転生先が同類ばっかりです!

羽田ソラ

文字の大きさ
44 / 132
放浪開始・ブドパス編

43.お休み前のお話をするよ

しおりを挟む
「お待たせしました、こちらが資料になります」

 そうこうしているうちにエンマさんがその翻訳すべき文書を手に戻ってきた。……その割にはやたらと分厚いけど、どういうことだろう。

「こちらですが、翻訳する文書は一番上の1枚のみとなります。後の冊子は全てこれまで翻訳しようとしてきた人たちがまとめた参考資料となっております。一応規則としてお渡しすることになっているのですが……」
「なるほど……では全部有難く預からせていただきます。何らか翻訳の参考になるかもしれませんし」
「助かります」

 ……翻訳そのものの参考にあるとは言ってないけど、まあ嘘は言ってない。この国の人が全く未知の言語を翻訳する際にどういう思考と試行をしているのかを紐解くのに、この資料は大いに役立ってくれるはずだ。
 無論文書そのものはそんなものがなくとも翻訳出来るんだけど……それじゃ何で翻訳のロジックなんかを確認するのかというと、要するに他の特別転生者がこの世界で生きていくための道筋を作れるかもと期待しているからだ。道筋を作る対象が杉山村だけにとどまらず、なおかつ一般人の手によってそれが進められればこれほど効率がよく大義名分が立つ話もないからな。
 ……あ、そうだ。

「そう言えばこの依頼の達成期限やペナルティですが、その辺りはどうなってますか?」
「達成期限については特に定められてはいないんですが、ペナルティについては依頼放棄にはかからず、依頼継続時には最初の1週間はペナルティなし、以降1週間ごとに1000フィラーの支払いになります。
 なので文章ひとつあたりおよそ2か月程度が事実上の達成期限といえましょうか……ちなみに達成や放棄の連絡は直接この窓口にお願いします」
「了解です、それともうひとつ、今回の依頼達成の基準を教えてください。せっかく翻訳しても誰も読めないのでは意味ないんじゃないですか?」
「一理あります。なので依頼達成の条件は、当ギルドのハイランダー用受付の担当職員が内容を理解出来ることです。その為あまり難しい文章には……まあもともと複雑な注意書きにはしてありませんが、難しくはしないようにお願いします」

 つまり最大でも3割いかない程度の理解度しかない人に通じるような文章を書けということか。読むのは出来ても書くのは出来ないって人は一定以上いるし、ましてや理解度がそのままアウトプットの翻訳能力に反映されるわけではない、いやむしろ程度が落ちるのが当たり前だからな。

「分かりました、では1週間以内に翻訳を済ませてこちらに提出します」
「助かります、よろしくお願いします」

 さて、これで取り敢えずの用事は終わったかな……エリナさんもジェルマ語能力測定の資料を受け取って申し込みも済ませてあるし、これから1週間はお互いデスクワークだ。

「そう言えばレニさんはまだ用事終わらないのかね、エリナさん?」
「言われてみれば遅いですね、もう30分ほど経とうとしてるのに」

 いくら会話がおぼつかないとはいえちょっとばかりかかり過ぎだ、何かトラブルでもあったんじゃないか……そんな風に思ったけど、しばらくすると噂のレニさんがハイランダー用受付に挨拶をしてこちらに戻って来た。

「遅くなってすいません、そちらは用事の方終わりましたか?」
「ええ、有意義でしたよ。俺は依頼をひとつ、エリナさんはジェルマ語の検定試験を受けることになりました。そちらはいかがでしたか?」
「こちらも滞りなく、受付の人が宿に話を通して1泊予約を取ってくれました。親切に紹介状とメモも添えてくれましたから、問題なく宿泊出来ると思います。
 明日になったら宿を引き払って帰りますので、ここでおふたりとはお別れですね」
「そうですか……どうかお元気で、レニさん」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。あなた方がいなければ私はブドパスに入ることも出来ず、茶檀を持て余したまま帰っていたことになったでしょうから……帰ってから村の人には色々相談することにします。
 それでは、私はこのまま宿に参りますので」

 言って、レニさんはギルドホールを出る。……何というか、最後まで丁寧だったけど最後までアニメ声には慣れなかったなあ……

「さて、私たちも戻りましょう? トーゴさんの依頼も私の勉強も取り敢えず明日からってことで」
「何かその発言、ループする延期の始まりみたいでいやだな」
「明日になっても取り敢えず明日から、ってアレですか? 確かに響き的にはそうですけども! ですけども!」

 ムキになって否定するあたり前世で思い当たる節はあるんだな……まあ世界中どこでも共通ってことで。

「戻るのはいいんだけど、ちょっと1か所寄りたいところがあるんだけどいい?」
「寄りたいところ、ですか? 別に構いませんけど、どこに?」
「公衆浴場」
「……はい?」
「いや、あのね? 聞いて? 久しぶりにゆっくり湯船に浸かっちゃったら何か出た途端に物足りなくなっちゃって、夕飯食べたらまた入りたく……ちょ、エリナさん、その呆れた顔やめてマジで!」
「いや、だって、どれだけお風呂好きなんですかトーゴさん! ……はあ、分かりましたよ。私も確かにあれだけ立派なサウナに入ったのは久々ですし……エステルの宿に備え付けられていたのはやや狭かったですから。お付き合いします」
「ありがとう!」

 いや、だってしょうがないと思うんだよ。少なくとも俺転生する前は日本人だったわけだし。



「全く、本当にしょうがないんだから……」

 結局その後1時間半ほど公衆浴場で過ごしてから、私たちは駐車場に停めてあったキャンピングカーに戻ってきた。最初と同じくらい長く入っていたせいか、なかなか湯冷めすることもなく無事温かいままで帰ってこられたのは幸運だった。
 そんなこんなで初めてこの車内で就寝することになったわけなんだけど、今までエステルで常宿にしていた宿よりもやっぱりどうしても狭くなってしまう。正直、よくここまで家としての機能を詰め込んだものだと自分たちに感心してしまうほどだ。

 で、そんな狭い家……もう家って言っていいよね、うん。である以上、今までよりも寝るスペースも狭くて、ツインからダブル……いや、セミダブルにベッドというか布団も変わったわけで、その、私としてはとんでもなく緊張してしまうわけですよ。ぶっちゃけ私じゃなくても同じシチュだと緊張しちゃうと思うんですよ!
 それなのに、トーゴさんときたらそんな私の気持ちなんかどこ吹く風で、布団を敷くなりごめんとひと言謝りはしたもののがっつり就寝ですよ! いくら初めての都市に移動して極度に疲れてるとは言え、緊張してた私がバカみたいじゃないですか!!
 ああもう、こうなったら寝てるトーゴさんに襲い掛かって違う違う違う違う違う! 私そんなに節操なくないもん! そういうのはもっとちゃんとしたシチュじゃないとってそういう問題でもないでしょ!!

 ……ともあれ、そんなわけで仕方なしに寝床に入った私だけど、当初の想定とは全く別の意味で目が覚めてしまっているというわけだ。全く、本当にこのトーゴ=ミズモトさんという人はしょうがない人だ。
 しょうがない人だけど――だけど、やっぱり私はこの人のことが好きだ。むしろしょうがないと思える安心感が好きだ。
 こんな事を言ったら色々な人に鼻で笑われるかもしれないけど、正直、私はこの人に何度も……それこそ数え切れないほど救われているように思う。そして救われる度に私は、今度は私がこの人の助けになりたいと思うのだ。

 トーゴさんは私の事を凄く助けになってくれる人だと言ってくれるし、それはそれで嬉しいけど……でも私は、トーゴさんに十分お返しを出来ていない気がしてならない。
 そんなこんなで私も色々なスキルや魔法を身に付け、ジェルマ語も覚えてそれを生かして本を読んで。本を読むだけじゃなく自分でも訓練してスキルをレベルアップさせて……なんて繰り返してたらいつの間にか戦闘技術ではトーゴさんより上になってしまった。
 まあ戦闘したことないから実感は湧かないんだけど……それで総合職ギルドのエンマさんに冒険者ギルドへの登録を薦められた時、ふと思ってしまった。

 トーゴさんは私がひとりで生きていけるようになる事を望んでいたけど、実はもうそれなりにこの世界で生活出来るようになっているのではないか……と。家事に関してもそこまでこの世界では難しいこともないし、食い扶持も稼ぐ気になれば稼げる気がする。
 となると、今のこの状態は実は私がずっと待ち望んでいたフラットな精神状態そのものなんじゃないか、とも思えるようになった。この状態での私の気持ちが、今までよりもずっと強いトーゴさんへの愛情に振れているのだとしたら――

「……うん、決めた。トーゴさん、私決めたよ」

 私が小さく独り言ちても、疲れ切ったトーゴさんは目を覚まさない。その寝顔も、今の私にはとてつもなく愛おしい。

 だから私は、今決めた。

 私がこの世界でたったひとりで生きていけることを証明……具体的にはジェルマ語能力測定で高水準を出して、紛れもない自分の意志をトーゴさんにぶつけよう。もう、どっちつかずの曖昧な態度は許されないんだ。



---
ピロートークを期待して下さってた人には申し訳ございませんが、お話ってよりは独白ですね。それも結構シリアス風の。

次回更新は01/13の予定です!
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...