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第八章 迷宮行進曲

ありがとうと新たな依頼

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 エルフの国、リーフェルドから戻った健太郎けんたろう達は一週間程、のんびりと体を休めた。

 今回は健太郎のニーナの涙を止めたいという我儘から出た事だったので、特に報酬があった訳ではなかったが、精霊魔闘会での賞金、リーフェルド金貨二百枚と真田からお礼だとリーフェルド金貨百枚を押し付けられたので(当初、真田は賞金の全てを渡そうとしていたが、結婚となれば色々入用だろうと健太郎はその申し出を断った。しかし真田は引かず、結果、三百枚の賞金の内、三分の一である百枚貰う事で落しどころを見つけた形だった)リーフェルド金貨三百枚という結構な収入になった。

 その金貨は受け取る際、希少な妖精銀ミスリルに変えて貰った。なにせリーフェルドはどの国とも国交を絶っていた国だ。
 そのままリーフェルド国内で流通している金貨の形で貰っても、含有された金の価値でしか使えない。
 そこでどの国でも価値のあるミスリルで貰う事にしたのだ。

 そういう訳で、その日はそのミスリルの換金の為、久しぶりに素材屋のベック爺さんの店を健太郎とミラルダは訪れていた。

「コホー……」

 相変わらず不気味な店だぜ……。

「ミシマは本当に怖がりだねぇ、精霊王も大人しくさせたってのにさ」
「コホーッ!!」

 精霊は何かファンタジックで怖くないじゃんッ!! でもでも、幽霊とか呪いって物理が効きそうにないから……。

「……ミッミラルダッ!!」
「コッ!? コッ、コホーッ!?」

 ヒッ!? なッ、何なんのいきなりッ!?

「ん、誰かと思ったらデニスじゃないか? 何か用かい?」
「その……あの……」

 ベックの店の従業員、小太りの青年デニスは酷く言い辛そうに俯き加減でミラルダの顔にチラチラと目をやっていたが、やがて意を決したのか顔を上げた。

「リリンを助けてくれて……その……感謝してる……礼が遅くなって、わっ、悪かった」
「気にする事ないよぉ、こっちも仕事でやっただけだからさ」
「リリンから手紙が来たんだ。あんた、妹だけじゃなくて攫われてた村の女も取り戻してくれたんだろ?」
「まぁ、ついでだからねぇ」



「……攫われた奴らは、小さな村だから当たり前だけど全員知り合いなんだ。それに中には幼馴染だったもいた……マジで感謝してる……ありがとう」

 デニスはそう言うと九十度に腰を曲げ、ミラルダに深々と頭を下げた。

「さっきも言ったけど、気にしないでおくれよ。アンタの商売と同じ、あたし等も商売でやった事だよ」

 ミラルダの言葉を聞いてデニスは顔を上げると、少し考え込み口を開いた。

「……そうか……なら俺も商売で返す。いつか俺が親方に認められて支店を任されたら絶対に来てくれ、その時はサービスするからさ」
「フフッ、了解だよ」
「絶対だぜッ! それじゃあ俺、仕事あるからッ!」

 そう言って手を振ると、デニスは店の奥へと駆け去っていった。
 途中、何かを引っかけた様でガラスの割れる音と、ベックの怒鳴り声が聞こえて来る。

「ふぅ……あの調子じゃ支店を任されるのはまだまだ先みたいだねぇ」
「コホーッ」

 でも良かったじゃないか。もうデニスはミラルダの事、半獣人だからって悪くは言わないよ。

「そうかもね……でもまぁ、あたしゃもうそんな事は特に……あんたがいれば……」
「コホーッ?」

 何だって?

 囁く様に言った呟きの後半はベックの怒鳴り声にかき消され、健太郎の耳には届かなかったようだ。

「なっ、何でもないよッ! それより爺さんにミスリルを見て貰おうかッ!?」
「コホーッ」

 そうだね……そういえばこのミスリルって竜の素材とどっちが強いんだろう?

「そうだねぇ……頑丈さだけで言えば、それも種類によるけど竜の方が強い筈だよ。ただ、妖精銀ミスリルは強靭なだけじゃなくて魔法への防御耐性が高いからねぇ。一概にどっちがいいとは言えない筈だよ」
「コホーッ」

 そうなんだ……。

 健太郎達がそんな話をしながら店の奥へと歩を進めると、ベックに説教されたデニスがバツが悪そうに店の裏へと消えていく所だった。

「まったく、浮かれるとすぐに注意が疎かになるんじゃから、困った奴じゃ」
「それでも怒るって事は見込みあるんだろ?」
「まあな……ミラルダ、それにいつかのゴーレムか、久しぶりじゃな」
「コホーッ」

 久しぶり。

「そういえばお前さん、噂じゃ触ったモノに呪いを振りまくそうじゃが、この聖水なんぞどうじゃ? 高名な司祭の祝福が掛かっとるレアものじゃぞ?」
「コホーッ!!」

 いらないよッ、俺はそんな都市伝説的な呪物じゃないよッ!!

 憤った様子の健太郎にニヤッと笑うとベックは聖水を棚に戻した。
 どうやら揶揄からかわれたらしい。

「フフッ、爺さんは相変わらずみたいだね」
「うるさいわい。それで今日は何の用じゃ?」
「あたし等、この間までエルフの国に行っててさ。それでミスリルを手に入れたんだよ」
「エルフの国……リーフェルドのミスリルか?」
「ああ、それでそいつを買い取ってもらいたくてねぇ」
「どれ、見せてみろ」

 カウンターの奥に入りベックはミラルダを顎で促す。
 これなんだけど、ミラルダはそう話しながらインゴットの形に成形されたミスリルをカウンターに並べた。

「ほう、ほうほう……この刻印、こりゃ国家管理のミスリルじゃな……どうやって手に入れた?」
「どうって、ミシマがリーフェルドの武闘大会で準優勝してね。その大会の賞金の代わりに使いやすそうなミスリルにして貰ったんだよ」
「武闘大会で準優勝……ふむ……」

 ベックは改めて健太郎の全身を頭の天辺からつま先まで見た。

「コホー……?」

 なにかな……?

「やはり、そんなに強そうなゴーレムには見えんが……」
「コホーッ!!」

 余計なお世話だよッ!!

 両手を振り上げ抗議した健太郎を無視して、ベックはカウンターに並べられたインゴットを手に取り、刻まれた刻印に目を落とす。

「…………ミラルダ、一つ頼みがあるんじゃが……」
「何だい?」

 首を傾げたミラルダを見たベックは、カウンターの椅子に腰を下ろすと、肘をついて手を組んだ。

「儂は素材調達の為に数人、懇意にしておる冒険者がおるんじゃが、その中の一人が迷宮で行方不明になっての」
「一人って、迷宮に潜るんだから当然、パーティーは組んでたんだろ?」
「勿論じゃ。じゃがそやつ、今回は迷宮都市アーデンで一山当てると言うて街を出ておってな。いつも潜るメンバーとも別れてアーデンで即席パーティーを組んだらしくての、そのパーティー全員が戻っておらんから詳細が分からんのじゃよ」
「で、その行方不明の冒険者を探して欲しいと?」

 ベックはミラルダの問い掛けに深く頷いた。

「そうじゃ。名前はディラン、人間の剣士でもう二十年近くダンジョンに潜っとるベテランじゃ……」

 そう言うとベックは健太郎にチラリと視線を送った。

「そのゴーレム、ミシマは、にわかには信じられんが、エルフの武闘大会でも準優勝する程強いのじゃろう?」
「コホーッ!!」

 どうしてそこまで疑ってんだよッ!!

 健太郎の再びの抗議にベックは苦笑を浮かべる。

「……どうもお前さんは仕草が軽すぎての、こう威厳の様な物が感じられんでな、それでいまいち信用出来んのじゃよ……」
「コホーッ……」

 クッ、確かに俺に威厳は無いかもしれんが……。

「フフッ、ミシマの仕草が軽いのは同意するけどねぇ……それでも強いのはホントさ。なんせ精霊王を倒したからね」
「精霊王……聞いた事があるな。確か昔エルフの街一つと周辺の森を消し飛ばしたとか?」
「ああ、今回、大会でそいつを呼び出した術士がいたのさ。暴走したその精霊王アトラをミシマが巨大化して止めたんだよ」

 アトラを止めた、そう聞いたベックは顎に手を当て俯いた。

「ふむ、アトラをのう、それに巨大化……ミラルダ、やはりお前さん達に頼みたい……調べた所では今、アーデンの街は迷宮内に魔物が溢れて、困った事になっとるそうじゃ。そんな場所に行ってくれと言うのは心苦しいんじゃが……ディランとは長い付き合いじゃ、出来れば助けてやりたい……ギルドに指名依頼を出しておくから受けてくれんか?」

「……仲間に聞いてみないと何とも言えないけど、ベック爺さんには駆け出しの頃から世話になってるし、あたし個人としてはオッケーだよ」
「コホーッ!!」

 ミラルダが行くなら当然俺も付き合うぜッ!!

「フフ、ありがとねミシマ」

 ギュッと右手を突き出し親指を立てた健太郎を見て、ベックはよろしく頼むと二人に頭を下げた。
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