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第七章 大森林のそのまた奥の

森からの帰還

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 精霊魔闘会表彰式から五日後、大森林の上を青黒い色のVTOLが西へ向かって飛んでいた。
 機内には赤い髪の半獣人の娘の他、黒豹の獣人、魔人族の女、エルフの男が一人と女が一人、そして人族の娘が一人座っている。

「ふぅ……しかし、あの山から温泉が湧くとはねぇ」
「ミシマがDXで深く掘り過ぎたからだ」
「バババババッ……」

 土を調達して来いって言ったのはグリゼルダじゃないか、だから削れた山を均すついでに穴を掘ったら温泉が……。

「まぁ、エルフ達もなんやかんやで喜んでたし、良かったじゃないか」

 赤い髪の半獣人ミラルダが操縦席からそう言うと、エルフの男真田さなだが頷きを返した。

「結果オーライやね」
「あの温泉は整備して療養地にするそうだ」

 真田の言葉にエルフの女、ロミナが続ける。

「療養地ですかぁ……落ち着いたら一緒に行きましょうね、洋一よういちさん」
「なんか照れるなぁ、それ」
「結婚したんですから、ずっと店長は変じゃないですか」

 ニーナの言葉が示す通り、表彰式の後、真田の父親カルボは正式に二人の結婚を認めた。
 急だった為、式はまだおこなっていないがリーフェルドの役所に書類を提出し、二人は晴れて夫婦となったのだ。

真田洋一さなだよういちか……しかし転生者というのは結構いる物だな……この様子だとリーフェルドでも隠して暮らしている者もいそうだ」
「転生者か、俺の国にもいたみたいだぜ。二刀流とかを広めた銀狼族の剣士ガルンとかはどうも転生者だったみてぇだしよぉ」
「バババババッ……」

 二刀流……宮本武蔵とか……ハハッ、まさかね。

「しかしロミナ、あんた本当に先生の道場に入門する気かい?」
「ああ、大家長ベルゲン様が真田の武術、わい最拳をいたく気に入ったようでな」
「そういえば騎士に教えさせたい言うてはったなぁ」
「影武者を使った事への罰は、わい最拳をマスターしてリーフェルドに持ち帰る事になった」
「罰といやぁ、ラハン達はどうなったんだ?」

 黒豹の獣人ギャガンの問いにロミナは少し眉根を寄せる。

「あいつ等は封印の地へ送られた」
「封印の地?」
「リーフェルドの北、氷の精霊の力が猛威を振るう極寒の地だ。大家長を弑逆しいぎゃくしようとしたんだ、もう出ては来れんだろう」

 そう言ったロミナの顔には喜びも悲しみも浮かんではいなかった。
 あったのは、虚しさや空虚さの様に健太郎には感じられた。

「あの、ロミナはん、グリモラは?」
「グリモラは本人の反省もあって、自宅にて蟄居ちっきょするようだ。実際、精神の精霊を使った訳では無いしな。まっ、二、三十年もすれば出て来れるだろうさ」
「さいですか……」
「……良かったですね」



 そう言うと、ニーナはホッとした様子の真田の左手に自分の左手を重ねた。
 その二人の指には妖精銀ミスリルで作られた指輪が、窓から差し込む陽光を浴びて輝いていた。


■◇■◇■◇■


 そんなこんなでラーグに戻った健太郎けんたろう達を、ホクホク顔のフィリス、何だか顔つきが変わった将吾しょうご、変わった様な、変わらない様なファング達が出迎えた。

「お帰り……その様子じゃ上手くいったみたいね」

 満面の笑みで真田の腕に抱き着いているニーナを見てフィリスは笑みを見せた。



 その笑顔にはそれまであった鬱屈したモノは感じられなかった。

「フィリス、なんだかご機嫌だけど良い事でもあったのかい?」
「実はね……フフッ、やっぱり内緒」
「……何だか気味が悪いねぇ」

 今までにないフィリスの反応にミラルダは顔を引きつらせる。
 その横でギャガンが将吾に声を掛けた。

「よぉ、将吾、キューはちゃんとトレーニングしてたか?」
「ああ、ぼやいちゃいたが、やる事はやってたよ大師匠おおししょう
「大師匠? なんだそれ?」
「俺はトーマスの弟子になった、だからその師匠のあんたは俺にとっての大師匠だ」

 そう言ってニカッと笑った将吾を気味悪そうに見て、ギャガンは横にいたトーマスに問い掛ける。

「トーマス、弟子ってどういう事だ?」
黒崎くろさきさんが勝手に言ってるだけですよ……僕は素振りの仕方とか訓練の手順を教えただけなのに……」
「キュエーッ(悪い人は良い人になったの)」

 出立前より幾分引き締まったキューがため息を吐いているトーマスの横でピョンと飛び跳ねる。
 そのお腹の揺れは確実に減っていた。

「おい、あの二人、明らかに様子がおかしいがお前達何かしたのか?」
「人聞きの悪い事言うなよ。俺たちゃ何もしてねぇよ」
「では何故あんなにニコニコしてるんだ? 我々がリーフェルドへ行く前はああでは無かったが?」
「さてねぇ、フィリスは二階の書庫でミミと話してたみたいだけど……」
「ミミと?」
「ええ、何だか魔法関係の難しい話をしてたわよ」

 竜人のカレンの言葉でグリゼルダは更に首を傾げた。
 ミミは見た目通りの幼い少女で魔法の事等知らない筈だが……。

 頭の上に幾つも疑問符を浮かべたグリゼルダの横から、気を取り直したミラルダが様子の変わらないファングに声を掛ける。

「ふぅ……ともかく、留守番ご苦労様。依頼達成書を貰えるかい?」
「了解だ……いや、分かったよ」

 言い直したファングがぎこちない笑みをミラルダに向ける。

「……ファング、何でわざわざ言い直したのさ? それにその笑顔もどきは何だい?」
「シェラに喋り方が硬いと言われてな……もっと柔らかく喋れば、護衛対象からも親しみを持たれるとアドバイスされたんだ」

 そう言うと再びファングは口元を引きつらせ笑顔を浮かべた。

「はぁ……まったくあの子は何をやってんだか……けどまぁ、笑うのは良いと思うよ。あんた無表情だし……ほら、これで依頼完了。ありがとね、また私らが仕事に出るときゃ子守を引き受けておくれ」
「ええ、よろこんでッ!!」

 満面の笑みを浮かべたフィリスにミラルダは「よっ、よろしく頼むよ」と少し引き気味に答えた。

「これが人族の街か……クククッ、ついに私はトラスの故郷へやって来たぞぉ!! そこの道行くお嬢さん、わたくし生まれも育ちもリーフェルドはクバルカ、性はウルグ・フォミナ、名をロミナ、人呼んでフーテンのロミナと発します!」
「コホーッ……」

 ロミナ、通行人の迷惑だから……ごめんねお嬢さん、このエルフはちょっとファンだったトラスの出身地、つまり聖地に来てテンション上がってるだけだから……。

「放せミシマ、私はいまこの国の第一領民に挨拶をだなぁ……」
「ちっ、近寄らないで頂戴ッ!! あなたに触られると呪いがかかるって街中の噂なんだからッ!! それにまた変な人を連れ帰ってッ!? 今度は一体何なのよッ!?」

 健太郎がロミナが挨拶していた女性に近寄ると、彼女はそう叫び声を上げて凄い勢いで健太郎から距離を取った。

「コホー……」

 えっと……呪い?

「……ミシマ、お前、呪いなんか掛けれるのか……?」

 そう言ったロミナも気味悪そうに健太郎から少し距離を置いている。

「コホー……」

 呪いとか怖い事、俺が出来る訳無いだろう……誰だよ、そんな根も葉もない噂ばら撒いた奴は……。

 帰ってそうそう、妙な事になっているなぁと健太郎は深くため息を吐いたのだった。
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