旗袍

坂田火魯志

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第三章

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「こっちが言う前にいつも出てるだろ」
 「そうしないと聞いてくれないじゃない」
 「言う前に動くだろ、中国の娘は」
 「またそう言う」
 「実際にそうしてるからな」 
  言うとだ、民徳は妹に言いながら何だかんだで彼女に付き合ってだ、賑やかな人ごみの中を進んでだった。
  そしてその店はというと。
  店の前に来てだ、民徳は驚いて横にいる妹に言った。
 「何だよ」
 「何だよってどうしたのよ」
 「服ってこっちの服か」
 「そう、旗袍のね」
  芙蓉は兄に顔を向けて答えた。
 「それ買いたくてよ」
 「お小遣い貯めてか」
 「アルバイトもしてたの」
 「洋服じゃなかったのかよ」
 「洋服は今は充分だから」
  持っているというのだ。
 「だからね」
 「洋服じゃなくてか」
 「そう、中国古来のね」
 「伝統の服を買うのか」
 「まあ比較的新しいけれどね」 
  伝統といっても、というのだ。
 「清王朝だから」
 「確かに新しいな」
 「まあしかもね」
 「元々満州の服だな」
  中国人の主流である漢民族の服ではない、尚民徳の一家は名前からもわかる通り漢民族となっている。
 「そうだな」
 「そう、けれどね」
 「伝統の服もか」
 「欲しくなってなのよ」
 「晴れ着か」
  ここまで聞いてだ、民徳はまた言った。
 「要するに」
 「そうなの、晴れ着買いに来たの」
 「思い切ったな」
 「流石に高いものは買えないけれど」
  旗袍も値段による、幾ら貯めていても普通の家の女子高生が高いものを買える筈がない。だがそれでもなのだ。
 「けれどね」
 「買うんだな」
 「買える服をね」
 「その為にこれまで頑張ったんならな」 
  それならとだ、兄は妹に返した。
 「行って来い」
 「行って来いってお兄ちゃんはお店に入らないの?」
 「俺は買わないからな」
  だからだというのだ。
 「いいさ」
 「いや、そういう訳にはね」
 「いかないていうのかよ」
 「お兄ちゃんここでずっといるつもり?」
 「御前が買うまでの間な」
 「服選ぶから時間かかるかも知れないわよ」
  芙蓉は笑って民徳に返した。
 「寒いのに」
 「だからか」
 「お店の中に入ってね」
  そして、というのだ。
 「待っていてね」
 「お店の中は暖かいからか」
 「身体冷やしていいことないわよ」
  漢方医学の言葉であった。
 「だからね」
 「そこまで言うんならな」
  民徳も頷いてだ、そのうえで。
  芙蓉と一緒に店に入った、店の中には旗袍だけでなくチャイナドレスもあった。民徳はそのチャイナドレスを見て言った。
 「あっちは買わないんだな」
 「もう一着持ってるわよ」 
  チャイナドレスについてはだ、芙蓉はあっさりと答えた。 
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