転生先が同類ばっかりです!

羽田ソラ

文字の大きさ
128 / 132
エスタリス・ジェルマ疾走編

127.大臣閣下は密談する

しおりを挟む
 ――ミズモト=サンタラ夫妻がベアトリクス大臣閣下との通信を終え、マジェリアに帰還する準備をしていたちょうどその頃。通信先は通信先でまた別の思惑と動きがあった。

「ふう……」

 通信を切ったベアトリクスは深いため息をつきながらゆっくりと椅子に体を沈めると、手元に置いたベルを3回振って鳴らした。一応これも魔道具ではあるものの、その所作の何とアナログなことかと少し苦笑しそうになる彼女だったが、しばらくしてドアがノックされると居住まいを正して表情を引き締め応える。

「どうぞ」
「失礼します。ニャカシュ=エンマ、入ります」
「ご苦労様です。ニャカシュ=エンマ、今からエスタリス連邦大使館に向かってアンネ=ヒンターマイヤーを呼んできてください。
 マジェリア公国内務大臣、マジェリ=ベアトリクスの名前でです」
「アンネ=ヒンターマイヤー様ですね。了解、直ちにお呼び致します」

 言って、部屋を出ていくエンマ。現在ベアトリクスのいる総合職ギルドブドパス支部とエスタリス連邦大使館は徒歩10分ほどの距離にあるので、何だかんだとしていればエンマがアンネを呼んでここに戻ってくるまでに最短20分、ベアトリクスの予想では大体30分ほどかかることになる。
 それまでにある程度情報と考えをまとめておいて、アンネを相手に色々と立ち回る――彼女はそれが自分に課せられた役割だと思っていた。

「ふう――」

 再び椅子に体を沈めるベアトリクス。彼女は少しだけ目を閉じて、状況とそれについての考察を整理し始めた。
 まず、エスタリス連邦の上層部にアルブランエルフの影響力が相当に強く及んでいることは疑いようもない。数十年にわたって国家の重要な決定にまで影響を及ぼしているなどというのは、もはや侵略完了しているも同然である。
 だからこそ、その状況を切り崩すのは並大抵の事ではない。
 外科手術も度を過ぎれば患者を殺してしまうように、これほどアルブランエルフがエスタリス内部に入り込んでいる状況では、それを排除しようとするだけでエスタリスがボロボロに崩壊してしまうことになる。
 かといってそのままだらだらと続けているわけにもいかない。こちらは病気と違って、明確に意思や予測する知能を持っているわけで――平たく言えば、変に感づかれればどんな計画や行動も無駄になってしまう。やるかやらないか、明確に二者択一なのだ。

「もっとも、やらないという選択肢は我々にはないのですけど」

 やらなければ明日は我が身というわけだ。何しろ腐敗の発生する余地は明らかにエスタリスよりマジェリアの方が大きい。ひとたびアルブランエルフに侵略されれば、それを防ぐ手立てはない。
 ともなれば、当然エスタリスでそれをとどめておく必要があるが――そうなるともはや今のエスタリスの無事は期待出来ない。だからこそ――そこまで考えたところで、内務大臣室のドアがノックされた。

「失礼します、マジェリ=ベアトリクス内務大臣閣下。エスタリス連邦大使館駐在武官、アンネ=ヒンターマイヤー女史をお連れいたしました」
「ご苦労様、お通ししてください」

 ベアトリクスが促し、エンマが大臣室のドアを開ける。そこには固い軍服に身を包んだ黒髪の白人女性が立っていた。年恰好はベアトリクスとほぼ同じくらいの彼女は、握手を求めるなり言う。

「アンネ=ヒンターマイヤー少尉、参りました」
「ご苦労様です、ヒンターマイヤー少尉。夜も遅く申し訳ございませんが、お伝えしたいことがありましたのでご足労願いました。どうぞソファにおかけください」
「ありがとうございます。いえ、こちらもお伺いしたいことがありましたので、よい機会を作っていただきました」
「いえいえ……ニャカシュ、席を外してください」
「かしこまりました、終わりましたらお呼びください」

 ベアトリクスの命令に応じ、部屋を出ていくエンマ。彼女の気配が完全にドアから離れたのを確認し、アンネがまず切り出す。

「……全く、お互いそれなりの地位にいるとは言え、こうしてお堅い態度でなければならないのは考え物だな。昔のように無邪気にお話出来ればどれほど良いか」
「そういうわけにも参りませんよ、そのそれなりの地位というのが邪魔している以上はね……それよりもアンネ、エスタリス大使館の様子はどうですか?」
「てんてこ舞いだな、数十年にわたってろくに指示も命令も出やしないし……そもそも大使館なんてどの国にとっても外交と国防の最前線なのに、首脳会談どころか閣僚級会談の調整もここ数年はないと来た。
 聞きたいことというのは、要するにそのことでね。何かエスタリスでまずいことが起こっているのではないかと……」
「駐在武官が外国の情報網、それも内務大臣のそれを頼っていいのですか?」
「構うものか、どうせ命令なんか来ていないんだ。それに本来であればベアトリクス、お前の方がリーク側として問題になる話だろう。……漏らしていい情報とまずい情報を見極めているあたり、しっかり大臣しているがね」
「お褒めに預かり光栄です。それでアンネはどの情報まで入手しているのですか?」
「ウルバスクとジェルマとエスタリスが接している国境地帯に、ドラゴンが発生している可能性があるといううわさ話くらいは。何しろこの国の製本ギルドは情報が限定的で遅すぎる」
「それはエスタリスに比べれば、魔導工学もそれほど発展しているわけではありませんので……というか情報が限定的なのは、我が国の製本ギルドに限らないでしょう」
「ん、まあ……ウルバスクもそんな感じみたいだけど」

 まあ、逐一周辺諸国の情報を詳細に伝えることの出来る魔道具なんてものが開発されればそれは別かもしれないけど――そんな風に考えるベアトリクスは、翌日以降に放浪から帰ってくるであろう夫婦のうち夫の方の手にかかればもしかしたら作れるかも、などと一瞬思ったものの、流石にそれはとすぐにその考えを頭の中から打ち消してアンネに問う。

「仕方ありません、私たちも周辺諸国の安定が何より平和に大事だと分かっていますので……
 それではアンネ、あなたは現在エスタリスがアルブランエルフの息がかかった死に体の国家であるという情報は知らないのですね?」
「何!?」

 ベアトリクスの衝撃的なセリフを受けたアンネが、心の底から驚いた様子でソファから立ち上がる。そんな彼女を落ち着かせて再びソファに座らせたベアトリクスは、周りに人がいたら絶対こんな反応はしないんだろうな……と、存外アンネが正直であることに好感と不安を覚えざるを得なかった。

「……ちなみにこの情報は、アルブランエルフ語を理解出来る夫婦とその友人に依頼して判明した事実です。彼らは安住の地を求めての放浪をするつもりだったようで、そこは謝らなければならない点ではあるのですが……」
「……こんなことを言いたくはないが、その夫婦というのは信用出来るのか? アルブランエルフ語というのは、それこそアルブランエルフか他のエルフにしか理解されない言語だと聞くが」
「その辺りは問題ありません、私たちが独自に入手した根拠により彼らが信用に足る人物であることは明白ですので。またその夫婦の証言をチェックしたのは、我が国のハイランダーエルフですので」
「ハイランダーエルフ……ここ最近、マジェリア語でも少しずつ意思疎通がとれるようになってきたってこの国の報道でも言及されていた少数民族か。同じエルフを関する種族とは言え、あれほど離れた場所の言語も多少なりとも解するのか」
「ええ、アルブランエルフの言語は多かれ少なかれ様々なエルフの言語に影響を及ぼしているとかでして……」
「……ふむ」

 実際のところ、人間であるふたりにはまだエルフという種族の生態や習俗がよくわかっていない。だからこそ全てを鵜呑みに出来ないところはあるものの、それについてはふたりとも後回しにするつもりでいた。
 何しろ今は、それ以上に重大な話があるのだから。



---
というわけで国家権力に頼るという話です。状況的に頼るというのもアレですが。

次回更新は09/22の予定です!
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...