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エスタリス・ジェルマ疾走編
127.大臣閣下は密談する
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――ミズモト=サンタラ夫妻がベアトリクス大臣閣下との通信を終え、マジェリアに帰還する準備をしていたちょうどその頃。通信先は通信先でまた別の思惑と動きがあった。
「ふう……」
通信を切ったベアトリクスは深いため息をつきながらゆっくりと椅子に体を沈めると、手元に置いたベルを3回振って鳴らした。一応これも魔道具ではあるものの、その所作の何とアナログなことかと少し苦笑しそうになる彼女だったが、しばらくしてドアがノックされると居住まいを正して表情を引き締め応える。
「どうぞ」
「失礼します。ニャカシュ=エンマ、入ります」
「ご苦労様です。ニャカシュ=エンマ、今からエスタリス連邦大使館に向かってアンネ=ヒンターマイヤーを呼んできてください。
マジェリア公国内務大臣、マジェリ=ベアトリクスの名前でです」
「アンネ=ヒンターマイヤー様ですね。了解、直ちにお呼び致します」
言って、部屋を出ていくエンマ。現在ベアトリクスのいる総合職ギルドブドパス支部とエスタリス連邦大使館は徒歩10分ほどの距離にあるので、何だかんだとしていればエンマがアンネを呼んでここに戻ってくるまでに最短20分、ベアトリクスの予想では大体30分ほどかかることになる。
それまでにある程度情報と考えをまとめておいて、アンネを相手に色々と立ち回る――彼女はそれが自分に課せられた役割だと思っていた。
「ふう――」
再び椅子に体を沈めるベアトリクス。彼女は少しだけ目を閉じて、状況とそれについての考察を整理し始めた。
まず、エスタリス連邦の上層部にアルブランエルフの影響力が相当に強く及んでいることは疑いようもない。数十年にわたって国家の重要な決定にまで影響を及ぼしているなどというのは、もはや侵略完了しているも同然である。
だからこそ、その状況を切り崩すのは並大抵の事ではない。
外科手術も度を過ぎれば患者を殺してしまうように、これほどアルブランエルフがエスタリス内部に入り込んでいる状況では、それを排除しようとするだけでエスタリスがボロボロに崩壊してしまうことになる。
かといってそのままだらだらと続けているわけにもいかない。こちらは病気と違って、明確に意思や予測する知能を持っているわけで――平たく言えば、変に感づかれればどんな計画や行動も無駄になってしまう。やるかやらないか、明確に二者択一なのだ。
「もっとも、やらないという選択肢は我々にはないのですけど」
やらなければ明日は我が身というわけだ。何しろ腐敗の発生する余地は明らかにエスタリスよりマジェリアの方が大きい。ひとたびアルブランエルフに侵略されれば、それを防ぐ手立てはない。
ともなれば、当然エスタリスでそれをとどめておく必要があるが――そうなるともはや今のエスタリスの無事は期待出来ない。だからこそ――そこまで考えたところで、内務大臣室のドアがノックされた。
「失礼します、マジェリ=ベアトリクス内務大臣閣下。エスタリス連邦大使館駐在武官、アンネ=ヒンターマイヤー女史をお連れいたしました」
「ご苦労様、お通ししてください」
ベアトリクスが促し、エンマが大臣室のドアを開ける。そこには固い軍服に身を包んだ黒髪の白人女性が立っていた。年恰好はベアトリクスとほぼ同じくらいの彼女は、握手を求めるなり言う。
「アンネ=ヒンターマイヤー少尉、参りました」
「ご苦労様です、ヒンターマイヤー少尉。夜も遅く申し訳ございませんが、お伝えしたいことがありましたのでご足労願いました。どうぞソファにおかけください」
「ありがとうございます。いえ、こちらもお伺いしたいことがありましたので、よい機会を作っていただきました」
「いえいえ……ニャカシュ、席を外してください」
「かしこまりました、終わりましたらお呼びください」
ベアトリクスの命令に応じ、部屋を出ていくエンマ。彼女の気配が完全にドアから離れたのを確認し、アンネがまず切り出す。
「……全く、お互いそれなりの地位にいるとは言え、こうしてお堅い態度でなければならないのは考え物だな。昔のように無邪気にお話出来ればどれほど良いか」
「そういうわけにも参りませんよ、そのそれなりの地位というのが邪魔している以上はね……それよりもアンネ、エスタリス大使館の様子はどうですか?」
「てんてこ舞いだな、数十年にわたってろくに指示も命令も出やしないし……そもそも大使館なんてどの国にとっても外交と国防の最前線なのに、首脳会談どころか閣僚級会談の調整もここ数年はないと来た。
聞きたいことというのは、要するにそのことでね。何かエスタリスでまずいことが起こっているのではないかと……」
「駐在武官が外国の情報網、それも内務大臣のそれを頼っていいのですか?」
「構うものか、どうせ命令なんか来ていないんだ。それに本来であればベアトリクス、お前の方がリーク側として問題になる話だろう。……漏らしていい情報とまずい情報を見極めているあたり、しっかり大臣しているがね」
「お褒めに預かり光栄です。それでアンネはどの情報まで入手しているのですか?」
「ウルバスクとジェルマとエスタリスが接している国境地帯に、ドラゴンが発生している可能性があるといううわさ話くらいは。何しろこの国の製本ギルドは情報が限定的で遅すぎる」
「それはエスタリスに比べれば、魔導工学もそれほど発展しているわけではありませんので……というか情報が限定的なのは、我が国の製本ギルドに限らないでしょう」
「ん、まあ……ウルバスクもそんな感じみたいだけど」
まあ、逐一周辺諸国の情報を詳細に伝えることの出来る魔道具なんてものが開発されればそれは別かもしれないけど――そんな風に考えるベアトリクスは、翌日以降に放浪から帰ってくるであろう夫婦のうち夫の方の手にかかればもしかしたら作れるかも、などと一瞬思ったものの、流石にそれはとすぐにその考えを頭の中から打ち消してアンネに問う。
「仕方ありません、私たちも周辺諸国の安定が何より平和に大事だと分かっていますので……
それではアンネ、あなたは現在エスタリスがアルブランエルフの息がかかった死に体の国家であるという情報は知らないのですね?」
「何!?」
ベアトリクスの衝撃的なセリフを受けたアンネが、心の底から驚いた様子でソファから立ち上がる。そんな彼女を落ち着かせて再びソファに座らせたベアトリクスは、周りに人がいたら絶対こんな反応はしないんだろうな……と、存外アンネが正直であることに好感と不安を覚えざるを得なかった。
「……ちなみにこの情報は、アルブランエルフ語を理解出来る夫婦とその友人に依頼して判明した事実です。彼らは安住の地を求めての放浪をするつもりだったようで、そこは謝らなければならない点ではあるのですが……」
「……こんなことを言いたくはないが、その夫婦というのは信用出来るのか? アルブランエルフ語というのは、それこそアルブランエルフか他のエルフにしか理解されない言語だと聞くが」
「その辺りは問題ありません、私たちが独自に入手した根拠により彼らが信用に足る人物であることは明白ですので。またその夫婦の証言をチェックしたのは、我が国のハイランダーエルフですので」
「ハイランダーエルフ……ここ最近、マジェリア語でも少しずつ意思疎通がとれるようになってきたってこの国の報道でも言及されていた少数民族か。同じエルフを関する種族とは言え、あれほど離れた場所の言語も多少なりとも解するのか」
「ええ、アルブランエルフの言語は多かれ少なかれ様々なエルフの言語に影響を及ぼしているとかでして……」
「……ふむ」
実際のところ、人間であるふたりにはまだエルフという種族の生態や習俗がよくわかっていない。だからこそ全てを鵜呑みに出来ないところはあるものの、それについてはふたりとも後回しにするつもりでいた。
何しろ今は、それ以上に重大な話があるのだから。
---
というわけで国家権力に頼るという話です。状況的に頼るというのもアレですが。
次回更新は09/22の予定です!
「ふう……」
通信を切ったベアトリクスは深いため息をつきながらゆっくりと椅子に体を沈めると、手元に置いたベルを3回振って鳴らした。一応これも魔道具ではあるものの、その所作の何とアナログなことかと少し苦笑しそうになる彼女だったが、しばらくしてドアがノックされると居住まいを正して表情を引き締め応える。
「どうぞ」
「失礼します。ニャカシュ=エンマ、入ります」
「ご苦労様です。ニャカシュ=エンマ、今からエスタリス連邦大使館に向かってアンネ=ヒンターマイヤーを呼んできてください。
マジェリア公国内務大臣、マジェリ=ベアトリクスの名前でです」
「アンネ=ヒンターマイヤー様ですね。了解、直ちにお呼び致します」
言って、部屋を出ていくエンマ。現在ベアトリクスのいる総合職ギルドブドパス支部とエスタリス連邦大使館は徒歩10分ほどの距離にあるので、何だかんだとしていればエンマがアンネを呼んでここに戻ってくるまでに最短20分、ベアトリクスの予想では大体30分ほどかかることになる。
それまでにある程度情報と考えをまとめておいて、アンネを相手に色々と立ち回る――彼女はそれが自分に課せられた役割だと思っていた。
「ふう――」
再び椅子に体を沈めるベアトリクス。彼女は少しだけ目を閉じて、状況とそれについての考察を整理し始めた。
まず、エスタリス連邦の上層部にアルブランエルフの影響力が相当に強く及んでいることは疑いようもない。数十年にわたって国家の重要な決定にまで影響を及ぼしているなどというのは、もはや侵略完了しているも同然である。
だからこそ、その状況を切り崩すのは並大抵の事ではない。
外科手術も度を過ぎれば患者を殺してしまうように、これほどアルブランエルフがエスタリス内部に入り込んでいる状況では、それを排除しようとするだけでエスタリスがボロボロに崩壊してしまうことになる。
かといってそのままだらだらと続けているわけにもいかない。こちらは病気と違って、明確に意思や予測する知能を持っているわけで――平たく言えば、変に感づかれればどんな計画や行動も無駄になってしまう。やるかやらないか、明確に二者択一なのだ。
「もっとも、やらないという選択肢は我々にはないのですけど」
やらなければ明日は我が身というわけだ。何しろ腐敗の発生する余地は明らかにエスタリスよりマジェリアの方が大きい。ひとたびアルブランエルフに侵略されれば、それを防ぐ手立てはない。
ともなれば、当然エスタリスでそれをとどめておく必要があるが――そうなるともはや今のエスタリスの無事は期待出来ない。だからこそ――そこまで考えたところで、内務大臣室のドアがノックされた。
「失礼します、マジェリ=ベアトリクス内務大臣閣下。エスタリス連邦大使館駐在武官、アンネ=ヒンターマイヤー女史をお連れいたしました」
「ご苦労様、お通ししてください」
ベアトリクスが促し、エンマが大臣室のドアを開ける。そこには固い軍服に身を包んだ黒髪の白人女性が立っていた。年恰好はベアトリクスとほぼ同じくらいの彼女は、握手を求めるなり言う。
「アンネ=ヒンターマイヤー少尉、参りました」
「ご苦労様です、ヒンターマイヤー少尉。夜も遅く申し訳ございませんが、お伝えしたいことがありましたのでご足労願いました。どうぞソファにおかけください」
「ありがとうございます。いえ、こちらもお伺いしたいことがありましたので、よい機会を作っていただきました」
「いえいえ……ニャカシュ、席を外してください」
「かしこまりました、終わりましたらお呼びください」
ベアトリクスの命令に応じ、部屋を出ていくエンマ。彼女の気配が完全にドアから離れたのを確認し、アンネがまず切り出す。
「……全く、お互いそれなりの地位にいるとは言え、こうしてお堅い態度でなければならないのは考え物だな。昔のように無邪気にお話出来ればどれほど良いか」
「そういうわけにも参りませんよ、そのそれなりの地位というのが邪魔している以上はね……それよりもアンネ、エスタリス大使館の様子はどうですか?」
「てんてこ舞いだな、数十年にわたってろくに指示も命令も出やしないし……そもそも大使館なんてどの国にとっても外交と国防の最前線なのに、首脳会談どころか閣僚級会談の調整もここ数年はないと来た。
聞きたいことというのは、要するにそのことでね。何かエスタリスでまずいことが起こっているのではないかと……」
「駐在武官が外国の情報網、それも内務大臣のそれを頼っていいのですか?」
「構うものか、どうせ命令なんか来ていないんだ。それに本来であればベアトリクス、お前の方がリーク側として問題になる話だろう。……漏らしていい情報とまずい情報を見極めているあたり、しっかり大臣しているがね」
「お褒めに預かり光栄です。それでアンネはどの情報まで入手しているのですか?」
「ウルバスクとジェルマとエスタリスが接している国境地帯に、ドラゴンが発生している可能性があるといううわさ話くらいは。何しろこの国の製本ギルドは情報が限定的で遅すぎる」
「それはエスタリスに比べれば、魔導工学もそれほど発展しているわけではありませんので……というか情報が限定的なのは、我が国の製本ギルドに限らないでしょう」
「ん、まあ……ウルバスクもそんな感じみたいだけど」
まあ、逐一周辺諸国の情報を詳細に伝えることの出来る魔道具なんてものが開発されればそれは別かもしれないけど――そんな風に考えるベアトリクスは、翌日以降に放浪から帰ってくるであろう夫婦のうち夫の方の手にかかればもしかしたら作れるかも、などと一瞬思ったものの、流石にそれはとすぐにその考えを頭の中から打ち消してアンネに問う。
「仕方ありません、私たちも周辺諸国の安定が何より平和に大事だと分かっていますので……
それではアンネ、あなたは現在エスタリスがアルブランエルフの息がかかった死に体の国家であるという情報は知らないのですね?」
「何!?」
ベアトリクスの衝撃的なセリフを受けたアンネが、心の底から驚いた様子でソファから立ち上がる。そんな彼女を落ち着かせて再びソファに座らせたベアトリクスは、周りに人がいたら絶対こんな反応はしないんだろうな……と、存外アンネが正直であることに好感と不安を覚えざるを得なかった。
「……ちなみにこの情報は、アルブランエルフ語を理解出来る夫婦とその友人に依頼して判明した事実です。彼らは安住の地を求めての放浪をするつもりだったようで、そこは謝らなければならない点ではあるのですが……」
「……こんなことを言いたくはないが、その夫婦というのは信用出来るのか? アルブランエルフ語というのは、それこそアルブランエルフか他のエルフにしか理解されない言語だと聞くが」
「その辺りは問題ありません、私たちが独自に入手した根拠により彼らが信用に足る人物であることは明白ですので。またその夫婦の証言をチェックしたのは、我が国のハイランダーエルフですので」
「ハイランダーエルフ……ここ最近、マジェリア語でも少しずつ意思疎通がとれるようになってきたってこの国の報道でも言及されていた少数民族か。同じエルフを関する種族とは言え、あれほど離れた場所の言語も多少なりとも解するのか」
「ええ、アルブランエルフの言語は多かれ少なかれ様々なエルフの言語に影響を及ぼしているとかでして……」
「……ふむ」
実際のところ、人間であるふたりにはまだエルフという種族の生態や習俗がよくわかっていない。だからこそ全てを鵜呑みに出来ないところはあるものの、それについてはふたりとも後回しにするつもりでいた。
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