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31話 太客

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 人生において、バニーになったことのある男はこの世に何人いるのだろうか。実は銀次郎にしては珍しく、少々衣装のことで春樹に抗議をした。紐のようなパンツだけで接客をするのはどうしても嫌だと。それは、とても勇気のいることだったが何度も食い下がった。春樹は確実に人気が出るであろう青年をここで逃がすわけにはいかず、仕方無く黒のショートパンツを差し出した。春樹の予想外にその短いズボンは紐のパンツよりも、銀二郎の肉体美を装飾した。鍛え上げられた筋肉に布地がぴったりと形を取るように張り付いているのだ。

「新人君!3番席のグラス下げてくれる?」

「は、はい!」

 細身の明るい色の猫っ毛でパッチリとした瞳の青年が銀二郎に指示をだす。その青年もまたバニーの衣装を着ているが違和感などは感じられない、むしろ着こなしている。その可愛らしさに反して、彼はとても仕事ができるようだ。ニコニコと笑顔で接客をしながら、あれこれ他の仕事もこなしてしまう。

「5番テーブルにおしぼり!早く!」
「はい!すみません!」

 時間帯が遅くなるに連れ、客の数が増えていく。可愛らしいバニーボーイやバニーガールの中で一人だけ、うんと雄雄しい自分。背なんて誰よりも高いし、ルックスや体型なんかはお世辞でも可愛らしいとは言えないだろう。

「華奢な子なら、似合うだろうけど。さすがに僕じゃキツイよね・・・。」
 
 ボソボソと独り言ちる。
 初日に長めのシフトと、慣れない仕事に少し疲れた。

「そんなことないよ。すごく似合ってると思う。」

「へっ⁉」

 背後から突然男の声がして驚いて振り返ると、四十代くらいの美丈夫がいた。ふわりと嫌じゃない香水が香る。高そうなスーツと柔らかい笑み、おまけにスタイルがいい。
 
 なんか、色気が・・・・・・すごい。

由鶴ゆずる様、お席はいつもの処でよろしいでしょうか?」
 
 わざわざ、店長である春樹自ら案内をする。

「すまないね。突然来てしまって、いつもの席が空いているようで良かった。でもラッキーだな、こんなに可愛い子と出会えるなんて。新人さん?」

「はい、彼は今日が初日なんです。」
 ニコニコと春樹に紹介され、銀二郎は慌てて頭を下げた。きっと、この人偉いお客さんだ。自分を可愛いというなんて変わった人だ・・・、もしかして気を遣わせてしまったのだろうか。

「は、はじめまして!今日からバイトで入りました。です、よろしくお願いします。」

 ギンとは、この店だけの銀二郎の源氏名だ。

「ははっ、良いね。でも残念、バイトの子なんだ?」

「・・・・・・?」
 
 銀二郎は首をかしげた。残念とは、一体何のことだろうか。銀二郎の不思議そうな顔に由鶴と呼ばれた男は、すっと店の奥を指さした。

「ギン君をVIPで指名しようと思って。でも、できないね。」

「び、VIP!」

 銀二郎が驚くのも無理はない。通常、指名をできるのは会社でいう正社員のバニーだけだ。しかもVIPは特別指名、そういう場合は店で一番高い酒を入れなければならない。もし、一回でもVIP指名があれば店の順位が最下位でも一瞬にしてNo.1になれる。ボーナスは倍、皆そのために努力する。

「ギンくん可愛いから、好きなだけボトルを入れさせようと思ったのに・・・残念だ。」

「・・・・・・少々、お待ち下さい。」

 由鶴を席に座らせた春樹は突然、銀二郎を裏へと連れ出した。

「て、店長?」

 そして、目の前でばっちんと手を合わすと小声で強く言った。

「お願い!銀二郎くん!今日だけ指名でVIPに入ってくれないか。もちろんボーナスも出す!大切なお客さんなんだ!」

 春樹は地面に頭が付きそうなほど深く頭を何度も下げ、うるうるとした目で銀二郎を見上げた。そのなんとも必死な形相に銀二郎はうろたえた。

「由鶴様は品のある人だから、変なことしたりしないよ!だから、お願いします!どうか!」

 実際は、好きなだけボトルを・・・という由鶴の言葉に誘われただけだが春樹の演技は迫真だ。銀二郎がお人好しで押しに弱いのも分かってる。遂には地に膝をつけようとしたところで、銀二郎は春樹を止めた。

「わ、わかりました!頭を上げて下さい。」

「本当にっ?」
 春樹は、銀二郎の手を両手で包み込んでうるうるする。銀二郎は眉を下げて微笑むと、安心して下さいと言った。




「VIP指名入りまーーーーす!」

 春樹のご機嫌で高らかな声が店内に響き渡る。そして、由鶴とともにVIPへと入っていく銀二郎を店中の人間が見る。銀二郎の不安をよそに店は賑やかさを増していた。
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