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第八章 迷宮行進曲

迷宮に魔物が溢れた理由

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 ゴブリンの群れを倒した大広間の先、クニエダから貰った地図には赤い印、つまり怪しいソロの魔術師が目撃された地点が記されている。
 この迷宮にはエレベーターが設置されているが、使うには専用のカードが必要でそれは地下二階で手に入れる必要があるらしい。

「わたしが前にいたパーティーは、そのカードを持ってる二階の魔物を倒しに行って大量のスケルトンとゾンビに襲われる事になったんだぁ」
「カードがないと一階層ずつ降りなきゃなんないのかい?」
「うん、上位の人はエレベーターで地下四階まで降りて、その後、地下四階で手に入るもう一枚のカードを使って地下九階までのエレベーターを降りるよ」
「んじゃ途中の階層は意味ねぇじゃねぇか」
「でもでも、それぞれの階層で出て来る魔物は違うし宝箱もあるから、素材やお宝集めをしたい人にはいいんだよ」

 パムはギャガンに説明しながら健太郎けんたろう達を赤い印の場所まで導いた。
 その間もスライム、オーク(豚人族とは別物)やコボルト(これも犬人族とは別物)、追剥ぎ等が現れたが健太郎のバルカンとギャガンの剣、ミラルダ達の魔法によって瞬殺されていた。

 健太郎は一応、全ての敵にコンタクトを取ろうとしたが、グリゼルダが言うには召喚された時点で脳に命令を刻まれている為、対話は出来ず回復も難しいらしい。
 また、追剥ぎ等は長期間、迷宮の瘴気を吸った事によって魔物化しており、こちらも人に戻す事は出来ないようだ。

「コホー……」

 一撃で痛みを感じさせずに倒すのが、せめてもの手向けか……。

 今もまた、通路の先に見えたぼろ布を着た元人だった者にターゲットロックを掛け、頭部のバルカンで射殺する。

「ふぅ……なんつうか、こうやって排除してると段々命を奪ってる感覚が無くなってくるぜ」
「確かにな、だがそれが普通になってしまったら、このダンジョン以外で生きて行くのが難しくなりそうだ」
「そうだね。なるたけ早くディランさんを見つけて、この迷宮からはおさらばしよう」
「……やっぱりこのダンジョンっておかしいのかな?」

 パムの呟きにグリゼルダが答える。

「このダンジョンというか、冒険者、そして街の形も特殊という事だろうな。冒険者はダンジョンに潜り、迷宮に呼び込まれた魔物を倒し素材や宝を得る。街はその素材や宝で経済を回す……ダンジョンありきになっているんだ」
「それっていけない事なの?」
「いけなくはないが、そのサイクルに慣れてしまえば、他の場所ではやっていけんだろうな」
「だな。普通は洞窟に魔物はいても、お宝なんざぁ殆どねぇからよ」
「そう……だよね……」

 パムは手にした地図に目を落とし、何やら考えている様子だったが、やがて顔を上げブンブンと首を振った。

「うんッ! 今はディラン救出に集中するッ!!」

 そう言うとパムは再び健太郎達を先導して薄暗い迷宮を進み始めた。
 やがて印の場所に辿り着くと彼女は周囲を見渡す。

「特に目ぼしい物は無いみたいだけど……」

 パムの言葉通り、そこは大広間から抜けた先の通路を進んだT字路の突き当りで、石積の壁が左右に伸びているだけの場所だ。

「うーん……目撃されただけでその魔術師の目的地がこことは限らないしねぇ……」
「……待て、その石に魔力の痕跡がある……これは……」

 グリゼルダはピッチリと積まれた四角い石の一つに歩み寄ると、瞳を閉じた。
 額の角が淡く輝き、目には見えない魔力の流れを読み取って行く。

「………………ふぅ……」
「何か分かったのかい?」
「ああ、このダンジョンは迷宮自体が召喚陣の役割を果たしていると以前話したろう?」
「それでこのダンジョンには、ずっと魔物が絶えねぇんだよな?」
「そうだ。この石はその召喚陣に干渉し、召喚のペースを早め、送還を阻害している」
「コホー?」

 つまり、この石がダンジョンに魔物が溢れた原因って事?

 首を捻り石を指差し、指で角を作った健太郎を見てグリゼルダは頷きを返す。

「ああ、魔物が溢れた原因はこの石と見て間違い無いだろう」
「んじゃ、この石をぶっ壊せば魔物の数は減るんだな?」
「いや、単に破壊しただけでは他の階層の石との繋がりもあるだろうから、暴走する可能性も考えられる」
「じゃあ、魔物の数は減らせないのかい?」

 ミラルダがそう尋ねるとグリゼルダはニヤッと笑みを浮かべた。

「任せろ。お前達は休憩も兼ねてキャンプしていろ。その間に術式を書き換える」
「術式を書き換えるって、そんな簡単に……ねぇねぇ、あなた達って実はメチャメチャ優秀なパーティーなの?」
「さてねぇ、あたし以外は優秀だと思うけど……」
「コホーッ!!」

 ミラルダはこのパーティーのまとめ役だよッ!! いて貰わなくちゃこまるッ!!

 健太郎がブンブンと腕を振り上げアピールすると、ギャガンもグリゼルダも苦笑を浮かべた。

「ミシマがなんと言っているか正確には分からんが、ミラルダがいないとこのパーティーは維持出来んだろう」
「確かにな、そこは俺も認めるぜ」
「ミシマ、グリゼルダ、ギャガン……くぅ……泣かせるんじゃないよッ!」



 ずっと独りぼっちで冒険者をやっていたミラルダは三人の言葉で感極まったのか、思わず涙ぐみ気恥ずかしさから声を上げた。
 そんなミラルダを見て、健太郎はカシャンとフェイスガードを開き金色の歯を見せ、ギャガン達は微笑みを浮かべた。

「わっ、それ開くんだ!? ビックリしたよぉ……」
「コホーッ」

 メンゴメンゴ、別に怒ってる訳じゃないから。

 驚いたパムにポリポリと頭を掻いて下げると、彼女はフフッと笑った。

「仲のいいパーティーだね……なんだか羨ましいな……」

 そう言うとパムは眩しそうに健太郎達を見つめた。


■◇■◇■◇■


「一階の干渉紋が書き換えられてる? 一体誰だ、そんな面倒な事する奴は……?」

 そう言うと赤いローブを着た男は石造りの部屋の中、水晶球を覗き込んだ。
 部屋は研究室じみていて、フラスコが並んだ机の他、壁には革張りの本が並んでいる。

「こいつ等か……ギリウス」
「お呼びでしょうか?」

 男が虚空に呼び掛けると黒い霧が集まり、真っ黒な貴族服を纏った美青年へと姿を変えた。
 青年の肌は青白く、その瞳は血の色をしている。

「こいつ等を片付けて来い、素材集めに邪魔だ」
「御意」
「ついでに干渉紋も修正しておけ、術式はこれだ」
「畏まりました」
「うむ」

 そう言って男は青年にメモを手渡すと、机に向き直り丸いフラスコを覗き込んだ。

「フフフッ、早く大きくなれ……私の天使よ……」

 男の言葉に反応しフラスコの中で赤黒い奇妙な生物がピクリと体を震わせた。
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