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第八章 迷宮行進曲

四天王の中でも最弱

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 健太郎けんたろう達がギリウスを返り討ちにしてカードを奪っていた頃。
 地下十階、元は大魔導士メルディスの居室だった部屋では、赤いローブを着た男が水晶玉を覗き込み顔を歪めていた。

「何をやっているギリウスッ!! 真祖から生まれた由緒正しき吸血鬼の王ヴァンパイア・ロードだというから四天王に加えたというのにッ!!」
「フフッ、アキラ様、彼奴は四天王の中でも最弱、我にお任せ下されば必ずや敵を討ち取ってみせましょう」

 男の後ろ、頭を三つ持った中東風の服を着た、浅黒い肌の美男子が紫の瞳を男に向けていた。

「アズダハか……確かに貴様ならあのロボットの攻撃にも耐えられるだろう……いいか、これ以上奴らに先に進ませるな。必ず抹殺するのだ……もうすぐなのだ。もうすぐ究極の肉体を持つ最強の魔物がこの世界に爆誕するのだ。そうすれば私を異端と蔑んだ錬金術師の馬鹿共の鼻を明かしてやれる」

「お心のままに」

 アズダハと呼ばれた三つ首の男はアキラと呼ばれた男に頭を下げると、部屋を出て地下一階へと歩みを進めた。


■◇■◇■◇■


 アズダハとアキラの会話から半刻程後、健太郎達は地下一階から地下四階へ降りるエレベーターの前に辿り着いていた。
 エレベーターの前には明らかに人では無いと分かる三つ首の男が、彼らの行く手を阻む様に通路の真ん中で仁王立ちしている。

「なんだぁ、テメェは?」

 鼻先に皺をよせ牙を剥いたギャガンに男は優雅に一礼を返した。

「我はアズダハ、ギリウスを倒した冒険者たちは貴様らで間違いないな?」
「誰だよギリウスって?」
「名前も尋ねておらんのか……なんと無礼な者達だ……ふぅ、ギリウスは貴様らを襲った吸血鬼だ」
「ああ、あいつの仲間か。お前も主とやらに言われて来たのか?」
「まぁそんな所だ」
「コホーッ」

 ねぇ、世界征服なんて馬鹿な事は止めて、平和に生きようよ。

「フフッ、お前がギリウスに手も足も出させず一方的に倒した場面は見ていた、だがあいつは四天王の中でも最弱。これからそれを『証明してやろう』」

 話しながらアズダハの体は膨張し彼はその身を三つ首で二足歩行の黒い鱗を持つ竜へと変えた。
 体高は十メートルを超えるだろう、三つの首をもたげる竜を健太郎は見上げる。



「コホー……コホーッ!!」

 三つ首の竜……だったらキングギ○ラッ!! 黒いから多分亜種だ!! 恐らくブレスは電撃的な何かだろうッ!!

「えっ、そうなのかい?」
「アズダハ……アジ・ダハーカと呼ばれる邪竜だな。毒のブレスと多くの魔法を操る強力な竜神だ。気を付けろッ」

 健太郎は自分の知識からアズダハの能力を類推したが、グリゼルダが即座にそれを否定した。

「コホー……」

 あう……全然違った……アジ・ダハーカってのは聞いた事があったんだけど……。

「まぁ間違う事は誰にでもあるさ」
「竜神ッ!? そんなの最下層にしか出ない筈だよッ!!」
「竜神か……毒のブレスってのが厄介そうだな」

 健太郎を慰めるミラルダの横で悲痛な声を上げたパムのさらに横、ギャガンが竜を見上げ呟く。

「任せろ、毒防御の魔法はエルダガンドにいた頃に習得済みだ。万能なる魔力よ、我らの周囲に清浄な大気を、清空間ピュア・フィールド

 グリゼルダの詠唱でエレベーター前の通路の一帯が、淀んだ迷宮の空気からまるで風の渡る草原にいる様な清々しい物へと変わった。

「これで毒は無効化出来る筈だ。だが油断するなよ、相手は魔法も自在に使う」
「そいつもお前がどうにかしてくれんだろ? ミシマ、お前は左を、俺は右の首を落とす。両方の首をやった後は二人で真ん中を叩くぞ」
「コホーッ!!」

 了解だッ!!

「ミラルダ、お前ぇはミシマのサポートとパムを守ってやれッ!」
「分かったよッ、パム、こっちにおいでッ!」
「うっ、うんッ!!」

 パムがミラルダに駆け寄ると、彼女は周囲に防壁を張った。
 その様子をアズダハは何もせず眺めていた。

『準備は整ったか?』
「チッ、よゆう見せやがって、いけ好かねぇ野郎だぜ」
『せめてものハンデだ。一太刀も浴びせられず死んだら、お前達もやりきれないだろうからな……では始めるとしようか?』
「へッ、その余裕、後悔させてやるぜッ! グリゼルダ、ミラルダ、サポートは任せたッ」
「了解だ!」
「分かったよッ!」

 グリゼルダ達の答えにギャガンはニヤッと笑みを浮かべると、剣を抜いて左手の指輪を掲げた。
 詠唱が終わると同時に竜の牙から削り出された刀身に青白い輝きが宿る。

「よし……んじゃミシマ、行くぞッ!!」
「コホーッ!!」

 おうッ!!

 駆け出したギャガンと健太郎にアズダハはその目を細め、右の首が呪文を詠唱する。

『煉獄のマグマよ、我が呼出しに応え大地を焼き尽くせ、溶岩噴出ボルケーノ
「極点の風よ、我が魔力に応え全ての物を凍り付かせよ、絶対零度アブソリュート・ゼロ

 アズダハの詠唱に反応してグリゼルダが即座に冷気魔法を唱える。
 噴き出した溶岩はギャガン達に襲い掛かる前に極低温の風よって冷やされ、黒くいびつなオブジェを迷宮の床に作り出した。
 そのいびつなオブジェの上をギャガンは跳ねながら駆け抜け、三つ首の邪竜へと迫る。

『クッ、優秀な魔法使いが仲間にいるようだな?』
「へっ、いまさら待ったは無しだぜぇ」
『生意気な獣人めッ!!』

 ギャガンはアズダハが突き出した右腕の大振りを躱すと、その腕の上を走り右の首の根元へと迫った。

『グッ、小癪なッ』

 アズダハはさせじと左の首を鎌首をもたげた蛇の様にギャガンへと放つ。

「コホー……コホーッ!!」

 疾風しっぷう……一閃いっせんッ!!

『グガッ!?』

 ギャガンに迫ったアズダハの左の首を、健太郎がスラスターダッシュで弾き飛ばす。
 その勢いは凄まじく、アズダハの左の首は加えられた一撃で白目を剥き、だらりと舌を垂らしていた。

「へッ、いい仕事するじゃねぇか……」

 呟きと共に放たれたギャガンの横一文字の一刀は抵抗なく竜の首をすり抜け、一撃の下に邪竜の右の首を根元から断ち切った。

『グヌゥ!! 獣人とたかがゴーレムが何故これほど強い!?』

 驚きの声を上げながら、アズダハは身を震わせ肩に取りついたギャガンと、攻撃後、左胸当たりにしがみ付いていた健太郎を振り落とした。

「おっと」
「コホーッ!?」

 ワワッ!?

 ギャガンは軽やかに地面に降り立ち、健太郎は若干たたらを踏みながらも着地に成功した。

「何故強いか……ククッ、俺たちゃ百戦錬磨の冒険者だからよぉ……」
「コホーッ!!」

 その通りだッ!! 依頼を邪魔するなら容赦しないよッ!!

 爛々と光る金の目と閃光を放つ緑の瞳がアズダハを見上げ射抜く。
 その文字通りの眼光の強さにアズダハは生まれて初めて死の恐怖を感じ始めていた。
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