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第八章 迷宮行進曲

吸血鬼の受難

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「よし、これで一階は魔物の数が減る筈だ」

 石壁に向かい瞳を閉じていたグリゼルダはそう言うと振り返り笑みを浮かべた。

「どんな風に術式を弄ったんだい?」
「この干渉紋は先程言った様に魔物の召喚ペースと送還に干渉していた。召喚ペースを三倍に、送還、老いたり傷付いた者を送り返す術式を無効化していたんだ。それを召喚は一倍に、送還の無効化はスキップする様に書き換えた」
「なら地下一階は元に戻ったんだね?」
「ああ……しかし他の階層も弄らんと問題は解決しないだろうな。それに増えた魔物の排除にはこの街の冒険者の協力が必須だ」
「増えちゃった魔物は倒さないとなんだね……?」
「そうだ」

 頷いたグリゼルダにギャガンが問いかける。

「んで、どうすんだよ? 一つ一つ直して回んのか? ディランはどうすんだよ?」
「うーん……取り敢えず他の階層は後回しにして、地下二階のカードって奴を手に入れようか?」
「コホーッ!!」

 俺もミラルダに賛成だ!! まずはディラン救出を優先させた方がいい!!

 頷いた健太郎けんたろうを見てグリゼルダもふむと頷き、パムは賛成賛成ッ!! と両手上げて飛び跳ねた。

「依頼優先だな。まぁ、どうせ妖刀を探すんだ。その書き換えって奴はその時やりゃあいい」
「コホー……」

 やっぱ探すんだ……うぅ、妖刀なんて不気味な物で斬られたくないなぁ……。

 そんな感じで健太郎が訪れるかもしれない不吉な未来に顔を顰めていると、視界の隅にターゲット表示が現れた。
 ダンジョンに潜ってからずっと魔物を掃討してきた健太郎は、反射的に表示を赤、つまり攻撃OKに切り替えそちらに視線を向ける。

「それじゃあ、ディランさん救出を優先、ダンジョンの事はその後って事でいいね?」
「そんなこ」



 虚空から響いた声が全てを語り終える前に、パシュッと音が響き健太郎達の上、黒い霧が変化し現れた男の頭を撃ち抜き吹き飛ばした。
 しかし、吹き飛ばされた頭は再度、霧によって形作られる。

「よくも」

 パシュッ。

「いいかげん」

 パシュッ。

「話を」

 パシュッ。

「お願いだか」

 パシュッ。

「ちょいとミシマ、止めておあげよ。あの魔物、なんか話したい事があるみたいだよ」
「コホー……」

 いや、俺も表示を切り替えたいんだけど、どうすれば変わるのか分かんなくてさぁ……。

「見た所、吸血鬼ヴァンパイア、それもかなり上位の奴らしいな」
「えっ、吸血鬼ッ!? なんでそんな強い魔物が地下一階にッ!?」
「さて、話を聞いてみたいが……ミシマ、取り敢えず後ろを向いてみてはどうだ?」

 そうグリゼルダが提案する間も健太郎の額の穴からはパシュッという発射音が鳴り、吸血鬼の復活する頭部の破壊を続けている。

「コホーッ」

 そうだな。視界に入れなければ反応しないかも。

 健太郎は自らの額を押さえ、吸血鬼にクルリと背を向けた。
 それは当たりだった様で健太郎の攻撃はピタリと止まる。

「はぁ、はぁ……よくもやってくれたな……」

 ようやく健太郎の攻撃から解放された青白い顔の美青年は、度重なる回復で疲れたのか顔から脂汗を吹き出し荒い息を吐いていた。

「んで、何の用だよ?」

 青年を見上げ問い掛けたギャガンの言葉で、彼は「ふー」と長い息を吐き、表情を不敵で余裕ある物に変える。

「お前達、石に施された干渉紋に手を加えたな?」
「ああ、このダンジョンの本来の形に戻した」
「困るのだよ。そんな事をしてもらっては……そういう訳でお前達には消えてもらうと」
「ミシマ、見ていいぞ」
「なッ!?」

 グリゼルダの言葉で健太郎が振り返ると、間髪入れずパシュッという音が鳴り響き青年の頭が弾け飛ぶ。

「クッ」

 パシュッ。

「これなら」

 パシュッ。

「何ッ!?」

 パシュッ。

「ガルルッ」

 パシュッ。

「キーキー」

 パパパパパパパパパパパッ。

 吸血鬼の青年は霧に身を変え、回り込もうとするも健太郎の視界にはハッキリとターゲット表示がある為、実体化した瞬間、狙撃される事になってしまった。
 その後、狼になったり無数のコウモリに姿を変えたりしたが、その全てを健太郎は撃ち落とした。

「おっ、おねがい」

 パシュッ。

「もっ、もう止めて」

 パシュッ。

「ミシマ、一旦、攻撃を中止しろ」
「コホー……」

 了解……コレってあの人がいなくならないと解除されないのかなぁ……ずっと表示されてたら困るんだけど……。

 そんな呟きと共に健太郎は再度、青年に背を向け額を両手で覆った。

「ク……吸血鬼として……はぁはぁ……生を受けて……五百年……ここまで……ングッ……私を追い詰めたのは……お前達が……初めてだ……」

 迷宮の床に這いつくばりそう言った青年の美しかった顔は、何度も回復した事が原因かやつれ果て、当初の余裕に満ちた雰囲気は完全に消えていた。

「追い詰めたって、ミシマの攻撃で一方的にやられてただけじゃねぇか」
「グッ……」

 シュウシュウと煙を立ち昇らせながら吸血鬼は歯を食いしばる。

「はぁ……ギャガン、凹んでる人に追い打ちを掛けるんじゃないよ。それであんた、あたし等を消すとか言ってたけど?」
「そうだ……ク、はぁ……それが……主の命だ……」
「主ねぇ……その主ってのがダンジョンに魔物を溢れさせたのかい?」
「……」
「ミシマ」

 ミラルダが健太郎に声を掛けると吸血鬼の顔があからさまに歪んだ。

「やっ、止めて……くれ……これ以上……攻撃を……ク、はぁ……うけたら……消滅……して……しまう」
「じゃあ、話しておくれ。主ってのは何がしたいのさ?」
「あの方は……究極の生命体を……作ろうとして……いるのだ……魔物を……溢れさせたのは……その為の素体を……集める為だ……」
「究極の生命体……」
「コホーッ!?」

 究極の生命体ッ!?

「ヒッ!?」

 その響きで思わず吸血鬼を見ようとした健太郎を、ミラルダが素早く肩に手を置き制止する。

「ミシマ、見ちゃ駄目だよ。話が聞けなくなっちまうからね」
「コホー……」

 すまん、ミラルダ、つい……。

「フフッ、いいってことさ。それでその究極の生命体ってのはなんなのさ?」
「……あらゆる魔物……の特徴を……兼ね備えた……最強の……存在だ……」
「コホー……」

 わぁ……俺も子供の頃、よく考えたよ。あらゆる属性を扱えて、そんでもって全部の攻撃を吸収する最強モンスターとか……友達の河野こうの君に戦略を考える余地が無くて面白く無いって一蹴されたけど……。

「フフッ、男の子はそういうの好きだねぇ、うちのケントも似たような事言ってたよ」
「その主とやらはそんなモノを作って何がしたいのだ?」
「フッ……決まっている……だろう……世界征服だよ……まず手始めに……この国を……支配下において……」
「「「「「……」」」」」

「なんだ……ングッ……その目は?」

 健太郎を除いたパーティーの全員が可哀想な子を見る目を吸血鬼に向けていた。

「お前、五百年も生きてる癖に、んな馬鹿な事に協力してんのかよ?」
「馬鹿な事……だと?」
「ああ、いくら強力な魔物を作った所で、恐怖による支配はやがて破綻する。抑圧された者達はいずれ爆発するだろうしな」

 強力なゴーレムで世界を席巻しようとしたキュベルの作戦に関わっていたグリゼルダは、自嘲気味な苦笑を浮かべた。

「だいたい、武力で世界を牛耳って何が楽しいんだい? 辛そうにしてる人達を見るより、笑ってる人を見る方がいいじゃないか」
「そうだよ、わたしは皆で笑ってご飯が食べれる世界がいいよッ!!」
「コホーッ!!」

 そうだそうだッ!!

「クッ……」
「ともかくこいつを締め上げて、色々情報を得ようぜ」
「そうだな。それにこいつならカードも持っているんじゃないか?」
「あっ、確かに!!」
「ではまずはこいつに掛かっている吸血鬼の呪いを解くとするか」

 吸血鬼ギリウスはグリゼルダの言葉を聞いて元々青白い顔をさらに青ざめさせた。

「やっ、止めろ……わっ、私は……真祖である父と母から……生まれた……由緒正しき……」

 その日、由緒正しき吸血鬼だったギリウスはグリゼルダによって呪いを解かれ、一般人ギリウスとして生まれ変わる事になったのだった。
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