月日荘の妖美人

近衛樹里杏

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未練そして旅立ち

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 すべてが夢だったのだと理解するには時間がかかった。あれほどうざく感じてたミルカがとても愛おしく、同時に恐ろしくもあの美しい妖子の魅力と痺れるような体験が忘れられない。あれから何度もアパートメントへ行こうとしたが、何者かがそれを引き留める。もしかしたらミルカなのだ、と僕は思った。そしてあの悲惨な死に顔を思うと足は止まった。同時に妖子がその死に何かかかわりがあるのでは?と言う疑惑も振り払えなかった。
 その一方で僕はそれらを忘れるために勉学にいそしんだ。あれほど落ち込んでいた成績も一気に回復しトップの成績で卒業した。卒論は優秀だと好評で異例の学術誌からの執筆の依頼まで来た。その上、大学の研究室に残るように薦められたが
もうこの地を離れたかった。あのことを思い出すのは胸が苦しかった。夢だと言うのに。いや、半ば僕は夢だとは思ってなかったのかもしれない。 結局、実家のある関東に帰ることにした。幸運にも東京の企業に就職できた。悲劇のミルカは忘れようとしたが、妖子の白い肌と赤い唇、獲物を射るような眼差しは忘れようにも忘れられなかった。どこか遠くでまだ僕を呼んでいた。未練の欠片を残したまま、僕は古都を引き払った。胸にはあの赤いアザがくっきりと刻まれたまま。
 出立の数日前に意外な記事を新聞で読んだ。ある有名な作家が学生時代を過ごしたこの地での思い出を語ったものだったが、そこにあの月日荘が出てきたのだ。作家は友人が入居したあのアパートメントに足しげく通い、そこで奇妙な体験をしたと言う。管理人はうつくしい未亡人で、彼女目当ての学生も居たと言う。ところが、あまりに彼女に付きまとい口説き倒したひとりが行方不明になったのだ。山へ行くと言い残していなくなった。そして作家は夢を見た。不明になった学生が未亡人に化けた白蛇に飲み込まれる夢を。馬鹿馬鹿しい夢だが、作家はその夢を元に小説を書きデビューしたのだった。僕はその記事を読んで動揺した。美しい未亡人の管理人はあの妖子なのか?作家はもう還暦を過ぎていた。半世紀前の話である。女が同一人物だとしたら?魔物の気配がした。僕の夢と作家の夢。現実と夢幻。新聞を持つ手が小刻みに震えた。早くこの地を去ろう、と僕は唇を噛んだ。
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