はそれくらいやらないと回復出来ない状態だったって事ですね」
「私は分かりますけど、二三一はどんな事を?」
六の少女が二三一に尋ねる。
「俺は落石の下敷きの時かな。アレは完全に死んだと思いましたから」
「再生魔術のリスクは他にもあるわよ」
ルーディールは手のかかる患者に対して、悪い笑顔を浮かべる。
「再生魔術を使われた方は、やっぱり治癒魔術の効きも悪くなるの。つまり、魔術があるから怪我しても大丈夫、とはいかないわけ。だから二人共、これ以上怪我したら私でも助けられないかもしれないから、覚えておいてね」
「了解です」
「俺は怪我したくてしてるわけじゃないんですけど」
六の少女は素直に返事をしたが、二三一は不満なようだ。
「君が責任のある立場なのは知ってるし、正義感が強い事も知ってるけど、君はもう私の魔術では効果が薄いのも理解してね」
ルーディールはそう言うと、薬を塗り終わったので思いっきり火傷痕の残る厚い胸板を引っぱたく。
「いぃってえ! 先生、マジで痛いです!」
「痛い事しないと大人しくしてないでしょ? 貴方は最低でも明日一日はここで休養する事。所長の許可は取ってるし、責任者は四八六さんに代行してもらう事で話は通ってますから」
「でも、先生」
二三一は食い下がろうとするが、ルーディールが平手を掲げると二三一も大人しくなる。
「薬の効きは保証するから、一日はゆっくり休みなさい。君が皆の盾になってるのは分かるけど、だったらなおの事長生きしないとダメでしょ?」
ルーディールに睨まれ、二三一はそそくさとベッドに横になる。
厳つい大男なだけに、その動作が妙に滑稽に見える。
「私は帰るけど、良いわね。大人しくしてないと、これからの治療は動けないくらい痛くしてやるから、覚悟しなさい」
ルーディールは亜人とはいえ収容されているわけではないので、収容所の亜人の様に寮に入っている訳では無い。
しかし、この近隣では無用の誤解を招く事もあるので、街から外れた収容所の近くに住んでいる。冬になるとルーディールも寮暮らしになるのだが、住んでいる場所も徒歩五分程度なので寮と比べてもさほど離れていない。
収容所の所員の七割は収容所に通ってくるのだが、三割は寮で暮らしている。食事は亜人の食べている謎の干物では無く、通常の食事をとっている。
所長も通いで、定時になると家に帰るため、今は収容所にいない。
それだけに寮で暮らす所員達が好き勝手に出来るのだ。
「実は君には会ってみたいと思ってたんだ」
日が暮れて灯りを消すと、診療所も寮の部屋も変わらない闇に閉ざされる。
二三一はその暗闇の中で、六の少女に話しかける。
「私に? 大暴れした亜人って聞いた?」
「まあ、そんなところだね。四番さんも気にしてたからね」
「四番と知り合い?」
「まあ、あの子もちょっと変わってたから」
二三一が言うには、四番は夜な夜な食堂に現れて強制労働組の為に、謎の干物を温めるサービスをしていたと言う。
好奇心旺盛な四番は強制労働組の話を聞きたがり、強制労働組も美少女である四番との会話を楽しんでいたところがあった。強制労働組にも女性は少数とはいえ含まれているので、四番は妬まれる事もあり、小さい諍いが起きる事もあった。
六の少女が来る前の事であり、所員による『仲裁』が入って、四番は強制労働組との接触に制限をかけられる事になったという。
その四の少女がこの収容所を去る時、強制労働組に六の少女の事をよろしくと伝えていたらしい。
具体的な話はしていないらしいが、四の少女は強制労働組に六の少女から協力を求められたら力を貸して欲しいと、笑顔で言い残していた。
「俺達にとって、それが四番さんとの最期の会話だったよ」
「最期? どこかに引き取られたって聞いたけど?」
「ああ、それは間違い無い。でも、どこに引き取られようと、一度引き取られた亜人はもう一生収容所には戻ってこないよ。噂では引き取られた先で幸せに暮らしている亜人もいるとか、引き取られた翌日には剥製にされるとか、色々あるよ」
二三一の言葉は、六の少女にとっては不思議な話では無かった。
この収容所の亜人で、収容所に残る亜人が見目麗しい者ばかりと言うところも、引き取り手の要望に悪い予想を立てさせる。
四の少女なら、さぞ美しい剥製になる事だろう。
もし自分に亜人を身請けできる程の大金があったとすると、せっかく大金をはたいて手に入れた亜人を剥製にする様な無駄な事はしない。生きた人間は色々役に立つが、剥製ではただ立てておくしか出来ない。
そう言う理解の及ばない人物の行動など、まったくイメージが出来ない。
それに今は四の少女の事を考えても意味が無い。
それより、素直に四の少女の置き土産を役立てる事を考える方が良い。
「何か企んでるのかい?」
「とんでもない。企んだって良い事無いからね」
六の少女は、二三一の言葉に首を振って答える。
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