生命の花

元精肉鮮魚店

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第一章 世界の果てに咲く花

終わりを待つ日々 8

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 この建物が森の何処にあるのかは分からないが、彼女が凍死する前に彼女を発見して救護出来た事を考えると、収容所からそれほど離れていない事になる。

 それでもお互いの情報がほとんど無いのは、やはり世界を分断する壁の存在である。

 赤い髪の妖精はそれを『断崖』と呼んでいた。

 直線距離で言えば、この建物と収容所は一キロと離れていないだろう。それでもお互いの情報を持ち得ないのは、距離とほぼ同等の高さの差があるためである。高さの問題はそう簡単に克服出来ない。

 彼女はそれも込みで、赤い髪の妖精に説明する事にした。

 まず、壁の向こうでは亜人が迫害されている事。その迫害されている亜人を集めているのが、ここから遠くないところにある亜人収容所である。

 彼女はそこで亜人による一斉蜂起を企て、蜂起する事それ自体は成功した。

 しかし彼女は所長であるギリクに敗れ、壁の外へ投棄されたのである。

「とすると、お前の背中の怪我は、そのギリクとか言う奴がつけたのか」

 赤い髪の妖精はこれまでにない、重く真剣な声で言う。

「知ってるの?」

「いや、直接は知らないが、俺にとっては敵だ」

「だとすると、私達は協力出来るって事じゃない?」

 彼女としても望んだ事だった。

 今のまま戦ったところで、ギリクには勝ち目が無い。それは彼女は嫌というほど思い知らされた。

 だが戦いが終わり、蜂起した亜人側が一時的にではあれ勝利したと言うのであれば、この亜人達を押さえるのは春になるはずである。

「で、ここはどこなの?」

 彼女の質問に赤い髪の妖精が答えようとした時、彼女のいる部屋の扉が開く。

「すっかり元気になられたみたいですね」

 そう言って入って来たのは、どう見ても彼女よりベッドで横になっていなければならない様な、不健康そうな少年と、青い髪の妖精だった。

「お、イリーズお帰り。ちょうどお前を待ってたんだよ。コイツが、俺達が助けた事を信じてくれないんだ」

 赤い髪の妖精は、彼女の胸の上から動こうとせずに言う。

「そう言う話だったっけ?」

 彼女は赤い髪の妖精を睨む。

「いえ、僕は何もしてませんからね。貴女を助けたのはこの二人の妖精さんです」

「そんな、私はイリーズ様に言われたからです。ですから、謝辞はイリーズ様へお願いします。って言うかサラーマ、あんた何処に座ってるのよ。降りなさい」

「あん? 大して立派なモンじゃないから迷惑にはなりゃしねーよ」

「そういう事じゃないの。とにかく降りなさい」

「えー、だって」

「いいから。いいから降りなさい。黙って降りなさい。さっさと動きなさい」

「……はい」

 青い髪の妖精に怒鳴り散らされ、赤い髪の妖精はしおしおと彼女の胸の上から移動する。

 ただ、重量の話をすると彼女の上には毛布と防寒用のシーツがあり、その上に妖精が乗っていたので特に重みがあった訳では無い。

 しかしどんなに軽くても胸の上に乗っているのを見せられては、気分的に息苦しくなるのも当然なので、妖精が移動した時には大きく深呼吸してしまう。

「ほら、苦しがってたじゃないの」

「え? いや、そういうわけじゃ無いだろ?」

 青い髪の妖精が思いのほか怒っているので、赤い髪の妖精は驚いている。

「どこか具合の悪いところはありませんか? アレから何かされませんでした?」

 青い髪の妖精が心配そうに、彼女に尋ねる。

 された事と言えば安眠を阻害された事と、額に飛び蹴りを受けたくらいだが、どちらも冗談の範囲内なので余計な事を言って騒ぎにはしない方が良いだろう。

「体の調子はいかがです? 急激な治癒魔術の施術による拒否反応などはありませんか?」

「それは無いですよ。私、回復魔術との相性が良いですから」

 こう言うふうに心配される事には慣れていないので、彼女も困りながら答える。

「衣類を買ってきました。ですが、体力が戻ってから着替えて下さい。元気そうですけど、まだ意識を取り戻されたばかりなのです。まずはゆっくり休んで下さい」

「は、はあ、ありがとうございます」

 彼女は話しかけて来た少年にそう答えるが、この部屋でもっとも休む必要がありそうなのは、彼女より少年の方に見える。

 収容所では劣悪な生活環境で、謎の干物以外には水くらいしか口にするモノが無かったが、それでもこれ程不健康そうな亜人はいなかった気がする。

 瞳には力や輝きはあるものの、それは生命力の現れと言うより、燃え尽きる前のロウソクの様な不吉なモノに見えた。

 見るからに不健康そうな少年で、極端に痩せ型。腕力ですら小柄な彼女にも及ばないのではないかと思えるが、ただひ弱というよりはどこか上品でもある。笑顔も柔らかく、声の響きにも安心感がある。

 にもかかわらず、この少年からはどこからか会った事がある気がしているのだ。

 口に出来ない何か、雰囲気の様なモノを収容所でも感じていた気がする。

 収容所内にいた絶世の美少女、メルディスも高貴な雰囲気があったが、この少年と比べるとメルディスの高貴さは平伏させる様な、ある意味威圧感さえ感じさせるものだったので、この少年の持つ上品さとは少し違う。

「それでは僕達は下にいますので、ゆっくり休んで下さい。何かありましたら呼んで頂ければすぐに来ますから」

「あ、ありがとうございます」

 どうにも調子が狂う彼女に、少年は笑顔で頷くと妖精を連れて部屋を出て行く。

 色々思うところはあるのだが、確かに体力が戻っていないのは間違い無い。

 体力が戻らなければ考えもまとまらない。

 彼女はそうやって自身を納得させると、休んで体力を回復させる事を優先させた。

 良くも悪くも、収容所の戦いは終わっているのだから。
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